採石場に相対する、色違いのまじかるどれすに身を包む、二人の少女。
両の拳を身体の前に置き、前に倒れたかと勘違いしかねないが如く自然に、
身体を沈み込ませる様な直線の踏み込みを、拳闘少女が見せる。
破裂音が鳴った。
黄色の太腿からだ。
その拳は変わらず、板の様な胸の前に置かれ、顎先を守っている。
眉が顰められ、片足で引き抜く様に飛び退り、距離をとる。
離れて広がる視界に見えたのは、鞭の様にしならせた紫色の足。
「まともに会話をする気も、無いようね」
蹴り手はそう言うと片足立ちのまま、両の手を掲げるように顔の前に構えた。
黄色の足は、まだ痺れている。
ローキック、それもよく在る、肉を撃ち、
足を殺すために被害を累積させるそれではない。
筋を斬る、打ち下ろす軌道で描かれた、一撃で仕留めるための蹴撃。
「―― ムエタイ」
黄色の想到に、紫色は口元を歪めた。
#06 或る幼馴染の陥落
総統キングジェネラルが中空に浮かぶ映像を眺めている内に、
会議室へと入ってきた鎧の偉丈夫が居る。
今作戦にて、神聖白銀聖竜騎士の誘引を受け持っていた竜人公であった。
相応の申し送りの後、目を留めた記録映像には黄色の健闘。
風斬る音のマジカルソニックジャブは、しかし適宜繰り出される
紫色の下段蹴りに邪魔をされ、今一つ良い間合いで放つ事が出来ない。
「完全に対策をとられているな」
総統の重々しい言葉に、竜人公は自らの言葉を心の内に留めた。
―― いや、魔法使えよと
などと微妙な空気を醸していた室内、蹴り手の空振りを機と臨み、
僅かに見えた紫色の背中に引き付けられる様な、黄色の踏み込み。
刹那、黄色の身体が横に跳ねた。
横顔に直撃が、いや拳が上がっている、甲で受けて、飛ぶ。
「誘われたか」
総統が短く所感を零す。
画面の中、打撃に開かれた間合いを挟み、互いの視線が交差した。
およそ拳闘の意識の外に在る、背中越しの打撃。
―― バックブロー
僅かの間、撃ち出された矢の如き紫色の蹴り足が飛ぶ。
重心の飛び跳ねる、軽やかな足取りで繰り出されるミドルキックの連撃。
下段、中段と不規則に打ち分けられる蹴りに、黄色の対処に粗が見えてくる。
機を取られ続ける有様に、しかし亀の様にガードを下げぬボクサーは、
それでも肘で避けるのは無理があると、歯を噛み締めて口元を歪めた。
無理に、踏み込む。
覚悟を決めて、腰で受ける。
顎が上がった。
膝。
放たれた蹴りは、足では無かった。
脇腹から、内臓にまで減り込む衝撃が、受け手の心中を揺さぶる。
間合いが、近い。
途切れる意識の中、黄色は現状をそう認識する。
拳の間合いに踏み込んだはずが、相手もまた踏み込んでいた。
近過ぎる。
即ち ―― 肘の間合い
打撃によって黄色の顎が跳ね上げられる。
抑える、手を伸ばし引き寄せるように、豊かな胸と平坦な胸を合わせる様に、
至近よりもさらに間合いを詰めて打撃の間をとろうとするも ――
膝。
首を抱えられて、膝。
拳で受け止めた、膝。
肘。
上から後頭部に叩き込まれた。
「まじかるムエタイ、か」
画面に映る首相撲の地獄を見て、総統が感を込めた言葉を漏らした。
そのような組織の最高位の態度に、竜人公は言葉を心の内に留める。
―― まじかると付いたら何でも許されると思うなよ、と
そのような最中も、二人の魔法少女の魔法決戦は泥試合の様相を見せ、
今はもう互いに首を片手で抱え込んでいる様な有様。
不完全な姿勢から、それでも飛ぶ紫色の膝。
受ける。
黄色の体勢が崩れる。
紫色が身体を突き放そうと押す。
逃さじと引く。
放たれた太ももを受け手が片腕で抱えれば、下がった頭を目掛け、
今度こそと蹴り手の必殺の肘が振り上げられた。
「あ」
竜人公の声が室内に響く。
打撃のために振り上げられた肘、紫色が重心を上へと移動させた、その刹那、
腿と肩を抱えて腕で不完全な輪を描いていた黄色が、全力で背を反らした。
