「うるさいですね……」と言われたいだけの人生でした 作:金木桂
タグに性転換とありますが全くつっこみません。
それはふわふわのウサギで、一言で表せばティッピーだった。
まず最初に。
俺は気付けば転生していたらしい。冒頭がアレだからって別にアンゴラウサギになっちゃった訳ではない。転生自体は良く分からない普通の女の子になっていた。名前は……まあどうでも良いか。その辺は想像にお任せします。
ともかく、ここがアニメの中かつ漫画の中かつ映画の中なのは間違いない。この世界での生まれは木造りの家が立ち並ぶまるでヨーロッパみたいな街並みで、その最寄り駅すらありえないくらい西洋風。日本なのに。挙句の果てにポッポーと汽車すら走っている始末。当然電車内には液晶ディスプレイなんて気の利いたものは存在しない。
ここまでくれば題目は「ご注文はうさぎですか?」の舞台であると想像は容易かった。特徴的な町並みだったのである。
ジャンルはファンタジーでもなければ学園ラブコメでもなく、或いは超能力アクションでもない。日常系である。
正直言って俺はこの作品についてあまり知らない。アニメも見てないし漫画も読んでない、ただ知ってることがないわけでもない。
このごちうさという作品、香風チノというメインキャラがとにかく過激派女子中学生なのである。例を挙げよう。
もし皆さんがカフェを経営していたとして、最近
香風チノだけじゃない。宇治松千夜という女子高生は動画でちょっとだけ見たけど下ネタしか言わないし、主役の女の子(名前は忘れてしまった)はサウンドエフェクトみたいな奇声で音MADばっか作られるし、正直この事実を知った時は本当に日常系か? と疑ったりもした。まあ間違いはない、だって動画で見たんだし。とにかくぶっとんだキャラ性が目玉の作品なのだろう、たぶん。
けどそこで一つ疑問に思ったのだ。俺はごちうさについては切り取り動画だけは色々見たことあるが、何故かチノが言ったとされる名言については一度も聞いたことがない。その言葉は幼い容姿から繰り出される辛辣なセリフ。「うるさいですね……」という名言だ。
ネットではよく見かける名セリフなのに実際にその言葉を聞いたことが一度も無いのだ。いと不思議である。まあもしかしたら利権で引っかかってネットから消されてしまったのかもしれない。そりゃ動画サイトに無断アップロードされているわけだし、可能性はそこそこ高い。
お、長いって?
そろそろプロローグが長引きすぎてダラダラになりかけているしな、じゃあ端的にまとめようと思う。
人生2周目の俺に生き甲斐は無い。実際毎日何かを意識的にするという習慣も目標もなく惰性で再び生きていた。そんな俺だが、香風チノと出会ってから目標が出来た。
「ウサギー! ウサギですねウサギ! やー可愛いウサギ! ところで動物が喫茶店の中にいるのは衛生的ではない上に異臭の原因になると思うのですが如何思うでしょうか」
「ティッピーは毎日洗っているので大丈夫です……!」
今世を生きる理由である些細な目標、それは香風チノに「うるさいですね……」と言ってもらうこと。
ただそれだけを目的に毎日香風チノと絡む一人の良く分からない少女の小噺だ。
──────☆
さて、どうすれば「うるさいですね……」と香風チノが言ってくれるのか。これが非常に難しい。
特にその核心的な理由は、原作と違ってチノのキャラクターがこの世界ではあまり尖っていないという点が挙げられるだろう。この世界のチノはまだ時間軸が原作に至る前日譚であるのか、それとも既に世界線が分岐しているのか、或いはこの世界自体が二次創作的な扱いなのか、ともかくスタバは爆破しないし泥水みたいなコーヒーは淹れないし〇タバのサジェスト汚染もしないし爆発も無い。だからどれだけ周りで騒がしくしても歌を歌ってギターをかき鳴らしても一つも「うるさいですね……」が貰えないんだよな。
この目標は人によっては下らないと思うかもしれない。たかが一言を貰うために追っかけて仲良く話したり煽ったり煽られたりと、俺の真意が分からないと思う方々も多いはずだ。だがそういう時は考え方の切り口を変えて欲しい。コペルニクス的転回というやつだ。
RPGゲームでレベリングを行う時、大体の人間は目標レベルを決めて作業すると思う。例えば2番道路でレベリングするにしても10レべなら簡単に辿り着くが20レべになるとその二倍以上の時間がかかる。だから10レべになったら次のステージに行ってまたそこでレベルを上げたりする。
