僕が今、ここにいるのは間違っているだろうか   作:はいでが

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いつか世界が輝く日が来るなら

いつの間にか太陽も随分と西に傾きだした頃。

あれだけあった積み荷の山もいつのまにかその数を減らし。気が付けばあとはもう片手の指で数えられるくらいになっていた。

しかし、残す荷物の宛先はすべて、目の前に広がるとにかく雑然とした街並み、人工の迷宮とも称される『ダイダロス通り』のものであり、少し骨の折れる仕事になりそうだと予想された。

とにかく乱雑という言葉がピッタリなこの区画は、一度入ると最悪二度と出られないと言われるほどであり、実際、これまでにも『ダイダロス通り』へ配達に向かったことは何度かあったけれど、地図を持ち、道に点在している標識(アリアドネ)に沿って進んでなお行くたびに迷子になりかけたのだから、この通りの迷宮っぷりは想像を絶している。

 

迷路のように入り組み、唐突に階段と対面したりするこの通りにおいて荷車は邪魔以外の何物にもならない。

なので仕方なく残りの荷物は直接手で持って運んでいくことにする。

盗難防止のため、邪魔にならないような位置にある街灯の支柱に、あらかじめ用意していた鎖と錠前で荷車を繋いでおく。

使い古したどこにでもある荷車のため、そうそう盗難にあうようなことはないだろうが、オラリオの治安はお世辞にもいいとは言えないので、念には念をということで用意をしている。

 

「さてと……」

 

錠前がしっかりと施錠されていることを確認し、さっそく『ダイダロス通り』に足を踏み入れる。

度重なる区画整理によって、秩序という言葉を無くしたように乱立する住居と通路が目に飛び込んできて、目が回りそうになる。

しかし行き交う人々は、この奇々怪々な街で特に迷うことも無く、上下左右へと慣れた様子で進んでいく

大通りから一本道を外れると途端にこれなのだから、本当に不思議でしょうがない。

 

そんなことを考えながらごちゃついた道を進んでいた、その時であった。

 

一人の少女とすれ違った。

少し俯いていて顔立ちははっきりと分からないが、ほっそりとした長い耳と山吹色の髪の毛が特徴的なエルフの少女だった。

エルフは人類種の一種であるが、基本的に人間(ヒューマン)と比べると長命であり、そして皆容姿が端麗である。また、先天的に魔法使い(マジックキャスター)としての才覚があるものが多く、この迷宮都市においてはそう珍しい種族ではない。

僕自身も実際、あまり顔が広い方ではないのだが、この都市で顔見知りとなったエルフが何人かいる。

その誰もが一般的な肌感覚よりもかなり若く見える顔立ちをしているため、エルフの年齢は見た目じゃ分からないというのがこの世界の通説である。

しかし、不思議なことに、その顔立ちすら分からないのに、この少女は僕と同じくらいの年頃なのだろうなという確信を僕は抱いていた。

 

ただ単にすれ違っただけの彼女になぜこんなにも気が引かれたのかはよく分からない。

表通りほど人が多いわけではないが、この通りでも人とすれ違うことはそこまで珍しいわけではない。

それなのに、なぜか通り過ぎていく彼女に対して僕は違和感を覚えた。

その感覚の正体を探るようにゆっくりと振り返る。

そうすると、彼女が一つにまとめた長い髪を揺らしながら、ちょうど路地を曲がっていく姿が見えた。

この辺りにはメインストリートにあるような商店はほとんどない。せいぜいが食料品や日用品を扱う露店がある程度であり、それ以外のものは大概が住居として活用されている。

つまり、ここに来るのはこの『ダイダロス通り』に住まう人たちのみである。

もちろん、彼女がここの住民その人であるというのであらば何もおかしなことはないのであるが、しかし、それにしては彼女の身なりは()()()()()()()()()()()

有り体に言ってしまえば『ダイダロス通り』に住まう人々はいわゆる貧民層である。壁を埋め尽くす簡素なつくりのバラックが示すように、このあたりの人々で、その日の生活以外の用途、居住地であったり衣服であったりにお金を費やす人は多くない。もっとも、それは僕たち【ヘスティア・ファミリア】もそう変わらないことではあるが。

しかし、件の少女が身に着けていたものは決して安くはない、一般市民の感覚するとかなり高価なものであるように見えた。少なくとも、着の身着のままで暮らしているような人が身に纏えるようなものではないように思える。

