仮面に縁を、歌に血を 作:星鱈
「仮面に縁を、歌に血を」、前回の3つの出来事!
1つ、クリスとアイギスがルブランにご来店。
2つ、結の過去回想で了子の人格がフィーネに潰される瀬戸際ということが発覚。
3つ、ラヴェンツァが『イセカイナビ』という謎のアプリを提示した。
「にわかには信じられない……って言いたいところだけど、認知訶学をかじってた身としてはありえない話じゃなさそうね」
一通りラヴェンツァからイセカイナビについて聞き終えた了子は神妙な面持ちで呟いた。
人々の認知によって形作られた異世界の存在。
歪んだ欲望を持つものが構える牙城である『パレス』。
そして本人が内に秘める欲望の現し身たる『シャドウ』。
散々物理学に喧嘩を売るような代物を開発した彼女でさえ、過去にその手の事を小耳に挟んでおかなければ理解が及ばない荒唐無稽な事柄の数々。
しかしそこさえ飲み込んでしまえば全ての筋が通るのだ。であれば無駄に悩み続けるよりも、とりあえず納得することを選ぶのが了子という人間である。
「で、心を盗むって具体的には?」
「パレスとシャドウの話はしましたね?パレスは難攻不落の城塞ではなく、必ず『オタカラ』と呼ばれるものが存在します。ありていに言えば欲望の根源、もしくはパレスの主が執着し続ける対象でしょうか。ともかく、それをパレスの中から持ち去ることができれば────」
ㅤ『歪んだ欲望も持ち去れる?』
ㅤ『真人間になる?』
「その通り。歪な欲望の起点となるものが消失するとパレスは崩壊。そして盗まれた本人は良心の呵責に耐え切れずに『改心』する、というわけですね。少なくとも、月を穿つなどと考えることはなくなるでしょう」
しかし了子とフィーネの関係性は中々に複雑だ。
今も一つの身体の主導権を二人で奪い合っているような状態である。
ラヴェンツァの見立てでは彼女たちのパレスは共有されている可能性が高い。
しかも先史文明から今の今まで生きてきたフィーネの欲望は計り知れないため、ラヴェンツァが今まで観測してきたパレスより複雑怪奇な構造であることも十分に有り得る。
そして上述の通り不確定要素が湯水の如く溢れているため確実に『改心』できる保証はない。
事に及んだ結果、全てが水泡に帰すことや、事態が悪化する可能性も否めない。
「────それでも貴方は、心を盗みますか?」
ㅤ『当然』
ㅤ『答えるまでもない』
信じていましたよと満足そうにラヴェンツァは頷いた。
「何だかトントン拍子に『改心』に向けてお話が進んでるけど……」
「不服ですか?」
あきらめにも似た表情を浮かべた了子が零した言葉をラヴェンツァは丁寧に拾い上げた。
「……私は自分を死ぬべき人間だと思っていた。私じゃないとしてもこの身体は、もう随分と見えない血に汚れているもの」
「せめてもの贖罪のためにフィーネと心中しようかと思ってたのに……ほんっと不服よ。私よりもっといい代案、持ってきてくれちゃったんだから」
ㅤ『乗るか?』
ㅤ『契約だ』
「ええ、契約しましょう。こんな馬鹿げた計画に、終止符を打つために!」
【了子の決意を感じる……!】
COOPERATION【櫻井了子】
『死神』
【■■■□□□□□□□】 RANK3
「……さて、じゃあ話しましょうか。フィーネが月を穿つ、その方法を」
●
ㅤ『特機部二のエレベーターが荷電粒子砲……!?』
ㅤ『だいたいわかった』
了子から月を穿ち方についての説明を聞き終えた。
二課本部のエレベーターシャフトに偽装した荷電粒子砲塔──『カ・ディンギル』で月に向かってビームをぶっ放すゴリ押し戦法だった。
理解の範疇に及ばないような緻密に練られた作戦を実行するのかと思っていた結とラヴェンツァは単純明快かつ力づくのそれに微妙な顔をした。
「何と言うか……思ったより物理的なんですね」
「幾星霜と考えを重ねた末にシンプルになった可能性も否定できないわ。比較的理には適っているもの」
完全聖遺物である『デュランダル』を炉心にするのでクールタイムをおけば連発可能。
本体を丸ごと壊されない限りはいくらでも撃てるという保険まである。
「私の計画ではフィーネが油断したところを後ろからザクッて感じだけど、イセカイナビならそんなこと考えなくていいじゃない?」
了子がラヴェンツァに話を振ると彼女は申し訳なさげに発言した。
「……あの、水を差すようで非常に申し訳ないのですが、イセカイナビは……まだ完成しているわけではないのです」
ㅤ『確かに使えるとは一言も……』
ㅤ『(天を仰ぎ片手で目を覆う)』
「あからさまに残念がらないでください!話は最後まで聞くものですよ!」
