破砕。
腕を振るえば、豆腐のように崩れる肉体。
しかし真っ赤な血肉の質感が、確かにそれが人であると、そうあったのだと証明する。
相手が脆いからか?あるいはこの男が強すぎるのか?
そんなものは関係ない。事実が証明するのは、彼こそが王者だということ。
チェルノボーグでの殺戮と、なんら変わりない。
「......」
ミーシャは黙ったままだ。
ロドスにももちろん感染者はいる。
しかし、彼らは機会と周囲に恵まれた。
感染者は、感染者と非感染者という枠組みで世界を見ているわけではない。
あるいは、ロドスのみはそう見ているだろう。
だが違うのだ。
嫌いか、嫌いではないか。
幸せか、不幸せか。
実際のところはその程度でしかない。
ロドスは感染者だが、それ以前に光の下にいる。
幸せは妬まれるのだ。
成功者は、それ以外の全ての失敗者への供物となる。
つまるところ、ロドスは不幸なものの反感を買う。
ロドスの救いたいもの、そのものに。
「ククク......ハハハ!無い頭を捻って漸く導きだした奇策もこの程度、か。どうした?もうこれ以上向かってこないのか?」
スラム街。乱立した搭。
高所ゆえ、風は吹き荒ぶ。
チラシがベルゼバブの羽に触れ、散り散りになった。
最初の勢いはどこへやら。空挺兵士は皆恐慌状態に陥っていた。
「おのれ......ロドス......ッ」
なにもかも、こいつのせいだ。
黒い服、黒い羽、黒いアーツ。
その中で金色にはためき、輝く髪。
もはやそれは、恐怖の象徴、いや。
敗北そのもの。形を持った、暴力。
「いいか、冷静になれ。そして執着を捨てろ。」
だけれどそこで止まれない。
もう彼らは「負けていた」からだ。
ぽつり、ぽつり。
それは激励に見せかけた、遺言だった。
「俺たちはレユニオンだ。このどうしようもない世界を、それでも、何もかもを犠牲にしてでもどうにかするためにここにいるんだ。
______たった一人の、ロドス如きのオペレーターに、その望みをくじかれちゃダメなんだ!!!」
もはや失うものは何もない。
勝とうとは思わない。でも、救世主にはなれるのかもしれない。
そう思えば、あとは楽だった。
「そうだ!これ以上奴等の思う通りにことを運ばせてなるものか!」
一つ、また一つと、猛々しき雄叫びが上がる。
死を覚悟した感染者は、この世界の中でもっとも恐ろしい存在のひとつと言える。
数十年分の寿命全てをその剣に乗せて振るうのだ、強烈でない方がおかしい。
「ほう、弱者の分際で余へ向かってくるか。ヒロイズムに酔い、自らの力量すら見失うとは滑稽極まりない。」
「______強度を検証してやろう!この腐りきった世界のかたすみに這いつくばって生きる、貴様ら感染者どもの!」
大量の声、そしてその勢いと共に、訓練の賜物とも言える独特な空中軌道でベルゼバブへと殺到するレユニオン兵士。
雪崩のごときその様相は、生半のオペレーター相手ならば怖じ気づかせ、事実死に追いやるだろう。
だが、あれは違う。
「ミーシャ、余の邪魔だけはするなよ。貴様が大人しくする限りは、命の保証はしてやる。」
「............何もわかってないくせに。」
ミーシャのその言葉は、届くことはない。
「ハエ叩きだ。舞って見せろ......ッ!」
ガバッ。
そんな擬音が聞こえそうなほど勢いよく、彼の腰回りの装飾が展開する。
否、それはただの装飾ではなかった。
恐ろしく攻撃的な、刺々しき四肢と化したそれらは、まるで虫の足のようで、その動き自体も正に虫のそれと言っても差し支えない。
蠢動は徐々に研ぎ澄まされ、次の瞬間、それらは高速で延びきった。
「一切合切駆逐してやる。
