オルレアンの街中を駆け抜ける。
入り組んだ路地を、民家の屋根を。
駆けて、駆けて、駆けて……
背後からの矢が頬を掠めた。
『結、気張りなさい!』
「……くそったれ。足早くないか、あいつ!」
一つ間違えていたら死んでいた、そのことを実感し、冷や汗が背中を伝う。
愚痴を漏らしながらも、疾走を続ける。
オルガから受け取った魔術回路をフルに使って全身に魔力を送り続ける。
魔術回路の性能が上昇しているため、今のところ魔力残量には問題はない。
しかし、肉体は別だ。
「……っ、はぁ……」
走る最中、右脚に電流を通したような痺れにも似た痛みが俺を襲った。
その激痛に顔を顰める。
蹲りたくなるのを我慢し、スピードを落とさず走り続ける。
原因に心当たりはあった。
オルガの保有していた魔術回路の質が良過ぎたことである。
恐らく、長時間行われている"過度な"強化により、肉体面に障害が出始めているのだろう。
……暫くは強化状態に体を慣らすことを目標として、鍛錬を行った方がいいかもしれない。
『……こんな状況だと、応援しかできないのがもどかしいわね……頑張りなさい、結。所長権限で有給増やしてあげるから!』
「いやいや、役に立ってるから安心しろよ……っ、またか!」
呼吸は乱れ、全身にはかなり疲労が蓄積されている。
そんな状態で走り続け、時折撃ち込まれるアーチャーの攻撃を凌ぎ続ける。
逃走劇を続けること早十数分……俺の受ける傷は次第に数を増していった。
「振り切れない、どころか……追い詰められてる……狩の名手ってとこか?」
『流石に情報が少な過ぎるわね……でも、強制的に凶化が施されているというなら、やりようはあるわ……きっと』
「不安だなぁ……」
だが、それでも……
『……勝つわよ、結?』
「わってるよ、言われなくてもそのつもりだ!」
この勝負、負けるわけにはいかないのだから。
自らを焚きつけるようにオルガへ叫び返した直後、鼻先にピリッとした嫌な匂いを感じ取る。
自身の直感力を信じて、体勢を全力で低くする……と同時に頭上を三本の矢が掠めていった。
『……嘘でしょ……あのアーチャー、こんだけの速度で走りながら街中で弓を引いて、結の頭の高さドンピシャで矢を曲げてきたってこと!?』
オルガの言葉を聞いて、嘆息を溢す。
今までにない攻撃パターン。
仮に相手が、狩の達人であるのならば……こちらを仕留める算段がついたのかもしれない。
そう考えて、俺も行動パターンを変える。
低くした体勢から、右足を前方へと投げ出し、ブレーキ掛けるようにして滑り込む。
加えて警棒を地面に突き立てるようにして減速……数秒経たずしての急停止に成功する。
完璧な減速行動……予想外の攻撃にビビり、状況を整理するために選んだ急停止というアクションは……
失敗に終わることになる。
「殺す、殺す殺す殺す殺す……殺、す!」
矢による強襲だけに意識が向けられていたからだろう。
振り向き様確認した光景に、俺の思考はほんの僅かな間だが、完全に停止したのだ。
眼前に迫る一つの拳。
それを首を傾げて回避して……その姿を見てしまったのだ。
「……っ!やっば、やらかし……っ、ぐふっ」
全体的に緑色の装いであったアーチャーの体の一部が黒色へと変化していた……だけならまだいい。
若干清楚系からアマゾネス感ある姿に変化してる気もするし、ちょっと眺めてみたい気持ちもあるがまあ、それもいいとしておこう。
思考が乱された原因は、彼女がこちらを呑みこむレベルの殺意を発しながらも……涙を浮かべていたことにあった。
足払い、膝蹴り……接近してきたアーチャーに乱打を打ち込まれ、警棒を蹴り飛ばされ、手ぶらになった俺の身体が宙に浮く。
攻撃の手を緩めることなく、アーチャーは俺の喉元を掴み、そのまま地面へと叩きつけた。
「おま、え……自我、が……」
「ころ、す。ころ、す」
首が締め上げられていく。
徐々にアーチャーの姿は変化しているようだが、このままでは、彼女の全身が変化する前に俺の息が止まってしまう。
