灼熱が肌を焼く。
何度目になるのだろうか?
既に数えることすら、億劫になってきた。
疲労は溜まり、身体は重い。
思考をやめて、全てを投げ出したくなる。
けれども……止まる事は許されない。
"万物融解"
「——ッ! 右だ!」
『回避ッ!』
「……よっ、と! ……はぁ、はぁ、キツぅ……」
ジークフリートとオルガの警告に合わせて、左足を強く踏み抜いた。
強化された身体能力をフルに活用しての横っ飛びに、肩へとしがみつく立香が音なき悲鳴を上げた。立香を気にかける余裕はなく、先ほどまで俺たちがいた空間を、容赦なく爆炎が焼き払っていく。
絶望的な力だった。
目の前に立つ元聖女は、聖杯の恩恵を受けることで超高火力の宝具をポンポンと連打してきた。
それら全てを真正面から受けることなど当然できない。俺達は足を止めることなく、エリザとジークフリートが撹乱を続けることで、なんとか全ての攻撃を回避し続けていた。
勿論、それは俺の力ではない。
この荒技を成立させているのは、ひとえに彼女の献身があったからである。
「……ぅ、ぁぁあああッ!」
何度も足を止めたくなった。
身体が言うことを聞かなくなった。
それでも
今、俺が動けているのは——
目の前に立つ彼女が、マシュ・キリエライトの後ろ姿が。
大楯を扱い、必死に爆炎を捌き続けるその献身が俺や立香の心を叱咤するからだ。
『結、そろそろ……』
「わかってる!」
限界が近い、その言葉を遮って叫びが思わずこぼれてしまう。
苛立ちをぶつけてしまう自分の未熟さに、更なる苛立ちを覚えたが深呼吸して、努めて冷静を偽り出した。
「……悪い」
『気にしないで……それよりも、本当に打つ手は有るの?』
随分と確信をついた質問だった。
嫌な役を押し付けてしまったと少し申し訳なく思いながら、返答した。
「……有る」
『…………他言しない。だから、
「…………」
『はぁ……私も考えるわ。文字通り、運命共同体なんだしね?』
悪い、助かる——そんなことを伝えようとしたときだった。
「……結!」
「ウリボー!?」
二色の絶叫に顔を上げて、失態を悟る。
問答の間に警告を聞き落としたのだろう。
見れば、すぐそこまで爆炎は迫っていて……
「……エリザぁぁあ!」
被害を少しでも減らすために、後ろへと倒れていく。殆ど変わらないかもしれないが、やらないよりはマシだろう。考えとしては、そんなところだった。
エリザベートへと声をかける。
と、同時に。
「歯ぁ、食いしばれ! 舌噛むぞ!」
「へっ、え? ——っ!?!?」
上空目掛けて、立香を全力で打ち出した。
全力を出したので、爆炎からは逃れられたはず……あとは、エリザのキャッチに期待するほかないか。
『障壁をッ!』
流石のオルガのサポートも間に合わず、全身が炎に呑み込まれる。
一瞬、前に。
「…………全く、なんで死にかけているんですか? いつから私より弱くなったんです、結?」
聞き覚えのある声と共に、巨大な岩の柱が六本生み出された。それらは俺を閉じ込めるように出現し俺の身を守った。
閉鎖空間に放り込まれ、俺は尻もちをついたまま暗闇の中にいた。
声のした方へと目を向ける。
そこには一人の女性の姿があり、彼女はこの空間を照らす輝きを指先に灯していた。
その髪は白銀に染まり
その腕には金の腕輪が一つ。
纏う装具は扇状的な戦闘装束。
瞳は血のような暗紅色に満ちていて
艶やかで豊満な肢体が惜しげもなく晒され
その胸元には青白く淡い輝きを放つサンモーハナの首飾りがかけられている。
「な、んで……お前が」
『……カーマ、じゃない……のよね?』
動揺激しい俺たちの前で、ニヤリと笑って彼女は言った。
「サーヴァント・クラス:
沈黙が場を支配して。
