『立香ちゃん……辛いと思うけど、今は……』
「先輩……」
「ますたぁ!」
ドクターが、マシュが、清姫が、私の名前を呼ぶ。
状況は切迫していて、世界を背負う私には選択肢なんて有って無いようなもので……
鼓動が大きくなる。
鈍い痛みが胸の奥から、全身に響き渡る。
視界が歪み、思考が遅行する。
鼓動が大きくなる。
息が詰まりそうだ。
呼吸の仕方を忘れたように、ぜぇ、ぜぇと息荒く酸素を求めて口を開いた。
鼓動が大きくなる。
もう、誰の声も聞こえない。
抱える彼女の顔を見つめ続ける。
今まで我慢し続けていた涙が、頬をつたっていく。
その雫が溢れ、彼女の頬を濡らす……その前に
『やっほー、立香?聞こえてる?』
優しい優しい、誰かの声が聞こえた気がした。
◇◆◇
そのとき、各局面で勃発していた激闘の中でも、最も混沌的状況に叩き落とされていたのは、カルデア司令部に他ならないだろう。
アサシンの活躍により、存在実証こそ可能にはなったが、それはスタート地点でありゴールじゃない。
直ちに、立香及び結の存在実証を行った後、オルレアン全体の様子を解析し、立香と連絡を取った。
その間にも魔力探知による索敵を行い、現在、立香達、マリー達がそれぞれ戦闘中であること。
オルガから受け取った特殊結界について、さらに詳しい情報を調べ上げることなどを徹底し、各マスターのバイタルケアも行った。
かつてない仕事量に疲弊するカルデアスタッフ達は、立香の危機に若干の精神崩壊を起こしつつも彼女の無事に祈りを捧げ始め、誰もが深夜テンション、ストッパー0のその空間は、端的に言って混沌を極めている。
よって……
『おい、ロマン!さっさと立香に繋げ、そっちの面倒は俺が見る!』
ボロ絹をローブのように纏い、オルレアンの街を駆け抜ける
『ねぇ、結君……労るって言葉知ってるかい!?なるはやでやるけどさ!?』
◇◆◇
「……っ、
『同意ね……こちらの魔力も無限じゃないのに』
走ってばっかだな、ここ最近……なんて愚痴を呟きながら、せっせと足を前へと進める。
脳内アサシンさんに、「がんばれ、がんばれ、ま・す・た・ぁ!」なんて言わせてみるが、正直言って応援の様子より、応援後照れて顔真っ赤にするアサシンの姿の方が目の保養になりそうだな……まあ、想像なんですけどね?
やばい、待って。本当に尊くない?こんなの現実でやられたら、死ぬよ、俺。
『……今のあなた、結構危ない人よ』
「おっと、すまない。つい涎が……」
『……キモい』
「傷つくなぁ……正直でいいと思うぜ?」
『貴方のメンタル、ほんと無駄にタフね?』
「それが取り柄です!……っと、Eins!」
俺の言葉に応じて放たれた紅の閃光が、奇襲のつもりか、一気に空から飛来した一頭のワイバーンを撃ち落とす。
その間も、俺たちは足を止めることなく進み続けており、時間のロスはゼロに等しい。
「段々と、慣れてきたな……残量は?」
『まだ、七割は残ってるけど?』
「節約上手で助かるよ……」
マルチタスクに加えて、魔術の精度も魔力効率も超一線級の魔術師……やっぱ現状のオルガは既に、頭一つ飛び抜けたチート性能を誇るな。
お陰様で、礼装を完備し、アサシン、オルガにサポート頼んでの全力解放…………その全ての条件が整えば、最終決戦時の
……まぁ、そんなことせずに済むことが一番であるのだが、今その話は関係ないか。
『準備が整った、今ならいつでも立香ちゃんと通話可能だ。状況は……こちらの騒ぎを聞いていた君ならわかっているね?』
「勿論、万事お兄さんに任せなさい」
『『不安だなぁ……』』
「うわ、お前ら超失礼……」
簡単にボケをかましながら、俺は遠く離れた一人の少女へと語りかける。
尊い光を持つ君に、今はまだか弱い君に。
勇気を託す、そのために。
…………
『おい、こら……バカ弟子。前を向け』
…………
『やっほー、立香?聞こえてる?……』
遠いいつか、道に迷い泣いた弱虫小僧の背を押した、あの人のように……
『取り敢えず、まずは……前を向こうか?』
今度は、俺がお前の背中を押そう。
◇◆◇
『まずは……前を向こうか?お前にはそこに、何が見えてる?』
俯いた私の視界の隅に、ホログラムによって青年の姿が映し出される。
それは、言うまでもなく、カルデア司令部を通して行われた結からの激励であった。
「……前を、向く……」
『そう、俯くな。泣くなとも、負けんなとも言わない。でもね、目を逸らしちゃダメなんだ……自分の立ち向かう相手を、しっかりと見据えて、そんで次は仲間の顔を見ろ』
相手は、無敵で冷酷な仮面の妖女
それだけしか、頭になかった。
