話の進みはゆっくりですが、付き合ってもらえると幸いです。
「……はぁ、はぁ……はぁ……っ、勝った、んだよ、ね?」
「……はい。文句なしの勝利です……先輩?お体の具合は大丈夫ですか?」
「う、うん……ちょっと、安心して力が抜けちゃって……」
リヨンにて、怪人ファントムとの戦いを繰り広げること十分程。
なんとか勝利を掴み取ることができた私達だったのだが……額からは玉粒のような汗が流れ続けており、息も絶え絶えという、とてもじゃないが、余裕の勝利とは言えない状態であった。
状況が目まぐるしく変化するサーヴァント戦を行なっていると、時間感覚がおかしくなる。
随分と長い間、戦闘を行なっていた気もするし、気がついたら決着がついていたような感覚もあり、なんというか不思議な感じだ。
少なくとも、結の戦闘能力が常人離れしていることは再確認できたかな……
アマデウスの奏でる心を落ち着ける旋律、とやらを聞きながら、深呼吸をしているとドクターから連絡が入った。
『大丈夫かい、立香ちゃん?……まともに休憩も挟めなくてすまないが、予定通りオルレアンへと向かって貰いたい』
「うん、わかってる。結とかの方が、私達よりも大変な状況にいると思うし……でも、ドクター……ジークフリートの呪いを解くには、もう一人聖人を探さないといけない……って話じゃなかった?」
『それに関しては問題ないよ。今、結君たちの方で聖人と呼ばれるに相応しいサーヴァントと合流することができたみたいだからね……彼らと合流できれば、全ての準備が整う……最終決戦ももう直ぐさ』
ドクターの言葉に、マシュと顔を見合わせた後、二人して笑顔をつくった。
それは吉報だった。
アマデウスも、マリーさんも、グッタリとしていて状況もあまり読み込めていないはずのジークフリートまでもが、私達に釣られるようにして笑顔を浮かべた。
初めて自分達だけで本格的なサーヴァント戦を乗り越えることができたから……そんなことも私たちが状況を楽観視してしまった原因の一つだったのかもしれない。
私達は、気づかなかった。
ドクターが、もう一つのモニターに険しい表情で目を向けていたことに。
……カルデア職員達の多くが、祈っているかのような様子でその光景を見守っていたことに。
何度、地に伏そうとも、歯を食い縛りながら立ち上がる……同時刻、一人の魔術師がそんな限界ギリギリの戦闘を行なっていたことに。
◇◆◇
「っ、がぁぁあ!!!」
「Arrrrr!!」
ぶつかり合う警棒と鈍らが、鈍い金属音を街中に響き渡らせる。
一度や二度ではなく、幾度となくその音は発生し続ける。
想定外だった。
オルガに最寄りのはぐれサーヴァントを探してもらい、そのサーヴァントと共に黒騎士を倒す……そんな博打要素満載の作戦に出た俺は、出会ったサーヴァントがゲオルギウスという名を持つ聖人であったことを知り、この戦いを勝ったと半ば確信していた。
しかし、現状はどうだ。
八度目の激突で、俺の手から警棒が吹き飛ばされる。
勢いのまま突っ込んできた黒騎士……真名はランスロットだったらしい、を割って入ったゲオルギウスが大楯を使い受け止めた。
連撃を防ぎ続け、一瞬ランスロットの重心がぶれた所を見逃さずに、背後から接近したジャンヌが大旗を振り下ろす。
その一撃に合わせるように、拾った警棒を全力で投擲してランスロットを仕留めにかかる。
正面のゲオルギウス、後方からジャンヌ。
そして警棒投擲による側面からの攻撃。
完璧なタイミングで放たれた三方向からの攻撃を、ランスロットは当然のように躱しきってしまう。
偶然による回避ならば、運がなかったで済まされる。
しかし、そうではないのだ。
俺達は今と同じような光景を、既に四度ほど目撃している。
(((……攻めきれない!!)))
