明日の蒼空   作:pilot

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蠅叩 前編

「うなああああああああ!?」

 

呆気なかった。と言えばいいのであろうか。

先ほどまで暴虐の限りを尽くしていた黒く輝く鋼の翼は、叫びながら、錐揉み回転しつつ地に落ちていった。

 

「ん......?」

 

ファウストもあの一撃のみであれだけの効果をもたらせるとは思ってもみなかったのだろう。

おそらく即死、良くても致命傷は免れない。

 

「やった......のか?」

 

先ほどまでガタガタ震えていたレユニオン兵士たちも、のそり、のそりと物陰から様子を伺い出す。

 

「い......今だ!ロドスを追撃しろ!」

 

その中の一人がそう言えば、途端に皆駆け出した。

レユニオンは復讐のために立ち上がった組織、逆境を乗り越えれば後は報復の時間だ。

 

だけれども、彼等はただ台風の目に入り込んだあわれな渡り鳥どもでしかないことを思い知ることになる。

 

周囲の兵を率い、一人が先行したその瞬間だった。

黒い一閃、白い仮面が割れ、脳漿を撒き散らすそれ。

 

後ろに続いていた仲間たちの、頭上から降り注ぐ臓物。

サンクタの使う高級な銃や、強力な爆破アーツでも、あそこまで派手に吹き飛ばせるような使い手は中々居ない。

 

「余の手を煩わせるとはな......面白い羽虫どもだ。

____褒美をやろう、さっさと死ね。」

 

ゆらり、そんな擬音が聞こえてきそうな程不気味に立ち上がったそいつは、まさに先程叩き落とされた黒い羽の男、ベルゼバブそのものだった。

 

「何故!ファウストの一撃が直撃したはずなのに____!」

 

疑問を呈する兵士。

驚愕、恐怖、そして同胞の死に対する怒り。

様々な負の感情を詰め込んだ呪詛は、最後まで紡がれることなく終わった。

発声器ごと命が消し飛ばされたからだ。

 

「確かに、直撃した。

だからどうしたというのだ。

少しばかり驚いたが、所詮は負け犬どもの悪足掻き......わざわざ余に攻撃を受け流させたことだけでも誇りに思うがいい。」

 

余裕を持って威圧するベルゼバブ。

殺意と闘争心を隠そうともせず佇んでいる。

ロドスにおける上司がが撤退に勤しんでいることをいいことにここらで暴れ尽くす算段であるのだ。

 

「死にたい奴から順に並ぶといい......余の慈悲だ。

すぐさま、本気で消し飛ばしてやる。

貴様らのちっぽけな後悔と悲願ごと、な。」

 

大地を踏み締め、踏みつけ、踏みにじり、男は歩む。

一歩、また一歩と歩幅が多きくなる。

羽は上下に大きく、鼓舞し、誇示し、羽ばたいている。

 

「ククク......遠慮はいらん......まずは貴様からァッ!!!!____」

 

視線の先に、翼を一度はもいだ憎きファウストを捉えたベルゼバブ。

見えていない。筈だった。ステルス装置の性能は保証されている。

今だって悠々と逃げてもいいはずだ。

しかし、この男には見られている気がした。

あまりにもまっすぐ、純度の高い殺意を向けられたファウストは、自らの優位性を確信できなくなった。

死すらを、覚悟しかけたのだ。

 

そして、空へと舞い戻ろうと一段と翼が広げられたそのとき。

 

「ウガアアアアアアァァァァァ......」

 

その脚を、引くものが居た。

 

「何だ貴様ァ!往生際が悪いぞ!黄泉がえりおったか!?」

 

先程蹴散らした筈の、ぐちゃぐちゃの肉塊から石がところ狭しと生えた異形が、ベルゼバブの脚に絡み付いていた。

 

また一体、また一体と、起き上がり、体を崩壊させながら、しかし確実に、執念深くはいよってくる。

 

「ファウストはやらせない!」

 

メフィストが、その年齢に似つかわしくない形相で叫ぶ。

 

「殺してやる!僕の兵士たちでアイツを......!」

 

怒りに身を任せ、治療のアーツを限界まで作用させるその少年、メフィスト。

その能力はすさまじく、先程の普通ならとっくに死んでいる肉塊やらなんやらが動き出したのは彼の実力を端的に現している。

 

