お願いねがいぼし、白いご飯に合うおかずをください!   作:充椎十四

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ふざけろねがいぼし

 ジムチャレンジ用品――リュックとかテントとかシュラフとか――は荷物になるため、ジムチャレンジ慣れしたガラルの幼馴染に購入の付き添いを頼んだ。私はガラルでもカントーでもジム巡りをしたことがなく興味もない。どれが良いかなど全く分からないから幼馴染に丸投げした、とも言う。

 

「いくらでも値が張っても良いから軽くて丈夫で便利で防犯性の高い奴にしてね。人の物を盗むような不届き者がジムチャレンジをしていたりトレーナーをしているとは思いたくはないけど、念には念を入れて防犯性能がリザードン級のを頼む」

『心配しすぎ、そこまでしなくても大丈夫だって。レンジャーとかジムのトレーナーが毎日ワイルドエリア内を見て回ってるからそこまで良いのを買う必要ないし、防犯性リザードン級となると頭おかしい金額になるよ?』

「いいや、ネズ君には一番良い装備を頼む。ネズ君に私名義のクレカ渡してあるからそれで支払ってちょうだい」

『考え直しなって、マジで高いから! リザードン級の防犯性能があるキャンプセットとか目を剥く金額だよ? 破産しても知らないよ』

「大丈夫だ問題ない」

 

 幼馴染に私の財布の心配はしなくて良いと押し通して通話を切り、つい昨日ガラルへの飛行機に乗った可愛い従姉甥のことを思う。

 

 カントーからガラルへ行くと時差ぼけがあり、ジムチャレンジの準備などはカントーではできない。また、他地方のジムリーダーの推薦状は事前に提出して確認してもらわなければならず、ガラルのジムリーダーの推薦状と違い「開会式の二週間前までに提出するように」と参加要項に書かれている。だから式の三週間前くらいにはガラルに戻る必要はあるのだ。

 ジムチャレンジ開始はまだ一ヶ月半も先でまだまだ余裕があるというのに、ネズ君は「早く行って向こうで調子を整えるばい」とやる気満々で旅立ってしまってお姉ちゃんは寂しいです。

 

 親類縁者、友人、真心カレーで知り合った編集者にも「うちのネズをよろしくお願いします」とメールを送ったり電話を掛けたりとカントーからでも出来ることをしていたら、「ようやっとガラルに戻れた!」と大興奮の電話があってからずっと何の連絡もくれなかったネズ君から、悲痛な声の電話がかかってきた。

 

『姉貴助けて! 飯が、飯がどれも不味い……もう我慢できんばい!』

「……そうだね」

 

 家では「私が美味しいと思う」料理を出していたし、外食するのは五年ほどお世話になったニビシティの店や、近所の美味しい飯屋さんだけだった。――つまり私はネズ君の味覚を鍛えすぎてしまったわけで、ネズ君がガラルの飯に悲鳴を上げるのも当然のことなのだ。

 ヤツの舌はわしが育てた。

 

『ひいばあちゃん達は「いっぱいお食べ」とか「なんでも作ってあげるからね」とか言ってくれるけど、もう無理……。こんなとこずっとおったら、おれの口が死ぬ!』

「そうだね」

 

 ネズ君が今泊っているのは、スパイクタウンにある、私にとっての祖父母でネズ君からは曾祖父母にあたる人達の家だ。ちなみにネズ君の祖父母で従姉の両親――私にとっての伯父夫婦は、叔母が二年前の事件で後遺症が残るような大怪我を負ったことでナックルシティの大病院の近くに引っ越したためスパイクタウンを出てしまっている。

 

『友達に美味い飯は何かないのかって聞いても「真心カレー以外に存在しない」とか言うし、スーパーに売ってる総菜はどれも不味いし、お菓子も全部妙な味がするし、もう無理! 姉ちゃん今すぐガラルに来て!』

「うーん、お姉ちゃんにもお仕事があるからさ……今すぐにそっちに向かうことはできないよ」

『おれに死ねって言っとーと!?』

 

