「……スター……マスター、起きてください」
目を開く。
辺りは暗い気がするが、それは俺が起きる予定としていた時刻で間違いない。
パチパチと瞬きをすると、ぼやけた視界がハッキリしていき……鮮明に色づいていく。
そして頭を支える温かい感触に気付いた。
覗き込む大きな瞳の色は赤、浮かべられている悪戯な笑みには、ほんのりと赤みが差している。
「おはようございます、マスター」
朝から心臓に悪いご褒美だなぁ……
なんて考えを浮かべながら、俺はにっこりと笑顔を浮かべる彼女におはよう、と答えた。
『早朝から何イチャついてるのよ……』
「おはよう、オルガ」
「……別にイチャついてませんよ、挨拶ぐらいは普通です」
『おはよう、結……って、それが普通なら、独り身の私はなんなのかしらね』
「身体持ってない時点で、独り身も何もありませんよね?」
『
「お前ら、随分と仲良くなったな……」
オルガは既に起きていたようで、アサシンと気持ちの良いペースで会話を進めていく。
聞けば、オルガは俺よりもかなり前から起きていたらしく、長いことアサシンの話し相手になってくれていたらしい。
後頭部の心地いい感触を楽しみ続けたい気持ちはあるのだが……多分頼めば、またやってくれるので仕方なく起き上がった。
立香はまだ眠っているようなので、簡単に準備をしておくことにする。
関節部を回し、簡単にジョギングをして体を温めていく。
普段なら魔術回路に魔力を通しておく所なのだが、しばらくそれは封印だ。
ジャンヌに挨拶をした後は、アサシンについてきてもらい、少し離れた小川で顔を洗う。
その頃には、ねぼすけ立香も目覚めてくる頃になっていた。
「……戻りますよ、マスター」
「ああ、今行く」
しばらく小川の前で座っていると、アサシンから声をかけられた。
目を閉じて、深く息をする。
ほんの少し瞼に力を込めてから、パッと目を開いた。
出発の時間はもう間も無くだ。
目指すは黒ジャンヌ(もう片方のジャンヌ)が虐殺の限りを尽くしたらしいオルレアン。
相手の情報が不足しているため、付近にある城や砦により、情報収集をしながら向かうことにしていた。
まずはラ・シャリテと呼ばれる最寄りの都市を目指して、移動を開始する予定である。
なんとなくだが、直感的に予想していた。
「……アサシン、気合入れとけよ?多分、今日はちょっと大変な日になる」
「最終的に、マスターがどうにかするので……心配してませんよ?」
「時々、信頼が重い……」
『いざとなったら、魔術回路に無理矢理でも魔力を通しなさい。気合いでねじ伏せるから』
「気合いでどうにかできるのね……」
今日は昨日程、楽には過ごせないだろう……ということを。
◇◆◇
「街が……燃えてる」
呆然と呟いたのは誰の声だったか……
俺たちが向かっていた街、ラ・シャリテは炎上都市と化していた。
冬木ほどの火災ではないが、遠距離からでも明らかに、人為的な破壊跡が見られる。
「……ロマン、解析!」
『……っ!……周囲の情報解析完了!遠距離にサーヴァントらしき反応有り……いや、かなりの高速移動で探知圏内から離れていく!……ごめんよ、追跡は難しそうだ!』
俺の言葉に、ロマンはそう返す。
間違いない……この惨劇を引き起こしたのは、サーヴァントだ。恐らくは……黒ジャンヌ。
俺やオルガ、ロマンが思考をそちらに向けそうになる中、立香の声が響き渡る。
「早く、行かないと!」
「「「…………!」」」
その言葉で現実へと目を向ける。
立香に続くようにして、ジャンヌが声をかけた。
「ええ……その通りです。立ち止まっている暇はありません。至急、街へ向かいましょう」
その言葉を合図に、俺たちは街への移動を開始した。
