「……おや?……もう一人のアサシンは、逃げましたか……追って仕留めるのも苦ではないですが…………」
ぼんやりと荒地とかしたあたり一面の様子を見ながら、アサシンは呟いた。
「……どうやら、しっかりと釣れたようですね」
そして、数秒後。
彼女の目の前に……
破壊という概念を実体化したかのような、圧倒的な存在感を持つ黒竜が舞い降りた。
◇◆◇
「……ふぅ、そろそろ……動くか。オルガ、戦況はどうなってる?」
『えっと……ちょっと待ってて。さっきの援護のために、一回アサシン達とのリンクを外したのよ』
「まじか……悪いな」
『……元はといえば、英霊に対して貴方を戦力として扱わざるを得ない状況になった私の責任よ……本当に、よくやってくれてるから、謝らないで』
「……ああ」
オルガさん本当に精神的に成長してるなぁ……なんて、考えながら返事をする。
それと同時に体を休めるため、寝っ転がっていた状態から飛び起きた。
瞬間、既に酷使されている全身が、悲鳴を上げる。
忘れてたぁぁ……なんて脳内で絶叫しながらも、無言で痛みを凌ぎきる。
体をほぐそうと肩を回すが、二度ほど回してみたところ、肩を回す作業そのものが苦痛となってきたのでやめた。
バカなことをしていないで、脳内を戦闘モードに切り替えよう。
先程オルガが言った単語、リンク……それはつまり、念話やら位置確認やら生存確認その他諸々を、遠距離把握できるようにオルガは幾つかの魔術を維持し続けてた状態のことを指している。
アーチャーに襲われた俺の身を守るために【ガンド】を使用したオルガだったが、現在の彼女は魔術の使用にかなりの制限がかけられている。
そのときまで繋ぎ続けていたリンクを切断しなければ【ガンド】を撃ち込む余裕はなかったのだ。
"陽動"作戦の要となる状況確認の手段……それを解除するという状況に陥るのは、俺達にとって誤算であった。
それが、完全に裏目に出ることになる。
『……っ、結……先に謝っておくわ、ごめんなさい』
「……状況は?」
『もう一戦だけ……手伝って。ジャンヌが、危ない……かなり、押されてる』
警棒を握りしめた。
パチパチと、全身に魔力を流す。
青白い光が、魔力回路を光らせる。
「【
代償 適当量の魔力
効果 身体能力強化
幾度と使ってきた自慢の魔術を使用する。
痛みに一瞬だけ表情が歪んだが、そこは気合でねじ伏せた。
どこかの天才様のおかげだろう。
魔力効率が上昇したことにより残り魔力はまだまだ余っている。
問題は痛みだけ……なら、実質問題なんてないと同義だ。
懐からボンタンアメを取り出して、口に放り込む。
集中力を高めながら、一言呟いた。
「場所を教えろ……すぐに向かう」
状況は刻一刻と変化する。
対峙する邪竜と女神。
聖女の危機に、青年が立ち上がる。
そして……
遠方の同じ空の下。
「……マスター、こちらです。酷く衰弱しているようですが、この方が聖女マルタの言葉にあった竜殺しのサーヴァントかと」
「……次、から次へと!」
「ま、待って、私達は貴方の敵じゃ……」
一人の剣士と少女達が出会う。
決着へ繋がるピースは少しずつ、しかし確かに埋まりつつあった。
◇◆◇
side 立香
リヨンの町に到着した私達は、当然の如く湧いて出た
気配を消すなどもせずに、捜索に当たれているのは、結達がファヴニールを引き止め続けてくれている、という安心感があるからでもある。
町の西側を私とマシュ。
東側をマリーさんとアマデウスと役割を決めて捜索に当たること十数分。
思っていたよりも早く彼を見つけることができたのは、幸か不幸か……ワイバーンの死体の散らばり方に偏りが見られたからであった。
……うーん、この惨状を直視できるようになってきたけど……あんまり慣れたくないなぁ。
私、一応普通の女子ですし!