 そんなことは言っていない。ただ私にも都合というものがあるのだ。可哀想な従姉甥が泣きながら助けを求めてきたのを断るのは本当に心苦しいのだが、不味い飯でネズ君が死ぬわけではないので緊急性はない。仕事を優先するのは当然なのだ。

 ネズ君がジムチャレンジ中の野宿で困らないよう我が家で料理の練習をさせ、レシピも持たせている。自分で作れないわけではないのだから曾祖母の料理が口に合わないなら自分で作れば良い。

 

「こっちから食材とかおやつを送るからさ、それで我慢してね。おばあちゃんのご飯が耐えられないって言うなら自分で作るしかないよ」

『そんな!』

 

 ちなみに今日の夕飯は鯵の南蛮漬け、さっぱりと酢の利いた魚でご飯が進むこと間違いなしだ。

 ご飯のお供と言えば三月末から四月にかけて十キロ単位で作ったいかなごの釘煮はマリィちゃんの大好物で、ナナミさんたちにも配ったら「ねぇがマリィの、マリィの釘煮とったー!」と大泣きしたほどだ。むろん我が家の分はちゃんと確保してある。今日の夕食にも出す予定だ。

 なおゴールド君に分けたら「ジョウト料理なのに中華の姉ちゃんよく知ってたっすね」と言われた。そういえばジョウト地方のモデルは近畿あたりだったか。

 

 マリィちゃんの好みが渋いと思われるかもしれないが、めがぶが大好物だったり、納豆が食卓にないと泣いて暴れたり、オヤツになめ茸を啜ったりと、酒呑みもとい通好みな嗜好の子供は多い。そんな子供の一人であるマリィちゃんは特に魚介類が好きで、鰯のみりん干しやらアーモンド小魚やら貝ひもやら裂きイカやらを口に放り込むと八割の確率でご機嫌になってくれるのだ。

 

 遠いガラルの地で美味しい料理に飢えている兄のことなど知らない妹は今、私の今晩の酒の肴になるはずだった干し飛魚を満面の笑みで貪っている。

 

「ねえマリィちゃん、それお姉ちゃんのお魚さんなんだけど……」

「んーん、これマリィの。マリィ開けたもん」

「そっかぁ。――ネズ君、そっちでもタラは手に入るよね? 小骨が多いから骨を抜いて、塩を振って水分を抜いて、フライにしたらどう?」

『タラのフライか……それならまあ、良いかも』

「塩だけじゃ味気ないし、そっちでも手に入る調味料なら……クレイジー○ルトとカレー粉が良いと思うよ」

 

 スモークサーモンをわさび醤油で食べるのも良いのだが、ネズ君に持たせたわさびチューブは一本だけで醤油の量も有限だ。料理の手間がいらないスモークサーモンをわさび醤油で食べるという楽な道に逃げ続けることは難しい。なにせガラルにはカントーやジョウト、ホウエンの食材を置いている店などないのだから。

 

 あれは十年以上前……ガラルにバイビーする二年前のことだ。エンジンジムのジムリのカブさんがホウエン出身だからエンジンシティにはホウエン地方の食材を置いている店があるに違いない、と考えた当時八歳の私は、真面目に貯めたお小遣いを握りしめエンジンシティに行った。

 地元のおばさん方に訊ねたのはもちろん、町の観光案内所へ行って他地方の食材を置いている店がないかと聞いたが、結果は「そんなお店なんてないわねぇ」だった。

 

 一体どういうことだ。自分たちのジムリの地元なら興味を持つものではないのか――確かにカブさんはメジャーとマイナーを往復していてちょっと頼りないジムリに見えるかもしれないが、ならばジムリを町全体で支えようという思わないのか? ただでさえ他所からやって来たトレーナーなのだ、カブさんは衣食住様々な点で苦労しているに違いない。カブさんはまだ二十代はじめの若者でしかないのだから、周りがサポートしてあげるべきではないのか。食だけでもホウエンの味を楽しめる店を作ってやろうとか、ホウエンの調味料などを店に置こうとか思わないのか。

 町全体でジムを応援しているスパイクタウンとは大違いだ。

 

 シティの奴らは心が冷たい。都会の人々は、ソーシャルディスタンスは近い癖に、ハートのディスタンスは遠いようだ。大事なのは……心。そうでしょ……ガラル!

