8話 第一特異点
赤の衣に身を包み、その男は立っていた。
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眼光鋭く、一瞬を見逃さない。
残像が見える速度で右腕が振られ、それが宙を舞い……
「……おはよう、結。時間がなくてな……簡単なものしか作れなかったが、朝食をとっていくといい」
フライ返しを片手に、エプロンを着たエミヤが厨房に立っていた。
「おい、待てエミヤ、それで済ませれると本当に思ってんのかコラ!どう考えても、ホットケーキ焼く動きじゃねぇだろ!?」
「得意なのは日本食でな……口に合わなかったら悪いが……」
「聞いてねえよ…………憎たらしいほど美味いから安心しろ!」
「……中々…………悪くないです」
朝 6時00 食堂での出来事である。
朝から想定外の疲れを感じていた。
パールヴァティーがいない隙に、朝食を取れば問題ないだろう……とオルガに気配探知を任せながら厨房までやって来たのだが、想定外のボケ役がいた。
なんで、アイツが厨房にいても違和感ないんだろ……?
子供と勘違いされたのか、アサシンに用意されたのは、少し大きい一枚のホットケーキだけだった。
それを美味しそうにペロッと平らげ、ほんの少し物足りなさげにしている彼女に、俺の分のホットケーキ……二枚あった内の一枚を半分に切り、皿を差し出してやる。
勝手に取って食べろ、と意味を込めての行動だったのだが……彼女は皿の前で考え込むようにしてから、目を瞑って小さく口を開いた。
「…………アサシンさん?」
「…………」
耳を赤く染めてだんまりを決め込む彼女に、どうしたものかと困っていると、呆れたような声音でオルガが叱咤してきた。
『食べさせてあげなさいよ……折角、アサシンが勇気出してアピールしてるんだから』
「……お前、何ポジだよ……はぁ、仕方ない」
半分サイズではまだ大き過ぎるため、八分の一程のサイズまで切ってから、口元に運んでやる。
「ほい、どうぞ」
「……んむ…………味が分からなくなりますね、これ」
「じゃ、もう一人で食ってくれ……」
彼女の感想に、俺が思わずため息を吐いた時だった。
『……っ!立香たちが来るわよ』
オルガから警告が入り、俺はいつアサシンが暴れても抑え込めるように心構えを作っておく。
……いや、別に敵対してるわけじゃないんだけどね?
俺個人だけで言えば、パールヴァティーは優しくて厳しい姉さんみたいな印象だし……夫は許さんーーーーだったからな。
「おっはよ〜、アサシンに結とオルガ!それと……エミ、ヤ?……何してるの?」
「おはようさん」
「…………ん」
『お、おはよう立香……(友達っぽいやりとり、友達っぽいやりとり!本とかで見たことある!)』
ただの一般人である立香は、
元気よく、俺たち全員に挨拶してくる。
……アサシン、もうちょっと愛想良くできない?
オルガはうるさい、頭の中で騒がないで。涙出てきちゃうから。
「何をしていると言われてもな……朝食の準備をしているだけなのだが……」
「え?エミヤ、料理できるの!すごい!」
明るい彼女の笑顔は、これから先、きっと多くの人の笑顔を作っていくのだろう……それは、俺やロマン、オルガが絶対に守り通さなければならないものだ。
そんなことを考えていると、食堂に追加の客がやってくる。
「先輩、廊下は走らないように……と、っ!皆さんお揃いで……おはようございます!」
「おはようございます、皆さん……もうっ、マスター?廊下を走るのは危ないですよ……それと、カーマも……挨拶ぐらいちゃんとしてください」
「なんで、私がそんなことを、貴方に命令されなくてはいけないんですか?」
段々と、ここも賑やかになってきたな。
「アサシン、ちょっとここで頑張って、友達増やしてこい……俺はダ・ヴィンチちゃんのとこ行ってくる……パールヴァティー、よろしく頼むよ?」
「え、ちょっと!?マスター!?」
「……?はい、任されました!」
アサシンの悲鳴を背に食堂を出た。
ダ・ヴィンチちゃんの元を訪れるのは、本当のことだったが……精神を整えておきたかったのだ。
『意識封鎖しておく?黙ってるだけでいいかしら?』
「後者でいいよ……助かる」
気を遣ってくれたオルガにそう返答し、ゆっくりと目を閉じた。
深く息を吐いてから、スッと瞼を上げる。
「……じゃ、ダ・ヴィンチちゃんの工房に行こうか。もう大丈夫だから」
