HERO ——what is jastice?—— 【未完】   作:ぽけきょー

2 / 2
INVADER

「......すっげえ」

 

 映司がぽつりと声を漏らした。その眼には、輝きが宿っている。

 

「すげえよ、これ!マジで俺、ヒーロー隊の本部に来ちゃってるよ!」

 

 オフィス中に、映司の大きな声が反響する。

 真奈が眉をひそめて映司の頭をはたく横で、正義は満足そうに、がはは、と笑った。

 

「そんなに喜んでくれるなら、もっと早くに連れて来ればよかったな」

 

 どこにでもある地方都市、緋色。

 悠たちは、そこを中心とする地域を管轄するヒーロー隊本部に来ていた。

 

 元々は悠の発案だ。

 春にあった事件以来、どことなく落ち込んでいる様子の映司のために、見学の機会を作れないか、と正義に頼んでみたところ、快諾された。

 あいつの自慢げな顔を見るのは癪だったが、こんなに喜んでくれるのならその甲斐もあったというものだ。

 

 それにしても。

 壁のポスターやデスクの書類、等身大の《ジャスティス》人形などにいちいち感嘆する映司をよそに、悠はオフィスの中央で、しかめっ面でこちらを見つめる本部長に声をかけた。

 

「どういう風の吹き回しですか」

「......どういう意味だ?」

「見学を了承してくれて、ありがたいとは思ってます。でも、オフィスの中をこんなに勝手に歩き回られていいんですか。それだけじゃない」

 

 悠はさっきから扉の向こうで、様子を伺っているいくつかの人影を指差す。

 

「あんなのまで用意しちゃって。やけに至れり尽くせりだな、と思って」

 

 本部長は渋面のまま、溜息をついた。

 

「......別に特別扱いじゃない。誰がなんと言おうと、我々が強化スーツやライフレーダーといった技術を独占していることが事実である以上、我々の活動には市民の理解が不可欠だからな」

「ヒーローも人気商売、ってことか。あんたらも大変ですね」

 

 悠は少しだけ、くたびれたスーツを着るこの中年に同情した。

 ただでさえあんな面倒臭い奴を抱えているのに、無関係の高校生にまで気を遣わなければならないとは。そりゃあ、眉間に皺も寄る。

 

 そんなことを考えていると、扉が勢いよく開いた。

 

「どうもー!」

 

 やけに高い声で、漫才師みたいな挨拶をしながら、揃って三十歳前後とおぼしき三人の男女がオフィスに入ってくる。

 映司は一瞬呆気に取られたような顔をしていたが、すぐに三人のうちの一人に人差し指を向ける。

 

「ああっ!もしかして、《フレア》!?」

 

 指を指された眼鏡の優男は、七三分けの黒髪を触りながら照れ笑いを浮かべた。

 

「よく分かったね」

「......っていう事は、もしかして、二人は《アクア》と......」

「《ガイア》だ。よろしく」

 

《フレア》の横で、彼よりもさらに背が高い、スキンヘッドの大柄な男が目を細めながら手を差し出す。

 映司はその手を両手で撫で回しながら、目線をその隣、髪を後ろで結んだ美人な女性に向ける。彼女はつまらなそうに天井を見上げていたが、その視線に気づくと微笑み、小さく手を振った。

 

「この人たち、有名なの?」

「な、何言ってんだ真奈。この人たちは緋色市にヒーロー隊が発足した当時から、ずっとこの街を守ってる、《トリニティ・ヒーローズ》だぞ!まさか、知らないのか!?」

 

 映司は恐る恐るという様子でこちらに目を向けてくる。本当は前に本部に来た時にポスターで見て顔は知っていたのだが、ヒーロー談義に巻き込まれるのは面倒なので、首を振る。

 がっくりと大袈裟に項垂れながらヒーロー達に向き直る映司を見てから、悠は本部長に向き直る。

 

「ところで、あんたに聞きたいことがあります」

「......ほう。何かな?」

 

 本部長が目を細めた。

 悠は目を閉じて、尋ねる。

 

「五年前のトンネル事故。あんた達は、本当に——」

 

 その時、扉が再び勢いよく開いた。

 雪崩を打ったように、カメラや照明、マイクを抱えた人々が乗り込んでくる。

 

 一瞬で凍りつくオフィス。

 本部長の顔が、引き攣る。

 

「......ここは一応、関係者以外立ち入り禁止でね。取材なら予約を」

 

 彼が言い終わらないうちに、人の群れの中から、二人の男女が飛び出した。

 一人はピエロのように、赤白緑のカラフルなスーツの上下に身を包み、邪気のないきらきらした青い眼を持つ金髪の男。もう一人は、網タイツに黒いハイレグのレオタード、ウサギの耳のようなカチューシャという出で立ちの、色っぽい女だ。

 二人とも肌の色が白く、彫りが深い。すなわち、ぱっと見でわかる外国人だった。

 

「突然押しかけて悪いね、ジャパニーズヒーローたち。でも、ここはオレの顔を立ててくれないかな。そう、このオレ、スーパー・ロバートの顔をね!」

「Hoooooo!」

 

 ロバートと名乗った白人は、驚くほど流暢な日本語で以上の台詞を踊りながら言ってみせた。その顔は常に背後のテレビカメラに向けられており、こちらの方を見ることは一度もなかったが、彼らのテンションが異常に高いことはわかった。

 

 ロバートは悠たちが無反応であることに気づくと、女とぴったり同じタイミングでこちらにくるりと振り返り、嘘だろ、と呟く。

 

「.......おいおい、まさかロバート&バニーを知らないのか?全く、ジャパンって国はどうかしてるぜ」

「ドウカシテルゼ」

 

 悠はぽかんと口を開けている映司の肩を叩く。

 

「......知ってる?」

「いいや。でも、どっかで見た事ある気はするんだよなぁ」

 

 首を傾げる映司の前で、本部長が目を伏せて言った。

 

