やまぶきベーカリー時期店主 発酵少女の物語   作:妄言

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初投稿です。
よろしくお願いします。


1話

朝5時半、目覚ましが鳴る。まだ外は薄暗い。もう少し寝ていたいという気持ちお抑え無理やり体を起こす。パン屋の朝は早い。簡単な朝の身支度を済ませ、作業場へと向かう。そこにはすでに父の姿があった。

 

「おはよう、父さん」

「ああ、おはよう」

 

簡単なあいさつを交わし父に並んでパンを作り始める。生地を練ったり、形作ったパンを焼いたりなど力仕事による場面もあるが家族と一緒に何かをするという点において私はこの時間がとても好きだ。しばらくすると紗南も作業に加わる。ある程度の作業が終わると私は作業場を離れ、店の方へ向かう。レジカウンターの前には母さんが立っていた。

 

「おはよう、母さん。朝ごはんの支度もう終わった?」

「ええ、今日は少し早めに終わったからパンの陳列を手伝おうと思って…」

「ありがと、母さん。助かるよ」

 

作業を開始する。陳列と一言に言っても単純ではない。置く場所や置き方によって売れる個数はかなり変動する。私たちのパン屋では新商品を目立つところに配置し、根強い人気のあるパンは隅の方に置くなどして工夫したりしている。また、パンは横や縦に置くのではなく斜めに置いた方がおいしそうに見えたりする。

 

作業を開始してしばらくすると日が昇りあたりが明るくなり始める。パンの表面に光が反射し、輝いて見える。おいしそうに見える。この瞬間がまた私は好きだ。さらに今日は母の笑顔までよく見える。

 

作業が終わり母とともに家の方へ戻る。父と紗南がすでにテーブルに座っていたので私たちが座るとすぐに朝食をとり始める。うちでは朝食に昨日売れ残ったパンを食べる。パンに合わせて作られる母の朝食はとてもおいしい。

テレビはつけない。6年前からできた決まりのようなものだ。

 

食べ終えるとすぐに紗南は大学へ行く。時を同じくして私と父も店を開店する。やまぶきベーカリーの開店時間は、朝7時半からである。通学途中の学生に立ち寄ってもらうためだ。近くにはお嬢様学校を含め私の知る限り3つの女子高がある。開店してしばらくすると店に学生が三々五々と集まってくる。

そして私の親友は人混みが大の苦手であるため開店早々にやってくるのだが、今日はまだ姿が見えない。おそらく寝坊でもしたのだろう。そのようなことを考えている矢先、彼女-市ヶ谷有咲は店にやってきた。息を切らしているが平生を装い、額には少し汗が滲んでいる。

 

「今日はちょっとおそかったねー。また寝坊?」

「そーなんだよ!昨日携帯充電すんの忘れてさー」

「そっかー。大変だったね。有咲の好きなパンまとめといたよ。合計で400円になります」

「相変わらず安いなー、さーやん家のパンは。いつも助かるよ」

 

そう言って有咲は携帯を取り出す。世間はキャッシュレス時代だ。現金主義だった彼女もつい先日携帯でできるなんとかペイとやらに登録していた。初めてうちの店で使った時の有咲のどや顔は忘れられない。

 

「あれ…有咲、携帯の充電できてないんだよね?」

「………」

黙する有咲。携帯は暗いままだ。下を向いているが彼女の顔が今真っ赤だということはわかる。長年の付き合いゆえだ。

「有咲?」

「……」

「有咲?」

二度目は語尾を極端に上げる。

「…」

「あり…『だー!だからキャッシュレスは嫌だったんだよ!だいたい自販機とかで飲み物買うときには結局現金いんじゃねーか!何がキャッシュレス時代だ!人類は今まで通り貨幣共同体の文化に属しとくべきなんだよ!私はやっぱり現金主義だ!』

いやいや。つい先日、私にもそれ勧めてきたじゃありませんか?有咲さん?