前衛防御役をゲオルギウス、前衛攻撃役を俺、サポートをジャンヌという三人組で戦っている俺たちの心の声が重なる。
予想に反して、状況は拮抗していた。
ゲオルギウスという優秀な壁役を協力者として引き込んだことにより、守りの面での不安要素はかなり減ったが、問題は攻撃面だ。
今でこそなんとか攻撃の形にはなっているが、よりによってこの局面にて、俺の魔力が底をつき始めてきたのである。
巧くて、疾い。
要するに、強い。
ランスロットの戦闘能力は、それこそかつて強制的に稽古をつけてもらうことになったアサシンの天敵であるセイバーにも匹敵するものであったのだ。
ただ一つ、この黒騎士に問題点があるとするならば……圧倒的なまでの魔力効率の悪さ……燃費の悪さが挙げられるだろう。
これはオルガの分析によって得られた推測である。
自らの宝具ではなく、そこら辺に落ちていたような鈍ら剣を使っているのは、敢えての行動ではなく、ただの妥協案なのではと推測したのである。
マスターが聖杯を持つ黒聖女だとしても、聖杯でも補えないほど魔力消費の激しいサーヴァントなのでは、と考えれば異常なまでの戦闘力も頷ける。
だが、まあ、わかると思うが……それは、ランスロットの欠点であり、弱点とはなり得ない。
妥協案使用状態のランスロットに勝利するために、何が正解なのか……その答えを導きだすのは、中々に難しいことであった。
いっそ勝ち目がなかったなら、それはそれで幸せだったのかもしれない。
諦めて、立香達と合流するまで耐え凌げばよかったのだから……
「……オルガ、ちょっと意識閉じてろ。今からすること、あんまり見られたくないから」
………………………
「……やはり、強い!!」
遂に限界が来たのか、膝をついてしまった結さんを横目に気合を入れ直した。
ゲオルギウスさんと私が防御だけに集中すれば、耐え忍ぶことはそれほど苦にはならないはずである。
それでも、ジリ貧なのは間違いないのだが……一つ手がないこともない。
宝具・
あれを使えば、大抵の相手ならば消滅させることができる筈だ。
……見事なまでの、自爆技なのだが。
本来ならば、黒聖女との問答を行わなければならない。
彼女の発言から予想できることだが、恐らく、彼女のバックにいるであろうジルに対して一言物申さなければ気が済まない。
しかし、今この状況で最も守らなくてはならないのは彼の命だ。
問答無用で竜の魔女を滅ぼせば、この特異点は消滅するだろうし、アサシンが本気を出せば今すぐにでも、それは可能であろう。
彼女と話がしたいというのは、ただ単に私のわがままであるところが大きいのだ。
「……やるしか、ないですかね」
剣へと手をかける。
集中し、魔力を練り上げようとするその直前のことだった。
ゾクリ、と鳥肌が立つ感覚がした。
最近でいえば、ファヴニールが街一つを消し飛ばそうとブレスを放った時に感じた重圧によく似ている。
それを感じ取ったのは、もちろん私だけではないようで……ゲオルギウスさんもランスロットでさえもが行動を一瞬止めて、重圧の発生源……膝をつき下を向いている結さんの方向へと視線を向けた。
パチッ、パチッと帯電するかのように全身の魔術回路へと魔力が巡り、その光は段々と強くなっていく。
「……あの、魔力は……一体、どこから」
ポツリと溢れた私の呟きに、返答する相手など存在しない。
高められた魔力が発する淡い青色の光は、輝きの強さを増していくに連れて変色し、血のような重い紅色へとその姿を変えていく。
眼前に生じた理解不能な光景から、いち早く立ち直ったのはランスロットであった。
ランスロットは手にした鈍らを投擲し、膝立ちの結さんを攻撃した。
当然、その行動を黙って受け入れる私達ではない。
私がその剣を旗で弾き飛ばし、ゲオルギウスさんがランスロットの正面へと立ち塞がる。
何を行なっているのかはわからないが、恐らく、今の結さんは奥の手を使うための溜めの段階にいる。
その邪魔をさせるわけにはいかなかった。
そうこうしている間にも、背後から感じ取れる魔力は高まり続けていく。