「気が済んだなら出て行ってくれ」

「ん?ソーリー、皆様に支えられて今年で創業五十周年、ザ・バーバー・カンパニーの不動の売上No.1、バーバー・ガムが美味すぎて聞いてなかった」

 

 ロバートはまたテレビカメラに向かって声を張り上げると、こちらに戻って、真面目くさった顔で聞き返す。

 

「で、何て?」

「.......出てけ、と言ってるんだ!」

 

 本部長がついに怒りを露わにした。

 バニーが大仰に耳を塞いでみせる横で、ロバートは満面の笑みを少しも崩さない。

 

「あれれ、このスーパー・ロバートにそんな口をきいていいのか?俺の後ろには、カメラを通して一億人のジャパニーズと、その三倍のアメリカンがいるんだぜ」

「何だと......!?」

 

 わなわな震える本部長に、テレビマンの一人が、生放送ですよー、と嘲るように叫ぶ。

 そう言われれば、ヒーロー隊は黙るしかなかった。

 

「あーーーーっっ!!」

 

 その時、映司が素っ頓狂な大声をあげた。

 右手でロバートを指差して、左手では悠の肩をばんばん叩く。

 

「思い出した!あいつら、アメリカのヒーローだよ。全米で人気ナンバーワンのロバート&バニー。ヒーロー雑誌のコラムで見たことある」

「おお、ボーイ。オレたちを知ってるのか」

 

 ロバートが嬉しそうにこちらに歩み寄る。

 

「ボーイたちの名前は?」

「......えと、俺が映司で、こっちが真奈。それで、こいつが悠」

 

 ロバートは悠たちを満足そうに見回すと、三人に何かを押し付けた。

 

「これ、ロバート&バニーのグッズ三点セットだ。プレゼント」

 

 全く邪気のない目で見つめられると、「要らない」とは言いにくい。

 ビニール袋の中に入った、ロバートの写真が描かれたタオル、マグカップ、そして大量のガムを、悠は内心でしかめ面をしながら受け取った。

 

「勘違いしないでくれよ。オレたちは、ジャパンのヒーローを助けに来たんだ。ジャパンは、俺にとっても思い出深い場所でね」

 

 機嫌がよくなったロバートは、フランクな態度で本部長の眼前まで近づいた。その圧に、本部長か二、三歩後ずさりする。

 

「助けなどいらん」

「そう言わずに。ジャパンじゃ、《カンパニー》なんていうテロリストが蔓延ってるんだろう?撲滅は遠いって聞いたぜ」

 

 本部長が黙っていると、ロバートは一人で納得したように頷き、踵を返した。

 

「それじゃ、オレたちはパトロールに行ってくるから。ちゃちゃっと《カンパニー》捕まえちゃって、今日の夕飯はテンプラだ!」

「TENPURAAAAA!」

 

 彼の後ろをがやがやとテレビマンたちが付いていき、最後にバニーが両手を広げて威嚇するように叫んで、扉ががちゃりと閉じた。

 後に残された人たちは、たっぷり一分は呆然とした後で、ようやく我に返ったように仕事に戻り始める。

 

「......何だったんだ」

 

 本部長が呟いた。

 真奈がスマートフォンを弄り、ほんとだ、と声を漏らす。

 

「あの人たち、本当にヒーローなんだ。強化スーツも持ってるし、マフィアの抗争を何件も鎮圧してる」

「あんな奴に、強化スーツ預けていいのかよ」

 

 悠の疑問に、《フレア》 が答える。

 

「向こうのヒーロー制度は、日本とはちょっと違うんだ。向こうでは、政府が強化スーツを何百億って金額で販売してる。そんなものマフィアは手を出せないけど、ある程度の大企業なら楽に手を出せる。広告塔としてね」

「確かに、テレビに映るたびにガムの話してたら、話題にはなるよな」

 

 映司がロバートから貰った袋を開けて、中のガムを噛みながら言う。

 味の感想を尋ねると、めちゃくちゃ甘いのにえぐみがある、と返ってきたので、悠は家に帰ったら袋ごと捨てることを決めた。

 

「自由の国、か。ろくでもないな」

 

 正義が珍しく怒ったように漏らす。

 

「まぁ、我々の邪魔をせず、さっさと帰ってくれることを祈ろう」

 

 本部長は、その祈りが届かないことを確信している顔つきで言った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「......それで、あのアメリカ人たち、あれからどうなったの」

 

 高層ビルの向こうに緋色山が見える、緋色市のメインストリート。休日だからか、歩道の人の群れの歩みがゆっくりに感じられる。

 僕たち四人は、その中を歩いていた。

 

「特に何も。テレビカメラ引き連れて何やらあちこちで騒いでるようだが、成果は」

 

 正義が悠の問いに答える。

 悠もそのくらいのことはテレビで知っている。敢えて正義に尋ねたのは、今通り過ぎたものから目を逸らすためだ。

 

 今は布が掛けられ、作業を中断しているマンションの建設現場。春になったばかりの頃、悠が危うく死にかけた場所。

 あれから一ヶ月余り、《カンパニー》からの襲撃はない。正義がくっついているのを見て、諦めてくれたのかもしれない。

 

 それでも、悠の不安が完全には無くなることはなかった。

 外に出る度に、何かが上から降ってくるのではないかと、空を見上げる。ナイフを持った通り魔が襲いかかってくるのではないかと、人混みを凝視する。 そんな日々が続いていた。

 

「さぁ、着いたわよ」

 

 しばらく歩いたところで、真奈が悠たちに声をかける。

 通りから一本奥に入った住宅街。そこに、似つかわしくないファンシーな外見の建物があった。店の前には、五、六人が列をなしている。

 

「ここか、《ザ・ブーン》」

 

 映司が声を上げる。

 

