ウォルフガング・ミッターマイヤー大将はラインハルトより先陣を任せれ一四五〇〇隻を率いアルテナ星系に進撃していた。
ミッターマイヤーはリップシュタット貴族連合艦隊の中核を務める貴族の子弟などに艦隊指揮をまともに執れるとは一切思っていなかったが、それでも油断せず先遣艦隊を編制して偵察の任務に充てていた。
「閣下、先遣艦隊より敵艦隊発見との報告が」
「詳細を報告しろ」
「戦力は概算で三二〇〇〇隻、方水陣形で進軍中、旗艦フルンティングを確認」
戦力差は二倍以上、そして何より__
「フルンティング……オフレッサーの旗艦か……総司令官自らの御出ましとは恐れ入る」
__総司令官たるオフレッサー上級大将が直接率いる事で敵兵の士気は否応なしに上がっている。
「情報通りだな、よし敵を引き付けながらロイエンタール艦隊と合流する」
だがこの情報を事前に入手していたミッターマイヤーは敵艦隊を補足するやいなや後退を開始、後方に控えているロイエンタール艦隊一五〇〇〇隻との合流を図った。
ミッターマイヤー艦隊が後退するのを見たオフレッサーは怒りを顕わにした。
リップシュタット貴族連合の総司令官に任命されたオフレッサーは暴れる機会も無く、フラストレーションを溜め込み不機嫌極まりなかった。ようやく戦う機会を得たと思えば敵は戦わず逃げ始めるでは無いか。
「我らを一目見て恐れをなして逃げるとは、何が疾風ウォルフだ。腰抜けウォルフと名を改めるがいい!!!!」
艦橋に響き渡るほどの大声は、しかし、遮音力場に阻まれ、隣で待機していた参謀長シュターデンの鼓膜を震わせるだけだった。
シュターデンは耳の痛みを我慢しオフレッサーに指示を求める。オフレッサーはこの生白い参謀が気に喰わない、弱腰で屁理屈ばかりほざき必勝の信念が無い。
「全力で追撃だ!!!!当り前の事をきくな!!!!」
シュターデンは耳にダメージを負いながら指示を全艦に伝達し、オフレッサー艦隊はミッターマイヤー艦隊を追って全力で進んだ。
本職の補佐があるとは言え所詮は素人が率いる私兵の寄せ集め艦隊が疾風と異名をとるミッターマイヤーに追い付けるはずも無く絶妙の距離を保ったまま引っ張られる様に巧妙に誘導されて行く。追い付きそうで追い付けない歯痒い状況にオフレッサーの苛立ちも募っていく。上官のその様子に気付け無かったシュターデンは思ったままに進言する。
「閣下、敵の動きは妙です。我々を誘う罠やもしれません」
「なんだと!?どういう意味だ!!」
「敵将は機動力に定評の有るミッターマイヤー提督です。比べて我が艦隊は士気は高くとも編制に不備が有り、振り切るのは容易いことです。にも関わらず不自然にも敵は一定の距離を保ち移動しています」
「……」
「此度の戦いはリップシュタット貴族連合の初戦、万が一にも負ける様なことが有ってはなりません。戦略的意味も薄く。敵を追い返したことに満足して撤退すべきです」
「この……」
「は?」
「この痴れ者が!!!!」
ピリピリと空気を震わせるほどの声が参謀を撃つ。オフレッサーは顔を怒りに染めて叫ぶ。
「ここで敵を見逃すのは追い返したとは言わん!!!!逃げられたと言うのだ!!!!そんな事も分からんのか!!!!それでも貴様はワシに敵を目の前にしながら臆病者の様に逃げろと言うか!!!!」
その剣幕にシュターデンの顔は血の気が引き青くなる。
「そ、そうでは有りません、ただ」
「その臆病な口を今すぐとじろ!!!!」
拳一閃、装飾用の柱に拳がめり込み柱が砕け散る。それを見たシュターデンは腰を抜かしてその場にへたり込む。
「貴様の様な臆病者に用は無い!!!!後ろで補給部隊の指揮でもしていろ!!!!臆病者でもそれぐらい出来るだろう!!!!」
シュターデンは兵士の肩を借りながら艦橋から出ていった。その様子を一瞥したオフレッサーは鼻を鳴らし正面に向きなおる。
合流をはたしたオスカー・フォン・ロイエンタール大将は愉快そうにミッターマイヤーとの通信をしていた。
「流石は疾風ウォルフ、見事に敵を引き付けたものだ。見事ついでに敵を倒しておいて欲しかったがな」
『手柄を独り占めするのを遠慮したんだ。俺は卿と違って謙虚なのさ』
合流しても数に勝る敵が迫る中でも二人は互いに冗談を言い合う余裕を失っていなかった。ひとしきり笑うと戦い方について意見を言い合う。
オフレッサー艦隊の陣形をメインスクリーンに映し眺めながら敵の弱点を探す。
