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春の暖かい風が吹きさり、陰鬱な梅雨が通り過ぎて、夏の暑さが一刻と近づくこの頃。夕日の眩い光が辺りを照らす中、下校を促す鐘の音がスピーカーを通して学園中に響き渡る。
事前に居残り練習を申請していた部の者以外は活動を辞め、身支度を済ませて各々は家へと帰宅して行く。
教室の明かりが一つ、また一つと消えてく中で、煌々と明かりが灯る部屋ーー生徒会室で
ひとしきり読み通した意見用紙を机の端に置かれた箱に置く。今日は帰ろう、と思い生徒会室を施錠して、鍵を職員室に返却し昇降口へと向かう。
昇降口を通り抜けて外へと出ると、風が吹いている。思いがけない冷たさに、私は薄く目を閉じる。 目を開けて見ると、夕日は沈みかけていく中で、月と星々が入れ替わりで、雲ひとつない空を照らし始めている。そんな幻想的な
「……ふう」
私が虹ヶ咲学園の新生徒会長となってから二週間が経とうとしている。あの日、元生徒会長の中川菜々さんとの一騎打ちの再選挙を得て、生徒会長の座を勝ち取った。
あの中川さんが
中川さんはそれを最終日にしっかりと修正案を出し、あやふやであった所も立体的な考えとなっていた。それと同時に、彼女の案が実現すれば学園はもっと良くなる。これも生徒会の一つの在り方であるとも共感した。
大好きを実現できる場所を作る。
……だが、その彼女の提案の中に自分は含まれて居るのだろうか。彼女の公約は、
私には、ソレが腹立たしかった。
―――中川さん。あなたの本当に大好きなことはなんですか?生徒会の仕事が一番大好きなことだと言えますか?
思えば、大衆の場であの発言をした事は演説者としては下策かもしれない。 しかし、私はそう聞かずには居られなかった。 彼女の言葉を借りるならば、人の為に働く行為が『大好き』であると、私は胸を張って言える。だが、彼女に限ってはそうは言えない。彼女の『大好き』なモノは、
彼女が今、どんな心境にいるのかは私の知るところでは無い。だが、彼女の周りには『大好き』を受け入れてくれる仲間がいる。ならば、彼女はきっと大丈夫だろう。
……最も、スクールアイドル同好会に宣戦布告した通り、同好会を廃止させる事に変わりはないが。
そんな事を考えながら歩みを進めていると、駅前に辿り着く。普段なら、電車を乗り継いで自宅へと帰宅するのが日課だ。 だけど、今日はいつもと少し違う。この学園とは違う制服に身を包み、バイクにもたれ掛かる彼を見掛けて、前髪が変になってないか鏡でチェックして、彼の元に駆け寄る。彼はスマホの画面に落としていた顔を不意に上げて、近づいてくる私の姿を見かけるや手を大きく振る。
「すみません、遅くなりました」
「いーや、俺もさっき来た所だからさ。お疲れ。ほれ、麦茶。」
「……ありがとう、ございます」
彼の名前は
彼は笑いながら私にヘルメットを差し出してくるが、先程の言葉は嘘だなと見抜く。 ヘルメットを外してる彼の耳は真っ赤なのが丸わかりだし、身体も小刻みに震えてる。それでも律儀に待ってくれる彼の優しさに免じて底には突っ込まず、彼が差し出したヘルメットを受け取る。私のカバンを仕舞い、後部座席のシートに跨った時、私は不意に思ったことを呟く。
「あの。まさか、とは思いますけど無免許運転をしてるわけじゃないですよね……」
「おい待て。二輪免許は取ったって前に言っただろ」
「ふふ、知ってますよ。 今のはちょっとした冗談です」
「お前なぁ……」
彼の通っている光ヶ森学園は、虹ヶ咲学園とは兄妹校に当たる関係であり、コチラ負けずとらず自由な校則で人気な所だ。 昨年辺りに、私がまだ中等部にいた頃、二輪免許を取ったと意気揚々に自慢してくる彼に呆れつつも微かに微笑んだ記憶がある。
「まあいいや。 取り敢えず俺の身体の何処でもいいから捕まっとけよ。 危ないし」
「そうですね、ではそうさせ……」
彼にそう促されるままに手を伸ばそうとして、私の思考が停止したように働かなくなる。 そういえば、彼と話し合うことは多々あっても、こうして密着する事は無かったはず。 それに掴まれ、と言われても自然と身体がくっついてしまうわけで……
なんてことない普通の幼馴染を「異性」だと認識した途端に、今まで感じた事のない感情が溢れ出してきて、私は頬に熱が帯びてくのを感じる。
「……どうかしたか?」
「い、いえ! 何でもないです、ホントに」
「そうか? まあ、体調悪くなったらすぐ言えよ」
顔を覗き込もうとしてくる彼を手で払いのけながら、片手でヘルメットを付けて、バイザーを閉める。 そのままの勢いで、私は彼の腰付近に両手を絡める。 自身の胸が彼の背中に密着してしまう事に、羞恥心が熱湯のように噴き上がってくる。 だけど、ヘルメットで顔を覆っているから多分バレないはずだ。 そう信じたい。
