早朝。
太陽が見え始める少し前程の時間帯。
未だ獣達が眠りにつく暗中、草原を駆け抜けるは二頭の馬。
前方を中心に、大量のワイバーンがその行手を阻む。
飛竜達が守るはオルレアン。
無謀にも竜の魔女陣営の本陣へと突き進んで行く、その馬の背に……
「速い速い速い速い!?待って、馬超怖い!アサシン様助けて!?」
「ちょっ、マスター!?……ん、変なとこっ、触んないで下さい……ひゃっ」
高校生サイズになって馬の手綱を握っているアサシン、そして彼女に抱きつく形で馬に跨っている半泣きのマスター……つまり、俺がいた。
『ほんと、いつも賑やかでいいわね。貴方達……』
「余り気を抜きすぎるのもどうかとは思いますが……っ!マスター、左方から三体のワイバーンが接近しています。指示を」
『……うん。軽く引きつけてから、アサシンが狙いやすいように誘導を頼める?』
「お安い御用です」
その様子を見て苦笑したように呟くオルガに、もう片方の馬の手綱を握るジャンヌが戦闘の指示を仰ぐ。
少し考えてから伝えられた指示に、ジャンヌがニコリと笑って応えた。
それはたった四人の特攻隊。
側から見ればそう思われる事間違いなしの進軍だが、その勢いは失速という言葉など知らないと言わんばかりに、飛竜の群れを蹴散らして加速していく。
「こっちもですか……マスター、今手が離せないので……右お願いします!」
「無理です。今アサシンから離れたら落ちちゃいます、僕」
「ひゃいっ……ちょっと、マスター?少し私の反応楽しんでますよね?」
「……少しだけね。割と怖くて手が離せないのも本音です!」
『つべこべ言わずに働きなさい!』
「無茶言わないでよ、オルガちゃん」
『は・た・ら・けぇぇ!!』
「叫ばないでぇぇぇ!?」
暫く悶絶した後、無駄な抵抗を諦めて魔力を回路に通し始める。
「……くそぅ……大体、数が多すぎんだよ!"薙ぎ払え!"」
恐る恐るアサシンを抱きしめた状態から、右腕をフリーにして、接近してきていたワイバーンに向けて横薙ぎに腕を振った。
魔力を代償に使用された【代償強化】により、右方へと広範囲の衝撃波を撃ち放ってから、溜息を吐く。
やっぱ特攻なんてするもんじゃないよなぁ……なんて思いながら、俺は策を練った少し前の夜へと意識をとばすのだった。
……………………
話は、立香とマシュが聖女マルタの迎撃に成功した直後の頃まで遡る。
『竜殺し?そんな英霊がなんでまた……いえ、そう……そういうことね…………ライダー、聖女マルタの言葉なら、信用してもいいと思うわ。それに、確かにあの竜が相手ならば竜殺しの存在は必須と言っていい』
「何かわかったのですか、所長?」
立香がマルタから与えられた情報を聞いて、オルガが含みのある言い方でそう言う。
マルタが残した情報とは、竜の魔女によって滅ぼされた都市リヨンには、竜殺しの英霊がいる、というものだった。
『いえ、大したことじゃないわ。それより、これからの話をしましょう……私達の目的は聖杯の奪還、又は破壊。そのためには、黒ジャンヌをどうにかする必要がある……ただ、彼女は複数のサーヴァントを従え、数多の竜を操る。現状、最も厄介なのはファヴニールの存在……ここまではいい?』
オルガが簡潔に情報を纏め上げる。
スラスラと話す彼女の声は非常によく通るものであった。
その声が伴っている冷静な雰囲気には、いつか見たヒステリックな一面など微塵も感じられない……彼女の精神状態は精神体になってから、常に最高の状態に保たれていた。
そんな彼女の言葉に、全員がコクリと頷きを返すと、講義に似たものを感じたのか興が乗ってきたらしいオルガは、少し上機嫌に話を続ける。
『竜種として最高クラスのファヴニールを打倒するためには、竜殺しの英霊が不可欠よ。そのためにはリヨンに行く必要があるわけなのだけど……十中八九、こちらの動きは読まれると思った方がいいわ。今は私の張った結界が隠蔽の役割もこなしているけど、ライダーに気付かれた時点で黒ジャンヌはこちらの位置を、ある程度掴んでいるはず。ジャンヌが使用できないルーラー権限のサーヴァント探知を、向こうが使用できるとなると……』