『自ら先頭を行くとは、オフレッサーの奴はなかなか大胆だな』
「無謀の間違いだろう。しかし、下手に策を弄されるより厄介だ」
オフレッサーは自らの司令部艦隊で先頭を走り、その後をその他の艦隊が続いて走るという単純明快な行動方針の様だ。素人故の危険極まりないこの行動は、この際は最適な行動となった。貴族の私兵が中心の貴族連合艦隊は数は多くとも練度にばらつきがあり纏った艦隊機動をとるのは至難であったが、ただ前の味方に着いて行くだけならばさほど難しくはなかった。
『俺と卿ならば正攻法でも勝てるだろうが……』
「被害も馬鹿にならんし、芸も無い」
『何か策でも思い付いたか?』
「アスターテの時の策を拝借するのさ、多少アレンジを加えてな」
ロイエンタールはニヤリと笑った。
オフレッサーはミッターマイヤー艦隊が味方と合流してようやく逃げるのを止め戦闘態勢になったのを豪快に笑い飛ばした。
「味方と合流した途端、急にやる気になるとは一人でワシと戦う勇気も無いか!!!」
オフレッサー艦隊の全員に大音量で檄を飛ばす。
「孺子の子分達に真の武人の力を思い知らせてやれ、我ら熱い火の玉となり奴等に叩き込むのだ!!!!!」
オフレッサーは突撃の命令を下す。
「全艦突撃!!!!」
全速前進、オフレッサー艦隊は一心不乱に敵に向かい突っ込んで行く。止める者は誰も居ない。
ロイエンタール艦隊は逆Uの字の陣形を作り迎撃の態勢をとる。対してミッターマイヤー艦隊が陣形を平行陣形に変え逆に突撃を仕掛けてくる。
「腰抜けめ逃げ切れぬと見て観念したか!!ならば先に腰抜けの方を血祭りに上げてやる!!!」
オフレッサーの艦隊は勢いそのままにミッターマイヤー艦隊に衝突した。平行陣形の中央を切り裂き容易く突破してしまう。
「これが真の武!!!!真の力!!!!愚かな平民共よその所業を悔いながら下賤な血を戦場に撒き散らし死ぬがいい!!!!」
中央突破されたミッターマイヤー艦隊は相当数残っていたが戦場を離脱しようとしている。
「腰抜けの艦隊は後方の艦隊でとどめを刺しておけ!!!本隊はこのまま前方の敵を叩き潰すぞ!!!!」
後方の一〇〇〇〇隻を分離してミッターマイヤー艦隊追撃に充てるとオフレッサー艦隊は迎撃態勢を整えたロイエンタール艦隊に襲い掛かる。
流石に今度は簡単に中央突破とは行かず正面からの真っ向勝負になった。しかし、しだいに数で勝るオフレッサー艦隊が押し始めた。
「押せ!!押せ!!金銀妖眼の首を艦の穂先に吊るしてやるのだ!!!!」
オフレッサーは押した押しまくってしまった。ロイエンタール艦隊の逆Uの字の陣形はただのUの字型に変化した。後少し後少しで敵陣を突破出来るオフレッサーの気は完全に前に集中した。
その時、オフレッサー艦隊の後方で爆発が起こる。それも一回や二回では無く数千の爆発の光がオフレッサーの乗艦フルンティングを照らす。
「何事だ!!!!」
「敵です!!敵が後方に現れました!!!」
後方に現れたのは一〇〇〇〇隻の艦隊を蹴散らして来たミッターマイヤー艦隊、かの艦隊はアスターテ会戦でヤン・ウェンリーの中央突破されたと見せ掛け敵の後方に回り込む策を真似たのだ。逃げると見せ掛けて敵を分断して確固撃破すると言うアレンジを加え。
U字の陣形に蓋をされた形になったオフレッサー艦隊は直前までの勝利の確信が包囲の窮地に変わり混乱が支配した。
「前だ!!!!突撃だ!!!!包囲を突き崩せ!!!!」
門外漢とは言えオフレッサーも歴戦の猛将、包囲を突破せんと指示を飛ばすが混乱を鎮めるには至らない。ならばと率先行動で艦隊を動かすため前に出た。それがオフレッサーの運命を決めた。
ロイエンタールは敵艦隊の弱点を瞬時に見抜き火力を集中させて行く。
「賊軍は守勢に回れば極めて脆い。前に出てきた攻めっ気の有る艦に火力集中して潰せ。機先を制し敵に主導権を渡すな」
「突出した部隊を発見!!敵旗艦フルンティングを確認!!」
「率先行動で味方に活路を示すか、考えは嫌いでは無いがな逃がさん。一斉掃射用意……ファイエル!!」
眼前に出てきた敵の旗艦をロイエンタールが見逃すはずも無く集中砲火を浴びたフルンティングは炎を上げて爆散する。
オフレッサーは言葉通り〈火の玉〉となった。
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