『これは……酷いわね。大丈夫、立香?』
「……うん、なんとか……ゲームだけど、グロ慣れしててよかった……」
「お前、そういうゲームやる人種だったのね……」
街は炎に包まれ、崩壊状態。
そこら中に死体が転がり、周囲には酷い腐臭が立ち込めている。
そのような状況下にて、不適切とも思えることを話題とした会話だが、その日常会話の影響もあり、俺はどうにか冷静な思考を失わずに済んでいる。
しかし……立香やマシュの表情は芳しくない。
だが、どちらかと言えば……ただの女の子が、この状況下で意識を保てていることを讃えるべきだろう。
「一度別れよう。俺とアサシンが先行する……各自でコンディションを管理しながら行動するようにして」
『……結君、何度もしつこくてすまないが、無茶はいけないよ』
「わかってるよ……頭ではね」
俺の言葉にロマンがそう答えるが、彼も気付いているはずだ。
現在の彼女らでは、普段の半分も実力が発揮できないだろう、ということを。
ならば、まずは少しでもこの状況に慣れてもらった方がいい。
その間に俺とオルガ、そしてアサシンで街の探索を進めるのが最高効率のはずだ。
「……ジャンヌ、頼んだよ?」
「……任されました」
戦場経験の多いであろうジャンヌに声をかけてから、移動を開始する。
街中を駆け抜けていくと、死体を喰らうワイバーンの姿や、怨念が形を成した怨霊。
『効率というか、立香達の危険排除をしたいだけでしょ?』
「……否定はしない」
「ほんと、甘ちゃんマスターですね……」
その様子を見たオルガ達に、先ほどの言動についてそう言われ、少し苦笑する。
そして、接敵した。
「アサシン、距離近いやつからテンポよく行くよ……全部は倒さなくてもいいから、立ち止まらない程度で!」
「……了解、です!」
指示を出しながら、隣の頼もしい相棒の返事に、思わず笑みを返す。
弓持ち竜牙兵のような遠距離タイプは少ないため、警戒が楽でいい。
時折見かける弓持ちのスケルトンは、優先的に倒すようアサシンにも伝えてある。
撃ち漏らした雑魚どもは、後からくる立香達に任せるとして、精神衛生上的に悪そうな絵面の敵や、こちらに向かってくる相手だけを倒し続けて、街中を走り抜けていく。
移動の度、オルガに生存者を探して貰っているが、良い結果は得られていないようだ。
「……手遅れだったか」
『いえ、まだ……』
惨たらしい事実に目を背けたくなるが、俺たちは既に街の半分程を回り尽くしている。
ここまで来て、生存者が確認できないのであれば、手遅れというのも嘘ではない。
すると、突然こちらを見たアサシンが、焦りを感じさせる声音で言った。
「……ちょっと、オ……そこの!今すぐ、前方の探知をしてください!」
『そこのって……私!?』
「いいから、早く!」
アサシン……オルガって名前呼ぶの照れ臭かったんだなぁ、と生温かい目で彼女を見ていると、つま先を踵で踏んできた。痛い。
急かされたオルガが探知範囲を前方に絞り、範囲を広げる。
そして、驚きの声を上げた。
『……サーヴァント反応、かなりの速さで、こっちに向かってくる!数は…………嘘、でしょ……』
言葉を止めたオルガを落ち着かせるように、魔術刻印部をポンと叩いてみる。
意味があったのかは知らないが、少し落ち着いた様子の彼女は、その情報を俺たちに伝えるのだった。
『数は……五騎。接敵まで……もう、三十秒もない』
◇◆◇
襲撃まで十数秒。
オルガの警告を聞き、アサシンの眼光が鋭くなる。
「オルガ、簡易礼装使う。起動頼んだ!」
『……念話と索敵は切るわよ!』
「了解」
英霊を同時に五騎相手取るなど、前例がないのでは?