俺もそれと同じだ。俺にとっては生きるために理由が必要で、それは何でも良い。ただ何となく琴線に触れたからこんな目標に向かって生きているだけ。ただ違うのは今の目標が達成されたら俺の生き甲斐が消えるのだ。俺の人生には次のステージなんてなく、あるのは連綿と続いた平坦なる隘路だけ。取り敢えずの目標で今世は突っ走っているのである。
それはさておき。何か忘れてるような…………。
ああそうだ、忘れてた。もう一つ、チノとの関係性について。
俺は中学一年生。都合良くチノと同じクラス、どころか小学生の頃から関わり合いがある。いわゆる幼馴染である。これで俺が少年だったならお手軽楽チンなテンプレラブコメの完成だったかもしれない。しかし俺自身の精神はともかく肉体が少女である以上そういったイベントは起きることなく(であっても年齢的にNGなのもある)結果的に普通な日々が緩やかに流れている。
中学入学して一週間、今日も今日とて実績達成のために放課後になった途端俺はチノへ突貫していた。
「香風さん、一緒に帰りましょう。今日も家のお手伝いですか?」
「今日は無いですね」
「なら一緒に喫茶店行きましょう喫茶店。勿論スタ〇以外で」
「何でスタ〇はダメなんですか……別に良いですけど」
「あ、あとどんなに美味しいコーヒーが出てきても店をdisったり爆破したりしないでくださいね。自分も困るので」
「しません……!! 前から思ってるんですけど私に対するその悪いイメージなんなんですか……!?」
「だって香風さん、そういう素質というか才能というか、可能性を秘めてるじゃないですか。絶対にさせないですからね」
俺だって前世は決して奇天烈な人間性も無く一般人だった。幾ら何でもアニメキャラとはいえ知り合いが爆発テロ魔になったりネット工作員になったりするのを傍観するのはちょっとゴメン被る。…………もしかして俺の知ってるテロチノになってないのは俺の意識的な偏向教育が実を結んだ結果だったり? ちょっとあり得るのが怖い。
俺はクラス全体に一度目を通して、すぐにチノを伴って教室を出た。何だか見たことあるような姿のクラスメイトもいたけど、名前もキャラも覚えてない。当然今世で見たことはないから、多分将来のチノの友人候補なんだろうけど……まあいっか。俺には関係ないし、何よりその二人は仲良さそうだから割り込めない。
教室から出た廊下は春とはいえ未だ薄寒い空気が辺りを包んでいた。この時間だとホームルームが終わってないクラスも多くあり人は疎らで、ポツリポツリといる学生は各自が部活動や委員会、塾へと思い思いの場所へ行くために校舎の外へと流れを作っていた。
俺の顔を見上げると、チノは呆れたように溜息をつく。
「はぁ……まあいいですけど。いえ、やっぱり良くないです。私ってそんな人物に見えますか……?」
「見えないけど、可能性は感じます」
「なんですかそれ……!?」
使用済みボロ雑巾を顔にぶつけられたみたいにショックを受けた表情を浮かべるチノに少し申し訳なさを感じる。相手は女子中学生、しかも成り立て。流石に言いすぎだったかもしれない。
「ごめんなさい、少し過剰でした。今の香風さんなら大丈夫です、安心して下さい、私が付いている限りは絶対に変な事にはなりません」
「付いてなくてもなりません!」
「…………え?」
「なんでそんなに不思議そうな顔をするんですか……!?」
「……んーまあいいですけど。それより何処行きます? やっぱ甘兎庵ですか? それともフルール・ド・ラパンに行きます?」
「露骨に話題を……!? 仕方ないですね……なら甘兎庵に行きましょう。そっちの方がお財布に良心的価格です。それに新作が出たと千夜さんも言っていました」
「決まりですね。では優雅に緑茶パーティーとカマしましょう。あ、でも香風さん。新作はニンジン羊羹らしいですけどどうでしたっけ? 香風さんなら食べれましたっけ? 大人ですもんね香風さん、何なら私奢りますよ香風さんねえ香風さんニンジン食べれる香風さん」
「少し黙ってください…………」
「あ、それです!! 惜しいっ! ゴチなら±500円でニアピン賞です! 後もうちょっとなんです! その言葉をほんのちょ~っぴり捻ってくれれば±0でホールインワンなんです! 朝1GOD揃いなんです! 親番一巡目ツモで48000点なんです!」