「出たぁぁぁあああ!? 襲われるぅぅぅ!!!」
「あっ、ちょっと!? 逃げないでくださいよぉ!」
『え、えぇ……』
脱兎の如く、逃げ出す俺と困惑するオルガ。
『色々気になるけど戦闘中だよ、結君!?』
「ロマニ、助けて!」
「うるさい羽虫ですねぇ」
『羽虫!? ひど——』
天からの助けは、無常にもブツリと音を立てて途絶えてしまう。
「………………おい、通信切っただろ?」
「何のことでしょう♪」
「無駄に器用なことすんな、あほぉ!」
『ま、マーラ? そんなことが、ありえるの!?』
しばし、事態の収集に時間がかかった。
◇◆◇
「コホンッ……あの、結?」
「……ナンデスカ?」
「そこまで、露骨に怯えないで貰いたいんですけど」
「……だってお前、すぐに夜這いかけてくるし。ここ暗いから、トラウマがフラッシュバックしまして」
「ぐぬぅ……自業自得ですか」
「てか、何でいんの? アサシンは?」
「もう少し優しくしてくださいよ……」
そっぽを向き、半べそをかいている目の前の絶世の美女の名はマーラ。
史実上で言えば、彼女とアサシン……つまりはカーマは同一人物である。
ただ、ウチのアサシン様は色々と普通ではないのだ。
今の彼女はイレギュラーの塊とも言える存在であり、先の亜種聖杯戦争を乗り越える過程で、カーマとマーラの二つの人格への完全な分離を果たしていた。
カーマとマーラ、彼女らが同一体である時にマーラが主導権を握ると、それはそれは悲惨なことが起きる。
獣の幼体としての資格を得ることになるのだが……まぁ、詳しいことは置いておこう。
そもそも、いつかも言ったがカーマという神は決して戦いに適している存在ではない。
現在のアサシンの実力の裏付けは、殆ど『殺すもの』であるマーラによる恩恵が大きいのだ。
まぁ、反射神経やら、シヴァの残滓やらはカーマが保持している能力であるのだが。
人格が分離していた事は知っていたが、まさか自力で霊基を得ることができるようになっているとは思わなかっ——いや、流石に無理だろ。
「待て。お前、その霊基は? どっから湧いてきた?」
「ん? 半分は、カーマから奪ったものですが? 後は、この悪趣味〜な結界を利用しただけです。犯……襲うなら、肉体は必要ですし」
「……令呪を以って」
「待って、ごめんなさい。冗談じゃないけど、冗談です。ヤらないから、やめてください!?」
などと頭の悪い会話をマイペースに行なっていたとき、おずおずと話しかけてきたのはオルガさんである。
君コミュ障だもんね、話しかけれて偉い。
『あの……そろそろ質問いいかしら?』
「ん? どうした、オルガ」
「何この女?」
「こっわ。おっも……」
『話! 続けるわよ!』
「「どーぞ」」
今更だが、散々迷惑をかけられたので、マーラに対しては結構辛辣だったりする。
カーマの方が数倍可愛いし、いい子だと思う。嫌いじゃないけど、若干トラウマがあるしな。
『主に聴きたいのは二つのこと。一つ目、マーラに質問するわ。先ずは、貴方がここに居る理由を知りたい』
「はぁ……理由ですか。もう一つは?」
『打開策……結、彼女が来た事で、状況は多少なりとも好転したのよね? どうにかなるか、話し合いたい』
「正直、二つ目はわからん。マーラ、カーマからの伝言とかないか?」
「……有りますけど、冷たい結には教えたくないです」
「クソめんどくせぇ……」
ふいっと顔を背けるマーラ。
その頰を引っ張り、顔をこちらに向き直させた。
「ひはぁい」
「……一日くれてやる」
「ふぇ?」
『は?』
コテンと首を傾げたマーラに、もう一度だけ明確にその条件を言う。
「お前に、俺の時間を一日分くれてやるって言ってんだよ……満足なら、伝言教えろ」