 

 ホウエン産調味料入手の願い破れ、ジム近くの公園でしょんぼりとベンチに座っていた私に――しかし、なんと、声を掛けて来たのは若きカブさんだった。額に首に汗が伝っていたのはランニング中だったからだろう。

 

「君、どうしたんだい? 親御さんとは待ち合わせかな」

 

 知らないかなぁ、ぼくはこのジムのリーダーだから、変な人じゃないよ。そう爽やかに笑ったカブさんはとても親切で、その人徳の高さが初対面でも分かるほどの澄んだ目をしていた。知ってますよと頷いてベンチを勧めれば、カブさんは「では失礼して」と私の横に座った。

 

「カブさん、この街の人に虐められてませんか」

「虐められてる? ぼくがかい?」

「そうです。だってこの街の人たち、カブさんはホウエン出身なのに、ホウエン料理のお店を出したりホウエンの食材をお店に置いたりしてないんですよ。応援してるなら、カブさんがホウエンの料理を作れるようにお手伝いしたりしてくれるものなんじゃないですか?」

 

 ガラル生まれガラル育ちの私ですら、ガラル料理が美味しくないことが分かるのだ。いわんや他の飯が旨い地方の出身者。飯が不味い、水の味が違う、畳がない、顔の作りが違う、友人も親戚もいない、文字が違う――異郷に単身乗り込んだカブさんが苦労していないはずがない。

 そう伝えればカブさんは目を丸くした後に破顔した。

 

「君は優しい子だね。だけどそれは違うよ、ぼくがお願いしたんだ。ホウエン料理を食べたりホウエンを思い出すものを見てしまったら、家に帰りたくなってしまうかもしれない。だからホウエンの物は置かないでくれって頼んだんだよ」

 

 カブさんは修行僧だったのか……? 健常な味覚の持ち主が毎日ガラル式味覚破壊料理を食べるなど拷問でしかないだろうに。自らそのような拷問を受けて修行しているから澄み切った目をしているのだろうか? ガラル飯で日々徳を積んでいるのか。

 ストイックすぎる。

 

「心配してくれて有難う。人の事を思いやれる君は素敵なレディーだね」

 

 ――それからエンジンシティを訪れることなくカントー地方に飛んだので、カブさんと会ったのはその一度きりだ。

 

 ということで、比較的カントーに近い味覚を持った地方の出身者がジムリーダーをしているエンジンシティにも、カントー、ジョウト、ホウエン、シンオウあたりの調味料を置いている店はない。ちなみにカントーと比較すれば、ジョウトは薄味、ホウエンは甘め、シンオウは濃味だ。

 

「ガラルのどこを探してもカントーの調味料はなかったから、ネズ君もはやく諦めて自炊した方が良いよ」

『信じたくない! そんなの嘘だぁ!』

 

 電話の向こうで現状を嘆く言葉がしつこいほど繰り返されるが、三週間前に行けば良いものを六週間前に旅立つと決めたのはネズ君だ。私はちゃんと止めた。

 

「タラのフライにレモン汁をかけて食べたらさっぱりするよ。じゃあお姉ちゃんはこれから夕飯の用意しないといけないから、切るよ」

 

 四本入りの干し飛魚が全てマリィちゃんに駆逐され空袋が床に落ちていたのを拾い、二度と酒の肴をお膳の上に置きっぱなしにはしないと決めた。

 明日、ネズ君に送る食材と一緒にもう一袋買おう。

 

 麦茶を飲んでいるマリィちゃんに声を掛ける。

 

「きんぴらごぼうが好きな人、手を挙げて!」

「はい! マリィこんぴや好きー!」

「なんと! 今日の夕飯は、鯵の南蛮漬けと、きんぴらごぼうです!」

「キャー!!」

 