「本来認知世界に入り込むことはかなり容易なはずなのです。しかしこの世界の認知は位相がブレていると言いますか、世界そのものに大規模なジャミングをされているような……」
これまでラヴェンツァが使っていた手段では認知世界へと入ることができないので、どうにか仮称・『リョウコパレス』へ侵入できるようにイセカイナビをアップデートするつもりだという。
「……まだ『デュランダル』が起動してないから時間的余裕はあるはずよ。アプリの改修、どれくらいかかりそうかしら?」
「一月あればギリギリ、でしょうか」
「なら余裕ね。完全聖遺物の起動にはかなりの時間を要するわ。そもそも上が起動させるなってうるさいし、よっぽどの事がなければ大丈夫でしょうね」
●
「なるほどなー」
ㅤ『よっぽどの事があってしまった』
ㅤ『……』
場面は回想から現在へと戻る。
ルブランにて響とアイギスを除く全員が頭を抱えていた。
「えっと……?」
「悪い了子が極太レーザーで月を壊そうとしているであります。それをどうにかする手段は現在誠意製作中であります。ですが『デュランダル』は既に起動してしまっているであります」
本来デュランダルの起動にはかなりの時間を要するはずだったが、先の戦いによりかの聖遺物は目を覚ましてしまった。
加えて了子が身体の主導権を握れる時間はもうほとんどない。
であればフィーネが月を穿つ計画を一気に早めても何ら不思議ではないのだ。
「ヤバいじゃないですか!」
「その、イセカイナビ……でしたっけ。了子さん?を止めるためのアプリ、まだ完成してないんですよね」
内容の全貌をゆっくりと把握した響は置かれた状況を今更認知した。
未来は対抗策であるイセカイナビの進捗状況を聞くも結は首を振る。
あれからラヴェンツァには会っていない。
結の暴走の原因とアプリの改修にかかりきりなので呼び出すのは水を指すかと思ったからだ。
しかし今は緊急事態の真っ只中。いつフィーネが表層化してカ・ディンギルを撃つかわかったものではない。
結は机に置いていたペルソナ全書を二回ノックした。するとページの隙間から蒼い蝶が現れる。
忙しなく羽ばたき近くの席へと着地した蝶はその姿を一気に人の形へと変貌させた。
「お久しぶりです、結、響。そして御三方はお初にお目にかかります。結のサポーターのラヴェンツァと申します。はい、お顔を見れば何が言いたいかくらいはわかりますが、今はどうか私の話を聞いて頂きたく」
優雅に飛んでから人形に変わるはずのラヴェンツァがかなりシークエンスを端折っている。いつもたおやかな彼女の表情も心做しか焦っているように見えた。
ラヴェンツァはスマホを素早く操作してから吉報を口にした。
「単刀直入に言いますと、イセカイナビは完成しました。使い方は……追って説明します。今は早く────」
その時、ラヴェンツァの言葉を遮るように外から悲鳴が聞こえた。
弾かれたように雨空の下に飛び出した響はノイズが空に、地に、いたるところに跋扈しているのを目撃する。
転々と火を灯すように現れる彼らはさながら夜を彩るデコレーションのようだ。
死を呼ぶ誘蛾灯という意味ではあながちこの解釈は間違っていないのかもしれない。
ガングニールを身に纏い、響はノイズへ突貫する。
結も後に続こうとしたが踵を返して途中から何も喋らなくなったクリスに声をかける。
ㅤ『大丈夫か?』
ㅤ『行くぞ』
「行くって……どこにだよ」
チェアで膝に顔を埋めていたクリスはちらと視線を結に向けてぶっきらぼうに口にした。
避難所まで、と結は答える。
今クリスはネフシュタンの鎧や銀の杖を装備しているわけではない。自分と響で護衛をしつつ未来と共にそちらへ移送しようかと考えたのだ。
「行かねぇ。ソロモンの杖を起動させたのはあたしだ。ここでくたばるのがお似合いさ」
ㅤ『本心か?』
ㅤ『それで本当にいいのか?』
「……本心だ。本心に決まってる」
「いえ、本心じゃないであります」
言い聞かせるように呟いたクリスの言葉をアイギスが否定した。
「クリスは了子の最後のお願いを聞いたとき、それを叶えたいとは思わなかったでありますか?」
返答の代わりにクリスの肩が揺れた。アイギスは続ける。
「もしもクリスが今までを後悔しているなら、今を変えたいと願うなら」
アイギスの手首のパーツがオープン、中から赤いペンダントが現れる。見覚えのあるその形に一同は目を丸くした。
「あなたはこれをクリスに託しなさい、それが了子からのオーダーであります」
アイギスはクリスをしっかりと見据えてそう口にした。
もう少し早く書き終える予定だったのですが、かなり忙しかったものでして……無念。
復帰直後なのでかなり荒い文だと思いますので、誤字やご指摘などよろしくお願い致します。