 そんな怯えを抱えながら、それでも悠が外に出た訳は、この店にあった。

 ここは、あの時行こうとしていた、新しくオープンしたアイスクリーム屋だ。あれから少し時間が空いて、真奈がやっぱり皆で行きたいと言い出した。

 多分、柄にもなく悠に気を遣っているのだろう。

 

 そういえば、前にもこんなことがあった。

 あの時は、悠も真奈も、まだ小学生で——。

 

「悠、入らないの?」

 

 真奈に怪訝そうに声をかけられる。

 てっきり行列に並ぶのかと思っていたが、真奈は退屈そうにスマホを弄っている女子高生たちを無視して、店内に入っていく。悠たちが近づいていくと、その理由がわかった。この店は店内で食べるメニューの他にテイクアウトをやっていて、行列はテイクアウト待ちだったのだ。

 

「真奈、ここに来たことあるの?」

「ここの店長さん、元は私のパパの後輩なの。気が弱くて、いつも酔っ払ったパパの介抱を押し付けられてたから、私もよく知ってて」

 

 聞けば、まったく関係ない業種から脱サラして、夢だった自分の店を持つことにしたらしい。それで、若い人の意見が聞きたいと、オープン前に真奈を試食会に招待してくれた。

 

「だから、味は私が保証するわ」

「そりゃ楽しみだ」

 

 正義が唇を舐める。今回は遠慮しようか、と彼は言ってくれたのだが、悠が付いてきてくれるように言った。それはもちろん、久々にあの大通りを通るのが怖かったからなのだが、同時に彼への不快感がいくぶんか和らいでいることにも、悠は気づかされた。

 それは、単に映司を助けてくれたからなのか。そう問われると、悠は首を傾げざるを得ない。

 

 ファンシーな建物とは裏腹に、昭和の喫茶店のように、からからと涼やかな音を響かせて扉が開く。

 外の行列とは裏腹に、それなりに広い店内には客が数人しか入っていない。 まだわざわざアイスを食べに行く、という季節でもないからだとは思うが、少し違和感を覚えながらテーブルについた。

 

「い、いらっしゃい」

 

 疑問はすぐに氷解する。

 水を持ってきた店長と思しき男性は、眼鏡越しに目線をあちこちに滑らせ、手足は若干震え気味、頰はぴくぴくと痙攣するように動いている。鼻筋はしゅっとしていて不細工というわけではないが、一言で言うと挙動不審だった。

 

「ま、ま、真奈ちゃん。友達、つ、連れてきてくれたのかい」

「松ちゃん、久しぶり。あたしチョコミントね」

 

 真奈は友達に話しかけるように、店長に話しかけた。よく見ると胸のネームプレートには「松尾」と書かれている。

 悠はバニラ、映司はオレンジ、正義はさんざん迷った末に、クッキー&クリームを頼んだ。

 

 待っている間に店内を見回すが、彼以外に店員がいる気配はない。

 これでは入りづらいだろうな、と納得したところで、丸皿にこんもりと盛られたアイスクリームがやって来た。

 

「......ど、どうぞ」

 

 おどおどと不安げな顔の松尾とは対照的に、皿の上のアイスクリームは店内の色とりどりの電飾に照らされて、キラキラと輝いて見える。

 スプーンで掬ってみると、形を保ったまま、わずかに黄味を帯びた驚くほど柔らかなクリームが、静かに匙の上に滑り落ちた。口に運ぶと、まずほのかなバニラの香りが、次いでキン、とくる冷たさが体全体にやって来る。

 そして舌の上で溶け出すやいなや、濃厚なミルクの甘みが口の中いっぱいに広がった。

 

「美味しい」

 

 思わず声が漏れた。はっと周りを見回すと、正義と映司も驚きの表情を浮かべている。

 ただ一人、真奈だけは、そんな悠たちを見て可笑しそうに笑った。

 

「だから言ったでしょ。松っちゃん、脱サラしてからイタリアで五年も修行したのよ」

「そりゃ凄いな。ひとは」

 

 映司は慌てて口をつぐむ。人は見かけによらない、そう言いそうになったのだろう。悠も喉元まで出かかっていた。

 

「い、いいんだ。こんなにおどおどしてたら、味も駄目なんじゃないかって、そう思うのは当然だから」

「松っちゃん、そんなこと」

「いいんだ、真菜ちゃん。こ、こういうの生まれつきで、会社でも馬鹿にされて、向いてる仕事なんて、な、ないんじゃないかと思ってた。で、でも、小さい時から、アイスクリームだけは作るの上手くて、い、イタリアでも褒められて、こうやって店も出せた。格好いいアルバイトを雇ったおかげで、テイクアウトが売れて、ぎりぎりだけど何とかやっていけてる。ぼくは、嬉しいんだよ。みんな、ぼくのアイスクリームを食べて、笑顔になってくれる。それを想像すると、嬉しくてたまらないんだ」

 

 喋っているうちに、どもりが少しずつ治まっていく。

 悠はもう一口、アイスクリームを口に入れた。生半可な覚悟で、つくれる味じゃない。

 

「いつか、二号店、三号店を出して、ぼくのアイスクリームを世界中の人に食べてもらうのが、ぼくの夢なんだ。ぼくのことなんて知らなくていいんだ。ぼくのアイスクリームが、みんなの口に入ればいいんだ」

 

 松尾の顔が、ふわっとほころんだ。

 

「店長、テイクアイト終わりました......って、何すか、お友達っすか?」

 

 からん、と音を立てて、青年が店の中に入ってくる。

 人目を惹く容姿だった。ほぼ白に近い金髪、くりくりと大きな目、薄い唇。比較的地味な制服を着ていても、溢れ出すような存在感。彼が近づいてくるにつれ、きつめだが、不快にならない香水の匂いが店の中に広がる。

 

「加藤っす、こんにちは」

 

 彼は律儀に帽子を取って頭を下げる。

 会話からするに、テイクアウトの販売担当なのだろう。確かに、明らかに売り子の才能がある。

 