 マリィちゃんは舌が肥えているというか、カントーの味付けで育てたからカントー料理が大好きだ。マリィちゃんはカントーでジム巡りをするのだろうか、それとも剣盾のゲーム通りにガラルでジムチャレンジをするのだろうか? どちらを選んでも応援するつもりだし、もちろんトレーナーを目指さないというのもありだ。例えばうちの会社を継ぐとか。

 しかし、もしゲーム通りにガラルでジムチャレンジをするのなら――今のネズ君のように食事で苦労をする。保護者としてはお勧めできない選択肢だ。

 

 それでもガラルで苦労する道を選ぶんだろうなと思いながら、ペットボトルの出汁を鍋に出す。私は海藻類を食べられないがマリィちゃんは食べられるので、先ず豆腐と油揚げのお味噌汁を作ってから乾燥わかめを個別に入れる。

 南蛮漬けは昨日のうちに漬けておいたから味も落ち着いているだろう。

 

 ――さて、ネズ君がジムチャレンジに参加するということはつまり、ネズ君がガラルの雑誌に載るということだ。ガラルの新聞や雑誌をいくつか契約し、こちらで買えない分は伯父夫婦に購入を頼む。二年弱面倒を見た可愛い甥の覇道はラミネートして永久保存するものと決まっているのだ。

 グリーンさんもジムの「トキワシティ出身トレーナー」のコーナーに早速ネズ君の枠を作り、レッドさんのピカチュウと一緒に写っている写真を貼り付けた。そしてジムの経費でガラルの雑誌を定期講読契したらしい。

 

「いささか気が早すぎるのでは?」

「おれさまの弟子が勝ち進まないわけがないんだよ」

 

 納得した。レッドさんやゴールド君らもネズ君に指導をしていたから、ネズ君をそこらのアマチュアトレーナーと一緒にしてはならなかったのだ。

 

 ジムチャレンジに関する月刊雑誌「チャレンジャーズ」や「LET'Sジムチャレンジ」では、チャレンジのシーズン前になると、今年の目玉新人チャレンジャーや以前にもジムチャレンジをした期待度の高いチャレンジャーらの特集が組まれるのが恒例だ。

 私の幼馴染も毎度バッジを七つか八つ集められる実力があることと、チャンピオンになるのを諦めず毎年ジムチャレンジを繰り返していることで、何度か個別の記事が載った。

 不屈のチャレンジャーが個別の記事になるのに、『レジェンドの推薦』を受けたチャレンジャーが記事にならないわけがない。開催直前準備号には当然ネズ君特集が組まれていることだろう……そう楽しみに思っていた。

 

 しかし開会二週間前に出た「チャレンジャーズ」にも「LET'Sジムチャレンジ」にもネズ君のネの字もなかった。いや、新顔チャレンジャー一覧に顔写真が載ってはいる。他の有象無象と同じ扱いだ。おかしくないか?

 

「前チャンピオンの推薦状を受けたこのパックリだかポックリだかという奴が見開き記事なのにネズ君がコレ? は? レジェンドの推薦状舐めてんの?」

「すいせんじょーってなに? マリィもすいせんじょー舐める!」

「推薦状は飴じゃないの、ごめんねマリィちゃん」

 

 ――そう腹を立ててグリーンさんに怒りのメールを送ったら三十分後に電話がきた。グリーンさんによれば、推薦状の確認があった後にリーグ運営から連絡があったらしい。大混乱が予想されるため円滑なリーグ進行のためには公表できない、他地方からの推薦者という枠でのみ発表する、と。

 

「いやいや、そんな馬鹿な。グリーンさん達本人が出るわけでなし、二人の推薦状を持っているチャレンジャーというだけで大混乱なんて起きるわけがないじゃないですか」

『だよなぁ……おれもそう言ったんだが、あちらさんは「もう決まった事ですので」とけんもほろろだった』

「そんな!」

『全くつまらない奴らだぜ』

 

 私もグリーンさんも、我が家に週一でご飯を集りにくるレッドさんも、ネズ君の特集記事を楽しみにしていたのだ。我々がそんな適当な理由で納得すると思うなよ。教えてやろう、うちのネズ君は最強なんだ(集中線)!!

