彼は明らかに異質で、そして異質であることを隠そうともしなかった。
自らは別世界から来た______
それが、ベルゼバブの第一声で、そしてその異常な力の唯一の根拠だった。
存在してはいけないものが、ここに誕生したのだ。
プロファイルより。
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「こんなものか?あまりにも脆弱だな。」
「ぐぁ......強すぎんだろあんた......」
訓練室。
ロドスにはさまざまな施設があり、そしてそれは医療設備だけではなく、むしろこういった血生臭い任務のために存在するものもある。
今はまだ、ドクターが舞い戻ってすぐで完全に環境が整ってないので、せいぜい肩慣らしのために模擬戦を行う程度のことしかできないが____
それでも、やらない手はない。またすぐ、ドクターが指揮を取る日が来る。
具体的には、数日で。また龍門に行かなければならない。
司令官が努力するのであれば、その下に付く戦力も鍛練を怠るべきではないだろうを
投げ飛ばされ、叩き伏せられた、仮面つきの男がおっかなびっくり立ち上がり、待機位置へと帰っていく。
この模擬戦において、ベルゼバブは羽を出していないし、アーツではない別の力らしきものも一度も行使していない。
ただ純粋な膂力と、なにより研鑽され、研究され付くした美しき技のみで相手を倒していたのだ。
何故、彼のような無慈悲な人物が手加減などをするのか。
その理由は、入社テストの際に、持てる力をそのまま最大効率で振るい、たかがテストであるにも関わらず甚大な被害を出してしまったため、エリートオペレーターの殆どに釘を刺されてしまっている、というもの。
見た目と普段の言動に似合わず意外と思慮深いので、彼はしぶしぶ言われるがまま、手心を加えた「余興」にいそしむのである。
「余が強いのは否定せん。だが、貴様もまだまだ詰めれるところはいくらでもある。無駄にはするな、見ていてもどかしくなるからな。」
「へいへい。ありがたいお言葉、素直にちょうだいしますよ。」
「ふん......」
しかしまあ、彼にすればこういって対等な立場で戦う、そして会話をするというのはどうにも耐えがたいことだった。
別に理由があるわけではない。
なぜ空が蒼いのか、それは元々決まっていると言わんばかりに、そもそも彼は、自らと対等、それより上の存在が許せないのである。
ただ一人認めたものを除いて、それだけはどうにも覆せないのだ。
彼にとって愛とは、すべてのものを自らの下におき、良くも悪くも徹底的に強者足る、ということ。
それは歪みきっていて、直せなさそうな宿命でもある。
呪われてすらいるのだ。完璧であることに。
「次だ。」
今現在。
もうかれこれ二時間、このやり取りが続いている。
強すぎるのだ。彼はずっと、ここへ居座っているのだ。
なんとなく定まっていた勝ち抜き制故に、誰もこの男を止められずにいた。
彼もなんとなく楽しそうなので、降りろとも言いづらい。
目を輝かせて彼を眺める者もいる。
言わば力のフォロワー達だ。純粋に、強者や強いものが好き。
子供じみた、事実子供らしい精神のオペレーターがそうだ。
あまり、彼を好かぬ者もいる。
力をただ効率的に振るうことだけを考えるそのスタンスは、まるで賢いレユニオンのようで、そしてロドスがもっとも目を背けたい自らの本質そのものであるからだ。
そもそも、興味の無い者だっていた。
それは、今は居ないが。
「私が出よう。」
最後に、真っ向から対立するものがいた。
赤い角の生えた、しかめつらのオペレーター。
重装、サリア。
ノイルホーンと同じく守勢の戦闘スタイルの彼女は、いつも彼の超攻撃的で見境の無い戦い方に苦言を呈していた
「ほう......?貴様がか。
......力の秩序とやらにやたら拘る、貴様が?
