現実も佳境を迎えているので、ちまちまいきます。
(一年以上オルレアン編にかけてる作品って他にあるのだろうか……)
それはそうと、誤字脱字報告感謝です。
感想、評価もバシバシ気軽に送ってください。
「——っ、はぁ……はぁ、ぐぬぬぬっ!」
巨城オルレアン。
その地下に、一人の美少女がいた。
彼女の前に存在するのは、宙に浮かぶ大きな魔力の結晶体。
複雑に組み込まれた膨大な術式と、その術式を防護する分厚い障壁へと、果敢にも少女は手を伸ばし続ける。
その柔らかで白雪のような少女の右腕が、今では見るも無惨な傷まみれのものに変わっていた。
魔力が弾け、防壁が築かれ、侵入者への迎撃が行われる。
電撃を受けたような衝撃が、幾度となく右腕に走った。
ゆっくりと、ゆっくりと。
一歩ずつ、それでも少女は前へと足を運んでいく。
少しずつ、その細腕を伸ばしていく。
腕の痛覚など、とうに失っている。
気の遠くなるような疲労の中、彼女の身体を尚も動かし続けたのは、ただ一つの意志だけだった。
「——あ、と……少し、ですから」
ポタリと汗が床へと落ちた。
「…………っ!」
少女の腕が障壁を突き破り、結晶体——オルレアン城の全域を覆う結界の『核』を。
「後で、ご褒美くださいね? マスター」
今、握った。
◇◆◇
——約三十分前
「……タコ?」
「です、かね?」
『うーん、私はコレをタコだとは認めたくないかなぁ? 油断しないでくれよ、それらも立派な敵生命体だ』
ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、コクリと頷き前を向く。
見据える先には、大量のタコもどき。
トゲトゲでネチョネチョで、グニャグニャとした醜い触手を持つその異形の姿を見て、薄い本に出てきそうだよなぁ、と一瞬だけ思ってしまった私を誰が責められるだろうか。
「そういうのが、お好みですか?」
「いえ、全く!?」
きよひー、怖い。
もう一度だけ言うが、断じて私の趣味ではない。純愛でちょっと強引なぐらいが——いや、なんでもない。
「……気を取り直して、行くよ」
より敵の密度が高い方へ。
その先に、このタコもどきの親玉はいる。
「正面にマシュ。清姫は左、エリザベートは右に。マシュが相手の勢いを殺したら、両翼から抉って………………ッ! 違う。最善は……私が取るべき行動は——」
『……立香ちゃん?』
思考する。
周りの音が遠くなる。
そして、三人の仲間の顔を見て……
「……………………清姫」
「はい。あなたの、きよひーですよぉ」
覚悟が決まる。
「私と、貴方で…………この敵、潰すよ」
『立香ちゃん? どういう——』
「ドクター」
戸惑うドクターの言葉を遮り、一言頼む。
「魔力、まわして」
マシュの身体は限界だ。
魔力的にも、体力的にも、そして精神的にも。宝具を二連続発動し、その後も神経の擦り切れるような攻防を繰り返してきた。その代償は小さくない。
そして、マシュよりも酷いのがエリザベートだった。
表面上では、もがれた右腕に布で巻き付けて応急処置をしているようには見える。
動きに支障はなく、結との避難に加えてナイトメアを相手に撹乱も任せていた。
それを見て、サーヴァントはここまで頑丈なのか、なんて検討違いも甚だしい愚かな考えを持っていた。
「……たくないわけ、ないよね」
「子ジカ?」
「先輩?」
二人の身体は限界だ。
辛くない筈がない。苦しくない筈がない。
痛くない、わけがないのだ。
「マシュ、エリちゃん……後衛をお願い。左右からの不意打ちに気を遣って」
「え?」
「……何のつもりよ?」
困惑するマシュ、不可解だと視線を投げて寄越すエリザベート。
その二人へとニヤリと笑う。
精一杯の虚勢を張って私は告げる。
「二人ともサポートよろしく……ぶちかますよ、清姫!」
「はい、貴方様のご命令の通りに」
恐らく、この戦いが最後なんかじゃない。
だから、それまでの間は少しでも彼女達を休ませたい。
どこか確信めいたその直感を信じて、私は清姫に指示を出す。
「焼き払え!」
号令と共に放たれた爆炎が……紅蓮の炎が、視界いっぱいを焦がし尽くした。
◇◆◇
——約十五分前
「…………ッ」
『……まって、止まって! 結!』
大丈夫。わかってる。
マーラがこの程度でくたばるほど柔じゃないことは、俺が一番知っている。
けれどッ——それが、何だ。