『結!しっかりしなさい!……結!』
「…………っ、あ、……っ!がぁ!……ぁ」
ミシミシと、首から絶対に鳴ってはいけない音が聞こえる。
暴れ、もがいてほんの少しでも拘束が緩くなる瞬間を探るが、アーチャーにそのような隙はない。
上半身を起こそうとするも、馬乗りになるようにしてアーチャーはこちらの自由を奪ってくる。
次第に抵抗はできなくなっていき、息がもたなくなってくる。
チカチカと視界が点滅し、次第に目の前が真っ白に染まっていく……
苦しい、痛い、しくじった、情けない。
やばい、まずった、死ぬかも、まずい。
いくつもの感情が、思考が、俺の頭の中を埋め尽くす。
ぷつり。
思考が途切れるその前に……
「ころ…………し、て」
俺の頬に落ちる二粒の滴と、彼女の一言で俺の意識は現実へと浮上した。
俺が動けないのなら……彼女に動いてもらうしかないだろう。
彼女の眼前に弱々しく右手を突き出す。
そして……
『っ、そこ!どきなさい!』
魔術刻印が光を放ち、アーチャーへと【ガンド】が撃ち込まれる。
超低威力のその攻撃には、殺傷能力は期待できないが……それでも、超至近距離から天才オルガマリーが放ったその一撃は、アーチャーの身体を後方へと吹き飛ばす。
気道確保を確認。
余力はない。
ならば、これがラストチャンスだ。
ここで決着をつけなければ、二度と俺の攻撃は届かない。
そのとき、奇しくも俺とアーチャーの体勢は全く同じ状況……仰向けで倒れ込んでいる状態にあった。
パッと飛び起き、正面を向けば完全に黒化したアーチャーの姿が視界に映った。
『仕留めなさい、結!』
「ああああああああああああ!!!!」
「……【
代償 令呪一画
効果 超・瞬間強化 脚力・右腕筋力
切迫した声でオルガが言い、アーチャーが吠える。
そして
一歩。
瞬間移動が如くの速度で、アーチャーに接近。
「ああああああああ!!!」
黒に染まったアーチャーは、狂ったように絶叫し、先程とは別人のような速度で右腕を振り抜いた。
その一撃は、寸分違わず接近した俺の頭部へと向かう。
一度、超加速を見せたこともあり、理性ではなく本能で、彼女は俺の行動を読んでいたのだろう。
それは、考えられる中で完璧な対応だった。
しかし、令呪を代償に行われた超強化は、その完璧をも、凌駕する。
「おせぇぇぇぇ!!!」
絶叫しながら接近し、アーチャーの懐へと飛び込んだ俺は、勢いそのままに右腕を突き出して……
ぶすり。
生々しい音を立て、右腕を深々とアーチャーの胸に突き刺した。
右腕に伝わる嫌な温かさが精神面を削ってくる。
感触が、匂いが、温もりが……そのどれもがリアルな死を伝えてくる。
思わず、顔を顰めたその時だった。
「……あり……と、う。すま、ない、な」
抱き合っているような距離にいるアーチャーの囁き声が耳に届いた。
恐ろしい程に単純だが、ただそれだけで救われた気がした。
「……気にしなくて、いい……手加減してくれて、ありがとな」
「……ふふ、ばれて……いた、か」
消滅の光がアーチャーを包んだ。
消えていく最中、死して凶化が解かれたのであろうアーチャーの微笑みを見て、俺は一先ずの戦闘終了を実感したのだった。
◇◆◇
「……さてと、むさっ苦しい野郎二人の遺言なんて、聞いたところで仕方ないので……さっさと終わらせますね?」
「……っ、ばけ……もの、め!」
「これは、敵わんな……」
地に伏す二人の男性の目の前で、嗜虐的な笑みを浮かべる一人の少女。
圧倒的強者としてのオーラを隠すことなく、寧ろ見せつけるかのように発しているアサシンのその姿は、魔王か何かか……
そんな敵に対し、ヴラド3世は自らの持つ槍を杖のようにして、どうにか立ち上がる。
その表情は血を求め続ける哀れな吸血鬼から、自身の役目を全うするべく立ち上がった戦士のそれへと変貌していた。
「……余の命、ここで貴様にくれてやろう。例え凶戦士と化し、血を啜る怪物へと身を落とそうとも余は……」
「あ、そういうのいいんで、やるならさっさとしてください」