それから、状況は勢いよく変わり始めた。
竜殺しのサーヴァントは、銀の長髪を持つ大柄な男性で、その真名をジークフリートと名乗った。
……名前は聞いたこともある……と思う。多分、うん。
クラスは、最優のサーヴァントととも呼ばれるセイバークラスなのだとか。
彼の体は傷だらけで、動くのもやっと……という具合だった。
合流したマリーさんが宝具を使って治療を行ってくれたけど、あまり効果は見られなかった。
なんでも、酷い呪いがかけられているらしい。
さっきから、らしい……とか、なのだとか……なんて言い回ししかできていないが、仕方ない。
……正直、魔術に関しては私は無力といっても過言ではないからである。
この特異点から帰ることができたら、正式に結の弟子にしてもらおう。
呪いを解く方法については、管制室に寄っていたキャスターのクー・フーリンが"洗礼詠唱"という方法を提示してくれた。
そのためにはジャンヌとの合流に加えて、もう一人……聖人として名を馳せた英霊の存在が必要だという。
……可愛さとか癒され感で言ったら、うちのマシュも聖人級だと思うけど……話をしてると浄化されそうになることが割とあるし。
聖人を探す。
そんな新たな目的を掲げたまさにそのときであった。
「……っ!」
ぐったりとした様子で、アマデウスに肩を借りていたジークフリートが、突然私の方向へと剣を振り上げた。
私の動きが固まる。
マシュが驚愕の表情を向け、マリーさんもその様子に目を見開いた。
そして、その大剣は私の髪を掠めるような軌道を描いて、後ろに立っていた一人の男へと激突した。
『……っ、サーヴァントだって!?そんな、バカな!モニターで魔力反応は逐次確認していたのに!』
『恐らく、かなり高い気配遮断のスキルを持っているんだろうね……だとすると、クラスはアサシンかな?』
ドクターが何か喚いているが、正直腰を抜かしそうで余裕はなく、全く聞き取ることができなかった。
なんとか持ち堪えたることができたのは、ジークフリートが私に向けて一切の殺意を放っていなかったからだろう。
ジークフリートの攻撃により、私の背後にいたそのサーヴァントは後方へと飛び退いた。
その姿を目にして、背筋に悪寒が走った。
一言で表すのならば 異形 である。
長大な鉤爪を持ち、顔半分は骸骨仮面によって覆われている。
「ああ……勿体ない。あと少しで、君は楽になれたのに……」
「っ!なに、ものだ、お前は」
それは、美しい声であった。
それは、異常なまでに……本当に美しい声で、だからこそ……その言葉を怖く思った。
息を切らせたジークフリートの質問に、男は答える。
「人は皆、私のことを……
『ファントム・オブ・ジ・オペラ……愛に狂い、最後は殺人にまで至った怪人、か。気をつけたまえ、立香ちゃん。その相手を、普通のサーヴァントだと思ってはいけないよ』
相対して分かった。
私は今、かつてない程に恐怖を感じていると。
このサーヴァント……ファントムに、先程の距離まで接近された。
その事実を認識すると同時に、恐怖心と安堵感が一気に押し寄せてくる。
結果、思考は停止して隙が生まれた。
ファントムが振り下ろした鉤爪を、私の前に立ったジークフリートはあっさりと弾き返した。
そして、彼は勢いそのまま敵を撃とうと足を踏み込んで……意識を失い、その場に倒れた。
私達の間に動揺が走るが、考えてみれば、それは当然の結果であった。
生きているのが不思議である、とまでクー・フーリンが称した呪いを受けたまま、何度も戦闘を行うことなど出来るはずがない。
しかし、ジークフリートが倒れる様子を見たことで、漸く意識は現実へと浮上する。
「……っ、ごめん、みんな!集中できてなかった。マリーさんは、ジークフリートの避難を!マシュは前衛、サポートはアマデウスに任せるよ!」
ここには、結も、アサシンもいない。
