「今日は時計を直していただいて本当に有り難うございました」
「いえいえ。こちらから頼んだことですから」
そうはいわれるがやはり何か返したかった。
「・・・そうだ。明日また、うちに来ていただけませんか。いつもの時間に。あなたが店に来てからメロンパンを焼きます。焼きたてのメロンパンをぜひあなたに食べてもらいたい」
「それは・・とても楽しみです。ぜひ行かせてもらいます」
軽く挨拶をし、夕日に満ちた店の外に出た。
昼に訪れた商店街は活気にあふれていた。学校帰りの子どもたち。会社帰りのスーツを着た大人たち。買い物かごを抱えた主婦。時間に追われていない人の顔はとても朗らかで、どこか笑っているような気さえした。私もまた、その一人かもしれない。そしてそんな明るい商店街を夕日が照らしていた。
家に着くと私はすぐに二階に向かった。そして純の部屋に入った。
純の部屋はあの時から変わっていない。壁にかかった野球の練習着、机の上に置かれた時間割すべてがそのままだ。まるでこの部屋だけ時が止まっているみたいに。
カーテンを開けると日が差し込み薄暗い部屋を照らした。
直してもらった腕時計を机の上に置く。そして教えられたボタンを押す。腕時計は静かに時を刻み始める。1分を1秒を美しく刻む。私はしばらくその様子を眺めていた。
「お姉ちゃん?」
突然の声掛けに少し驚いて視線を移す。扉の前には紗南が立っていた。
「紗南。どうかした?」
紗南は少し驚いたような表情をしたがすぐに平生の彼女に戻った。
「父さんに呼んできてくれって頼まれたの。明日の準備だって」
「わかった。すぐ行くよ」
「腕時計、直ったんだ」
「うん。ちゃんとね」
「そっか…。先に行ってるね」
そういって紗南は下へ降りて行った。私も腕時計をもう一度一瞥し、部屋を出た。明日売るためのパンの準備をしなければ。明日来るであろう素敵な家族のために。
特にメロンパンだ。メロンパンを3つ焼かずにとっておかなければ。
その晩私はとてつもない睡魔に襲われた。まるで今まで夜、眠れていなかった時間を取り戻すかのように。ベッドに入ると私はすぐに眠りについた。
それは何の変哲もない朝だった。季節は春の終わりごろ、日が昇るのが早くなってきていた。私は父の手伝いを少ししてから軽く朝ご飯を食べていた。
純は私が食べ終わる少し前にリビングに入ってきた。彼は朝にとても弱くいつも寝むそうだった。
「おはよう、純」
「……おはよう」
いつものように挨拶を交わす。でもそれだけではダメな気がして……
「大好きだよ。純」
純は少し戸惑ったように視線を泳がせた。そして笑った。