ただひたすらにそれだけに集中して、あの強敵を打ち倒す策をひたすら練った。
だから、そう。
「せん……ぱい……?」
「ますたぁ……何を見て……」
この戦いの最中、本当に彼女らの顔を見たのはこれが初だった。
戦線に残るのはジークフリートのみ。
清姫のサポートが間に合わないほどの高速戦闘に、マシュも迂闊に手を出すことが出来ず、万が一のサポートに気を遣っていたようだ。
額に幾つもの汗をたらし、頬を土埃で汚して、その肢体には幾つもの擦り傷が浮かんでいる。
それでも、彼女らの瞳は澄んでいて、まっすぐこちらを見据えていた。
私の様子が変わったことに、疑問符を浮かべる二人に、問題ないと首を振って、結の言葉を噛み締めるように、思考に身体に染み渡らせる。
声を聞き、顔色を見て、能力を考え……彼女らのことを考えていた……つもりだったけど……そういうことじゃない。
『サーヴァント戦ってやつで、最も重要なことを教えとく……相手との能力差、相性、コンディション、目的、制限時間、リスクに勝率……そんなことを考える前に必要なのは』
「……信頼……?」
脳裏を過ったのは、あの
無意識のうちに、唇から溢れ落ちたのはたった二文字、たった四音であらわせる余りにも単純な真理。
『ビンゴ、わかってんじゃねえか……ま、ピンチなのはそれが原因って訳じゃ無さそうだけどね……』
のんびりとした口調で話す結は、ひどく優しく……しかし、矛盾するようだが同様に厳しかった。
今を見て、現実を見て、そこから逃げずに、戦えと暗に突きつけている。
いや、違う……別に逃げてもいい。
ただ、それに仲間と共に向き合えと伝えているのだ。
「ねぇ……私……」
どうしたらいい?
なんて甘えた言葉を口にしそうになって、唇を噛んだ。
呼吸は落ち着き、頭は冷静になった。
問題は何も解決していないが、それでも再び戦いのスタートに戻ってきた。
考えよう、今はただひたすらに……
途切れた集中を、それこそ気合で繋ぎ直して、思考を回し始めるその前に。
『最後にヒント……オルレアンでの戦いの本質は、意志にある。抽象的なこととして言ってる訳じゃない……文字通り、これは意志の戦いだ』
「何を……言って……?」
『……なあ、立香。この戦い、ぶっちゃけると……お前ら
「は?」
なんか、とんでもないことを言い始めた暫定師匠候補の声を聞いて、加速しかけた私の思考が停止したーーーーーのを気にも止めずに言葉は続く。
『断つべきは、霊核ではなくーー』
「……ああ、納得。そういうことね……アンタ、中々使えるじゃない?」
「……え?」
よって、返答したのは……返答できたのは、思考を止めた私ではなく、胸の中に居た彼女だった。
『……お褒めに預かり光栄だよ。漸く、おはようか?
「寝たくて寝たんじゃないわよ!……全く、幸運に思いなさい、子ジカ。アンタついてるわよ?」
そしてニヤリと勝気に笑い、立ち上がる。
「アイツは、私に対して絶対的な優位性を持ってる……気に食わないけど、そこの子イノシシに言われて気付いたわ」
『それもう、ウリボーで良いんじゃないのかなぁ?』
「しゃらっぷ、黙りなさい。今いいところなんだから」
『はい』
右手に持った槍をクルクルと玩びながら、小ボケを挟む青年をピシャリと叱りつけ、彼女は……エリザベート=バートリーは、座り込んでいた私の前へと左手を差し出した。
「その上で……
そんな、余りにも道理の合わない結論を口にしながら。
◇◆◇
『ねぇ、結……私も貴方達の暴論についていけてないのだけど?』
「ん?まっさかぁ……天才オルガ様が、こんな簡単なことにも気がつかないなんてこと、あり得るはずがないじゃないですかぁぁ?」
『三日間ぐらい、朝から晩までギャン泣きしてあげましょうか?』
「待って、死ぬからやめて。ギャン泣きとか、超似合わねぇ……」
『で、どうなのよ?』
反撃の策を練る立香とエリザの姿を眺めながら、オルガの問いに回りくどく答えてやることにする。
「オルガは、何かに憧れたことってあるか?」
『それは、勿論あるけど……というか、質問を質問で返さないでくれる?』
彼女の抗議を意に介さず、質問を続ける。
「じゃあ逆にーーーーーーーーーって、ある?」
『それこそ、愚問…………って、あ……!』
何かに気づいた彼女の間の抜けた声を合図に、ホログラムが映し出す先の戦場で、最後の勝負が始まろうとしていた。
◇◆◇
「……策も何も要らないわよ。アンタはただ……」
「エリちゃんを信じればいい、だよね?」
「ええ。仮とは言え、それでこそ私のマスターに相応しいわ」
タイミングは、一瞬。
清姫に、マシュに、何も伝えることなどできていない。