 こ、こんにちは、とか細い声で言う真奈の目は、既にハートになっていた。

 真奈は派手な男性に弱い。

 

「何だよ、見たことないのか?」

「は、はじめてよ。オープンしてからは来たことなかったから」

 

 小声で聞くと、さらに小声で返してきた。

 

「お、お疲れさま。このお客様はぼくがやるから、て、店内のほかのお客様の接客してあげて」

「了解っす」

 

 加藤はもう一度悠たちに会釈すると、他のテーブルへ移っていった。

 

「......さ、溶けないうちに」

 

 松尾に促され、アイスクリームを口に運ぶ。

 少し溶けたそれは、口の中いっぱいにミルクの甘さを伝え、また格別に美味しかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 燃える。燃えてゆく。

 独特な色使いの看板も、アイスクリームが描かれた外壁も、開くたびに鈴の音が鳴る木の扉も。

 

《ザ・ブーン》のすべてが、燃えてゆく。

 

 悠は呆然としながら、その姿を見ていた。

 消防隊はまだ来ていない。正義がライフレーダーで感知し駆けつけた時には、もう火は店全体にまで広がっていた。

 その炎の異常な速度が、これが《カンパニー》によるものだと、誇示していた。

 

「......う」

 

 悠よりも近くで、正義に羽交い締めにされながら、生気の抜けた眼差しでその様子を見ていた松尾が、急に呻いた。

 堰を切ったように、呻きは叫びに、悲鳴に変わっていく。

 

「うああああああああっっっ!」

 

 眼鏡が落ちて、レンズがぱきりと割れる。

 悠も、正義も、声をかけられなかった。ぱちぱちと弾ける火花の音と、嗚咽だけが、その場を支配していた。

 

 

 

 消防隊が来てから数時間経って、ようやく紅い炎は黒煙へと変わった。

 全焼だった。壁の大部分が黒焦げになり、店内のひどい有り様が剥き出しになっているところもある。辛うじて形は保っているものの、更地になったのと同じことだった。

 

 松尾の涙は枯れ、その後には抜け殻だけが残った。

 遅れてやってきた警察の問いかけにも真奈の慰めにも一切反応を示さず、ただ、崩折れている。

 

 ざっ、と靴音が響いた。

 振り返ると、例の三色カラーのスーツを着たロバートが、神妙な面持ちで立っていた。傍らにバニーはいない。

 

「......何しに来たんだよ」

 

 悠は冷たい口調で言う。

 ロバートは眉を上げて、悠を見下ろす。

 

「そんな顔をするなよ。《カンパニー》が事件を起こしたっていうから、見に来たんだぜ」

「冷やかしなら帰ってくれ。この国に、あんたの居場所はない」

 

 普段ならこんなにキツい言い回しはしないが、今日の悠は疲れていた。昨日と今日で、こんなにも世界は変わる。その無秩序に、嫌気がさしていた。

 ロバートはそんな悠に、真剣な表情で言い切る。

 

「勘違いしないでくれ、ボーイ。オレだってヒーローだ。胸だって痛むし、何が正義で何が悪かくらい、分かってるつもりだ」

「どうだか」

 

 ロバートはくすりと笑って、悠の目を見据えた。

 

「結果で証明するよ。犯人は、オレがこの手で捕まえる」

「できっこない」

「奇跡を起こすのが、ヒーローの仕事さ」

 

 以前と違い、彼の眼は曇っているように見えた。まだほんの少ししか彼に会っていないが、彼が単なる短絡的な男には見えないような気がした。

 

 だからと言って、悠が彼のことを信用した訳ではない。

 ただ、彼に対する印象は、少しだけ変わったような気がした。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ヒーロー本部には、《ザ・ブーン》放火事件の対策会議のため、大きな液晶パネルが設置された。

 その前には職員たちと、昨日と同じ、さらによれよれになったスーツを着た本部長、正義と《トリニティ・ヒーローズ》、ロビーでカメラを引き連れ散々ゴネて、カメラは入ってこないことを条件に特別に参加を許したロバート&バニー、そして、なぜか悠がいる。

 

「......それでは、会議を始めよう」

 

 本部長が目に隈ができて余計に怖くなった仏頂面で言うと、液晶パネルの画面が動いた。

 

「犯行は《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》によるものと見て間違いない。異常な燃焼速度は彼の特徴であり、特有のマーキングも見つかった」

 

 パネルに、黒焦げになった《ザ・ブーン》の壁に描かれた、《カンパニー》のシンボルである長剣のマークと「PYRO」の文字が映し出される。

 よく見ると、マークは壁に描かれているのではなく、焦げずに残っている壁の色で作られていることがわかる。焦げを防ぐ透明のスプレーか何かで描いたのだろう。

 

「何なんだよ、そのパイロなんとかっていうのは」

 

 ロバートがガムをくちゃくちゃ噛みながら口を挟み、その横でバニーも激しく首を縦に振る。

 昨夜のことは夢だったのではないかと疑いたくなるほど、彼は適当な態度だった。机に足を投げ出して、口元には笑みさえ浮かべている。

 

 彼の問いには、《フレア》が手を挙げて答える。

 

「《カンパニー》の、いわゆる掃除屋だよ。彼らにとって都合の悪いモノやヒトを灰にするのが仕事。活動を始めたのは、五年ほど前だったかな」

 

 ロバートはふうん、と納得したように黙る。日本語などこれっぽっちもわかっていないくせに、バニーもふうん、と彼の真似をする。

 

「でも、今回の件は少し不自然だ。彼は自信家だけど、ニックネームの通り放火を仕事だと割り切ってる。これまで一度だって、《カンパニー》に無関係な放火なんて起こさなかった」

「気が変わったんじゃないのか?犯罪者のポリシーなんてころころ変わるもんだぜ」

「そう言われればそうなんだけどね」

 

