「アーミヤッ!!!」
怒号。
先ほどまでの、ゆっくりした時間の流れはとうに濁流へ飲み込まれた。
何が起きたかわからない。
人間は生きている間、常にこの感覚に襲われている。
大なり小なり。
そして今回は、おそらく最大値付近を引いたのだ。
「ベルゼバブ......さん?」
未だになにかを喚いている。
必死に伝えようと、無線通信だというのに声を張り上げている。
「まだわからんのか!!!小蝿どもが既に居る!!!目的はミーシャ、かなり大規模且つ特異な編成だ!」
小蝿。かれの独特な表現であり、そしてそれは大抵彼にとって好ましくないものを指す。
今回の場合は。
「......もうレユニオンが潜入してきているんですね。猶予はありません。こちらはミーシャさんを確保しました。」
そう、あのレユニオンだ。
もう既に、あの異様な警戒体制すら掻い潜り、ここへ現れたのだ。
早い。
「アーミヤ......さん?」
感染者の少女......
両陣営から同時に狙われているのは、ミーシャというウルサス人だ。
つい最近のチェルノボーグ事変で、龍門に流れてきたのだろう。
名門の子だが、感染者という烙印はそのネームバリューすらちり紙に等しく変えてしまう。
しかし家系というものは、負の面ももたらす。
そのお陰で絶賛被追跡中なのだ。
「レユニオンがもう龍門に追い付いてきました。想定よりかなり危うい状態です。
......急いで安全地帯へ行きましょう、ミーシャさん。」
選択肢は、無かった。
咄嗟に駆け出すロドス各員。
ミーシャを中心に据え、レユニオンが考えうる限り何処から現れても対応できる万全の態勢。
「アーミヤッ!!!絶対に目標を奪取されるなよ!」
「大丈夫です。前からも、横からも、後ろからも。あらゆる状況を想定して陣形を組んでいます。ドクターもスタンバイが終わっていますので、おそらくは。」
まさに磐石。名だたるオペレーターが陣形を組み、ミーシャたった一人のため意識を割いている。
万に一つも、失敗はありえないだろう。
「_____阿呆がァッ!!!
上だッ!!!アーミヤッ!!!」
「え_____」
しかしテラでは、万に一、億に一がよく起こるようだ。
壁をかける人影。およそ人がしていい動きではない。
ソイツはサーベルを構え、こちらへと突っ込んできた。
もちろん、真上から。
叫び声。
ミーシャに触れる、敵。
「羽虫どもがぁぁぁぁ!!!」
高速で飛んできたのは、レユニオンのみではないようだ。
鋼の翼をはためかせ、蠢かし飛来してきたのはベルゼバブ。
ミーシャを拐おうとしたレユニオンを思い切り蹴飛ばして、ゆっくりアーミヤの方へと向き直る。
「ベルゼバブさん!来てくださったんですね!」
「言うとる場合かぁッ!」
空から飛んでくる敵へと迎撃のためにアーツ、矢尻、鉛弾。
そして、黒い羽。
それぞれがそれぞれの持ち前の武器をぶつけ、敵を叩き落とす。
「ひっ......」
暗く薄汚れた、青っぽい路地に、赤いアクセントが良く映える。
ミーシャの顔は白いキャンパスのようだ。
上から降る紅い画材は、そこに美しい模様を描いた。
歓喜の叫びとはほど遠いが、その悲鳴は、芸術に対する福音かもしれない。
「どうした。小娘。よもやようやく、自らのおかれた状況に気づいた、というわけではないだろうな?」
目の前の真っ黒な男は、見た目や声色だけでは味方なのかもわからない。
事実先ほどミーシャをつかんだレユニオンなどをなんの毛無しに踏みつけている。
「か、感染者を......」
そこでミーシャが想起したのは、やはりというべきかチェルノボーグでの感染者の惨状。
もしや、ロドスすら。
彼女の中に、ひとつの疑念が生まれていた。
「貴様、勘違いするなよ。」
驚くほど低い、威圧的な声。
おおよそ保護対象に対してだしていい物ではない。
「感染者も非感染者も無い。等しく余に屈するのだから。」
グシャッ。
足元のレユニオンは、耐荷重量を超過したのか、形が変わっていた。
「......」
そして、ミーシャの心も変わりつつあった。
立ち上がるべきかもしれない。
もはや覇道を歩むとすら言えぬ、その黒き意思に反抗するために。