今は、私が頑張るときなのだ……そう奮起して、私は指示を送り始めた。
◇◆◇
「Arrrr!!!」
「っ!くっ……はぁぁ!」
黒き鎧戦士が放った一撃を、旗による防御で受け止める。
何度目かもわからない衝撃に、手は麻痺したかのように痙攣していて……ついに、私はその旗を地に落とした。
その隙を見逃す鎧戦士ではなく、相手は回し蹴りを私の腹部に叩き込んだ。
ミシッと、痛な音がしたのが分かった。
十中八九……いや、感覚からして確実に肋骨の何本かにヒビがはいったことだろう。
折れていないことを祈るしかない……そんなことを考える。
相手サーヴァントは、私へと嵐のような勢いで攻撃を叩き込み続けた。
腕が、足が、腹が、胸が……全身に殴打を叩き込まれて意識が飛びかける。
何故かはわからないが、このサーヴァントは私に対しての殺意が異様に高かった。
それが、戦闘をやりにくくした原因の一つだった。
しかし、それは最もたる原因ではない。
相手は宝具のような武器を手にしているのではなく、どう見ても持っているのは兵士たちが使うような鈍らであった。
それにも関わらず、私がここまで押されているのは……
単に相手の戦闘技術が高かったことが原因であった。
段々と意識がぼんやりとしてくる。
もう、痛みを感じ取ることができない。
体と精神の繋がりが希薄になっていく。
これで、こんなに呆気ない幕切れで、本当にいいのか?
その問いかけの答えを出す……その前に、無意識に腕が動いた。
無意識に、と言ったことに矛盾するかもしれないが、それは多分……本当に、ただの気まぐれだったのだと思う。
◇◆◇
「……アサシンさん……可愛い方ですね。見た目もそうですが、性格も……です」
結さんの懐で丸くなり、共に眠りについている彼女の姿を見てそう呟いた。
そんな私の呟きをマスター、そのときはまだ、オルガさんでしたか……が拾ってくれた。
『……そうかしら?……まだ、ほんの少しの間しか話してないから、内面に関して断言は出来ないけど……少なくとも見た目で引け目を感じることはないんじゃない?』
「…………」
『照れたわね……顔真っ赤にしちゃって……今、内面も可愛いことが証明されたわよ?』
「……し、知りません……コホン、早めに寝た方がいいと思いますよ、オルガさん」
『もう少しだけ話したら、ね?』
◇◆◇
彼女に可愛いと言われたことを嬉しく思う自分がいたのは確かなのだろう。
しかし、それが出来たのは自分が可愛さを求めているから……そんな理由ではない。
彼女が可愛いと言ってくれたものを、汚したくなかったから……その腕は無意識に動いたんだと思う。
「……っ、……ぁぁ、はぁああ!」
無抵抗で殴られっぱなしであった私は、顔への攻撃を腕を交差して受け止めた。
相手サーヴァントが驚いたように見えたのは、恐らく気のせいではないだろう。
獣の如き叫びを上げながら、交差した腕へと力を込めて相手の持つ剣を弾き飛ばした。
勢いそのままに、仕留められるか?
そんなことが頭に浮かぶが、すぐにそれは甘すぎる考えだと気付く。
「Ar……thur……!!!」
その叫びに比例するかのように、向けられる圧力が、殺意が増大する。
腕の一振りで吹き飛ばされたが、耐久力には自信がある。
むしろ距離が確保できたと喜んでおこう。
「アーサー……王?……っ、貴方は、貴方の真名は、ランスロットですか……」
聞こえたアーサー、という単語と鈍らを宝具クラスまで高めて使用するその能力、戦闘の技量から、黒騎士の真名を導き出した。
黒騎士……ランスロットは、絶叫を続けたまま私の方向へと突撃し、腕を振り下ろしてくる。
先の抵抗で体力を使い果たした私は、その一撃をただただ傍観することしかできない。
でも……やっぱり……
『それ以上、私のサーヴァントに!手を出すなぁぁああ!!』
「ちょ、オルガ!?流石にうるさい、ちょっと黙ってろぉぉ!!」
信じてましたよ。
マスター、結さん。