この壊れかけた世界からすらなッ!」
「_____ッ!!!」
先陣を切って飛び上がった、幾人ものレユニオン兵士。
しかし、勇ましき彼らがもう一度地を踏むことは無かった。
先ほど延びきった四肢が、無造作に、当たり前のように命を消し飛ばす。
大穴は一つでは済まず、いくつも。
血肉は後方に吹き飛ばされ、続く勇者たちの白い服装を紅色に染め上げた。
最期に消し飛ばされた腕から、微かな抵抗とばかりに剣が投げ飛ばされる。いや、ただ慣性に任せて飛んできただけかもしれない。
風に煽られ、それでもなおベルゼバブの方へと真っ直ぐ突き進むその姿は、その主と、奇しくも同じだ。
「遺品すら余の余興の供物となるか、殊勝な心掛けだ。」
しかし、彼には届かなかった。
指と指で、見せつけるように挟み込み、止めた。
あの勇敢な感染者たちは、命ひとつ消費して、かなしいかな何一つとして遺せなかったのだ。
「だが......そろそろそれも終わりだ。ここで貴様ら全員を地獄へと叩き落とせば、悠々と我々は凱旋できる。ロドスの力も十全に誇示できる。そして、余の目的へと歩み出すことが出来るのだ。」
剣をその場に叩き落とす。
ロドスの動きは全て好調だった。
ベルゼバブは、こちら側に着地した残り物のレユニオンへと改めて向き直る。
「さぁ......ッ!遊びは終わりだッ!!!」
羽が両側へ展開する。
大きな、そしてあらゆる命を奪い尽くしてきたその死の翼。
威圧感はすさまじく、死を覚悟したレユニオンですら気圧される。
下がることを知らない彼らも、剣を握る手に必要以上の力を入れてしまう。
「速やかに死______」
だがその高らかな処刑宣言は、しかし最後まで紡がれることはなかった。
「ガハッ............!?」
腹から刃物を生やしながら、宣言できる人間は確かに居ないだろう。
背後から、貫かれていたのだ、ベルゼバブは。
一体、誰が?
「やっぱり、やっぱりダメだよ......私は信用できない。」
「み......ッ、ミーシャァァァァァ!」
そう、近くに落ちた剣を彼に隠れて拾い、背後から突き刺したのはミーシャだった。
「き、貴様、いつどこで、そんな............アーツを............ッ!まさか......感情によるものかァッ............!そんなことが............ッ」
その刀身は黒いオーラを纏い、あの屈強なベルゼバブが呻くほどの威力を発揮していたのだ。
「今だ!ミーシャ!手を離せ!」
そこへと、レユニオン兵士が数人突貫してくる。
「貴様らぁ!身の程を知れぇっ!余に触れるな!!!」
「うるせぇ!一緒に落ちてこうぜッ!このクソみたいな世界の、地獄までなァッ!」
鈍い肉の音。
風を切る、羽の音色。
しかしそれは羽ばたいていない
ロドスのオペレーターはその様子から目を離せずに居た。
あれほど暴れた、あの、怪物じみた彼が。
数人のレユニオンに押し出され、一緒に落ちていった。
この高い高い、スラムの山の頂点から、一目で見えぬ底まで。
「......ミーシャさんを確保してください!目的を見失ってはいけません!ベルゼバブさんなら、なんとかなっている筈です!」
アーミヤは手早く作戦の修正を試みるも、時すでに遅し。
ベルゼバブが消えたぶん、大量のレユニオン兵士がこちら側へと飛んでこれるようになっていた。
「ウサギ女め!ここから先へは通さねえぜ!!!」
「ミーシャを逃がせッ!」
「スカルシュレッダーのためだ!俺たちは勝つためでもなんでもなく、家族のために戦うんだ!」
それらの抗戦は激しく、ミーシャはもはや先ほどベルゼバブが落ちた先と同じく見えなくなっていた。