精神を戦闘モードへと切り替えた青年は、そう言うと歩き始めた。
本日 午前8時00分
第一特異点 西暦1431年 フランス
冠位指定 その一つ目。
レイシフトまでの時間は、刻一刻と迫っていたのだった。
◇◆◇
「それじゃあ……立香ちゃんにマシュ、そして結くん……一応所長も準備はいいかい?」
「はい!」
「マシュ・キリエライト、好調です」
「アサシン共々そこそこ元気で〜す」
『一応って、何よ。一応って……そのゆるふわ感どうにかならないの?』
「ツッコミたい所がないと言えば嘘になるけど、気にせず行くよ……今回の目的は、以前話したように特異点内のどこかに存在する聖杯の入手、又は破壊だ。そのために、立香ちゃんとマシュはまず霊脈を探して欲しい」
「霊脈……龍脈などのような地中を流れる魔力が束のようになっている場所のことですね」
「そう。そこでマシュの宝具を使って召喚サークルを展開してくれ……そうすれば、通信が安定する上にこちらから補給物資などを送れるようになる……それで、問題なのは君達なんだけど……」
ロマンがこちらに視線を向けてから、言い淀む。
「『どうかした?』」
「…………?」
「冬木での戦いで、神霊カーマの力には計り知れないものがあることは理解したよ……ただ、結くん。君は余りにも、怪我をしすぎた……だから、可能な限り、僕たちからの指令に従ってくれるとーーー」
「最終判断はマスターが下す……それが最適です。というか、私はマスターの指示以外を聞くつもりなんて毛頭ありませんよ」
ロマンの言葉に、アサシンが反応した。
しかし……ロマンは真剣な表情でアサシンに問いかける。
「それは……
『ロマニ、それは!』
俺の実力を信用しきれないのだろう、怪我しか負わずにアサシンに頼り切りだった、俺の行動を見た判断だ……ロマンの言葉も間違っていない。
半分挑発混じりの言葉に、アサシンは目を見開き…………ポンっと頭を近づいてきていた
「…………!なんの、つもりですか……パールヴァティー!」
「ただのスキンシップじゃないですか〜……一度落ち着きなさい、カーマ」
その言葉で、彼女は下を俯き言葉を飲み込む。握りしめられた拳だけが、その怒りを外界に伝えていた。
「……ロマンさん。結くんは、強いですよ?今は、ちょっと調子が悪いだけです」
「女神パールヴァティー……しかし、それは貴方のーーー」
恐らく、主観によるものでは?と反論しようとしたロマンだったのだが、パールヴァティーの言葉を聞いて絶句する。
「何せ、全五騎からなったあの戦い……彼らは神霊を含めた相手全員を撃破して、勝利に至ったんですから。その内一騎は、タイマンで倒したんでしたっけ?」
「……まあ、うん。ちょっと昔のことだけどね」
突然話しかけられたので焦ってしまった。
サラッと答えると、オルガと同時にロマンは思考を停止させたのだった。
「『……は?』」
そして、そんな彼らに追い討ちをかけるように、アサシンが自慢げに言うのだった。
「特殊条件下においてのみ言えば、火力だけなら私より出ますよ?」
「『はぁぁ!?』」
「なんか恥ずかしい……もう、やめてくれ……アサシン。アレ、半分自爆みたいなものだから、簡単には無理」
異常者を見るロマンの視線……よりむしろ、素直な好奇心の視線を向けてくる立香とマシュの目が辛い。
やめてください、本当に……
◇◆◇
「今回はコフィンを使用してのレイシフトになるから、安全度は増してるはずだ。ただ……向こうに送り届けるのにも、カルデアの電力をかなり消費する。今のカルデアでは、サーヴァントをマシュ以外でカーマしか送り届けられない状況だ。戦闘時の瞬間的な召喚ならば問題ないが……決して万全な訳じゃない。無理だけはしないように……特に結くん」
「問題児扱いだなぁ……約束はしないよ。嘘つけないしね」
「はぁ……それでいい。心に留めておいてくれ。所長亡き今、カルデアトップとして……君の友人の一人としての願いだ」
「…………ああ」
『今は亡きって言われるの何か癪ね……男の友情でも何でもいいけど、号令はかけさせてもらうわよ…………これより、
「「「……っ、はい!」」」
「所長がデレた!?……いや、待って号令は僕もーー」
ロマンの言葉が言い終わる前に、所長の号令によるブーストがかかった全職員がレイシフトの仕事を進めていく。
……オルガ、お前いい部下持ったよ。
『ええ……知ってるわ』
最後、彼女の言葉が聞こえて……レイシフトの瞬間が訪れた。