ブツブツと話を続けていたオルガの声音が少し暗いものになった。
恐らく、この場で打てる最善手を考えた結果、俺が考えている策と同じことを思いついたのだろう。
その内容をオルガが立香達に話し始める前に、俺は彼女の話に割り込んだ。
「……陽動作戦、だな。これが最良の手だ」
「マスター……本気ですか?」
そう言った俺の意図を完全に理解したのだろう。
俺を心配するような顔……ではなく、「また、私を働かせるつもりなんですか?」と言いたそうな顔をしたアサシンが、ボソリとそう呟いた。
うん。
自身の負けを考えないその精神、頼もしくていいと思うよ。
「ふむ……つまり、囮として僕達の内の誰かが黒聖女を引きつけている隙に、別隊がリヨンへと向かう……そういうことかい?」
『…………ええ』
「あら?それは、あまりよろしくありません。ジャンヌに愛の神様、マシュに結に立香……アマデウスはちょっと頼りないけど……折角、こちらにもこんなに味方がいるのだもの……皆でリヨンに向かってはいけないのかしら?」
マリーがアマデウスの放った"囮"という言葉を聞き、痛ましそうな表情を浮かべてそう言った。
気高く、そして優しい彼女が反論してくるであろうことは想定済みである。
だから……同じようにモニター越しで不安そうにしてるロマンさん?
今から話す作戦を、しっかりと聞いていなさい。
俺の話を聞いてから、ロマンは暫く目を閉じて思考に耽っていた。
二秒、三秒と時間が経過していき……二桁に乗る少し前になって、漸く口を開いた。
『危険なことには変わりはない。カルデアスタッフのトップとして、本来なら僕はその作戦を止めなくてはいけない…………だけど、ね』
「だけど?」
『それしかないなら……それが結果的に全員の生存率を高めると言うのなら、そうするしかない。苦渋の判断になるけど、君の策に乗ろう……頼んだよ。その作戦で最も重要な役割を果たすのは、所長だ』
渋面を浮かべながらも、俺の策が最善であることを認めて彼は話を続けた。
ロマンに声をかけられたオルガは、当然と言わんばかりにフンッと鼻を鳴らす。
「『わかってるわよ……私に、任せておきなさい』だとさ」
『不安だなぁ……』
ロマンの気持ちもわかるが、問題はない……と思う。
作戦の要となる
「それでは……これより、我が身は貴女と共に……っと、こんな感じですかね?」
『ふふっ、中々に様になってるわよ?……まぁ、改めてよろしくね……ジャンヌ』
それっぽい感じを出しながらオルガ(俺)の前で跪いた後、直ぐに表情を崩して笑顔を浮かべたジャンヌに、オルガは明るい声で返答した。
陽動隊に参加するのは、俺とアサシンに加えてジャンヌを入れた三人+オルガの四人。
ただでさえこちらの最高戦力であったアサシンは、俺が復活したことによって更に大きく戦闘能力を向上させた。
俺が復活したこと、アサシンが強化されたこと。
その二つに加えて、弱体化状態にあったジャンヌが強化されたことも大きかった。
彼女は、
といっても、ジャンヌとオルガのサーヴァント契約……それは飽く迄も精神的なものだけに限ったものである。
令呪の使用権は俺にあるし、魔力のパスを通しているのも俺だ。
しかし、ジャンヌはオルガのサーヴァントとして扱うことにする。
これは、俺が他のサーヴァントと契約することをよく思わないアサシンが、俺に課した最大の譲歩の結果だった。
「未だにルーラーとしては活躍できそうにありませんが……私は、私の持つ力を全て使って貴女の力になりましょう」
少しは強くなったんですよ〜、なんて言って無邪気に力こぶを作った脳筋聖女様に対して、アサシンが引き気味な表情を向けていたのが印象的だったが……それはいいとして。