「先に行きますよ」
「あ、ああ! ちょっと待ってください香風さん!」
無視して早足になったチノを追いかけようとその小さな背中に目を向けてふと思った。
果たしてこの関係は友達と言えるのだろうか? 俺は煽ってチノはそれを冷たい目で見下す。決して俺はマゾなわけじゃない。
こんなことを考えるのも理由がある。チノからどう思われているかは分からないが、俺はチノのことは別に友達とは思っていない。それどころか人生で友達、なんて概念があったことなど一度もない。常に一人、俺はただ生きてきた。
「早く来てください」
「分かったので早足は止めてください!」
ああ、そうだ。俺の人生に友達は必要ない。生死だって関係ない。唯一関係があるとすれば………さしあたり存在意義となったちっぽけな生き甲斐だけだ。
☆───香風智乃───☆
私にとって
真麻さんとの出会いは小学生の頃でした。思えば初めて会った頃からよく訳の分からないことを言ったりする騒がしい人でした。無視していた頃もありましたね、そのくらい酷かったです。休み時間には毎回来て、放課後も分岐路まで勝手に付いてきました。まだその頃は喫茶店までは来なかったですね、そこは恐らく遠慮があったんだと思います。というかそれすら無かったら完全に縁を切っていたと思います。
最初はあまり好きではなかったんですけど……でも真麻さんはあの時、お母さんが死んだときも変わらずに私の下に来ました。その頃私はクラスでも浮いていて、お母さんが死んだ噂も相まってクラスメイトは私のことを出来るだけ触れないようにと全く近づいてきませんでした。その中で真麻さんは異端だったと言っても良いと思います。
でも真麻さんに私は酷い事を言ってしまいました。整理がついていなかった私は気を使って明るく話してくれる真麻さんに怒鳴ってしまい、それから悪いことをしてしまったことに気付いてすぐに逃げてしまいました。
翌日に改めて謝ったのですが本当に気にしていないかのようにそのことを許してくれました。その時に気付きました。真麻さんはきっと何があっても、例えば私がクラスで虐められて、関わったら一緒に巻き込まれてしまうような状況になったとしても、そんなのどうでも良いとばかりにいつものように調子良く話しかけてくると思います。いえ、これは願望かもしれません。でも間違っているとも思いません。
「大人な香風さんは今日は甘兎庵で何を頼むんですか?」
むっと来ましたが無視です。この手の真麻さんの揶揄いは突っ込むだけ無意味とこの短くない数年間で完全に学びました。
「そうですね……今日はあんみつの気分でしょうか」
「分かりました。では千夜さんにはニンジン羊羹を用意しとくように……と」
「いつの間にスマートフォンを……! た、食べないですからね!」
「好き嫌いは良くないと思いますよ香風さん。もう中学生ですしやはり野菜の好き嫌いくらい無くしていかないとこれからの成長期大きくなっていけないですよ。足とか胸とか脳味噌とか」
「うっ……」
何時になく正論です。でもニンジンのあの独特の風味……食べたくない……です!
真麻さんは薄い黄色の髪の毛を揺らしながら、とぼけたような表情で「ん~?」と口角を上げました。
「あれー? 香風さん、もしかして食べたくないんですか? しかしもう千夜さんには頼んでしまいましたから二人分食べなくてはなりません。これは仕方ないです、ええ、仕方のない事なんです」
「勝手に何やってるんですか真麻さん……!」
「勘違いしないでくださいよ香風さん。全身全霊、私は香風さんのことを想ってやってるんですよ。これは将来香風さんが頭脳明晰容姿端麗ばいんばいんになるための布石で」
「余計なお世話です」
私は変な事を言い始めた真麻さんを無視してまた早歩きを始めます。真麻さんは「ちょっと待ってくださいって! はあ最近の香風さん結構最近惜しいのに……!」とすぐに駆け足で追いついてきます、運動部でもないのに運動神経が良いのが少し恨めしいです。というか惜しいって何でしょうか……どうせしょうもないことを考えているだけなんでしょうけど。
こうやって真麻さんとおしゃべりするのは楽しくないかと言われれば嘘になるんですけど……ただ若干のうざ、鬱陶しい言動が気になります。それさえなければ良い友達なのですけど……どうにかならないんでしょうか。
溜息を吐きながら私は肩を並べて歩く真麻さんの姿を目で追った。