幸いにも新は私の準備が終わったと認識したらしく、ヘルメットを被りバイザーを閉じてバイクのエンジンをかける。
エンジンが動き始めた音を確かめて、スロットルを大きく回し、エンジン音を1度だけ轟かせる。左手でクラッチレバーを握り、左足でギヤを踏み、1速に入れる。クラッチレバーを半クラにしながら、彼はスロットルを回す。
すると、バイクは勢いよく動き出し、一瞬で駅前のロータリーを後にし道路を走る。直で私と彼に当たりついてくる風。私はキュッと彼の腰にしがみつきながらも、星空と街の煌々と明かりが灯る不思議な光景に目を奪われる。
「綺麗だろ? ……もっと飛ばすから、掴まっとけよ!」
「へ? うひゃぁ!?」
「ぶっ……アハハっ! うひゃぁ、てなんだよ、アハハっ!」
「なっ……貴方がいきなりスピードを上げたからでしょう!」
すっとんきょんな私の悲鳴などお構いなく、彼は法定速度スレスレの速度までアクセルを踏み込み、私の反応を楽しむように笑う彼。そんな彼に抗議をする私。 子供のようなそんなやり取りをしながら、私と彼の帰路へと向かって行く。
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「……」
「なぁ、栞子……怒ってるのか?」
「いいえ別に」
「やっぱ怒ってるじゃん」
「怒ってないです」
執拗に聞いてくる彼の肩を小突くと、彼は痛がる素振りを見せる。そんな彼を置いて行こうとする私と、慌ててバイクを押して追いかけて来る彼。
長い様で、短かったドライブはあっという間に終わった。
流石に夜の住宅街をバイクで突っ走るのは近隣の方々へと迷惑だと考え徒歩に切り替えたのだが、それはそれとして私とて文句のひとつやふたつはある。 主に私の言葉に耳を貸さずにバイクを飛ばしたことについて。
「悪かったて……ほら、なんか1つお詫びに何でもするからさ」
「ふぅん……なんでもですか。 では銀座にある高級レストランで手を……って、冗談ですよ。そんな顔しなくても」
「だ、だよな! 俺は信じてたぞ……アハハっ」
先程のように無邪気に笑ったと思えば、この世の終わりかという顔をしたり、冗談だと分かり安堵する顔。 コロコロと表情が変わるのは中須さんに似てる所はあるが、ずっと一緒にいたせいなのだろうか、はたまた彼だからだろうか。何だかおかしくて、先程の不満もどうでもよくなる位に笑みが零れてしまう。 彼もそんな私を見て、笑みを浮かべる。
そんなこんなやり取りをしてる間に、いつの間にか自宅へと辿り着く。シートから私のカバンを下ろしてもらい、少しだけ無言となった後に、彼が家へ入ろうとする。
「それじゃ、おやすみ」
「新さん」
「……何だ?」
「先程貴方が言っていた何でもする、という発言。お願いしたいことが出来ました」
家に入ろうとする彼を、名前を呼んで引き止める。ホントは言うつもりなど無かったのに。
彼の顔を見上げるように見つめる。不思議と早る鼓動を落ち着かせて、私はお願いを口にする。
「また、バイクに乗せて貰えませんか? 今度は、遠くへ行ってみたいです」
「……そんなんでいいの?」
「はい。 多少の息抜きも必要なので」
「分かった、約束する」
拍子抜ける彼。だが、直ぐに二つ返事で了承してくれる。どうして、こんなお願いをしたのか。何て聞かれても私には分からない。 ただ、ソレを約束してくれた事が今の私には堪らなく幸せな事だった。
「じゃあ、おやすみ。 栞子」
「……ええ。 おやすみなさい。 新」
たわいない言葉を交わして、彼らはそれぞれの自宅へと入っていく。
家に入った私はリビングへと向かう。 お母様に急かされ、用意されていた食事を済ませ、風呂へと入る。 ラフな部屋着に着替えて、自室へと入った所で私は鞄の中から、彼に貰った麦茶を取り出す。
「……」
彼の思い出が、表情が、走馬灯のように浮かんでくる度に、私の胸がチクリと刺さる感覚に襲われる。
私の両親と、新の両親のご近所間は悪くは無い。寧ろ良好とも言える。でも、私は名家の三船財閥の次女。 あくまで一般家庭に生まれた彼とは違う。親の期待を背負い人を導き……決められた人の伴侶となる。 だから、将来に直結しない彼と共に一緒に居るのは無意味な筈だ。 筈、なのに。
だけど、彼と会っては笑い合い、あまつさえ、彼と一緒に人生を歩む過ごす未来を見てしまう自分がいてしまう。
「……ぁっ。 何故、私」
何故、涙が溢れて止まらないのだろう。両手に握られた彼に貰った麦茶が、風呂上がりでポカポカな私をも優しく包んでくれる。彼がこんな私を突き放してくれれば、私も楽なのに。
缶を机に置き、鞄を投げる。何も悪くない彼に理不尽な責任転嫁して、私は布団へと入り込む。
ああ、もし神様が居るならば。
──どうか、彼が私を嫌ってくれますように。
余りにも歪、で醜い願い。誰もが幸せな現実を見つけて欲しいという私の理想とかけ離れた矛盾。そんな願いしか祈れない己自身に自己嫌悪しながらも、意識を暗闇の中へと飛ばした。