引っこ抜くような、投げ。
――
鮮血が舞う。
起き上がる互いの額より、大地に朱が飛び散った。
間合いが開き、ただ荒野に吹く荒々しい風の音だけが響く。
声の無い世界の中、互いが甲で額を流れる血を拭き、眉を顰める。
やがて片方だけ、薄く輝く様に視認できるヴァージニアオーラを纏い、
その光の中、細かな傷が塞がっていく。
明暗と、鏡合わせの互い、口を開いたのは紫色の方。
何故、と ―― 様々な意味を乗せた言葉が届いた。
黄色は何も答えず、ただ行動で示すとばかりに両の拳を掲げた。
「来て、ヴァージニアアームズ」
確信を持って放たれた言は、非処女に寄らぬ一角獣が如き武装の召喚。
出来るはずは、無かった。
だが、今まさにその両の拳に纏われるヴァージニアオーラは何なのか。
紫色の口から、先程よりもさらに意味の増えた何故が零れる。
「愛が、あるから」
映像に映るその顔は、僅かにほろ苦く微笑んでいて。
「具体的には」
「アクメカウンターを消費します」
会議室で酷い会話が交わされる。
まあとりあえず、愛には違いない。
会話の内に変化は終わり、拳闘少女の両の拳に纏われた魔法武装は、
大きく膨らみ鮮血が如き紅に彩られた、まじかるボクシンググローブ。
「処女、を……失っている、はずなのに……どうして」
呆然とした、声色。
目の前に引き起こされた愛の奇跡、紫色の想到の先にそれは無い。
だが、黄色は既にその処女膜に代わる力を手に入れていたのだ。
―― YARITINジェネレーター
いかなる喪女をも貫く凶悪な力場が、黄色の周囲に発生する。
荒れ狂う空気が風と化し荒野を抜け、互いの括る髪を揺らした。
「純潔なんかとうに失って、いや」
グローブを確かめる様に握り込み、少女は言葉を紡ぐ。
「はじめから、そんなものは無かったのかもしれない」
まっすぐな視線が、旧知の少女の瞳を貫いた。
「いろんなヒトが居たよ」
黄色は語る。
とりあえず乳があれば揉みに行く痴女
無駄に人間が出来ていて組織の良心の様な触手
人間に戻してと言わなくなった縫い包み
欲望に正直に、無理無茶無謀を押し通していると。
誰もが、当然の様に。
正義や悪なんて言う、綺麗で、シンプルで、曖昧な ――
「そんなものを信じている人は、一人も居なかった」
それが羨ましくてと、拳を、構える。
「だからボクも、もう、そんなものでヒトを殴りたくないんだ」
決意の言葉に、聞こえぬ筈のゴングが鳴る音が響いた。
「ただの我が侭じゃないッ」
「ただの我がままさッ」
縦横に裂くステップが大地を疾り、足で間に合わぬ動きに
手業を以って紫色がその身を捉えようと試みる。
しかし放たれる拳は、それまでは僅かでも掠っていた拳は、
今は全てが黄色の両の手の周囲に防がれていた。
グローブとは、即ち盾である。
膨らみ切った拳は、ただ並べるだけであらゆる打撃を押し留める面積を持ち、
どの様な荒い扱いをしても、その拳を保護するだけの弾力を有している。
「ご主人様はさ、撫でてくれるんだッ」
接近への牽制の足、連打と放たれる蹴撃に、紅の拳が添えられる。
「ボクがどんなに汚くても、乱れてても、撫でてくれるんだッ」
――
「だから紫色、ボクはキミを殴る、ボクと、ボクのご主人様のためにッ」
飛び込み、紫色の、豊満な胸が鳴り、響いた。
僅かな隙間に、数え切れぬと叩き込まれた、まじかるソニックジャブ。
「もう殴られてるわよッ」
「そうだねごめんッ」
腕に、胸に、足に、胸に、打たれた箇所は瞬く間に腫れ上がり色を変える。
間合いが離れる。
鳴る。
間合いを詰める。
鳴る。
鳴り響く。
グローブとは、即ち矛である。
点の打撃で在った拳を、面の打撃へと変える変換機。
それは今の如く、高速で引っ叩く時にその真価を見せる。
人体を構成する要素の、その大部分が水分であるが故。
ただ、当てるだけの打撃ですら威力の蓄積と化し、その身体に響くのだ。