「「………………」」
((これは、酷い))
モニター越しのカルデア技術部門トップと医療部門トップの心の声がシンクロする。
漸くヨロヨロと立ち上がった相手方のアサシンまでもが、遠い目をしていた。
勿論、一番精神的な影響を受けているのはプルプルと槍を握る手を震わせているランサーさんだろう。
「血に、濡れた、我が人生をここに捧げよう……!」
ヴラドは静かに、しかし確かな言葉を発して、アサシンへと鋭い視線を向けた。
ゾクリと背を走る悪寒に、アサシンは体を蒼炎で包み込み、一瞬で姿を痴女モード(そう言われるのは不本意)へと変化させる。
出力最大……憎き主神の蒼炎を持って敵を迎え撃つ。
「
「…………!」
その瞬間、吸血公の体が……爆ぜた。
血塗れ王鬼
かつてヴラド三世がメフメト二世に見せつけた串刺し兵の伝説を元となった宝具。
骨、肉、影、髪……射程圏内に存在する物質を取り込み、体内で杭として生成。
そして、それらを射出し対象を串刺しにする。
まさに一瞬き分。
一瞬でアサシンの視界を埋め尽くすような量の"杭"が高速で撃ち込まれていく。
怒涛の連射にアサシンは蒼炎と金剛杵を全力で操作し対応、しかし拮抗したのも僅かな間だけであった。
自身の負傷などには目もくれず、全力で杭を生成し射出していくヴラド三世に対して、アサシンの手数が足りなくなっていく。
最初は全ての杭を弾き落としていたアサシンだったが、想定以上の手数に正面衝突は分が悪いと判断を下す。
その場から離脱を図ろうとするも、彼女の背後には敵方のアサシンが回り込んでいる。
「……ごふっ、ふはは……ふははは!余の宝具を正面から凌ぐ、か…………あまり舐めてくれるな!愛の女神!!」
「……真名は知られていましたか……情報源は、恐らく……レフ何某ですかね?」
『ちょ、アサシン!?今、そんな状況じゃ!』
「しゃらっぷ」
『あははは!嫌われてるねぇ、ロマニ』
怒声を上げるヴラド三世。
その目は、気怠げそうにしているアサシンの姿をしかと捉えていた。
「……気を抜いたな……余の命をくれてやる。遠慮なく、逝け!」
その言葉を言い切ると同時に、ヴラド三世が全てをかけて放った杭がアサシンへと迫る。
それを一瞥すると、アサシンは無造作に右腕を振りはらった。
杭はアサシンが操作した高密度の蒼炎と激突し……それを貫通した。
「……え?」
予想外の結果だったのか、ポツリとアサシンが唖然としたような声を漏らす。
蒼き炎の守りを突破した杭は、続けて金剛杵すらもを弾き返して、彼女の胸元へと接近する。
激突の瞬間、重音が辺りに響き渡り……杭に込められたエネルギーが爆発。
その場に土煙が立ち込めた。
「殺った……か」
ふっ、と誇らしげに笑うヴラド三世は、身体を半分程失っており、消滅の光に身を包んでいた。
手応えはあった、必ず命中した。
その自信があったからこその満足感……彼は静かに消滅の時を待った。
そして……
「……はい、おしまい。楽しかったですか、逆転ヒーローごっこは?」
口元をニヤリと歪ませて、本当に楽しそうな笑みを浮かべながら彼女は土煙の中から、姿を現した。
その身には傷一つなく、欠伸を噛み殺すような仕草さえ見せているその姿からは、僅かな疲労も感じ取れない。
「き、貴様……余の攻撃は、確かに届いた筈では……」
「届かせてあげた、が正解ですよ?ああ、もしかして"本気で"勝てると思ってたんですか、吸血公さん?嫌ですねぇ、そんなのある訳ないじゃないですか……ここがあなたの領地ならともかく、異国の地で私相手に勝利ですか?…………そっちこそ、あんまり私を舐めないでくれます?」
「……き、さまぁ!!」
「それじゃ、今度こそさようならです。特に恨みもないですが、マスターのために死んでください」
慈悲もなく、弓の一射でヴラド三世に止めを刺したアサシンは、一言ポツリと呟いた。
「ほんっと、全く生前に見覚えはないんですけど……便利なんですよねぇ、これ」
足元から発生させた黒き帯のようなものを、眺めながら。