結さんの奥の手が放たれれば、確実にランスロットを仕留められる。
そう感じさせる程に、魔力は練り上げられていき……
「………………!?」
再び、ゾクリと鳥肌が立つ嫌な感覚がした。
その気配がする方向は結さん……ではなく、前方のランスロットからである。
「A r r r……!」
ゲオルギウスさんが向き合っているランスロットが纏っていた黒いもやのようなものが、薄れていく。
叫び声を上げる彼の手には、いつのまにか禍々しい黒の長剣が握られていて……
「A rrrrr!!!!!!!!!」
一閃。
「しまった……!」
ゲオルギウスさんの構えた長剣を一撃で弾き飛ばし、間髪入れずに回し蹴りを叩き込む。
先までとは段違いの動きのキレに、対応しきれずゲオルギウスさんの姿が一瞬で後方へと消えてしまった。
その驚愕の光景に一瞬だけ、私の体が硬直する。
致命的なまでの隙を見逃さず、ランスロットは私に接近し、通り抜け様に胴へと鋭い斬撃を叩き込んだ。
「ぐっ……っ!」
傷は深く、当然のことながら、胸から脇腹にかけて作られた傷痕からは血が溢れて、止まる気配が見えない。
激痛による悲鳴は、唇を噛むことで押さえ込み、地に伏したくなるのを膝をつくだけに留める。
切れ味が違う。
存在感が違う。
危険度が違う。
何よりもまず、そんじょそこらの名刀なんかとは、格が違う。
あの剣は
ランスロットが手にしたあの剣こそが……彼の本来持つ剣にして、宝具。
幾つ言い訳を述べても、もう遅い。
少なくとも、未だ完全な状態とは言えない今の私では相手にならない。
聖剣を開放したランスロットを相手に、時間稼ぎもロクにできず、ゲオルギウスさんと私が作っていた防衛ラインは突破されてしまったのだ。
「……っ」
(すみません……マス、ター、結さん)
体を動かすことも出来ず、ただ視線を後方へ向けることしかできない。
ゲオルギウスさんは遠く離れた場所で、体勢を崩している。
誰の助力も得られない。
そんな絶望的状況に置かれた結さんが……
ニヤリと片頬を上げ、不敵に笑った。
その目は真っ直ぐと、自らへ高速で接近するランスロットを捉えていて……両の瞳から、焦りの感情は見られない。
黒き凶刃が、結さんを襲う。
その少し前に、結さんは漸く"溜め"の段階を終わらせた。
少し離れた距離から、ランスロットが剣を振り上げ、地を蹴った。
それと同時に結さんは立ち上がる。
鎧を纏っているとは思えないような身軽さで、接近したランスロットは、躊躇いなく聖剣を振り下ろす。
神速の斬撃が繰り出される。
そんな、ランスロットの動きに対して、結さんが聞き取れないほどの音量で何やら一言呟いた。
「…………!」
「Arrrrrr!!!!」
次の瞬間、結さんの纏っていた禍々しい赤の光が、彼の左手へと凝縮されていく。
その輝きを握りしめると同時に、彼は右足を大きく前へ踏み出し、左手を後ろへと持っていった。
丁度、野球の投手のような構えのまま、空中にて剣を振りかぶっているランスロットへと狙いをつけるようにして…………
そして
「……ぶっとべ!『
まさに一瞬の出来事であった。
紅き輝きは結の左手の中にて金色の輝きへと姿を変えた。
振り下ろされる剣よりも一瞬早く、結の左手からその輝きは放たれる。
その一撃はランスロットの腹部へと突き刺さると同時に爆発し、黒鎧を貫通し体に大穴をぶち抜いた。
ランスロットの体が後方へと吹き飛び、二度程地面にバウンドし、転がっていき……その動きが止まったと同時に、音もなく消滅していく。
その光景に、目を見開いた。
ゲオルギウスさんと私を圧倒したランスロットを一撃で倒す、そんな異常な光景を見た。
しかし、本当に印象に残ったのは……
あれだけ苦戦した黒騎士を瞬殺したにも関わらず、苦虫を噛み潰したような表情で溜息を吐いている……そんな、今の結さんの姿だった。
その姿を見て、何故だかは分からないが、彼は何か取り返しのつかない選択をしてしまったのではないか……と、私は思ってしまうのだった。
「悪いな……
ポツリと溢れた青年の掠れ声は、誰の耳にも届くことなく空へと消えていく。