そう呑気に考えながらも、懐にしまって置いたそれを手に取る。
相手の姿は、すでに視認できている。
向かってくる五騎の英霊。
その中でも、断トツの速度を誇る者が一人。
恐らく、ライダークラスだと思われる相手は、このまま俺たちへと突撃してくるようだ。
「マスター……私が迎え撃ちますか?」
その様子を見て、アサシンが弓を引きながら聞いてくる。
その彼女に首を横に振ってから、俺は礼装を取り出した。
「……ライダー相手なら、俺が引き受けるよ。まだ、沢山残ってるみたいだからね……セイバーかランサー辺りをお願いしたいかな〜?」
「……なら、任せますよ?」
「おう」
ロマンが聞いていたら、怒鳴り声を上げそうな会話を進めながらその時を待つ。
……存在実証のために、カルデアスタッフの誰かしらが俺たちを見ている筈だから、大目玉は覚悟しておこう。
今、俺が手にしている礼装は、最初にダ・ヴィンチちゃんと会った際に、頼んだ礼装ではない。
これは完全な礼装ができるまで、繋ぎとしての役割を果たす簡易的な礼装だ。
見た目はただの警棒。
自衛のため……というわけかは知らないが、カルデアの倉庫に置いてあったものをダ・ヴィンチちゃんに少し弄ってもらった。
要するに、普通よりかなり硬く、そして少しだけ長くした警棒もどきである。
警棒を持った俺に、ライダー(仮)が接近してくる。
その姿を完全に捉えることのできる距離まで、近付いてきた……というか、また美人な女の方ですか。
アサシンがジト目でこちらを見てくるが、流石に物理干渉はしてこなかった。
……場を弁えているようで、よろしい。
ライダーが手に持った十字架のような武器を振り上げる。
そして……アサシンより少しだけ前に出ていた俺へと、勢いそのままに振り下ろす。
衝撃。
鈍い金属音のような音が、辺りに響く。
全身の骨や肉が、ミシミシとギシギシと悲鳴をあげている。
踏ん張りが足りなかったようで、衝撃の影響により、三歩分ほど足は後退しており、既に片膝は地についていた。
それでも……
「……っぶねぇ」
「…………!?」
それでも、その一撃を俺は耐え切った。
「アサシン!」
「ガラ空き、です!」
ただの人間に十字架を警棒で受け止められ、驚愕を隠せなかったらしいそのサーヴァントは、動きを完全に止めていた。
そのサーヴァントへと、アサシンが容赦なく矢を放つ。
三発に分裂し、飛来したその攻撃は一発目で女性の体を吹き飛ばして、二、三発目は彼女の体が宙に存在する間に炸裂した。
……俺がいうのも何だけど、結構エグいことするね、君。相手女性だよ?
かなりの距離を吹き飛んでいった女性サーヴァントは、二撃目以降は十字架による防御を行っていたようで、少し衣装を傷つけただけで、すぐに立ち上がった。
この辺りは、シャドウサーヴァントとは違う……流石というべきか。
「……その、武器は?」
しかし、未だに攻撃を防がれたことの動揺は残っているようで、彼女はそんなことを聞いてくる。
教えてやる義理もないのだが、特に隠すことでもなかったので答えてやることにした。
「ダ・ヴィンチちゃん、そして
そう、最後の一工夫は、偶々その場にいたキャスター……クーフーリンからの祝福。
刻まれた"障壁"のルーンは、硬い守り……そして、時に鋭い刃にもなる。
使用にはある程度の魔力を通さないといけないため、オルガがこの作業にかかりきりになってしまうのが欠点だが……暫くは仕方ないだろう。
簡単に説明していると、サーヴァントの後ろから、残りの四騎がやっと到着する頃合いのようだった。
目の前に、サーヴァントが五騎並ぶ。
先程、アサシンに吹き飛ばされ、少しボロボロになっているが、どこか神聖な雰囲気を持つ十字架を手にした女性。
仮面をつけ、鎌や拷問器具?のようなものを持っており、上半身は割と危ない格好をしている白髪の女性。
槍を手にし、血が通っているのか心配になりそうな肌の白さをしている歳食った男性。
華々しい衣装に身を包み、細身の剣を構えたどこか男の娘の匂いがする性別不詳の騎士さん。
そして……
最後の一人。
黒の鎧に身を包み、手には大きな旗が存在する。
髪は白く、目の色も違う。
冷徹な笑みを顔に貼り付け、瞳の奥には、人を見下している心が見え見えであった。
「ライダー、次は仕留められるわよね?」
「……ええ」
先程のサーヴァントが、その女性に声をかけられて一歩前へ出る。
声質が同じだろうと、そこに熱はこもっていない。
アサシンと目を合わせ、そして頷いた。
そして、こちらへ近付いてくるライダーへ、止まるように手を出す。
俺の行動に、怪訝そうな表情を浮かべた旗持ちサーヴァントの瞳を、真っ直ぐと見た。
そして
「……お前、誰だよ?」
黒ジャンヌ……姿は正にそう称するのが適切であろう"何か"に対して、俺はそう問いかけた。