 トックリだかソックリだか知らんが、前チャンピオンの推薦者が見開き記事でネズ君の写真が2センチ×1.5センチなのは天が許しても私が許さん。我が一族期待の星、スパイクタウンを背負う男、ゲームでは天才ミュージシャン兼ジムリーダーとなった哀愁のネズをこんなぞんざいに扱ったことを後悔させてやろう。

 

 やり過ぎ? そんなことは知らん。私はモンペだ、うちの子が主人公役をしなければ気が治まらんのだ。うちの子が桃太郎でなければ許さん。

 

「実はですね、私ガラルの出版社に伝手がありまして……」

『おれが許可する。やれ!』

 

 というわけで、真心カレーで無理をお願いしたタウン誌のスパイクタウン・ダッシュ社と、真心カレーの取材の為に記者がカントーまで来てくれたことのある、政治記事から明日の献立まで網羅しているウィークリー・ガラリアン社にネズ君の情報を売った。

 開会式当日に店頭に並んだウィークリー・ガラリアンの目玉記事はもちろんネズ君。親戚全員、一人につき三冊ずつ買った。

 

 注目が集まったおかげでネズ君の動向がほぼリアルタイムで分かるようになり、バッジを五つ集めたニュースを我が社の社員全員――たった三人しかいないし、うち一体はポケモンだ――に伝える。

 

「というわけで今年の社員旅行はガラルです! メインはガラルのジムチャレンジの観戦。良いですか、あちらのご飯には決して期待せず、自分で調味料を持っていくようにしましょう。共同でお米や醤油の類をうちの祖父母の家に送っておくというのも手ですね。先に送っておきたい物が有る人は、再来週までに私に渡してください」

「ボス、観戦するのはネズの試合なのかニャ?」

「そのつもりです。安心してください、ネズ君の試合のチケットはウィークリー・ガラリアン経由で確実に入手できますからね」

「キャーやったー! 流石ボス! ガラルのリーグ観戦チケットなんて当選倍率が頭おかしいから手に入る訳がないと思ってたのよねー!」

「有難うございますボス! やったな、ムサシ、ニャース!」

「嬉しいニャー。あっちではニャースも巨大化するって聞いたことがあるニャ。見るのが楽しみニャ」

 

 ウィークリー・ガラリアンはリーグのスポンサーをしていて、合計十枚までならネズ君のナックルジムチャレンジとトーナメント戦のチケットを融通してくれると言っている。入場チケットが必要なのは八歳以上のヒトだけなので私たちの分が六枚、あと四枚分ある。

 二人誘える。

 

 タケシさんとカスミさんのところはまだ娘さんが小さいからガラルまでの長旅はできないし、ナナミさんや他の友人はさほどバトルに興味がない。店長には店がある。ならば知り合いのトレーナー連中しかない。誰を誘うか……面倒だからくじ引きで決めよう。

 ――結果、ワタルさんとシルバー君という赤毛ペアになった。ワタルさんに伝えれば「ガラルか。数年ぶりだな」と快諾してくれ、シルバー君は「何故オレを誘うんだ。他の奴を誘えば良いだろう」と一度断ってきたが、ワタルさんも一緒だと言うと「行かないとは言っていないだろ」と前言を翻した。「オレのポケモンに、ガラルでしか作れないという真心カレーを食べさせてやりたいだけだ」という苦しい言い訳にはつい笑顔が浮かんでしまう。

 

 十一月の末、今年の新人チャレンジャーの中で一番にナックルスタジアム――八番目のジムチャレンジに辿り着いたネズ君の試合を観戦するため、招待チケットでスタジアムに入場した。まだジムミッション中でグラウンドには誰の姿もないが観客席はすでにほぼ満員だ。

 他人の声に耳をすます。当然のことながらネズ君への期待は大きいようで、今年もまたチャンピオンが交代するのではなどと話している。

 

 そうなのだ。去年チャンピオンになったのはネズ君と同い年のダンデ。これから十年無敗を続ける予定の男……いや、予定は未定だ。ネズ君がチャンピオンになってしまっても構わんのだろう?