休みなく戦闘を一手に請け負うジークフリートなど、現在、この世で最も余裕という言葉から最も遠い人物と言っても過言じゃないだろう。
だけど……信じる。
全面的な信頼、悪く言えば丸投げ。
責任の押し付けとも言えるその行為、言葉にするのは簡単で、実行にはありったけの勇気が必要な……そんな、愚行。
幾度交わったか数えることなど、不可能なほどぶつかり合う大剣と大鎌が、最も触れ合う瞬間を見逃さない。
号令は、単純明快。
深呼吸して、目を閉じて……ゆっくり瞼を上げる。
そして、その瞬間はやってきた。
振り下ろされた大鎌をジークフリートが大剣で受け止めて、一歩前に足を踏み出した。
そのタイミングで、声を上げる。
「マシュ、清姫……今すぐ離れて!」
鍔迫り合い、確実にカーミラの動きが阻害される……その瞬間に合わせて私達は行動を開始する。
戸惑いはあるだろう、躊躇いもあるだろう。
それでも彼女らは、一瞬のラグすらなくその場からパッと離脱した。
完璧な1on1……サポートもいなくなった、その戦況を、さらに掻き乱す。
「ジークフリート!弾いて、
その言葉を聞き、清姫とマシュがギョッとしたような視線をこちらに向けてくる。
ホログラムから、青年の爆笑が聞こえてくるが、こちらとしては一切ふざけているつもりは無いので、ぜひとも黙って頂きたいものである。なんなら、黙れ。
オルガに叱られたのか、黙りこくった青年のことを脳内の隅の方へと追いやり、最後の指示を彼女へと伝える。
一気に自由になったカーミラは、状況確認のために、コンマ数秒動きが固まる。
そこが狙い目、ここで決まり手。
彼女が、彼女の力のみで相対することが、勝利の条件であるのだから、使えない。
マシュ達の離脱開始直後から、行動を始めていた彼女は、カーミラの正面へと躍り出るとその槍を地面へと突き刺した。
稼いだコンマ数秒は、エリザベート=バートリーが宝具を解放するに当たって、最高のアシストとなり……
「……エリザ、ベート!!!死ねぇぇええ!!!」
殺意に飲まれ、正気も失いつつあるカーミラが大鎌を投げ捨て、両の爪を振り上げて襲いかかるが……
「……っ!よしっ、間に合う!」
エリザベートには届かない。
エリザベートの持つ槍は、彼女の居住していた監獄城チェイテを武器化したもの……内包されたその要塞とも言える巨城を今、彼女だけのステージとして、開放する。
「宝具展開……」
しかし、それでも……
カーミラに与えられたのは、身体強化ではなく全能強化。
乃ちそれは、
聖杯から与えられたその力は、時に奇跡をもたらし、不可能を可能にする。
結論をいえば、宝具を先に放ったのは、カーミラの方であった。
「
絶叫と共に、エリザベートを閉じ込めるようにして現れた拷問器具『鉄の処女』が、閉じられる。
致命的なその一撃に、一人を除いてその場にいた全員の背筋が凍りつく。
「……そうよね。アンタが私なら、当然……躊躇いなく、それを撃つでしょうね!」
右腕、一本くれてやる。
閉じられたその鉄塊に、右肩から先を全て飲み込まれたまま、カーミラを見つめる少女は、その状態のまま自らの宝具を解放する。
「……私の夢を、私の声を!」
一呼吸置いて、声を張り上げ少女は叫ぶ。
「私の、歌を!聞け!!!……
その怒号は、光の奔流となりカーミラの身体を飲み込んだ。
彼女の身体に、傷一つつけることなく。
「「「………………っ!?」」」
固唾を飲んでその瞬間を見守っていた全員の間に動揺がはしる。
輝きが消え、その場に立っていた人影は二つ。
片や肩先を食いちぎられ、死人同然。
片や無傷。
しかし、それでいて……
場を沈黙が支配する。
そして、その沈黙は……少女がその場に崩れ落ちたドサッという音によって破られた。
◇◆◇
オルガマリー・アニムスフィアは、その光景を見て、呆然と呟いた。
『……憧れが、願望に勝てるはずがない……だからこその、勝利』
その独り言に、青年は同意する。
「ああ……だから、俺はオルレアンでの戦いを"意志の戦い"って称したんだ……相手を正しいと、相手の願いを肯定してしまったら、押し負ける……」
一拍置いて
「だから、アンタに負けられない。アンタにだけは、負けてやらない」
「己の思いに、嘘をついてでも忠義を果たす。そんな、今の貴方に俺は負けたくない」
「……なぁ?シュヴァリエ・デオン。結界も、凶化も、命令も関係なく……とことん、やろうぜ?」
いつも通りに、不敵に笑え。
vs白百合の騎士
こっちはこっちで、忙しそうだな……なんて呑気にぼやきながら、その闘いの幕が上がる。
28話 「死んでもマイクは手放すな」