星の海を軍艦の群が征く、その数約ニ〇〇〇〇隻、その艦隊__ゴールデンバウム朝銀河帝国軍宇宙艦隊__帝国艦隊は純白の優美な戦艦に率いられイゼルローン回廊自由惑星同盟側アスターテ星域へと進軍するのは帝国暦四八七年二月初旬の事であった。艦隊司令官は新進気鋭の若き提督ラインハルト・フォン・ローエングラム上級大将、しかし、今回の出兵は艦隊の規模に比して何ら戦略性を持たぬ物だった。
事の起こりは先年の暮れ銀河帝国皇帝フリードリッヒ四世が当時下級貴族の身分でミューゼルの姓を名乗っていたラインハルトに上級大将昇進と共に古く断絶したローエングラム伯爵号を下賜する事が決まった。だがそれに対して帝国中央で権勢を振るう有力貴族__門閥貴族達からの反発の声が上がった。曰く「金髪の孺子は実力も無しに皇帝陛下からの姉への御寵愛を良い事にローエングラム伯爵号を下賜された」曰く「孺子より我らの一門の中にローエングラム伯爵号に相応しい血筋の者など幾らでも居る」此等門閥貴族からの反発と更にラインハルトのこれ以上が栄達し軍の最上位たる元帥になる事で自らの権力を侵されたく無い軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官の三長官ら軍上層部の思惑が合わさり、ローエングラム伯爵号に相応しい実力を見せると言う名目で今回の出兵が決定した。
そして今回の出兵はそれ等ラインハルトの勝利を望まぬ者達の策謀により様々な妨害が行われた。先ずはラインハルト配下の有能な幕僚達を引き剥がし新たに六人の提督を配下に編入された。更には出兵計画の情報はフェザーン自治領を通して自由惑星同盟に流されていた。そして更にもう一つ、艦隊編成の際し地方の警備任務などに就いていた旧型の二線級の戦闘艦を二〇〇〇隻を無理矢理編入させた。
純白の艦隊総旗艦〈ブリュンヒルト〉の艦橋では艦隊総司令官のラインハルトの前に提督達が揃っていた。それぞれメルカッツ大将、シュターデン中将、フォーゲル中将、エルラッハ少将、ファーレンハイト少将、メツガー少将の六人が意見具申の為に謁見している。金銀妖眼の言葉を借りればそれぞれの評は融通が利かない、理屈倒れ、足手まとい×二、自信過剰、凡夫と、金銀妖眼の口の悪さを鑑みる必要はあるが軒並み低評価である。
「此処は功にはやること無く、名誉有る撤退をするべきではないかと愚考する次第です」
理屈倒れことシュターデンは敵艦隊の数は約四〇〇〇〇隻それが三方より我が軍を包囲しようとしていると自軍の不利を説明し撤退を促している。
「撤退など思いもよらない事だ」
それに応じたラインハルトの答えにファーレンハイトとメツガーを除いた提督達は騒然となった。ラインハルトは言う現状は我が軍が有利だと我が方は包囲の危機に有るのでは無く各個撃破の好機に有るのだと語る。
「机上の空論だ。この様な策上手く行くはず有りませんぞ。まして我が方には明確な弱点有るのです」
そう言ってシュターデンはメツガーに視線を移す。艦隊の弱点とはすなわち旧型艦二〇〇〇隻の分艦隊の事であり、またその旧型艦分艦隊司令を務めるメツガーは帝国辺境の治安維持での実績は有るが同盟相手の会戦での功は無い為に下に見られていた。
一方のメツガーはその視線に軽く肩をすくめるだけだった。その態度にシュターデンは苛立ちを覚え、ラインハルトは些かの興味を覚えた。
「メツガー少将、卿の所見を聞こう」
ラインハルトは試す様にメツガーに発言を促した。
「ハッ……小官は司令官閣下の作戦に賛成致します」
その言に食ってかかろうとするシュターデンをメルカッツが宥める。メツガーはそちらに一瞬目を向けるがすぐにラインハルトに視線を戻し言葉を続ける。
「理由はニつございます」
ニ本の指をピンと立てる。
「第一に司令官閣下の仰言る様に敵が分散して局地的に我々が数で勝っていること、敵の分進合撃に対するに機動を持って内線作戦で応じるは戦術として理に適っております。これは多くの戦史が証明しています」
ラインハルトは特に何の反応も示さずにいた。
「第二に現状では撤退こそ最も困難であること、敵は我が艦隊を包囲殲滅せんとしています。これは敵の志向が防御より攻撃を優先している事を表し、即ち我々が背を向けて撤退をすれば追撃戦を仕掛けてくる公算が大であることを意味します。我が艦隊が撤退するとなれば敵は包囲を止め可能な限り速やかに集結をするはずです。即ち倍の戦力が背後から襲いかかってくると言うことであり、数の上でも戦術的にも不利になると言うことであります」
メルカッツは静かに首肯き、シュターデンは不快そうに顔を歪め、フォーゲルは眉間のシワを深くし、エルラッハは苦虫を噛み潰した様な顔して、ファーレンハイトは面白気に口角を上げる。
「このニ点により小官は司令官閣下の作戦に賛同するもので有ります」
ラインハルトは一つ首肯くと指揮シートから立ち上がった。
「メツガー少将の言はもっともである。このうえ、議論は不要だ。卿らは各々の任を全うし、もって皇帝陛下への忠誠の証とせよ」
ラインハルトは同盟軍との決戦を決定して提督達を下がらせた。
去って行く提督達の背を眺めながらラインハルトは指揮シートに深く腰掛け息を吐く、その顔には笑みが浮かんでいた。
「上機嫌ですね閣下」
ラインハルトは赤毛の副官ジークフリート・キルヒアイスの声に首肯く。
「貴族の中にも人材は居るものだ」
「メツガー少将のことですか…」
帝国軍少将ゲオフ・フォン・メツガー男爵は帝国内辺境航路での海賊討伐に功績のある人物で、最悪の麻薬サイオキシン撲滅を訴え苛烈ともいえる取り締まりを行っていることでも知られている。
「ああ、モノの言える人物は貴重だ。帝国では特にな」
ラインハルトは自分の策に賛同したことより自身の見識を持って策の有用性を語ったことに評価の重きを置いていた。
「閣下、メツガー少将を招聘いたしますか?」
ラインハルトは広く人材を求めていた。それは軍人としての栄達とは別のキルヒアイスと二人で誓った真の目的の為に。
「…いや、今回の戦いで見定めよう」
「承知致しました。閣下」
ラインハルトは不快そうに顔を歪める。
「…ところで…キルヒアイス」
「なんでしょうか閣下?」
「その閣下だ。他に人がいないときは閣下呼ばわりする必要は無いといつも言っているだろう」
キルヒアイスはラインハルトのこの言葉に思わず苦笑が溢れる。
「はい、ラインハルト様」
「ああ、キルヒアイスそれでいい」
二人は声を上げ笑いあった。その声は遮音力場に遮られ艦橋の他の兵士達には届かなかった。
アスターテ会戦終盤、メツガー麾下の分艦隊、八割一六〇〇隻もの艦船を失った。生き残ったメツガーは責を問われ昇進を取り消された。
今回の矛盾点[撤退こそ最も困難]
原作では提督達が帰った後ラインハルトとキルヒアイスはワインを飲んでいる。つまりそれだけ敵との距離に余裕があり、撤退の余裕もあったはずである。