面白い、不遜な貴様に、真の力というものを教えてやろう。」
そしてベルゼバブも彼女と対立している。
心情を嘘偽りなくそのままいうのであれば、ひたすらにベルゼバブは彼女のことが嫌いなのだ。
先程までの訓練室の熱気は、この二人のにらみ合いによるものか異常なまでに冷えきり、まるで空気が揺らいでるかのような幻覚すら見える。
仲や相性の悪い存在というのは、組織に属する上では大量に居る。折り合いをつけれる人間なら不自由はないが、この変わり者だらけの法人にはそういった人種はいささか希有であろう。
観客は熱狂するのではなく、恐ろしさにただただ圧倒されることしかできず、イフリータに至っては見たことの無い剣幕のサリアの姿に、かつてのサイレンスとの闘争を思い出して嫌な気分になった。
「フハハハッ!さぁ、来いッ!」
高らかに響き渡る快活な挑発、その響きを合図に、試合は始まった。
まず、激突が起きた。
まっすぐ、スピードを限界まであげた突き。
サリアは基本に忠実に、ただ直線的に律せられた一撃を放つ。
対するベルゼバブは、その独特な構えを崩すことはなく、隙の無い手刀を同様に繰り出してきた。
お互いにただの、小手調べなのだ。
パァン。
冷えきった筈の空気が、突如として熱を持ち始める。
恐怖の震えが、闘争の武者震いへと昇華している。
イフリータは思わず声をあげた。
それは恐れではなく、大好きなサリアが、自らの一番身近な物差しである力、それもあり得ないくらい大きいそれを振るったからだ。
「......んん?貴様......いや、サリア、か。
今の今まで秩序秩序と、馬鹿げた言葉を紡いでいたかと思えば、ここまで力を持っていたとは。
ただの弱者ではなく、正義に拠り所を得た強者、か。」
珍しく、ベルゼバブは笑った。
心底嬉しそうに。
しかしそれは、慈悲や、優しさや、親近感ではない。
乗り越えるべき壁を見つけたのだ。
そして彼は、壁を破壊してでも通り抜ける。それに達成感を得るのだ。
「強者など、この世界にはどこにも居ない。
生き残るか生き残らないか、結果だけが全てだ。」
ただのジャブ、それだけだというのに、訓練室にはもう熱気が帰ってきた。
レベルが違う。桁が違う。純然な力と洗練された技の衝突。小手先ではない、真の実力。
極まった何かをみるというのは、人類史においても良くある娯楽。根底にあるのだ。強者への憧れと、そして畏怖、信仰が。
「戯れ言ッ!強者は生き残るッ!最強足れば、何者も恐れることはないのだッ!」
膠着状態から一転、優雅に舞うように、回転をかけた蹴りがサリアを襲う。
一撃では終わらない。
嵐は続くのだ。
蹴った勢いのまま、防ぐサリアの腕を叩きつけ、細部の動きまで最適化された連打が覆い被さる。
下から崩すように、手の腹で胸、腹を狙い打撃する。
けれど、サリアは動じない。動かない。
応酬は巡り、悉くただ時を浪費する。
早さと強さ、柔らかさ。全ての観点において、頂点。
「立っていれば、生き残る。それに強さは関係ない。意思と繋がりこそが、そうたらしめる。」
まともに受ければ、詰みは必然。ならば、そもそも受けないのが肝要である。簡単な話だが、しかし簡単とは平時の話でしかない。
彼女は、いつでもそれができるだけで、そしてそれが彼女の言う真の強さなのだ。
「何が言いたいのか知らんが......いや、貴様。ただ格好をつけたいだけだろう。大方あのイフリータ、と呼ばれていた童あたりに。」
またもや拮抗状態。
重苦しい緊張が部屋中を満たし、先程までの熱狂は反転し底冷えをもたらす。
「だったら、どうした。」
その中で徐々に、確実に。
「余を踏み台にしようなど、数千年早いと言うことを教えてやる。」
動いた。止めを刺すために。
「その馬鹿げた阿呆の説法ごとへし折ってくれるわッ!!!」
静寂を破り、サリアを蹴りあげるベルゼバブ。
「ッ!?」
「身をもって知るがいい。
_______このベルゼバブの力をォォォォォォオ!!!」
軽く天井まで届くかと、その勢いで吹き飛ばされたサリア。
しかし、まだ猛攻は止まらない。
「ウォオオオオオオオオオオ!!!」
その短距離を瞬時に移動したベルゼバブが、天井に届くその直前に、サリアの目の前へとおどりでる。
緊張は最高潮。
決着は、もう目の前まで来ていた。
そのまま彼は、手甲をサリアの腹へと、叩きつけた。
「お二人ともやりすぎです......!!!ありえません、こんなこと......」
夕刻。
ロドス甲板にて。
小柄なCEOと、そして険しい顔のケルシー。
表情は読めないが、おそらく呆れてるであろうドクター。
その目線の先には、夕暮れに照らされた項垂れるサリアと、日没を睨み付ける、あきらかに不機嫌そうなベルゼバブが佇んでいた。
「いや、すまなかった......訓練で熱が入りすぎてしまってな......」
素直に謝るサリア。
非常にらしくないミスを犯したことを自らでもよく理解しているのだろう。
サリアがここまで先を見ず行動したのは、ロドスでは初めてと言ってもいいだろう。
「ふん。何を謝る必要があるのだ、サリア。我らはただ力を誇示したのみ。それが何か不都合でも齎すのか?」
それにたいしての、この男である。
まったく反省の色が見えない。
「とても、大量に、します!!!」
「あきらかに訓練でしていい戦闘ではなかった。君たちはもう少し力をセーブするように。......というかサリア、君は普段完璧に制御してるし、ベルゼバブだって実戦ならば冷静に対処しているではないか。どうしてこんな訓練ごときで?」
ケルシーは、珍しく本心から不思議に思った。
ブラフでも、問い詰めるわけでもなく、興味本位でそれを聞いた。
ただそれだけだった。
が。
「たまたまだ。」「偶然だろう。」
突然二人して声のトーンを変え、特にサリアに至っては必死の形相で否定するその姿は、他人から見ればあり得ない光景に見えるだろう。
事実ケルシーは気圧された。あのケルシーが、だ。
不可解で、理屈では説明できないのならば、それはもうたまたま、というのとにした方が収まりはよい。
しかし本当は、力という存在の譲れぬ価値観、それのぶつかり合いが二人の間には確かに形成されていたのだ。
この二人以外には、それは誰も知らない。
また、夕日が沈む。