 

 観戦のおやつは軽くて美味しくて周囲に臭いテロを起こさず、ガラルでは手に入れられない食べ物でビールに合うものを持ってきた――ジャーキーにシャケトバ、チーズ鱈、ちーかま、のり天、おしゃぶり昆布その他だ。いかの姿あげは匂いが強いので家で食べる。

 マリィちゃんにポン○ケのり味(小袋)を渡したら突き返されてシャケトバを盗られ、一人一袋ずつ鶏むねジャーキーを配ってニャースにはポケモン用ジャーキーをあげる。

 

「おい、オレは未成年だぞ!」

「それノンアルです。大丈夫、アルコールが入っていなければ問題なしです。それにジャーキーには炭酸がないとね」

 

 シルバー君にはノンアルコールチューハイを渡し、我々成人はビールのプルタブをカシュリと開けた。剣盾の時間軸ではどうかは知らないが、現時点では観戦しながらの飲酒が禁じられていない。つまり呑んでも許される。

 膝の上のマリィちゃんがシャケトバをしゃぶって涎まみれにしていたので、タオルを涎掛けの代わりに巻いてやる。マリィちゃんは魚の見た目をしたおつまみに目がない――飛魚しかり、シャケトバしかり。塩分の摂りすぎは体に悪いので、私としてはポンス○(小袋)を食べてほしい。子供用クッキーも持ってきているのに。

 

「酒を飲みながら他人の試合を観戦するなんて、このガラルでもないとできないからね。君はまだ飲酒が認められていない年齢だしガラルに来るのは初めてだから知らなかっただろうが、こういうポケモンバトルの楽しみ方もあるのさ」

「不真面目なことだな」

「野次馬は楽しいものさ。しょせんは他人の喧嘩だからね」

 

 私の右手ではワタルさんとシルバー君が真面目な話をしているが、左手に座るうちの社員は平和なものだ。ムサシさんの向こう隣に座るコジロウさんが良い呑みっぷりを披露している。

 

「ちょっとコジロウ、呑むのは良いけど呑み過ぎないでよ。今日はネズの応援がメインなんだから」

「その通りニャ。ニャー達もめいっぱいネズを応援するんニャから、呑み過ぎは禁止ニャ!」

「ソーナンッス!」

 

 猫の舌に炭酸は飲ませられないため、ニャースには美味しい水だ。勝手に出てきたソーナンスがコクコクと頷いたのをコジロウさんが「ちょ、出ないって約束したろ!」と注意してボールに戻し、「いやぁ」と後ろ頭を掻いた。

 

「観戦喫茶とかで試合の応援をするのは慣れてるけど、こうしてスタジアムの客席でみんなと一体になって観戦するのは初めてだからさ。緊張しちゃって……」

「まあそうね……独特の雰囲気があるわよね、スタジアムって」

「熱気も凄いニャ。明日で十二月なのにエアコンいらずだニャ」

 

 平和に酒を呑みながら時間を過ごすこと三十分超、グラウンドにネズ君が現れた。

 数ヶ月前にカントーを出た時より凛々しく、しかしかなり痩せている。やつれたと言う方が正しいかもしれない。試合が終わったらご飯に誘おう。

 

「マリィちゃんお兄ちゃんだよー、ネズ君がんばれーって応援してあげよう。ほら、がんばれー!」

「にーちゃー! がんばえー!」

 

 マリィちゃんの口からシャケトバが発射されたのを慌てて受け止め、驚く。――マリィちゃんがシャケトバをかじって半時間は経つというのにシャケトバの身は全く減っていない。……つまりマリィちゃんはシャケトバを食べていたのではなく、ちゅうちゅうと吸っていたのだ……!

