轟音。直前の天災にすら勝るとも劣らない、破壊の応酬。
爆炎は空間を揺らし、鋼のごとく輝く混沌は地を飲み込む。
「っ......たくよぉ......マジでアイツらバケモンだろ......」
余波で弾き飛ばされたロドス各員の内、マスクを被ったオペレーターがそうぼやくものも頷けるほどの惨状であった。
「ひれ伏すか......あるいは去ね!今すぐにだッ!」
この星この場所へ無数に突き刺さった破片のような羽毛は、そこから茨のように侵食の牙を広げ、その地点にいた命を食らいつくさんとしている。
彼女の放つ太陽の輝きに熱せられたなにもかもが、歪む。
空気は陽炎をなし、そして破壊された建造物は無に帰す。
これを天災と呼ばずになんと言うのか。
破滅が人の形をなしたものどもが、目の前に居たのだ。
惜しげもなく異形の羽を広げ、羽ばたき、刃を飛ばし、自らも空を駆ける。
圧倒的破壊と絶対的支配を掲げる精神性を反映したのか、それら鋼の翼は驚異的な攻撃性と過剰なほどの防御力を併せ持つ。
あの羽こそ、ありとあらゆる点で相手を上回る、ベルゼバブのそんな潔癖症染みた意思表示の賜物であったのだ。
「......溶けろ。」
しかし、それと相対するタルラもまた、もう一人の王、そして暴君であった。
この世の全てを溶かし、燃やし尽くさんという憤怒の感情は、そのまま現実すべてを業火に晒す。
あれほど鋭利で、ささり、掠れば一片だろうと命をかりとるであろうベルゼバブの羽を、本体と分離したものだとは言え瞬時にかき消した。
飛んで火に入る夏の虫、その語源とやらの再現である。
「あ、熱い......!これが暴君の力......!」
殺意を直接向けられていないのにも関わらず、外野にすらもその熱量が迫っていた。
薄皮でしかない皮膚ごときでは、到底防げそうにないほどの。
「邪魔だぞ貴様ら。いつまで眺めているつもりだ。さっさと逃げろ。」
おおよそ味方に向けてはいけないだろう、ドスのきいた低い声で警告する。
避難を促すというよりかは、むしろ心底鬱陶しがっているようにすら思える。
しかしそれは危険すぎる行為でもあり、重々周りはその発言の無謀さを承知していた。
「ベルゼバブさん、一人で大丈夫なんですか!?」
アーミヤは心配そうな声でそう問いかける。それも無理はない。明らかに相手は規格外なのだ。いくらベルゼバブが強くとも、一人で行かせるということは、つまりはそういうことなのだ。
「愚問だな。
もとより余は孤高の存在。この世に生まれ、そして
___わかったならばさっさと行け!ここまで言われても理解できずそれを拒むと言うのであれば、レユニオン共々纏めて薙ぎ払ってやるッ!」
一人で大丈夫なのか。
そんなものははじめから決まっていた。
孤独な存在ではあるが、かれはそんなもの意に介さない。
相対の中でしか生きられぬ不完全な者たちとは違い、彼は自身を個として完結した究極の存在とし、そしてそうなるように努力してきた。
少なくとも、彼はそうおもってるし、事実彼に並び立つものなど一人しか居なかった。
走り去るロドスオペレーターの背を一瞥し、ベルゼバブは過去に思いを馳せる。
またその並び立つたった一人の友人も、孤独な存在であった。
生態系は頂点に行けば行くほど個体数が減少する。
では、頂点に立てば?
究極の、行き着く先。人などめではない、頂点捕食者。
無論、それはたった一人の孤独な王だ。
あらゆる世界の頂点に立つのは、一人でいいし、一人でなければならぬのだと。そうベルゼバブの哲学は定義していた。
「......同胞から逃げられるとでも?」
「......」
そんな完璧主義者に食らいつくものども。
タルラは怒りに燃えている。それらに付き従うレユニオンも、常に憤怒を原動力とし、立ちふさがる一切合切消し炭に変えてきた。
ベルゼバブは彼女らの忌み嫌う、圧制者の極致だろう。
自分の上に立たれるのが嫌いだと言うのは、むしろ似た者同士なのだが、しかし相性は良くない。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、しかも彼女らは元々ロドスも嫌いだ、ならばもはやベルゼバブに関わる何もかもが目障りで消し飛ばしたくなる標的に見えても仕方のないことだろう。
