僕が今、ここにいるのは間違っているだろうか   作:はいでが

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前章
夜更け


遥か古代の時代。

 

人類は非力だった。

世界に空いた大穴───のちに迷宮(ダンジョン)と呼ばれるようになるそこは、狡猾で、醜悪で、屈強な怪物(モンスター)が誕生する、まさしく人類にとっては()()のような場所だった。

そして、なによりも人類にとって不幸だったのは、そこに住まう大きさも形態もまるで多種多様なその怪物たちは、皆一様に人類に対して底知れぬ殺意を抱いていた。

それは彼らの住処であり、そして、母体である大穴から飛び出すほどの殺意だった。

体の頑丈さも、生命力も桁違いな怪物たちを前にして非力な人類ができることなど何一つとして無かった。

一晩で街が破壊され、森は燃やし尽くされた。

逃げる場所も隠れる場所も失った人類に残された道は、なす術もなく蹂躙される友人や家族の悲鳴に体を震わせながら息を潜めて、闇に紛れることだった。

そうして、地上は怪物の手に堕ち、()()と化し、人類は完全に敗北───したかに思えた。

 

世界には『英雄』がいた。

 

人類が泣き叫びながら膝を屈し、ただ絶望することしかできなかった時代にただ一人、抗い、吠え、そしてついには怪物に勝利する『英雄』がいた。。

それはまさしく、人類にとっての『光』だった。

その『光』が人類の心を照らした。

「希望はまだ絶たれてはいない」と、「人類は未だ敗北していない」と、闇に覆われていた者たちが一人、また一人と『英雄』の背中を追うように立ち上がり、歩き出した。

 

人類は非力だった。

そして、それは人類が一番よく理解していた。

それでも、人類はただ座り込み、息を潜めることをやめた。知恵を絞り、徒党を組み、それでもなお怪物には叶わないとわかっても声を殺すようなことはせず、誰しもが猛々しく吠えた。

あの『英雄』が、幾千も繰り返した戦いの中でついにその命を散らしても、誰しもが『英雄』に成りうるわけでないことも理解していたも、歩みを止めることはなかった。

 

───進み続けろ。

例え、自分がダメでも、隣にいる誰かが。

例え、今がダメでも、この先の未来が。

繋げ。歩みを止めるな。

次代の『光』へと。

いつか為される『悲願(ねがい)』のために。

次代へ。次代へ。次代へ。

 

人類は屈さない。

人類は折れない。

人類は進み続ける。

次代の『英雄』が現れるまで、聖火の炎を灯し続けるように、数えきれないほどの人類がその命を犠牲につなぎ続けてきた。

そうして、聖火を受け継ぐに足る『英雄』たちが登場し、人類と怪物の歴史は蹂躙から戦争へとその形を変えた。

 

それから幾百年もの月日が流れ、ついにその時が来た。

地上に多大な刺激と娯楽を求めた超越存在(デウスデア)がある日突然、流星のごとく天から降りてきたのだ。

これにより人類の本格的な反撃が始まる。

人類は神により『恩恵』を授かり、神の『子供』となることで、『飛躍』ともとれるほどに劇的な戦闘能力の向上を遂げた。

それからは、血で血を洗う闘争も初めのうちで、戦いを重ねれば重ねるほど成長し、強くなる人類によって、地上に巣食う怪物は徐々にその数を減らし、やがてその大半は駆逐された。

そして最終的に、世界に空いた大穴を塞ぐ巨塔の建設により、人類と怪物との戦争は、ひとまずは人類側の勝利という形で終幕を迎える。

 

それから数世紀。

未だ人類の『悲願』が為されたわけではいないが、地上にはある程度の安寧がもたらされ、さらには迷宮(ダンジョン)に自ら躍り出る者さえ現れるようになり、そこで得られて資源をもとに迷宮の周りには都市が作られた。

都市には「暇つぶし」と称した神々が次々と足を踏み入れるようになり、世界中から多くの『冒険者』が集いだした。

世界の大穴は世界の中心になり、そして世界中の人間の目的や野望が眠る場所になったのだ。

 

けれど、誰も知らなかった。

地上──神々が言うところの下界には『限界』があった。

大穴の胎動。英雄の誕生。精霊の奇跡。そして、神々の降臨。

一つ一つが世界を揺るがすような動乱であるにも関わらず、それが幾度も繰り返されたことで、文字通り()()()()()()()()()

『限界』を迎えた世界は緩やかに綻び、そしてピキッと世界の『壁』が罅を作り、世界の中心である大穴とはほど遠い辺境と言って差し支えない山の奥に『とても小さな穴』が空いた。

しかし、世界を創造したのが神々であれば、世界を修繕するのも神々の仕事。

天界に残った(出遅れた)神が、仕事を放り出してさっさと下界に降臨していった他の神(どうりょう)たちに怨嗟の言葉を投げながらも即座にこれを修復し、下界の綻びは影も形も残らなかった。

下界に来た一部の神々はこれに気づきながらも、世界そのものに特に問題はないと判断すると、すぐにまた下界の娯楽に興じた。

下界を保つために創られていた世界の『壁』。そしてそこに空いた『とても小さな穴』。

その先に待つ『それ』を神々は知ってはいれど、それこそ『迷宮』ほどの大穴でないと何の影響も及ぼさないと理解していた。

ましてや下界の子供たちに至っては、何億年立とうともそんな想像に至りすらしない。

だからこそ、誰も知らなかった。

『それ』が『器』を捨てたことで、こちら側に入り込んできていたことを。

しかし、『それ』は『器』を持たないため()()()()()()()だけだった。

だから、知るわけがなかった。気づくわけがなかった。

神々ですら予知できなかった『未知』に、下界の正真正銘『子供』たる少年が気づくわけがなかった。

 

 

そして『それ』は『器』を手に入れて、やがて少年は『地獄』を知る。

 

 

◇◆◇

 

少年は『光』になるはずだった。

間違いなく世界を照らし、『悲願』を成し遂げる『最後の英雄』足りうる『器』だった。

けれど、少年は間違ってしまった。

そして悟ってしまった。

自分が非力なことを。

自分は泣き叫びながら膝を屈して、絶望することしかできないことを。

だから少年は決意した。

闇の中で息を潜めて生きていくことを。

もう二度と間違わないために。

 

これは、少年が聖火の炎を消し、暗闇の中で目を閉じるところから始まる物語。

 

 

 

そして────。

 

 

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