 気持ちは分かる、シャケトバをしゃぶりたい気持ちは私にも良く分かる! 適度にしょっぱく深みのある旨味がじわじわと溢れるシャケトバは、一日中吸っていたくなる魔力を持っているのだ。

 食べたら消えてしまうが吸っているだけなら消えない。だから吸う。分かる……分かるがしかし、その行為は大人には出来ない。マリィちゃんには今のうちにシャケトバちゅうちゅうを一生分満喫して貰いたい。

 

 マリィちゃんの口にシャケトバを戻し、鶏むねジャーキーの脂をビールで流しながら皆でネズ君を応援する。

 

 私にはバトルの良し悪しは分からないけれど、ネズ君がナックルジムのジムリーダーのポケモンを鮮やかに倒していることは分かる。だが……ダイマックスを繰り出したジムリーダーを見るネズ君の目がとても物騒に見えるのは私の気のせいだろうか? いいや、気のせいなわけがないのだ。

 私の両親も、ネズ君の両親も……何人もの親戚や知り合いが巻き込まれて死んだのだ。ダイマックスを嫌う方が自然で、好きになれる理由がないのだ。

 

 ダイマックスバンドにされていない、出力が不安定なねがいぼしが使われたあの事件から、ガラルではねがいぼしの所有に免許の申請が義務になった。

 何事も事件が起きてから、被害が出てから規制がなされたり、規則が作られたりする。当然だ。事件が起きる前に規則を作れと強いるのは江戸時代に道路交通法を作れと強いるようなもので、無茶苦茶な要求だ。――しかし、思ってしまうのだ。どうして私達は遺族にならなければならなかったのだろう、と。規則がもっと前からあればこんな事件は起きなかったのではないか、と。

 

 スパイクタウンの周辺に元々ポケモンの巣は少なく、巣からダイマックスを示す光が立つこともほとんどなかったが、それらは事件後に町の総意で全て破壊され埋められた。

 

 ダイマックスポケモンはただのポケモンの何十倍も危険だ。ダイマックスポケモンが歩くだけで何軒の家が破壊されることか、想像するだけで恐ろしい。

 他人は言う、「ポケモンに罪はないだろう」「ダイマックスは悪いことじゃない」「ポケモンを悪用しダイマックスさせた奴が悪いんだ」「ポケモンの巣は事件と関係ないのでは?」「罪を憎んで人を憎まずだよ」と。

 そんなことは分かっているとも。

 

 ダイマックスという危険な行為を、見世物として楽しめない。ダイマックスが町の近くで発生していることを恐れずにいられない。他の町の人達なら受け入れられることだとしても、私達には受け入れられない。

 確かにダイマックスはスリリングだ。圧倒的な力で格好良い。でも嫌いだ。きっと一生嫌いだろう。

 

 鬱々とした気持ちをビールで胃に流し込めば、隣のムサシさんが私の肩に頭を乗せる。

 

「格好いいわね、流石はボスの甥っ子って感じ。このままチャンピオンになっちゃうんじゃない?」

「どうですかね……。そうですね、もしネズ君がチャンピオンになったら、ネズ君をイメージキャラクターにして中華一番の広告を打ちましょう。バカ売れ確実ですよ」

「あら、それいーじゃない。ガラルのゲロマズ料理を我が社で染め上げちゃいましょ!」

 

 ――冬至の日に行われたトーナメントで、ネズ君はチャンピオン・ダンデに負けた。

 ダイマックスのリザードンに負けた。




 前話で「ランs……ネズの両親が死んだ! このひとでなしィ!」という内容の質問があったので、こちらにて回答します。

・孤児と分かるビートや家族の描写があるホップらと違い、マリィに両親がいるという描写がない。
・ネズがダイマックス無しバトルに拘る原因が謎。
・スパイクタウンでネズのダイマックス無しバトルに対し肯定的な者達がいる(≒エール団)。

 というわけで、ネズの両親はダイマックスが原因で亡くなったのではないかな、と。
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