「貴様らは鏖殺されたいのか?余の悲願に奴等は必要な駒なのだ、道具を傷付けておいて、更に付け上がると言うのならば____」
空気が震える。たかが会話ですら、ここまで異様な緊張感を生むのだ。
ゆっくりと、確実に、その体制は戦いのそれへと変わっていく。
ギリギリと翼は鳴動し、身体中を覆う完成された筋肉が力を蓄え、解放する瞬間を今か今かと伺っている。
「消えてなくなれ。余は寛大だ、即死させてやろう。」
その紅い瞳が、まっすぐタルラを捉え、殺意をぶつけた。
咄嗟に屈む。怖じ気づいたのではない。
力が解放される瞬間を見切ったのだ。
めちゃくちゃな力の奔流なればこその予兆。
「多勢に無勢、勝てるわけが無いだろう!こっちにはタルラ様もいるんだ____」
「ああ、居るな。
_____それでどうなる?
続きを言ってみろ、羽虫どもめ。言えるものならな。」
空間ごと削り取った、そうとしか形容できない一撃がレユニオンを襲う。
高速で回転しながら、効率を極めた動きで切れ味鋭く刻み込む。
羽は大きく展開し、瞬間的に戦場を覆った。
そしてそれと重なった兵士達を、無遠慮に、無慈悲に両断してゆく。
間合いなど知ったことかと言わんばかりの広域。
ロドスのオペレーターが一人でも残っていれば、当たり前のように巻き込まれたであろう。
すんでのところでそれをかわしたタルラ。
あの一瞬で動きを判断したのはさすがレユニオンの暴君と言うべきか。
「ふ、ハハハ。どうだ、さっきまでの威勢はどうした、小蠅供。」
「......やはり、口だけでは無いようだな。無駄のない小綺麗な攻撃だ。」
一撃で巻き上げられた血の嵐と瓦礫の中で、タルラは呟く。
あれだけいたレユニオンの兵士が、もはや数えるほどしか残っていない。
あとは皆、胴体と四肢が別れを告げられてしまった肉塊になった。
戦意は低下、最悪の事態。
しかし、それに抵抗するのが、レユニオンたる由縁。
ここで負けてはならないのだ。負けたとしても、敵対者のDNAへと爪痕を残すのだ。
「貴様のその減らず口、そのまま遺言にしてやろう......!」
「黙れ。その自信過剰な精神、へし折る。」
灼熱が広がる。業火が襲いかかる。
熱の津波のような、惑星の爆発にすら見紛うアーツ。
「真っ向から来るか?
......余興だ、余も正面から貴様を叩き潰す!
存在としての圧倒的な力の差を、忘れられぬように骨の髄まで刻み込んでやろう!」
相対するは鋼と混沌。
虚無すら従える万物の王たる強者は、純粋な力を槍状に形成し、撃ち放った。
「ッ!?馬鹿なッ!」
必ずや勝つと、そう彼は確信していた力比べだったが、予想に反してそのぶつかり合いは拮抗していた。
破滅的な爆発が彼らの中間地点で生まれた。
何もかもを吹き飛ばす衝撃波。
死体は綺麗に消毒されたことだろう、一体どのような生物ならばあの地点で生き残れるだろうか。
いや、そんなものは存在しないのだ。
「醜く歪だが、力は本物か。
ならば我が手我が肉体で、余が直接触れ、その命を蹂躙するッ!」
そういったかと思えば、余波すらものともせず、ベルゼバブは一直線、全くの最短ルートでタルラへと突撃する。
「抜刀___!」
迎撃するタルラ。
腰に佩いた刀を抜き放ち、まっすぐ彼女へと向けられた掌を撃ち据える。
「温いッ!」
確かに刃はとどいたものの、力任せに腕を振り払われ、刀の横腹に衝撃が届く。
刀が弾けとび、そのままタルラもバランスを崩す。
受け流されたのだ。
この世の力学を理解していた彼は、それを咄嗟に利用した。
支点さえあれば、力は容易に増幅する。
そして支点というものは、すこし注意深く俯瞰すればどこにでも、至るところにあるのだ。
「ッ!」
「死ねぇっ!」
体を捻り全身の筋肉を脈動させ、回転力を利用した膝蹴りが間髪いれずにタルラを襲う。
無意識のうちに防御態勢を取るが、あまりの威力に防ぎきれない。
確実に体にダメージが蓄積していく。
「まだだァッ!」
必ずやとどめをさそうと、怒濤の攻めは継続する。
自らの回転に合わせ、四肢のように自由に動く羽と格闘のコンビネーションを繰り出す。
左右から強靭な拳が順繰りに叩きつけられ、かと思えば上下から無秩序に翼で切りつけられる。
「がっ......!」
レユニオンのリーダーは今や傷だらけ、息も絶え絶え、肩が激しく上下し膝を付く。
大量の暴力に曝された衣服や肌はもうほとんど汚れきっていた。
あの龍女に反撃を許さぬ絶対的な力。
「____チェックメイトだ。」
その持ち主は、悠々と宣言した。
言うやいなや、項垂れた態勢のタルラの首もとを片手で掴みあげ、顔の前まで持ち上げる。
「余に屈しろ。その他に道はない。貴様が投降すれば取るに足らん有象無象は自壊する。余計な労力を省けるのだ。もし断れば、どうなるかは......もちろんわかるな?」
その凶悪な羽をこれ見よがしにガシャガシャと動かし、体すれすれを何度も何度も往復させるベルゼバブ。
形を幾度も変えたその羽の在り方は、今現在は処刑用の槍の形状をしていた。
大昔の風習で、罪人には自らを貫く槍を目の前にちらつかせるというものがあったらしい。
しかし、彼は自分で言っていた通り寛大だった。
少なくとも今は、恩赦の機会が与えられている。
この槍が自らを貫くことを回避する選択肢もあるのだ。
「________」
だが、タルラが選んだのは___
「ぶつぶつと小声で煩わしいぞ。さっさと答えを言え。」
「馬鹿め。詠唱は終わった。吹き飛ぶのはお前だ。」
あくまでも、徹底的な反抗だった。
レユニオンなら、そうするに決まってるのだ。
「なんだと____貴様ァァァァァアアアア!!!」
気づいたときにはすでに遅く、先程までなにもなかった空間に熱量が満ち、ベルゼバブの強靭な肉体すらも焦がさんとする太陽が現れていた。
地上に堕ちた恒星。
ここにあってはいけない力が、燃やし尽くすことを止めない。
「報いを受けろ!!!」
破裂音。
そして、全てを揺るがす大爆発。
音を音で上書きし、光は色彩を塗り潰した。
周囲の建造物は今日二度目の破局を経験し、今度こそ更地に変わってしまった。
溶けきった瓦礫の山で、一人佇むのはボロボロの暴君。
世界の王を目指した男は、忽然と消えていた。