銀河英雄伝説 謀士策騙   作:ならない

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第三話

 ブラウンシュヴァイク公の屋敷を後にしたメツガーは副官が正面玄関前に回した公用車に乗り込んだ。公用車としては帝国で一般的な運転席と後部座席が完全に切り離されたこの車内では内密の会話もできる。革張りのシートに深く体を預け息をつく。

 

 「メツガー提督、ブラウンシュヴァイク公への仕官は叶いましたか?」

 

 対になっている座席のメツガーの対面に座る切れ長で細目が特徴的な男、副官のベンヤミン・トット中尉は進捗を聞いてくる。

 

 「うむ、献策も受け入れられた。もう少し疑われるかと思ったが……」

 

 「順調ですね。意外とお人好しなのかもしれませんね公爵閣下は」

 

 皮肉をたっぷりふくんだその言葉に苦笑する。この副官がメツガーの下に就いて三年、忠誠心も能力も申し分ないが偶にこうした毒を吐く。

 

 「いや、油断をすれば足元をすくわれる。ただのお人好しが魑魅魍魎が闊歩する宮廷を牛耳れるほど甘くはないだろうからな」

 

 年若き副官に言い含める様に話すが、実際は逸る自分に言い聞かせている。気を引き締めなくては、自分の失敗は多くの犠牲につながる。しかし、ブラウンシュヴァイク公との面談は緊張の連続で気疲れしているのも事実。

 

 「……少し疲れた。ついたら起こしてくれ」

 

 「ハッ」

 

 休めるうちに休もうとそのまま目を閉じて、ふっと、かの人物__真の主と出会いを思い出していた。

 

 

 

 アスターテ会戦の終盤、ラインハルト艦隊は分散した倍の数の同盟艦隊を第四艦隊、第六艦隊と各個撃破していき、残すは第二艦隊のみ、その戦闘も機先を制し先制攻撃に成功、圧倒的優位にあった。

 

 「取りあえず我が方が優位だな」

 

 メツガーは自身の艦隊旗艦旧型戦艦〈ゲッツ・フォン・ベルリンヒンゲン〉の艦橋にあった。メツガー分艦隊は旧型艦で編成されていることを考慮されラインハルト艦隊の最後尾に位置していた。

 その時、敵艦隊のオープン回線での通信を傍受したことを通信士官が報告してくる。通信をこちらに回す様に命じ指揮シートに腰掛ける。

 

 『我が部隊は現在のところ負けているが、要は最後の瞬間に勝っていればいいのだ___負けはしない。新たな指示を伝えるまで、各艦は各個撃破に専念せよ』

 

 次席幕僚ヤン准将と名乗った男の声は確信の様なモノを含んでいるように感じた。何らかの策があるのか、或いは諦観からのただの虚勢か、メツガーは敵の策を考察し始めた。しかし、その思考は総旗艦からの命令に直ぐに途切れた。

 

 『全艦隊、紡錘陣形をとれ』

 

 ラインハルトは敵が策を打ってくる前に速攻での決着を付けることを選択したのだ。この時点で、この選択は正しいとメツガーは思った。ヤンがどの様な策を考えたとしてもそれを友軍に伝えなければ意味が無く、混乱した今の戦況ではそれは困難極まる。

 紡錘陣形に陣形転換を行ったラインハルト艦隊は同盟第二艦隊の中央に切り込み、見事な中央突破を行った。ラインハルト艦隊の勝利は確定したように見えた。

 

 「……しまった」

 

 「は?何か仰言いましたか提督」

 

 ポツリと呟く様なメツガーの声に指揮シートの隣に立っていたトットは聞き返した。

 メツガーが同盟第二艦隊のその機動に気づけたのは最後尾という位置に居たからだった。メツガーは指揮シートから立ち上がり対応策を命じた。

 

 「全艦は機雷を投射せよ目標は我が艦隊後方、投射後、装甲の薄い艦は速やかに増速し艦隊前方に移動、装甲の厚い艦は後方で装甲の薄い艦を守れ。急げ」

 

 メツガーの命令は速やかに各艦に通達され行動に移される。艦は旧型だがその分、行軍中にも訓練を行い、精鋭とは行かなくとも、どの様な状況下で在ろうと命令を速やかに行動に移すことができるほどには練兵されていた。

 

 「提督どういうことです」

 

 「敵は中央突破されたのでは無い、そう思わせて二手に別れ、我が艦隊の後方に回り込んだのだ」

 

 一体いつどうやって友軍に作戦を伝えたのか、興味は絶えないが、今はこの窮地をどう脱するかが先決だった。メツガーの分艦隊は最後尾、背後から攻撃を受けて最初に狙われるのはメツガー分艦隊になる。