「それより有咲。時間大丈夫?押してるんだよね?」

「そうだった!やべぇ。今日はマジで遅れる」

そう言って彼女は財布から500円を取り出す。私は会計を済ませお釣りを渡す。

「サンキュー。また来る」

「毎度ありがとうございましたー」

店を出て速足で駅の方へ向かう彼女。入れ違うかのように学生のグループが何組か来店する。

有咲は3駅先にある銀行に勤めている。就職理由については高収入、定時退社だそうだ。いかにも有咲らしい。

 

朝のピークが過ぎると客足がかなり減る。頃合いを見て私たちはレジを母に代わってもらう。父はパン生地の仕込みや仕入れ作業を行う。仕入れ作業はまだ父が行っているが私もじきに店主だ。しっかり父に基礎を教わっている。

作業が終わると私は一人で台所に立つ。創作料理ならぬ創作パンの考案のためである。私は高校卒業後、お菓子作りを学べる大学に通っていた。そこで学んだことをパン創作に応用している。言わずもがな、菓子パンの創作である。現に店には私の考案したパンが並んでいたりもする。

 

夕方になるとまた客足が増えるため、母に代わり父とともにまたレジに立つ。よく知っている高校の制服を着た学生や近所のおばちゃんたちなどで店はそれなりに賑わっている。

日も沈みかけ閉店時間が近づいてきたとき、店のドアが開いた。私は「いらっしゃいませ」のあいさつとともにドアの方を見る。ドアからの夕日が店内を照らしている。

来店したのは60代後半と思われる男性、髪の毛は真っ白だ。お客さんの顔はなんとなく覚えているがその男性の顔は見たことがなかった。何よりその人の顔は一度見たら忘れられないような顔をしていた。眉を寄せ、何か悩んでいるような、難しいことを考えているようなそんな感じだった。

 

彼はしばらくパンを眺め、残り一個となっていたメロンパンをトレーに置きレジの方へ向かってきた。私の担当するレジにも父の方にも人はいなかった。私は父の方に行ってほしかった。しかし彼は私の方にトレーを置いた。

「メロンパン一つで130円になります」

彼は黙って財布からお金を取り出す。彼の表情は来店してから少しも変わっていなかった。

「お釣りとレシートになります。ありがとうございました」

その表情はやめてほしかった。彼の顔を見ていると私は嫌でも昔の自分を思い出してしまった。何もできずにベッドで寝込んでいたあの頃を。洗面所で見た私のやつれた顔を。しかし彼の顔は終始同じ表情を続けていた。彼はすぐに店を出て行った。

 

閉店時間となり私たちは店を閉める。大学から帰った紗南と父とともにまた三人で明日のパンの準備をする。私はこの時間、閉店間際に来たあの男性のことも忘れ、ひたすら作業に集中していた。

 

母から晩御飯の準備ができたという知らせを受け、私たちは作業場を離れる。私は作業場から出た瞬間にーパンのことを考えなくなった瞬間にーあの男性のあの表情を思い出してしまった。コップの水にインクを一滴落とした時のように私の頭にあの表情が残した余韻が広がっていく。

母の作る料理はいつもおいしかったが、私には味わう余裕がなかった。味のわからない料理を無理やり飲み込んだ。母と紗南に無理を言って一番風呂をもらって早く寝てしまおうと思った。

 

自分の部屋へ急ぐように戻った。暗い階段を電気をつけずに上った。とにかく今日だけはあの扉を見たくなかった。しかしその扉は依然としてその存在感を示していた。階段を上った対角にある純の部屋の扉だ。その扉の先は純の部屋だった。

私はとうとう部屋に着くまでにその扉のことを、あの男性の表情を、忘れることができなかった。何も考えたくなかった。そのためにも早く眠りたかった。だが様々なことが脳裏によぎりなかなか寝付けなかった。浅い眠りを何度も繰り返した。永遠とも思える夜をすごした。苦しかった。

 

もう何度目かわからない眠りから覚めた時、あたりが少し明るくなっていた。携帯の画面は4時半を示していた。

 




銀行員が定時で帰れるのかはわかりません。
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