 ごほん、と正義が大げさに咳払いをする。ロバートはやれやれ、と言わんばかりに両手を挙げ、黙った。

 

「......とにかく、これまで尻尾を掴めなかった《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》が、普段と違う動きをした。痛ましい事件ですが、これはチャンスでもある。絶対に、俺たちで捕まえましょう」

 

 俺たちで、の部分に力を込めて、正義は立ち上がった。ロバートが笑いながら乾いた拍手をする。

 

「ま、オレたちはオレたちで、バーバー・ガムを噛みながら好きにやらせてもらうよ。人手は多すぎて困ることはないだろ」

「邪魔をしなければな」

 

 正義は彼を睨みつける。

 彼は眉を上げ、突然がたりと立ち上がった。そのまま早歩きでオフィスを出ていく。

 困り顔のバニーが慌ててその後を追い、彼が開けっ放しにしたドアを閉める前に、

 

「Bye-bye」

 

 と投げキッスをした。

 

 静かになったオフィスに、再び本部長の声が響く。

《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》が過去にどんな事件を起こしてきたのか。正義たちは何度も聞いた話なのだろうが、初めて聞く悠は、無惨な焼け跡の写真に胸を締め付けられた。

 

 会議が終わった後、悠は正義の元へ駆け寄った。

 

「何も、あんなに厳しくなくたっていいんじゃない」

 

 ロバートたちのことについて言ってみると、正義は目を丸くした。

 

「なんだ、悠はあいつらの肩を持つのか」

「別に、そういう訳じゃないけど」

 

 簡単に懐柔される奴だと思われたくなくて、昨晩のことは正義には伝えていない。

 悠がもじもじしていると、正義は真面目な顔に戻って言った。

 

「気になるんだよ。観光気分だったあいつらが、事件が起きた途端に興味を持ちやがった。最初にあいつらが押しかけてきた時、あんなに真剣な顔で質問なんてする奴らに見えたか?

 ......俺は、奴らは事件が起きることを知ってたのかもしれないと思ってる。緋色市で、とんでもないことをしでかすんじゃないかって」

「考えすぎだよ」

 

 そもそも、今もロバートたちは十分に正義をおちょくっていたような気がする。

 彼らについてはこれ以上話しても何も出てきそうにないので、悠はもう一つ気になってきたことを尋ねる。

 

「ところで、何で僕がここにいるの?」

 

 すると正義は、神妙な顔を崩さぬまま、屈んで悠の頭を撫でる。

 

「ヤツのいつもと違う動きは、もしかしたら、あくまでもしかしたらだが、悠と関係があるかもしれない」

「......えっ?」

「あんなに周到に悠を殺そうとしたのに、それ以降《カンパニー》は目立った動きを見せていない。諦めたと考えるのは、楽観的すぎるだろ」

 

 正義は、《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》を捕まえるまでは、学校と家以外はできるだけこの本部にいろ、と悠に言った。

 

「親には俺から連絡をしておくから......」

「大丈夫です。一人暮らしなんで」

「......そうか。なら、とにかく言った通りにしてくれ」

 

 俺は調査に行ってくる、と正義は悠の前から離れる。

 しかし、つと立ち止まり、再び悠に近づいてきた。

 

「......いいか。たとえ今回の事件が悠と関係があったとしても、絶対に悠のせいなんかじゃないからな。絶対だぞ」

「うん。わかってる」

 

 悠は苦笑する。

 その様子を見て、安心したように正義は再び悠に背中を向けた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 正義の予感は、半分は当たり、半分は外れた。

 二日後の夜、ロバートたちが《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》を発見、確保したのだ。

 

「な?オレたち、役に立ったろ?」

 

 ヒーロー本部で、ロバートは自慢げに鼻を鳴らした。

 テレビカメラの前だからか、正義たちは愛想笑いを浮かべて拍手してはいるものの、顔には不満、というより不審が滲み出ている。

 

《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》の本名は、渡一郎。

 四十代後半の丸刈りの痩せた男で、寡黙。だが取り調べている警察によると、自分の犯行については饒舌に喋るらしい。

 例のマーキングを含む、犯人しか知り得ない情報を知っていることから、彼が《カンパニー》の掃除屋で間違いないといえる。

 

 だが、この街がホームのヒーローたちよりも先に、アメリカ人のロバートたちが犯人を見つけるなど、全くもって不自然だ。

 テレビ局は、その理由を日本のヒーローの能力不足ということにして特集を組むようだ。だが、現場にいる悠たちは、それが間違いであることを知っている。

 

 一方で、ロバートたちを認め始めている自分もいた。

 日本のヒーローが無能だとは思わない。だが、とても信じられないが、彼らはアメリカNo.1のヒーローなのだ。日本の、しかもこんな地方都市のヒーローとは、能力に雲泥の差があると考える方が自然だ。

 

「ああ、もう帰るよ。オレたちの役目は果たしたからな」

 

 ロバートたちはカメラに向かって、自分たちがどんな手を使って《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》を捕まえたのかを大声で語っている。その内容は非常に抽象的だが、嘘とも言い切れないのではないか。

 

 

 

 取材が一段落して、テレビクルーが引き揚げていく。

 オフィスに静寂が戻ってきた瞬間、正義たちの緊張の糸が切れ、あちこちでため息が聞こえる。

 

 そんな中、ロバートたちは悠に近づいてきた。

 

「......なに」

「Hey,boy! Did you see that? 」

 

 バニーが小馬鹿にしたような顔を大きく近づけてくる。仄かに牧場の臭いがする。

 

「なんだよ、一体」

「オレたちを見る目も、少しは変わったかなって」

「......まぁね」

 

 悠がしぶしぶ頷くと、ロバートは、はっはぁ!と高笑いした。

 その後で、ふと何かに気づいたように目を凝らす。

 

「おい、オレのあげた缶バッジはどこだ?」

「何のこと」

 

 悠がとぼけると、ロバートは愕然とした顔をする。

 