だからこそ、僕の中での疑問は膨らんでいった。

少しの逡巡の後、とりあえずは様子だけでも見てみようと、彼女のあとを追ってみることにする。

 

「……あれ?」

 

しかし、そこにはもう少女の姿はなかった。

周囲を見回しても、見えるのは雑然とした街並みばかり。

どうやら見失ってしまったようだ。

この迷宮街で何かを探すことの難しさは、日ごろの配達作業で嫌というほどに知っている。それが動き続ける人であるのならば尚のことだろう。

もともとそこまで固執していたわけではないからと早々に見切りをつけた僕は、しかし一方でどこか釈然としない気持ちも残しつつ、来た道を引き返した。

 

◇◆◇

 

その後、思っていたよりも配達自体は随分とあっさり終わった。

あとは店舗に帰り、諸々の軽い雑務を済ませれば終業なのである。

それは本来なら喜ばしいことなのだが、しかし時間が経てば経つほど先ほどの少女のことが気にかかってモヤっとした気持ちばかりが募っていた。

それこそ今だって意味もなく回り道をして、街の景色の中に先ほどの彼女の姿を探してしまうほどに。

なんで一瞬すれ違った、それも顔もろくに見えなかった少女のことを気にしてしまうのかは分からない。

理由なんて特になく、どうしても、としか言いようがない。

こんなことをしていても見つかるわけが無いとは頭ではわかっている。しかし、心の片隅であの少女のことを気にかけてしまう。

そうやってあてどない思考を繰り返しながら、いつの間にか僕は、普段はあまり行かない区画にまで足を延ばしていた。

そこは『ダイダロス通り』の中でも特に入り組んだ場所にあるため、ある程度の土地勘がなければまず間違いなくたどり着くことすら出来無い場所だ。

事実、さっきから誰ともすれ違っていない。

だからもちろん、あの少女だって当然のようにこんな場所に───いた。

目の前には色の落ちた煉瓦で作られた細い階段があった。

その階段の中ごろで彼女は座り込み、顔を俯かせていた。その姿は、まるで捨てられた子猫のようで、とてもじゃないが無視できるようなものではなかった。

僕は意を決して少女に近づいていく。

僕が近づいてきたことに気づいていないのか、彼女はじっと顔を下げたまま動く気配を見せない。

その姿になんて言葉をかければいいのか、今更になって迷って、少し頭を回してようやく絞り出せたのは、自分でもびっくりするくらい無難な台詞だった。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

一瞬、ビクっと肩を震わせたあと、彼女はゆっくりと顔を上げる。

長いまつげ。整った鼻梁。華奢な輪郭。

おおよそ美少女といって差し支えの無い端正な顔立ちが露わになる。

そしてその瞳を捉えた瞬間、僕は思わず目を見張った。

有明の空を思わせる澄んだ紺碧の瞳。

それは見る者の心を引きずり込むような、そんな不思議な引力を持っているように思えた。

 

「……だ、だいじょうぶ……です。」

 

彼女は、小さく消え入るような声で答える。

しかし、その声は少し震えていて、明らかに平静を保っているとは思えない。

 

「……本当ですか?」

 

僕がもう一度問いかけると、彼女は僅かに目を伏せる。

そして、しばしの間沈黙が流れた後、先に口を開いたのは彼女であった。

 

「……じ、実は……わたし、道に迷ってしまったみたいで……。」

 

それは、ある程度予想通りの言葉であった。

予想外だったのは、そのまま彼女の目じりから涙が溢れだしてきたこと。

一度涙が零れると、そこからは留まること無く涙の雫が彼女の頬を伝い、やがて、彼女は小さなしゃくりをあげた。

その光景を見て、僕は咄嵯にポケットに入っていたハンカチを取り出した。

しかし、それを僕が彼女に手渡そうとするよりも早く、彼女は自分の袖で涙を拭った。

それは、どこか拒絶、というよりも意地を感じさせる動作で、僕の手は行き場をなくしてしまった。

それでも、このまま放っておくという選択肢は無い。

彼女が落ち着くまで待つことにして、しばし迷った末、ある程度の距離を開けて、僕も隣に座ることにした。

 