「ふ、ふふっ……荒っぽい結も、そそりますねぇ……」
「あ゛?」
「ごめんなさい、冗談です。それで! その条件でお願いします!」
『……これが、魔王とまで言われたマーラ?』
「……昔はもうちょっと威厳があったんだけどなぁ」
うへへと、だらしなく頰を緩めるマーラを見て呟いたオルガにしみじみと同意する。
何でこうなってしまったのだろうか……カーマ含めて。
「それで、伝言でしたっけ?」
マーラが表情を真剣なものに切り替え、その小さな口を開いた。
◇◆◇
「ま た せ た な !」
『「「「待たせすぎだ!」」」』
『当然よね……』
「視線が痛えな……」
岩籠での作戦会議を終え、外界へと飛び出た俺を待っていたのは罵倒の言葉でした。
欠けたメンバーがいないことにまずは安心した。引きこもっていたのは、時間にして五分ほどだろうが、戦闘中の五分間が死ぬほど長く感じることは、嫌というほど知っていた。
「まあ、落ち着けよ。血圧上がるぞ?」
「アンタのせいよ!? アンタの!」
「あ、エリザっちナイスキャッチ」
「それは、どうも!」
立香を抱えて、空中を動き回っているエリザに、ひらひらと手を振るとキレ気味の返事を送り付けられた。マジギレしてないあたり、見かけによらず冷静だなぁと感心しそうになる。
むすっとした目で睨みつけてくる立香には、後で土下座でもしておくか。
数分見ない間に、辺りの光景は悲惨なものになっていた。
大地は抉れ、建造物は荒地の塵へと姿を変えた。世界は火の色に包まれている……なんて環境に悪い存在だろうか。
「ロマニ、戦況は? 戦闘記録があるなら映像を見たい」
『……正直、現状はジークフリートのワンマン体制になりつつあるからね。時間の問題ってやつだ。映像を送るよ』
「サンキュー……うん、成程」
ロマニから送られてきた映像に目を通して、確信した。
次に取る行動を即決する。
『結君?』
「だいたいわかった」
『——は?』
呆けた声を上げたロマニをスルーして、声を張り上げた。
「はーい、こっち! 全員、注目! ただいまより、特異点オルレアンで最後になるかもしれない作戦を伝えちゃうぞ〜」
『緊張感ないわね!? ……いつも通りでむしろ安心するわ』
オルガのツッコミに負けずに、大きな声でその内容を伝えていく。
「コホンッ……立香、エリザ、清姫、マシュの四名は直ちにこの場を離れて、サーヴァント:ジル・ド・レェの撃破に向かえ! ジークフリートと俺、マーラで元ジャンヌ……仮称ジャンヌ・ダルク・
「凛々しい結……うへっ」
『カーマの系譜を感じるわね』
「アレより酷いだろ……」
涎垂らすな、アホ。
『耐久? 何か当てがあるのかい?』
「あるから言ってんだろ……ロマニ、立香を任せた」
『……任されたよ』
言外に余裕がないことを伝えつつ、視線を向ければ、強い意志のこもった双眸を携えたロマニが噛み締めるように言う。
頼りになるようで何より、と思考を切り替えたときに不安そうな顔をしている奴を見つけた。
「結……私は——」
「大丈夫だよ、立香。一人なんかじゃない」
その言葉に、マシュが小さくけれども確かに頷きを返した。
清姫もエリザもいる。
何一つ、気負うことはない。
『責任は、私が持つ』
「じゃ、犠牲は俺が払うとするわ」
パチクリと瞬きを二度繰り返し、くしゃっとした笑顔を浮かべる。
そして、頰を両の手で張り、彼女は動き出した。
「…………それじゃ、二人の負担が大きすぎでしょ! 行こう、皆!」
「はい! マスター」
「お供しますよ〜、ますたぁ」
「ウリボー、無茶するんじゃないわよ!」
エリザさんの俺的株が爆上がり中なんですが、何が狙いでしょうか? 歌なら聞かねぇぞ?