「嘘だよ。あんたがくれたグッズの中にそんなのがあった」

「おお、それそれ。見当たらないんだが」

「捨てたよ。袋ごとね」

 

 今度は本当だ。ロバートにもそれが伝わったようで、彼は大げさに膝をついて嘆いた。

 

「オー、マイゴッド!オークションじゃプレミアが付く代物だぞ!今すぐゴミ箱の中から引っ張り出せ!」

「やだよ。それに、もうごみ収集に出しちゃった」

 

 ロバートはそれを聞き、倒れ込んでのたうち回る。他のスタッフが、何事かと不審な目で悠たちを見ている。

 彼はふと我に返ったように立ち上がり、おもむろに懐から前にもらったものと同じビニール袋を取り出す。

 

「仕方ない、特別にもう一つやろう。付けろ。今すぐ付けてくれ。せめて甘くて美味しいバーバー・ガムだけでも」

「いらないよ」

 

 悠は差し出される袋を手で払うが、なんと突っぱねても押し付けられるので、最後には諦めて袋を受け取った。

 ビニール袋を手で破り、修正で何倍にも美男美女になった二人が大きく写っているバッジを、Tシャツの腰のあたり、目立たないところに付ける。

 

「これでいい?」

「ベリーグッド。よく似合ってるよ」

 

 ロバートはがっはっは、と誰かを髣髴とさせる笑い方をし、立ち去っていった。

 後に残された悠は、ただぽかんとそこに突っ立っていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 暗い廊下に、きゅっ、きゅっ、と足音が響く。

 スマートフォンの明かりが、行く先を仄かに照らす。

 

 こんな仕事を始めたのは、いつからだ。

 最初は違った?いいや、そんなことはない。こうなることは、こうすることは、覚悟していたはずだ。

 

 金が欲しかった。

 何の為かと問われれば、沈黙するしかない。ただ、金が欲しかったのだ。

 

 人気はない。もう夜中の三時だ、みんな寝静まっているのだろう。

 保険をかけておいてよかった。あれがなければ、今ごろ二人して顔を蒼くしていたところだ。

 

 男はドアノブに手を掛ける。鍵はかかっていないようだ。まぁ、掛かっていたとしても、この程度なら5秒もあれば開く。

 

「......行くぞ」

 

 男は、横の女に声をかける。女は大きく頷いた。

 

「それっ!」

 

 二人は、ドアを大きく引いた。

 中には、すうすうと寝息を立てる、少年が一人。

 

 その、はずだった。

 

 ぱっ、と明かりが灯る。

 ヒーロー隊本部の仮眠室。そこには、四人のヒーローが、目をしかと開けて立っていた。

 

 

 

 

「ロバート&バニー。もう、調べはついてる」

 

 正義は静かに告げる。

 変な体勢で硬直したまま、彼らは大口を開けた。

 

「......な、なんのことだ?」

 

 ロバートが口を開く。動揺を隠しきれていないのがわかる。

 今回は《非業の天才科学者(バット・サイエンティスト)》のケースとは違い、のんびりお喋りをする必要はない。

 彼らは大人であり、強化スーツを纏ったヒーローであり、大罪人なのだから。

 

 正義は無言でロバートの腕を掴む。

 その瞬間、彼はものすごい勢いでその手を振り払い、バニーとともに目の前の窓に向かって飛び出した。

 

「なっ!?」

 

 一瞬の隙の間に、彼らは窓にダイブする。

 

「馬鹿な、四階だぞ!?」

 

《ガイア》が窓を覗き込む。

 ロバートが空中で、強化スーツのボタンを押すのがわかった。

 

「Transform!」

 

 ロバートが叫ぶ。

 次の瞬間、彼の身体は黄金のスーツを纏い、大空を舞った。

 

「くそっ!」

 

 正義たちも慌てて変身し、ガスを蒸かして窓から飛び立つ。

 闇夜に、五つの影が交差する。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 彼らが立ち去ったことを確認してから、悠はおそるおそる仮眠室に入る。

 本当に危ないところだった。彼らが悠の寝込みを襲って何をするつもりだったのかは分からないが、楽しいサプライズだとはとても思えない。

 

 廊下が騒がしくなる。仕事熱心なことで、こんな時間までヒーロー本部で写真などを撮ったりしていたテレビクルーたちが、外の様子を見て慌て出したらしい。

 扉が乱暴に開かれ、クルーたちが殺到してくる。

 

 彼らは汗の臭いをぷんぷんさせながら、一斉に悠の方をじっと見た。

 

「......撮らないでくださいよ」

 

 悠はため息をついた。

 

 

 

 

「......要するに、ロバート&バニーは、ヒーローでも何でもなかったんです」

 

 悠はいやいやながら、複数の局のディレクターたちの前で講釈する。

 信用できないので、カメラや照明は外に出て行ってもらった。

 

「彼らの正体は、行く先々のマフィアや闇の組織と繋がって、事件を起こさせて偽の犯人を捕まえるマッチポンプ集団だったんですよ」

 

 組織は、重要人物を捕まったことにして、ヒーローのマークを外すことができ、ロバート&バニー側は、人気と名声が高まる。時には金銭が絡んだり、別の仕事とセットだったりもしたのだろう。

 そんなコネクションをスポンサーに隠して作れるとも思えないから、おそらく会社もグル、というより、そっちが本命だろう。

 

「今回の依頼主は《カンパニー》、起こす事件は《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》による放火。対象は誰でもよかったから、いつもとは違って、なんの関わりもない《ザ・ブーン》が犠牲になった」

 

 念願だった自分の店を、わずか数ヶ月で黒焦げにされてしまった松尾の顔がよぎる。

 隣でロバートも同情しているように見えたのは、何てことはない、「犯人は現場に戻る」だけのことだったのだ。

 

「そして、彼らの標的には最初から僕も入っていた。ロバートから二度も貰った缶バッジ。あれに、GPSが仕込まれていた」

 