が。

 

「いや、撤退しようメフィスト。あれ相手じゃ時間稼ぎにはなるが、決定打が足りないと思う。」

 

この状況においても冷静さを崩さないファウストは流石狙撃手と言うべきか。

 

「アイツはファウストを殺そうとしたんだよ!?」

 

それに対して怒り心頭とも言うべきメフィストは、ベルゼバブを殺そうと躍起になっていた。

 

「ここで引くのが遅れれば全員殺されるかもしれない。あれを見ろ。」

 

そうして指差した先には、これまた青筋を浮かべたベルゼバブが居る。

彼はなにやら技を繰り出している最中のようで、何らかの力が集中しているようにも見えた。

 

あの化け物じみた破壊の絶技の数々は、まだ前奏曲でしかなかったのだ。

 

「_____鬱陶しいぞッ!死に損ないどもがッ!いい加減腐れ死ねッ!!!」

 

大きく体を広げた構えから、一息に目の前の肉塊と化したレユニオン兵士を拘束する。

 

「貴様らには過ぎた力だ。アンセムッ!」

 

そして、今の今まで散発的に、拡散させて振るっていた力を一点へと集中させ、打ち出したのだ。

 

肉塊は消し飛んだ。そこには元から、何も無かったといわんばかりに。

 

破滅的な、脅威。

震天動地の力を携え、現れた破壊の化身。

渇望のままにその絶大なる神力を振るう異人は、レユニオンにとっての、いや、世界にとっての新たなる敵なのかもしれない。

 

 

「あまりよくない状況だ。敵の数が多すぎる。時間もたりない。」

 

普段からしかめっ面の教官、ドーベルマンはいつも以上に険しい顔をし、この状況とにらみあっていた。

 

「天災が近付いているという情報もあります。早く、早く撤退しましょう。」

 

ベルゼバブがその力を振るっていた時、すでにロドスは撤退地点へと急行していた。

が、予定していた道順はウルサスの暴動、そしてそれに対する兵士たちの行軍、なによりレユニオンの兵士たちがいくらでも湧いてくるのかというほどの物力を備えていたという不足の事態により変更せざるをえなかったので、計画段階よりも大幅に時間が遅れている。

 

「ベルゼバブさんとの合流も課題ですが......まああの人ならなんとかなるでしょう。」

 

謎の信頼か、あるいは半分投げ槍なのか。

というよりもまず半分外部で、えたいの知れない彼のことなど正直気にしている余裕が今はない。

 

「ロドスのリーダーたる貴様が、中々中身の無いことを言う。」

 

と、そこに少しばかり前に殿を努めていた筈のベルゼバブがひょっこりと現れた。

身体中に血液やら汚れやらがついているが、ベルゼバブ自身の傷はたったの一つだけだ。

が、彼はその一つの傷が余程気に入らないのか、剣呑な表情を崩さず自らの身体を睨み付けていた。

 

「ベルゼバブさん、無事だったんですね。」

 

アーミヤは基本的に優しい少女だ。ここまで高圧的で不審な人物にでもわりと親身に接する。

彼女は本気で心配していた。

 

「余は全く無事ではない。

......羽虫と侮っていた連中に遅れをとるなど、余にあってはならぬ。

あまつさえ反撃で小さいとはいえ傷つけられ、奴等へのとどめを逃したとあらば余にとっては大失敗、充分致命的よ。

次は殲滅してやる......!」

 

が、よくわからないプライド持ちの彼はよくわからない持論を展開しよくわからない結論に勝手に至ったので今回は流石にアーミヤも放っておくことにした。

その方が皆の為だし本人にも良いだろうと信じて。

 

「刻限までもう間もなく。急げ、死ぬぞ。」

 

レユニオンを蹴散らし、暴徒に荒らされきったかつての大都市を駆け抜ける。

 

駆けて、駆けて、駆けて、いつ頃だっただろうか。

 

「まただ!また追撃だ!数が多すぎるぞ!一体どこから湧いてきているんだ!」

 

「皆さん落ち着きましょう!倒すことではなく生き残ることを重視してください!」

 

やはり、ロドスの周囲の状況が芳しくなることは無かった。

 

