短いですが過去編です。
それは何の変哲もない朝だった。季節は春の終わりごろ、日が昇るのが早くなってきていた。私は父の手伝いを少ししてから軽く朝ご飯を食べていた。
純は私が食べ終わる少し前にリビングに入ってきた。彼は朝にとても弱くいつも寝むそうだった。中学の時に部活で始めた野球を高校でも続けているらしく朝家を出る時間は早くなっていた。
「おはよう、純」
「……おはよう」
いつものように、本当にいつものように挨拶を交わす。こんな他愛のない会話も今では懐かしく、いとおしい。
家を出て駅へと向かう。朝の駅への道は結構混んでいる。ゆっくり歩いている人、時計を見ながら走っている人、すべての人が電車が発車する時刻を目指している。かくいう私も今日は少し遅れ気味であるのでいつもより速足になっている。背にある太陽が人々をせかしているようなそんな感じもする。
いつも乗っている時刻の電車の列に並ぶ。電車に乗ろうとしたときに私は救急車のサイレンの音を確かに聞いた。その救急車に自分の弟が乗っているだなんて少しも思わなかった。
数駅過ぎたころに父から携帯にメッセージが届いた。純が車に轢かれた。病院に来れるか。といった内容だった。私は次の駅で降り、急いでタクシーを拾った。
私の乗ったタクシーは病院までの道中、何回も信号に引っかかった。私はいらいらしていた。もどかしかった。タクシーを運転していた男性は人が好さそうな人で、いつもニコニコしていた。彼には何の罪もなかった。しかし、私は彼にほんの少しだけ殺意を抱いていた。その顔が少し憎たらしかった。
病院に着いた。母のこともあり病院は好きではなかった。昔、母の体調の件で何度か訪れた病院はとても白かった。しかし、いま目の前にたたずんでいる病院はところどころ黒ずんでいるように見えた。
待合所で父と母と合流し、遅れて紗南も加わった。しばらくして呼びかけがかかり私たちは病室へ移動した。嫌な予感は積もるばかりだった。
ベッドの上で純は眠っていた。しかし、医師からの説明を受け、泣き崩れた母を見て眠っているわけではないのだとわかった。彼の顔は朝の眠そうなそれと比べ物にならないくらい穏やかだった。幸せそうだった。窓からの日の光が彼を優しく包んでいた。私の目から少し出た涙はとても熱かった。
家に帰った。することは何もなかったが、できることもまた何もなかった。父は3日ほど店を閉める決断をした。私は自分のベッドの上で感じる必要のない罪悪感に襲われていた。ひどく後悔していた。そこから私は1週間ほど家にこもっていた。
紗南は次の日から学校に行った。私は彼女を見習わなければならなかったのだができなかった。それどころか薄情だとまで思っていた。その時の私はとても愚かだった。
私も家の手伝いなどから始めて、日常を取り戻していった。時間はかかったが大学にも普通に通った。朝食の時にテレビをつけなくなったのはこのころからだ。