その人体に対し極めて有効な破壊力は、スポーツとしてのボクシングに於いて
グローブの採用とともに、飛躍的に跳ね上がったKO率が証明している。
端的に言えば拳闘家のグローブとは、凶器以外の何物でも無い。
紫色の、息が止まる。
打たれるたび、胸を押され肺から空気が絞り出され、
酸素の足りぬ顔色は、既に名の如く紫の色に染まっている。
その蹴り足の、戻りに合わせた様な、黄色の神速の踏み込み。
身体を沈め、大地を蹴り飛ばし、ここから打ち上げる様に、
その下腹部を抉りこむべくと、拳を引いた。
避ける、事も出来ず、逃げる、術は無い。
僅かな一瞬、もはや猶予は欠片も無く。
紫色は、打ち下ろす打撃を選択した。
狙うは一点 ―― 腎臓
深く沈み込み、引いた拳に釣られて曝していた背中に、拳が迫る。
だがしかし、古代、反則行為などが今よりも遥かに少なかった時代、
拳闘に於ける巧者とは、どのような人間を指していたのだろうか。
引く。
それは、肩を巧く遣う者。
背中を、後背を狙う打ち下ろしの拳を、着弾に至るまでの僅かな間に、
前に向け入れていた肩を後ろに引いて、その動きを持って打ち払う。
――
同時、紫色の顔色が変わる。
片方の肩を引いたのなら、対の腕はどのように動いているのか。
それは、斜め下からの打ち上げる軌道。
掘りぬいた土を捨てる様な、右のショベルフックが紫色の肝臓を穿っていた。
撃たれた者の、顎が上がる、口が開く。
肺の中に残っていた僅かな酸素すら、絞り出される。
必死に、吸い込もうと意識に従わぬ身体が動き始め。
―― 死に体
左ストレート。
顔が鳴り、意識すら朧に成る。
消えかけた意識の中、紫色は追撃に備え反対側のガードを.
―― 違う
精神の底で、肉体から切り離された意識が必死に否定するも、既に遅い。
それは、およそ巷の拳法家が、口を揃えて地味に厭らしいと答えた、
魔法少女まじかる黄色が得意とする、左ストレートからの連携。
―― まじかる左の連突き
備えの無い側の肉体に、腰を落とした拳が突き刺さる。
ようやくと動きはじめた横隔膜が、強制的に打撃で潰される。
もはや、打たれた少女はガードを上げておけるはずも無く。
まじかる
そして、声も無く。
音も無い。
静寂の会議室で頭を抱える観客が二人。
「魔法使えよ」
「それな」
ついに零れた竜人公の内心に、総統が手軽な同意を示していた。
《ニュポン族の神話》
アフリカ大陸内陸チュプン川流域に面したパンティガラの断崖に居住
する、農耕を営む民族であるニュポン族には、天文学の最先端情報と
酷似する奇妙な伝承が在る。
ニュポン族の神話では、創世神はかつて世界の卵と呼ばれた遥か天空
の世界に座し、その周囲、卵の外殻を50年周期で回る小さい世界に
はじまりの人々が居住していた。
その小さい世界、神話の言葉を引用すれば夜空で最も小さい世界は、
サガラと言う非常に重い金属で構成されており、やがて世界が終焉を
迎えた夜、人々は箱船に乗って旅立ち星々の海原を渡り、この大地に
辿り着いたと言う。
箱舟より降りた人々は、創世の神と三柱の従属神の加護の元に繁栄を
取り戻したと続くのだが、それはまた別の機会に語らせて頂こう。
奇妙なのは、ここで語られている事例と一致する、シリウスβと言う
シリウスαを50年周期で公転する星が実在している事だ。
この星は恒星の中でも特に小さい白色矮星であり、超高密度の物質で
構成された非常に重い星であり、肉眼で見ることが出来ない。
また、その星は伝承に在る様に卵の殻に沿う、楕円形の軌道を有して
おり、伝承に残るその軌道と観測されたものは明確に一致している。
他にも木星の衛星、土星の環など、古代には知り様も無い知識が幾つ
もニュポン族の神話には散見されている。
未開部族としての彼らが独自に作り上げた神話なのか、文明人との接
触により作られた歴史の浅い神話なのか、未だに結論は出て ――