それからどれくらい経っただろうか。

少女の呼吸も落ち着いてきて、泣き止むまでにはそう時間はかからなかった。

しかし、落ち着きを取り戻したのと同時に、今度は気恥ずかしさがこみ上げてきたのか、少女の顔は耳の先まで真っ赤に染まっていた。

それは、今にも湯気が立ち上りそうなほどで、見ているこちらの方が照れくさく感じてしまう。

とはいえ、いつまでもこうしているわけにはいかないだろう。

そろそろ話を切り出すべきだと思い、僕は彼女に話しかけた。

 

「あの……僕でよければ道案内しますよ。ここらへんの土地勘は多少ありますし、ちょうど用事も済んだところでしたので。」

 

僕の提案を目と耳を赤くしながら聞いていた彼女は、その表情を徐々に明るくさせながら首を縦に振った。

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

少女は恥ずかしさを誤魔化すように、そそくさとスカートについた埃を払いながら立ち上がる。

そうして彼女が立ち上がったことで彼女の身長が僕とそこまで変わらないことに気づく。

座り込んでいたときには随分と小さく見えていたが、こうして見ると160c弱くらいはあるようだ。

それに、やはり年齢も僕とそう違わない、もしかすると僕よりもほんの少し年上なのかもしれないな、などと考えていると、不意に彼女はこちらをじっと見つめてきた。

おそらくは白い髪に赤い瞳という僕の容姿が珍しいのだろう。実際、この都市に来てからこれまでにもそういったことは何度もあった。

しかし、すぐに彼女はハッとしたあと、慌てたように手をぱたぱたと振り、そして申し訳なさそうな表情を浮かべて視線を逸らした。

そのコロコロと変わる表情に敬愛している神様の姿を重ねてしまい、思わず笑みが零れる。

そんな僕の姿にきょとんと首を傾げた彼女は、数秒の後、自分が笑われていることに気づいたのか頬をさらに紅潮させた。

 

「えっと、あのっ、ごめんなさい! 私、初対面の方に対して失礼なことをしてしまって……」

 

彼女は羞恥心に耐えかねるように再び顔を俯かせる。

その姿からは、さっきまでの寂し気な雰囲気とは打って変わって、歳相応の明るい少女らしさを感じることが出来た。

僕はその姿にまた笑いそうになるのを堪えながら、努めて優しく言葉を返す。

 

「いえ、気にしないでください。むしろこっちこそ勝手にお節介焼いちゃってごめんなさい。」

 

僕の謝罪の言葉を聞いた彼女は、ブンブンと首を振りながら言った。

 

「そんなことないです! 私一人だとどうしようもなくて……本当に助かりました!」

 

そう言って彼女は顔を上げて微笑んだ。

出会ってから初めて見る笑顔に、不覚にもドキッとする。

彼女の浮かべたその笑みは、まるで花が咲いたようなという表現がぴったりくるほど可憐なもので、つい見惚れてしまう。

しかし、それも束の間の事。

彼女はすぐにハッとした表情になって、慌てて言葉を続ける。

 

「だから、ありがとうございます。えっと……。」

 

彼女はそこで言葉を詰まらせる。

その仕草に違和感を覚えていると、やがて彼女は意を決するように顔を上げた。

 

「あのっ、よかったら名前を教えてくれませんか?」

 

その言葉を聞いて、僕はようやく気づいた。

まだお互いの名前すら知らないことに。

僕は、少しだけ考えてから、彼女に向かって名乗った。

 

「僕は……ベル。ベル・クラネルです。……あなたの名前は?」

 

「私はレフィーヤ・ウィリディスです。ベルさん。」

 

そうして、彼女は僕の名前を呼び、再び柔らかな笑みを浮かべた。

 

◇◆◇

 

この出会いはやがて、僕と彼女と、そして世界の運命を大きく変えていくことになる。

 

これはかつてないほどの災厄と非業な運命と戦う物語。

 

これは、少年(ぼく)が聖火の炎を消し、暗闇の中で目を閉じるところから始まる物語。

 

 

 

 

そして────

 

手放したものを取り戻すまでの物語。




一応前章はこれで終わりですが、時系列などに大きな変更が加わることもないのでこのまま続きを次話でも書いていきます。

あと、twitter始めようと思います。詳しいことは活動報告で…

ついでにこれは今回の話のイメージで描いたレフィーヤ落書きです。

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