 放火犯を捕まえることで悠の信用を得て、缶バッジをつけさせる。そうすることで、悠がどこで眠るとしても、その夜のうちに居場所を見つけて、何かした後で、翌朝すぐにアメリカに帰るつもりだった。

 

「彼らは全米No.1のヒーローです。あとで怪しまれたとしても、アメリカに戻ってしまえば、よほどの証拠がない限りあちらは取り合ってもくれないでしょう」

 

 正義が缶バッジに気づき、中を開けてくれなければ、と考えると、本当にぞっとする。

 それで彼らの狙いと本性がはっきりし、裏社会でヘマをして、その罰として捕まることを強いられた偽《職業放火魔(パイロ・ビジネス)》から反応を引き出すことができたのだ。

 

「だから、《ジャスティス》はGPSをこの仮眠室に残し、僕は別の場所に避難させた。てっきり自宅で眠るものと思っていた彼らは、まんまと罠に飛び込んだというわけです」

 

 なんで僕がこんな話をしなきゃいけないんだ、と思いながら、悠は説明を終える。

 感心したように頷いていたキャスターが、ふと疑問の目を向けた。

 

「......なんで、《カンパニー》は君を狙ってるの?」

 

 こっちが聞きたいよ、と叫びたくなった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「Hooooo!」

 

 バニーを背負ったロバートは、立ち並ぶ高層ビルの間を縫うように飛び回る。

 どうやら、正義たちとは別の飛行手段を持っているらしかった。

 

「......っ!」

 

 ビル風がびゅうびゅう吹いている。圧縮ガスの推進力などたかが知れているので、油断するとすぐ飛ばされそうになる。

 このまま四人で追いかけていても埒があかない。正義は後ろの三人に合図し、先回りするよう促す。

 

 

「Hey、ジャパンのみんな!俺は今、緋色市のヒーロー支部に追っかけられてる。でも俺にかけられた罪は全部でっち上げだ。あいつらの嫉妬だ!アメリカに帰ったら、絶対に訴えてやる!」

 

 

 正義の追跡をかわしながら、ロバートは手持ちカメラに向かって叫ぶ。

 この期に及んで、そのような言い訳が通用するだろうか。アメリカNo.1の肩書きがあれば、するかもしれない。

 何としても、ここで捕らえなければ。

 

「おらぁっ!」

 

 地の利では勝る正義だったが、どうにか先回りしても、ロバートたちはその横を、放物線を描くように軽々と潜り抜ける。

 

「HAHAHA!How can Japanese hero possibly be match for AMERICAN HEROS!」

 

 バニーがロバートの背から、煽るように何かを叫ぶ。

 

「くっ!」

 

 強い向かい風が吹き、正義は後方に押し戻される。

 その時、ロバートたちの動きが、不自然に止まった。

 

 空中で静止している。いや、完全に静止している訳ではない。何かに吊られているかのように、前後に身体を揺らしている。

 ロバートはちっ、と舌打ちをして、腕を小さく動かす。すると、再び前方へ飛べるようになる。

 

「......そうか」

 

 カラクリは分かった。ということは、彼らには弱点が存在する。

 後は、これをどう利用するかだ。

 

 一人では無理だ。

 だが、正義には、共に戦う仲間がいる。

 正義は後ろのトランシーバーを取った。

 

「もしもし皆さん、聞こえますか」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 正義はロバートたちを追い続けていた。

 朝日が地平線をわずかに照らす。緋色市を南へ突っ切っていく彼らだったが、ここで方向転換を余儀なくされる。

 

「......ッ!」

「行かせない」

 

 薄水色のスーツを身に纏った《アクア》が、ビルに張り付いて進行方向を塞いでいた。

 彼らはやむなく、右折する。

 

「残念」

 

 しかし、その先には鳳凰のように真紅の体を広げる《フレア》がいた。

 左手には《アクア》が追走している。

 

「Shit!」

 

 悪態をつき、さらに右へ身体を傾けるロバート。

 しかし、そこには《ガイア》が、スーツによってさらに大きくなった巨体で拳を構えている。

 

 行き場のなくなったロバートは、再び右へと舵をとる。

 だが、三回右折を繰り返した先は、元の場所だ。

 

「待ってたぜ」

 

 正義は、強く拳を握った。

 彼らには、聞かなければならないことがある。悠を、いったいどうするつもりだったのか。

 

「.....それがどうした!結局、オレの高速飛行にはついてこれないんだろ!?」

 

 ロバートが腕を動かし、その瞬間彼らの身体が大きく揺れる。

 しかし、その軌道上に、正義は既に立っていた。

 

「なっ!?」

 

 ロバートのみぞおちに、鉄の硬さの拳が入る。強化スーツ越しでなければ、内臓を破裂ささせられるほどの威力だ。

 

「がはァッ.....!」

 

 涎を吐くロバート。無意識に両手で腹を押さえる。

 

 この距離ならば見える。腕の機械とビルとを繋いだ粘性のある黒い影が、中途半端なところで切れた。

 次の瞬間、彼の身体は、急速に自由落下を始める。

 

「AHHHHHHH!」

 

 悲鳴をあげるバニー。

 彼らの飛行手段とは、すなわち特殊な素材でできた、強度の高いガムだ。ビルの両側にガムを貼り付け、ブランコの要領で前進する。前に進み切ったところでガムを切り、また別のビルにくっつける。

 だが、一度ガムをつけてしまったら、その軌道は変更できない。奇しくもこのイカサマヒーローは、春に戦った《非業の天才科学者(バット・サイエンティスト)》と同じ弱点を抱えていた。

 

「......日本のヒーローを、舐めるなよ!」

 

 正義は腕を大きく振りかぶる。

 猛スピードでこちらに向かってくる彼らに、標準を合わせる。

 

 

「ジャァァスティィィスッ!!」

 

 

「NOOOOOOO!!」

 