ここまでで、漸く後一人。
俺達が今、悠長に時間を使えていたこの現状を生み出しているたった一人の立役者が、少し遠くで吠えていた。
「……ハアァァッ!」
「…………⬛︎⬛︎⬛︎ッ!」
振り下ろされる大剣。
それを、片手で受け止めて煉獄をのし返す。
往なし、切り払い、吹き飛ばし、押し返す。
正面突破を馬鹿正直に繰り返し、体を焦がして他の者を守り続ける一人の竜殺しがそこにいる。
「さぁ………………やるぞ」
「——————はい。マスター、指示を」
選手交代の時間だ、と呟いて左手を掲げた。
タイミングを見計らい……
「ごー、だ」
「ッ! 全開で、行きます!」
その手を振り下ろすと同時に、マーラがニヤリと表情を歪めて戦場へと飛び出した。
◇◆◇
やっぱり、彼は優しいと思う。
心が折れかけたときには道を示してくれた。
不安にならないように何度も声をかけてくれた。
言えなかった。
怖かったから動けないわけじゃない。
彼が当然のように自分を使い潰す様子を見て、隣で支えたいと感じたのだ。
守られている……そう感じるのが嫌だったのだ。
そうだ。
多分、私は
彼に認めて貰いたいのだ。
◇◆◇
「お邪魔しますっと!」
「……!?」
「◽️◽️ッ!」
閃光が走る。
その正体は、一本の剣だ。
ジークフリートとジャンヌ・ナイトメアの間へと、マーラの生み出した剣が突き刺さっていた。
衝撃の余波により、双方が退く。
ふわりと重力を感じさせない動きで、マーラが地は突き刺さった剣の上へと降り立ち、慈母の如きの微笑みを浮かべた。
そして言う。
「ぶっ殺します♪」
『見惚れてた私がバカだったわ』
「そーだな。教訓にしとけ。インド関係の奴らは、大概ロクでもねぇのばっかだぞ」
そんな彼女を炎が襲う。
動揺なんて概念からは程遠い存在であるナイトメアはマーラの殺気をものともせずに、攻撃を開始する。
マーラは戦闘に滅法強いサーヴァントではあるが、彼女が持つ最も危険な能力は戦闘センスや武器などと言ったわかりやすいものではない。
カーマが身体無き者としての能力を持つように、マーラは殺す者としての能力を持っている。
即ち、彼女は死そのものと同義の概念を常に纏っていると言えるのだ。
結達が知る由もないが、それは奇しくもシャルル=アンリ・サンソンがその身を闇へと落として手に入れた殺意の力と酷似したものである。
相違点はわかりやすい。
殺意を、死を……御するか、呑まれるか。この、一点に尽きたのであった。
よって、その結果は結の想像の上を行っていたことになる。
「…………ハァッ! ってアレ? 思ったよりも効いてな——っぶな!?」
「ぁぁぁ!!」
互いが互いを喰らい尽くすかのような、殴り合い。
ノーカードで殴り合っても、ある程度の相手なら問題のないマーラが、押されていた。
スペックで負けているようには見えない。
叩き込んだ攻撃の数も、重さも何もかもがマーラが数段上を行く。
しかし……
「……結、正直コイツを殺せる気がしないのですが」
「お前ができなきゃ、誰が出来んだよ……と言いたいところだが、確かに妙だな」
まるで、不死身のようではないか。
どっかの拷問娘と違い、傷は受けているため無敵というわけではなさそうだが……ん?
待て。今、俺なんて言った?
「…………もしかして」
『結?』
溢れた呟きに、オルガが反応する。
小さくかぶりを振ってから、少し離れた場所で休息をとっているジークフリートの元へと駆け寄った。
「なぁ、ジークフリート。アイツ、なんか言ってなかったか?」
「何か、とは? すまない、もう少し具体的に——」
「何かというか、えっと……意味のある言葉? って言えばいいのか? 叫びとか、呻き声じゃなくて」
「あぁ、そういう……言っていたよ。ただ、一言だけ。意味を理解して言っているのかはわからないが確かに彼女は何度も、同じ言葉を繰り返していた」
『生きたい』と。
早る鼓動を押さえつけ、その現実を受け止める。
仮称:ジャンヌ・ダルク・ナイトメア。
未来に己の死を確定させたことで、不死身の身体を手に入れた。
矛盾しているにも程がある。
ふざけているにも程がある。
「キレていいかな?」
『しょうもないこと言わないの……結、来るわよ!』
「はいはい、了解っと」
やはり、突破口となりうるのはカーマさんの策だけか……
地面を裂くようにして、生み出された黒槍をバックステップで回避した。
前を向けば、ナイトメアが気味の悪い笑顔を浮かべている。
準備運動は終わりだと言わんばかりに、ナイトメアは絶叫し、その翼を広げて天高く舞い上がった。
幾度となく放たれた爆炎を、マーラが岩壁を生み出して弾き飛ばす。
分が悪いと判断したのか、ナイトメアの動きが変わった。
それが生み出すは、先の黒槍。
問題であったのはその攻撃範囲。
夜闇に紛れるようにして、数千を容易く超える槍を天に構え、そして高速で射出した。
「——は?」
岩壁を、貫通して、視界に入り込む無数の黒槍。
肌で感じ取った死角からの致死なる一撃。
圧倒的な情報量を処理しきれずに、鮮血が宙へと溢れ落ちる。
倒れ込む。
気持ちの悪い温かさと、ぬめりとした感触。
血に染まった右手を見て、
「……あれ、少し……ドジ、しましたか」
抱き合う距離から、吐息の音が聞こえる。
ぷつりと、
なにか が きれた 。