こうして、俺たち四人は、ラ・シャリテへ寄って馬を拾った後、全速力でオルレアンへの突撃を開始したのだった。
◇◆◇
『二人とも、そろそろ馬を止めてくれるかしら?』
オルガの声にアサシンとジャンヌは素早く反応し、その場に馬を止めた。
途端、全方位をワイバーンに囲まれてしまうが、その規模は想定の範囲内である。
「地面が揺れないって最高だな…………コホンッ、気を取り直して……各自、ワイバーンの殲滅よろしく!オルガ、指示と観測は任せた!」
『了解よ』
馬から降りて戦闘開始の合図を示すと同時に、アサシンが弓を引き絞り、最小限の動きで次々と戦果を上げ始める。
ジャンヌは、全方位から向かってくる大量のワイバーンをギリギリまで引きつけると……鎧袖一触、鋭い大旗の一振りで尽くの意識を刈り取ると、待ちの姿勢を見せていた先程とは一転して正面から次の群れへと突貫した。
数十秒戦いの様子を眺め、異常が見られないことを確認する。
それから俺は、警棒へと魔力を流した。
「俺もやるとするか……【
代償 現戦闘における左腕の神経封印
効果 警棒による攻撃への斬撃属性の付与
「連続詠唱【代償強化】」
代償 現戦闘における右目の能力封印
効果 身体能力向上
オルガから受け継いだ魔力回路に魔力が流れ込む。
そしてその瞬間、余りの質の良さに恐怖を覚えた。
これまで俺が使ってきたものはなんだったのだろか、と頭が痛くなってきそうな程の違いがあったのだが、何にせよ恩恵を得ている形であるため文句はない。
それがどれくらいの違いであるか、というのは同じ作業を以前の魔力回路で行ったと仮定して比べると、消費魔力は五分の一程にまで軽減されている、という参考例が一つ挙げられる。
見えぬ右目と動かぬ左腕は放っておいて、最寄りのワイバーンへと気配を消して接近。滑り込むようにして後方へと回り込み、すぐさま跳躍。
遠心力をフルに利用し、警棒を首筋へと叩き込んだ。
【代償強化】により、鋭利さにボーナスを得ていた警棒による一撃は、ストンとワイバーンの首を落とす、という結果に終わる。
「……ちょっと待て、そこまで強化するつもりはなかった」
予想外の威力に、顔を青くしてボソッと呟く。
魔術回路の質の向上は、魔力消費効率だけでなく強化結果にも多大な影響を及ぼしているらしかった。
「ま、マスターが……普通に強くなっていて少し複雑なんですけど……」
「そこは喜んでくれよ……なに?お前、ダメ人間の方が好きなの?」
「………………」
「否定しないのか!?」
その様子を目を丸くして見ていたアサシンが、妙なことを言ってきたので軽口を叩いたところ、新たな事実が発覚した。
「い、いえ……そんなことはないですよ?ええ、はい。全く持ってダメ人間がタイプなんてことありませんとも」
「…………」
「なんですか、その目は……アレですよ。アレ。タイプとかそう言う話じゃなくてですね?快楽や愛なんてものに溺れて、堕落していく人間の無様な姿がたまらなく滑稽で、
「どっちだよ」
ジト目を向ける俺(ワイバーンの首を落としながら)に対して、あわあわと顔を赤に染めてアサシン(四匹のワイバーンの脳天を同時に矢で射抜きながら)は弁解する。
そんな俺たちに対してジャンヌ(大旗の一撃でワイバーンの頭蓋骨を粉砕しながら)は言うのだった。
「二人とも、少し緊張感が足りませんよ?それと、アサシン。人それぞれ好みはあると思いますが……ダメ人間フェチというのは、いかがなものかと……相談があったらいつでも聞きますからね?」
「フェチとか言わないでくださいよ!?貴女、お固そうに見えて実は頭のネジゆるっゆるなタイプの聖人ですよね……って、さっきから、ガチ心配するような優しげな表情向けてくるの止めなさい!」
オルガが一人、ワイバーンに対して謝るような素振りを見せたのは、多分気のせいではないと思う……姿見えないし。