 

 「では!急ぎ司令部に報告、いえ警告しなくては!」

 

 「必要ない、あの司令官ならば気付く、対応も直ぐに取る」

 

 狼狽するトットに焦る内心を引っ込めて努めて冷静な口調で言葉を返す。焦りや動揺を面に出せばそれに引っ張られ判断も鈍く読みも甘くなる。

 同盟第二艦隊の追撃が始まった。それに対応しラインハルトは全艦時計回りで全速前進して敵の背後に回るように命令する。メツガーは命令に従い分艦隊を進める。

 同盟第二艦隊の先鋒がメツガー分艦隊に襲い掛かるが、ばら撒かれた機雷に触雷、次々と爆発四散していく。しかし、一個分艦隊程度の敷設した薄い機雷群では一時的な足止めにしかならず第二艦隊は易易と機雷群を突破した。たが、その足止めのおかげでメツガーは分艦隊の陣形を変更する時間を稼ぎ出した。

 

 「全艦全速前進」

 

 「提督!あれを!」

 

 見ればエルラッハ分艦隊が反転しようとして敵の集中砲火を浴びているのが目に入る。メツガーは怒りを覚えた。第二艦隊に攻撃する少し前に第六艦隊がラインハルト艦隊の背後からの奇襲を受け、反転攻勢に出ようとして大打撃を受けたのを目にしているはずのエルラッハが寄りにも寄って敵前で反転機動を取るなど将兵を無駄死にさせたいとしか思えなかったからだ。とは言え_

 

 「今だ。今のうちに少しでも前へ進め」

 

_利用出来るものは何でも利用しなければ、こちらの分艦隊にも余裕がある訳では無いのだから。

 第二艦隊の追撃は熾烈を極め、メツガー分艦隊は次々と被弾した。メツガーは被弾した艦には無理にダメージコントロールをさせず早々に退艦するよう命じた。

 

 「どうせ退役間近の旧型艦、それより将兵の保護を優先せよ。艦長は乗組員の安全が確保されるまでが責任であると心得よ。艦と運命を共にするなど以ての外である」

 

 そうして無人になった艦は纏めて第二艦隊に突入させた。

 

 「これで敵艦隊に損害を与えようなどと思っていない、ただの嫌がらせだとも。ただし炉心を暴走させるのは忘れずに」

 

 突入艦はその多くが第二艦隊に到達する前に破壊されたが暴走した炉心が大爆発を起こし目くらましになり、到達した突入艦は敵艦を巻き込み爆発した。巻き込まれた敵艦の大半は撃沈や大破こそ免れたが、第二艦隊の足が鈍り、その隙に退艦した将兵を回収した。

 

 

 

 同盟第二艦隊の旗艦〈パトロクロス〉の艦橋では司令官代理ヤン・ウェンリーは指揮デスクの上に座り、頭をかいていた。敵艦隊の最後尾の司令官はよほど性格が悪いらしい、大打撃こそ受けていないが確実に足止めしてくる。そこで、どう敵の最後尾を壊滅させるかを考えている自分に気付く。

 

 「やれやれ」

 

 自分も随分、軍隊に染まってしまった。敵味方の陣形がリング状になってから数時間、そろそろローエングラム伯も消耗戦の愚に嫌気がさすころだろう。それに合わせてこちらも引こう。

 ヤンは家で待っている被保護者、ユリアンの淹れてくれる紅茶が堪らなく飲みたいと思った。

 

 ヤンの読み通りラインハルトは戦場から離脱した。同盟第二艦隊も合わせて離脱を開始する。

 その時にはメツガーの分艦隊は所属する艦の八割を失っていた。

 

 

 

 メツガーは旗艦〈ゲッツ・フォン・ベルリンヒンゲン〉をも失い総旗艦〈ブリュンヒルト〉に厄介になっていた。振分けられた士官用の部屋で戦闘の後処理を行っていた。戦死者のリストを纏めていると部屋に据え付けられた端末から呼出音が鳴り、直ぐに出るとラインハルトの副官キルヒアイスが表示された。

 

 『メツガー少将、ローエングラム上級大将閣下がお呼びです。至急上級大将閣下の執務室までお出で下さい』

 

 短い了解の返答を行い、執務室に向う。

 

 「メツガー少将、参りました」

 

 「入れ」

 

 部屋に入ると椅子に座ったラインハルトとその右後ろにキルヒアイスが控えていた。キルヒアイスを全面的に信頼し背を預けるラインハルトと、ラインハルトを立てつつ必ず護ると覚悟を感じさせるキルヒアイス、実に画になる二人だった。口さがない貴族の中にはこの二人は男色の間柄だと言う者がいるが、それ等の者達は目が腐っているに違いない。二人の関係、それが何かは正確には解らない。だがメツガーには二人の間の空気感はとても心地良く感じられた。