だから、何だ。
止まれないだろ。
退けないだろ。
退くわけには、いかないだろ。
戦友として、仲間として、主として。
そして——何より男として。
加速させる。
身体を、思考を。
ありとあらゆる無駄を削ぐ。
行動から、判断から。
やがて、集中がある一線を超える。
懐かしい感覚を伴って、世界から色が抜け落ちた。
理解する。
ああ、本当に久しぶりだ。
ここまで『きた』のは。
視界から色が消える。
意識から音が消える。
身体から熱が消える。
やがて、全ての感覚が消えた。
完璧な肉体制御と理性による瞬間的判断能力の正確さを武器とする普段の戦闘とは、真逆中の真逆だ。
正反対ともいえる極限状態。
後天的に身につけた技量ではなく、俺が生まれ持ったただ一つの武器。
本人こそ、知る由もないが……
限定解除:直感 EX
朱雀井結という男は、紛れもなく天才であったのだ。かの聖杯戦争を乗り越えたことこそが何よりの証拠。
度重なる幸運と血の滲む努力、そして光るその才能が男を生かした。
「言ったな、マーラ」
一言零して。
襲いくる全ての凶刃を掻い潜り、ナイトメアの懐へと飛び込んだ。
激昂するナイトメア。
両腕が、脆弱な俺を叩き潰しにかかる。
致死へと誘うそのハグを後方へと倒れることで回避し、同時にナイトメアの顎を蹴り上げた。
「…………誰が、弱くなったって?」
そのまま、一度大きく後方宙返りをして距離を取る。
状態を立て直す前に、黒槍が迫る。
その槍を、一度たりとも視認することなく体を捻って透かす。
と、同時に驟雨のように降り注ぐ黒槍。
狙いなどつけることなく放たれるその連打を
それが、何分間続いたかなどわからない。
もしかしたら数十秒にも満たないのかもしれない。
そのとき、時は止まって見えた。
世界はスローモーションで進んでいた。
避ける。
弾く。
逸らす。
流す。
透かして、躱す。
掴んで捻って跳ね返す。
限界のその先へ。
集中が高みへと引き上げられていく感覚。
本能が剥き出しになり、野生が研ぎ澄まされていく感覚。
そして、そのときはやってきた。
魔力を膨大に持つナイトメアであろうが、それを全てを同時に使用できるわけではない。
最大魔力放出量が絶望的に多い訳ではないのならば、相手取ることも不可能ではない。
それは、単に技量の問題だろう。
母体とするジャンヌ・ダルクという英霊は、決して魔力操作に優れたサーヴァントではないのだから。
よって、連続攻撃の合間にほんの僅かな……けれど確かな隙が生じた。
……このように思考し、その結論に辿り着いたわけではない。
のちに分析したのなら、自らが攻勢へと転じることのできた理由はわかったのだろうが、
あ、なんか 行ける気がする。
そう、思っただけ。
ただそれだけを根拠として、俺は躊躇なく右足を強く踏み込んだ。
「ぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
「…………るせぇッ」
瞬間、遅れて降り注ぐ黒の雨を潜り抜け、再びナイトメアとの距離を詰める。
右方向、嫌な感覚。
後方、同様。
左方——
「……問題なしッ!」
ナイトメアの左脚が地を踏みしめる。
その地点がひび割れた。
黒の光が発されて、四方八方へと拡散する。
ジュワッと音を立て、光に触れた戦闘衣の右襟が焼け落ちた。
完全な初見殺し、それすらもを凌駕して
「はぁぁっ!」
無傷で右腕を振り抜いた。
右手に握った警棒による殴打が、ナイトメアの左側頭部を襲う。
衝撃。
鈍い音が響き、そして消えた。
しばしの硬直を挟んで、両者は相対する。
渾身の一撃を受けて、数センチたりとも揺らぐことのなかったナイトメアがニタリと笑う。
「…………ぁぁ」
「まだ、まだ……これから」
何か忘れている……?
そんなことをふと思い、頭を振る。
雑念を追い出し、意識を消して、本能に身を委ねた。
「——————ァァアアッ!」
至近距離で振り下ろされた左腕を、身体を半身にして避ける。
流れるような動きでナイトメアは俺の胴体部へと右腕を突き出していて……
「……ッ! 殺った」
身体を回す。
シュヴァリエ・デオン戦で見せた超回避。
遠心力を最大限に利用して、無防備に晒されたナイトメアの首へと警棒を滑らせる。
「——————
そして合図のため、叫び、気がついた。
そういや、もうアイツ居ないわ。
どうしよう。
……詰んだくね?