日は傾き、当初の予定はとうに崩壊し尽くして、物憂げな落陽がこの災禍を照らしている。

 

「何人倒してもキリがないぞ!」

 

元騎士であり、過酷な戦場においては相当場数を踏んだ二アールでさえ、ここまでの苦境は経験上ほとんどないようだ。

 

「ククク......無尽蔵に湧く羽虫ども、赤い陽光に照らされた土......懐かしいな......」

 

そのような、異常ともいえるこのチェルノボーグの戦地で、一人過去を懐かしみ嗤う人間が一人________________それは他ならぬベルゼバブだが__________いた。

その嗤い声は、ロドスの誰にも、またレユニオンも聞き取ることは無かったが、どこか遠く、どこまでも遠くを偲ぶその表情は、先程まで破壊の限りを尽くしていたベルゼバブとは正反対な、別人にすら見えた。

 

ぐしゃり。

 

「!?」

 

ロドス各員が、聞き覚えのある音をまたもや耳にした。

だけれどもそれは、ロドスの誰かが発していたのではなく、レユニオンの肉を裂き、邪魔物を砕く音であった筈だ。

 

だが今はどうだろうか、その音源を探してみれば、なんとロドスのオペレーターの一人、末端の誰かが細切れにされているではないか。

 

「なっ......!?」

 

「羽虫が......余の歩みを邪魔するか......」

 

暗い影を落とし、血にまみれたズボンが逆光で浮き上がる。

フードの中からアーミヤを視線で射抜く、レユニオン幹部、クラウンスレイヤーがここにいた。

 

ゆらり、ゆらりと彼女の率いる高練度のレユニオン兵士がどこからか現れてくる。

 

潜入工作の得意な彼女らは、壁から、屋根から、下水から、どんなところからでも突然敵対者へ襲いかかる。

直前まで全く誰からも視認すらされていなかったのだから、その能力というのはすさまじい。

 

「ふん、いいだろう。貴様も仲間の元へ送ってやる!」

 

その背からまたもや大降りな、鋭利すぎる程の羽を生やし、殺意のままに攻撃を試みるベルゼバブ。

 

だが______

「待ってくださいベルゼバブさん!ロドスの各員を巻き込んでしまいます!大規模な力の行使は控えてください!」

 

アーミヤの言う通り、全軍撤退中の陣形のなかに突然クラウンスレイヤーの率いるレユニオンの奇襲部隊が横合いから食い込んだ形となっている。

ここで周囲を巻き込むベルゼバブの能力を使えば最後、戦いにかったとしても戦略的には負けることとなるのだ。

 

「グヌゥゥゥ!小癪なぁァアアアア!!!コントロール如き余が出来ぬわけなかろうが!」

 

しかし彼は止まらない。

むしろ、人員へ力のコントロールすらできない、と思われていることに対して腹を立ててすらいた。

 

「ベルゼバブさん!?」

 

「邪魔だァアアアアアアアア!」

 

無論誰も彼の協調性などに期待はしていないわけで、裂帛の叫びを皮切りに皆蜘蛛の子を散らしたかのごとくベルゼバブの前を開けていく。

無理矢理にでも、レユニオンを押し退けてでも彼の視線上から逃れようとするその姿だけみると、ロドスとレユニオンとの戦いと言うよりもベルゼバブとロドスの戦いにすら見えてくる。

 

果たしてその一撃は確かにレユニオンに達した。

 

「!?」

 

咄嗟に防御体勢を取ったクラウンスレイヤー、かなしいかな全くもってそれは意味がなく、持っていた得物ごと、恐ろしい力で吹き飛ばされた。

 

得意気な顔をしているベルゼバブだが、周囲の微妙な表情には全く気づいていない。

 

「た、助かった......けど、絶対あれ俺らごと殺る気だったよな......」

 

「気にするな、結果オーライだ。」

 

「ベルゼバブさん......はぁ......」

 

さすがに文句を言われていることに気づいたベルゼバブは、小さく表情をひくつかせたがここは我慢したようで、改めて突き飛ばしたクラウンスレイヤーの方へと向き直る。

 

「華奢だぞ貴様。軽すぎるわ。貧弱、脆弱、虚弱の極みよ......

感謝しろ。一思いに、トドメを刺して______」

 

やる。

 

だがその声は、爆発音にかき消された。

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