 

「パンッ、チィィィィッッ!!」

 

 

 衝撃音とともに、ロバートたちは建物に叩きつけられる。

 

「......しぶとい!」

 

 背が直接建物に打ちつけられたバニーは気を失ったようだが、それがクッションになって、ロバートはまだ意識を保っていた。

 ビルの外壁をずり落ちながら、スーツの中からホースを腕の機械に取り付け、風船のようにガムを膨らませる。

 

「こんなところでぇ......こんなところで、くたばってたまるかよ」

 

 ロバートの背丈と同じくらいの高さにまで膨らんだ真っ黒な風船を掴むと、落下速度が徐々に弱まり、やがて反転して上昇していく。

 そのスピードは速くはなかったが、正義があっけにとられている間に、残りのガスを使い切っても、届かないほどの高度に達した。

 

「ガム占い(フォーチュン・ガム)。優秀なヒーローというものは、奥の手を用意しているものさ!」

 

 遠ざかっていくその声は、震えているようにも聞こえた。

 だが、こうなってしまっては正義もどうすることもできない正義が悔しげに歯噛みした、その時だった。

 

 

「ロバート&バニー。悪いけど、僕らは君たちを優秀だともヒーローだとも思っていないよ」

 

 

《トリニティ・ヒーローズ》が、高層マンションの屋上から、空中を漂うロバートたちをじっと見据えている。

 

「着火(ファイア)」

 

《フレア》の真っ赤なスーツの両掌がかちかち、と擦りあわされ、放出されているガスに引火して空中で焔を吹く。

 

「激流(ウォーター)」

 

《アクア》のスーツの中は常に流水が駆け巡っており、大きなエネルギーを生み出せる。

 左手のファンからそのエネルギーを強風として放出し、焔勢いを増した焔が、ロバートたちに一直線に向かっていく。

 

「ぬぅん!」

 

 そこに、《ガイア》がガスをめいっぱい噴きながら突っ込む。

 強化スーツが火だるまになる。焔をコントロールするとともに、その面積を広げる。

 

「いけええええっ!」

 

 

「《トリニティ・ブースター》ッッ!!」

 

 

 全身に炎を纏った《ガイア》の巨躯が、ロバートに直撃する。

 衝撃と、熱が同時に彼を襲う。耐火性能があるはずの強化スーツが、炎に強く押し付けられて黒焦げになる。

 

 ガムは割れ、彼らは地に落ちていく。

 その身体を、車体の上にマットを載せたヒーロー隊の車両が、優しく受け止めた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「......すごい」

 

悠は窓の外で繰り広げられる空中戦の一部始終を見て、嘆息した。

報道陣たちも言葉が出ない。夜空には、色鮮やかな光の束が映える。

 

彼らはすでに失敗した。ここで逃したからといって、もう日本に来ることはできないだろう。日本の平和を守るという意味では、正義たちが命を賭けて戦う意味などまるでない。

 

それでも彼らが戦う理由を、悠は知っている。

彼らがなぜ悠を狙ったのか、悠をどうするつもりだったのか、それを聞き出すために、彼らは戦っている。

 

何の功績もない、どこにでもいる凡庸な高校生ひとり守るために、大勢の人たちが、汗を流している。

それを目の当たりにして、悠の胸はきりきりと痛んだ。

 

けれど、同時に。

地に堕ちるロバートたち、そして、熱気に包まれながら上空を漂うヒーローたち、喝采をあげるスタッフや報道陣、群衆を見て。

 

悠は、確信した。

自分は、ヒーローを、みんなを、信じていいんだ。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「......何で、オレはオレをこんな奴にしちまったんだろうな」

 

 ヒーロー本部の会議室に閉じ込められたロバートは、本部長の前で、燻んだ金色の髪をくしゃっと握り潰した。

 

「さあな。質問するのは我々の方だ。......貴様らは、いったい日本で何をしようとしていた?」

 

 目を伏せ、ロバートは沈黙する。

 壁越しに、隣の部屋でバニーが喚いている声が聞こえる。

 

 悠は、小声で正義に聞いた。

 

「あいつら、どうなるの」

「強化スーツを使用できる立場にあった犯罪者は、その情報を少なからず持っている可能性が高い。だから彼らは、国籍を問わず、PMAC......強化スーツ管理委員会の監視下に置かれることになる」

 

 もう二度と娑婆には戻ってこれねぇよ。

 正義はまっすぐ前を見たまま、古風な言い回しを使った。

 

 目の前の椅子に座ったロバートが、にわかに天井を見上げる。唇が糸を引き、重い口が開かれた。

 

「.......kill」

「あ?」

「緋色市のヒーロー本部に出入りしている青年、ユウ・ゴトウを殺すように言われた。信頼を得るために、あんた達が躍起になって探してる男の偽者を用意するって」

 

 ロバートは頭を抱えた。

 

「最初は違ったんだ。捕まえてきて、引き渡すだけでよかった。それだって殺すことと同じだけど、それを言ったらなんだってそうだろ?お前らがオレをPMACに引き渡すことだってそうだ。人が死ぬように計らうのと、実際に殺すのとは違う。そうだろ?」

 

 ロバートはうわ言を言うように、ぶつぶつと喋り続ける。

 

「報酬がよかったし、久し振りに日本に行きたかったんだ。それがいけなかった。いつもオレたちを守ってくれてる連中は、日本まではついてこられたかった。あいつらが、二人だけで来いって言ったから。気づいた時には、逃げられなくなってた。空港にもあいつらの手先はいる。あそこでお前らから逃げても、結局どうしようもなかったんだ」

「......落ち着け。お前らに仕事を依頼したのは、いったい誰だ?」

 

 ロバートは虚ろな目でこちらを見上げた。

 

 

「《カンパニー》の、《爆弾魔(ボマー)》。俺たちは、あいつを舐めてた」

 

 

 

 

 

 to be continued.

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定