 

 「メツガー少将、参上致しました」

 

 そんな二人の前に立つ、空気がその瞬間に緊張を帯びる。

 

 「よく来た少将、早速だが話しがあってな……話しというのは卿の分艦隊の被害に付いてのことだ」

 

 ラインハルトの口から出た言葉にメツガーは頭を下げた。

 

 「上級大将閣下よりお預り致しました艦の多くを失ったこと、お詫びの言葉も有りません。如何様な処罰も受ける覚悟です」

 

 「よい、艦隊の被害は私の采配によるもの、むしろ敵の罠に嵌まり、背後を突かれる不覚を取った私の指揮こそ責められて然るべきであろう」

 

 そう言ってラインハルトは悔しそうに顔を顰め言葉を続ける。

 

 「被害とは艦船のことではなく人員のことだ。卿の艦船は多くの艦船を失いながら将兵の被害は少ない、今回、艦隊の中では最も戦死者が少なかった」

 

 今回の戦いでメツガー麾下の戦死者は一七ニ名、この規模の戦闘では驚異的な少さだった。

 

 「卿は艦の維持より将兵の保護を優先した様だな……ああ言っておくが責めている訳ではないぞ、むしろ賞賛に値すると思っている」

 

 「有難うございます。旧型艦船などでは経験を積んだ兵士の代わりには足りませんから」

 

 ラインハルトは形のよい眉を吊り上げる。

 

 「……ほう、その言い方ではまるで、その価値が足りれば兵士の命を差し出す様ではないか?」

 

 「はい、それが結果として全体の犠牲を減らすのであれば、心を鬼にしてそうすべきです」

 

 メツガーは人道主義で将兵保護を優先した訳ではない、旧型艦と経験を積んだ将兵、どちら価値があるかを鑑みて今回は将兵の方に重きを置いたにすぎない。

 メツガーは語る『愛民可煩也』兵士のことを気にし過ぎるのは心配事が増える。無駄に犠牲を出す気は無いが、必要ならば将兵の犠牲は問わない策も取る覚悟だっと。

 

 「正論だな……」

 

 ラインハルトは言葉を止める。そして意を決した様に言葉を続けた。

 

 「メツガー少将、私に仕える気はないか」

 

 「それは、帝国軍人としてではなく、ローエングラム伯個人に対してと言うことでしょうか?」

 

 「そうだ。これからは軍ではなく私の為、その知略を使って欲しい」

 

 いきなりの勧誘に戸惑っているのを見てラインハルトは言葉を続ける。

 

 「メツガー少将、卿は今の帝国をどう思う」

 

 ラインハルトの目の鋭さが増す。その眼光にメツガーは嘘や取繕いは意味を為さないことを理解した。とうの昔に腹の奥底に押し込んだ本音を話す覚悟を決めた。

 

 「乱世……そう思っております」

 

 「ほう、乱世か、それは叛徒共のこと……だけではあるまい」

 

 首肯きメツガーは語りだした。

 

 「然り、叛徒共を含め帝国は病んでおります。宮廷内では門閥貴族が闊歩し法を曲げ私利私欲の為に使い、それを制すべき皇帝に覇気無く政は乱れている」

 

 皇帝に覇気が無い、不敬罪に問われかねない言葉であったがラインハルトは静かに聞いている。

 

 「地方では航路を荒す賊が跳梁し、賄賂を取る役人が跋扈し、民は貧しさに喘いでいる。これを乱世と言わずに何と言いましょうか。私が仕える方はこの乱世を治めることが出来る者だけです。ローエングラム伯、貴方にはその覚悟がお有りか!!」

 

 「有る!!」

 

 「ならば、どう治めるのか!!」

 

 「ゴールデンバウム王朝は巨大老木の様な物、成長し過ぎた老木が他の木々の陽光を遮り銀河という森林を病ませているのならば、私は老木を切り倒すのに躊躇いは無い!!」

 

 「!!!」

 

 そもそもの発想が違う野心の深さが違う。メツガーが帝国を建て直す方法を考えているときラインハルトは破壊された跡に新たな国を一から築く気だったのだ。その言葉を聞いた瞬間、メツガーは膝をつき頭を垂れる。

 

 「このゲオフ・フォン・メツガー、全身全霊ローエングラム伯爵に心よりの忠誠を誓います」

 

 メツガーは生涯を掛けて仕えるべき主に出会った。

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