◇◆◇
迫る。
集中があっさり切れた俺の首へと、ナイトメアの腕が迫る。
その手が俺の首をポッキリと折る、その前に……
「……割り込み失礼しますっと!」
「さんきゅー、女神さま!」
「魔王様とお呼びなさい」
『マーラ!? 貴方、身体は……』
「擦り傷です……と言えるほど軽傷でも無いですが、まあ問題ありません。唾つけて寝ときゃ治ります」
剣が空から降り注ぐ。
腕を引っ込め、飛び退いたナイトメアを横目にマーラは俺を抱え上げ、その場から離脱した。
「ということで、結。ペロリと一舐めしちゃってください。ほら、確かここら辺に先程貫かれた腹部が」
「黙れ、変態」
「うへへ…………あ、胸の方が良かったですか?」
「頭、沸いてんじゃねぇの?」
「……ッ!? やっぱりこの罵倒、悪くないでしゅね……ぐへへ」
『さて、何処からツッコミましょうか……とりあえず、結は暫く晩御飯抜きで』
「嘘だと言ってよ、ママン」
『死ね』
飛び交う暴言の嵐。槍を嵐の様な勢いと物量で操作するナイトメアさえもが、ビックリの罵り合いである……まぁ、表情筋に動きはないため、冗談であるのだが。
離脱した俺たちを横目に、選手交代と言わんばかりの勢いでジークフリートがナイトメアへと向かっていく。
『結君、厳重注意だよ』
「あははは……悪い、ちょっとプッツンしたわ」
『……まあ、いいか。あれが、君の本気かい?』
「現状じゃ、そうなるのか? 多分」
『まだ、引き出しはあるってことだね……はぁ、規格外にも程があるだろ……』
「お褒めに預かり、光栄だ」
『何はともあれ、無茶はやめてくれよ』
「あいよ」
当然怒られるよなぁ……と肩を落としていると、未だに俺を抱え続けているマーラが俺の顔を覗き込むようにして微笑んだ。
「でも、カッコ良かったですよ? 惚れ直しました……あの女の名前を呼ぶまでは」
「こっわ……別にお前ら仲悪くなかっただろ」
『それと、零華って誰よ? ねぇ? 誰なのかしら?』
「怖いんだけど? え、何、お前俺のこと好きなの?」
『…………別に』
え、何その沈黙。
「貴方、結構可愛いですね……」
「脈ありじゃん。やったね」
『……コホンッ、後でしっかり説明してもらうから、そのつもりで」
「了解」
オルガの様子に目をパチクリさせるマーラに渋々地面へと下ろして貰ってから、経過時間を確認する。
「後、十ってとこか……マーラ、身体は?」
「限界三歩手前ぐらいですかね?」
「んじゃ、まだまだ行けるな。力貸せ……次いでに一本剣寄越せ」
無言の頷き。
目の前に現れ、そしてフワフワと浮かんでいる長剣の柄を左手に握る。
右手に持った警棒へ魔力を流した。
深く息を吐き……目を閉じる。
「先、行きますね?」
かけられた声に無言で頷いてから、もう一度だけ深く呼吸を入れる。
そして、瞼を上げて前を見た。
集中する。
集中、する。
集中…………?
何かが、おかしい。
いつも俺が常日頃から思考の切り替えに使っている行動。
ルーティンとも言えるそれによるスイッチが作用しない。
思ったより、疲労してんのか……?
そう考えたときには、もう遅かった。
「——ッ、結!?」
『バカ!』
フラリと揺れる視界。
ぼやけた思考。
生じた隙は余りにも致命的だった。
ナイトメアが腕を振る。
生み出された黒槍が射出された。
先の鬱憤を晴らすと言わんばかりに、眉間を目掛けてその槍が加速する。
身体が動かない。
いや、動いてはいる。
ただ、その動きは余りにも遅鈍で稚拙だった。
左手に光が灯った。
俺の思考に反して廻る頭脳が足掻く。
地面へと暗紅色の魔弾が放たれ、不意打ちの衝撃によって身体がブレた。
槍が鼻先を掠る。
ゾクリと鳥肌が立つ感覚が、その恐怖が、疲弊した思考を縛りつけた。
身体は、まだ動かない。
それは、驟雨の如き連打であった。
たった一度攻撃から身を守った程度で諦めてくれる相手ではないのは、実体験から知っていた。
二度目となるオルガのサポートは間に合わず、近距離戦を行っていたジークフリートとマーラのフォローは間に合わない。
視界に無数の槍が映り込み……
「……あっぶないわね!?」
「——え?」
さらに加えて、自己主張の激しいピンクが割り込んできたことに気がついた瞬間、自分が命拾いしたことを理解する。
「えり、ざ?」
「何よ、ウリボー。その死人を見たかのような、失礼な顔は」
どうして、こっちに……なんて質問をしようとした数秒前に、
「ま、助けてあげたんだから、
「……は?」
巨大な触手。
余りの気色の悪さに、形容し難い冒涜的な"何か"とでも言いたくなるそれは、強いて言えばタコに近いだろうか。
「アレ、連れてきちゃった」
前方に ナイトメア。
後方に 巨大ダコ。
そんな状況に追い込まれたのだと、あっけらかんと笑って言ったエリザに、一言だけ述べてみる。
「ねぇ、待って。
何してんの?」
アサシンのお仕事完了まで、あと五分。