カーマさんとイチャコラしながら人理修復する話     作:桜ナメコ

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 受験関係が大分落ち着いてきたのとスマホ復活、生存の報告ついでの一話ですね。
 二次試験、気を抜かずにがんばろーと思いますので、本復活ではありません。
 活動報告の方へとコメントしていただいた方々には感謝の思いでいっぱいです。ありがとうございました。

 多分おそらくきっと絶対、話を忘れていると思うので二、三話前から読んでいただくことを推奨いたします。




36話 閃刻の狂想曲

 

 

 

 

『……うわぁ』

「なぁに、アレ。キモいんだけど」

 

 何とも比較し難いほどに嫌悪感を覚える巨大ヒトデダコを前にして、きっちり三秒ほど思考が固まった。

 どこか理解を諦めたかのようなニュアンスのため息がオルガの呆れ声に混じっていたのは、決して勘違いではないだろう。俺だって現実逃避したくなるぐらいには、目の前の光景を受け止めきれていないのだから。

 

「ウリボー、ボサッとしてないで下がってなさい! アンタもう限界でしょッ!?」

 

 ぼうっと呆けていた俺の思考を現実へと引き摺り上げたのはすぐ近くにいたエリザだ。自身の体も既にボロボロであるのにも関わらず、気丈に振る舞い続けるその姿勢には尊敬しかない。

 

『エリザベートの言う通りよ。さっきのは、本当に危なかった……次はない』

 

 戦況は先程と比べて絶対的に悪くなったと言える。

 その主な原因は二つ。

 警戒対象の増加。

 そして、足手纏いの追加。

 その両方が、嫌でも戦闘に対して向ける注意を散乱させる。特に後者はもう一つ大きな意味を持つ。

 

 守るべき相手が居る。

 それは時に実力以上の能力を引き出すトリガーともなり得るが、現実的な話をすれば弱点の増加に直結することになる。

 

 思えば、カルデアに来てから何度も同じ過ちを犯してきた。

 冬木では格落ちアーチャーに敗北寸前まで追い込まれ、ラ・シャリテでの戦いでは吸血公を抑え込めず、バーサーク・アーチャー戦で肉体は限界を迎えた。

 ランスロット相手に使う予定のなかった切り札を切らされる羽目になり、不調を抱えたまま要塞と化したオルレアンへと乗り込んだ。当然のように、シュヴァリエ・デオンとの対決で肉体だけでなく、精神的疲労がピークに到達。

 

 

 そうして、巡り巡って溜まったツケが

 

 

 

 

 マーラの負傷に繋がった。

 

 

 

 情けない。

 本当に、情けない話だ。

 いつまで経っても現在の自身の力量を見極められず、変に身についたプライドと自惚れと責任感に振り回されてこのザマだ。

 今も尚、過去に縛られ続けている。

 心のどこかで、この程度の相手なら負ける気はしないのだと…………

 

 

「…………クソだせぇにも程があんだろ」

『え——』

「いや、なんでもない。立香と合流する。護衛対象は固まってた方が何かと都合が良い」

『……了解よ』

 

 思考を切り替える。

 情けなさも屈辱も、後悔も反省も、全部ひっくるめて思考の海へと投げ捨てる。

 完全集中状態から数段階抑えた警戒態勢を築く。

 前者よりも精神的疲労度を軽減することで、戦闘可能時間を延長。指示を行える程度には、戦闘に関われるようにしなくてはならない。

 意識的に呼吸を深くして、精神状態を落ち着かせる。

 移動を開始するする前に、立香の位置は……と確認をしようとしたところでオルガから情報が伝えられた。

 

『立香なら、左方よ。マシュが近くで防御態勢をとってるから、そこまで行けば安全は確保されるはず……それより、戦況を確認するわ。後方の大ダコに清姫、エリザベートが対応中、ただ相手がかなり厄介ね。再生能力の高さが尋常じゃない上に巨体なのがよく効いてるわ。点を穿つ槍は当然として、清姫の炎でさえ表面をコンガリ焦がす程度にしか効果なし。正直、ジークフリートを当てたいところだけど……邪竜ファヴニールを取り込んでいるナイトメアに対してジークフリートは外せない。だから次点で——』

「私が働けば、万事解決ってことですね」

 

 思考を垂れ流しにするようにスラスラと状況確認を行うオルガに頼もしさを覚えつつ、ゾクッと武者震いにも似た感覚が俺の中に生まれた。

 一体コイツは()()()()()()()()()()()()()()()という期待感が湧き上がる。恐ろしいほどの才能の片鱗に触れて、思わず片頬が上がってしまった。

 知識量、情報収集力、分析力、魔術精度、リーダーシップに精神力、その全てがハイレベルであるオルガだが、何よりも成長率がエグい。このまま能力を高めていけば、いつか()()()にも届く日が来るのかもしれない。

 そんな未来はともかく、今は——

 

「何ぬぼーっとしてるんですか、結。話聞いてました?」

「お前が進んで過労死寸前まで身体を痛めつけるって話だろ?」

「いえ、そこまでは言ってないです」

 

 ふわりと宙へ浮かびながら、俺の頬をツンツンと突っつく魔王様に助けて貰うとする。

 急いで、こちらへと向かってきたらしい彼女の瞳に心配の色が見えるのは気のせいではないだろう。無駄に心配をかけたことについては、また今度謝らなきゃだな。

 

「んじゃ、指示な。清姫と連携して、タコの動きを封じろ」

「はぁ……私一人で十分だと思いますが」

「ぶっちゃけ、()()()()()()()()()()がどんな能力持ちなのか詳しくは知らねえんだよ。自分でやれそうなら、後は任せる」

「かしこまでーす」

『緩いわね……』

 

 かなり気まぐれなマーラがそこそこやる気を出してくれているため、幸い打つ手はある。こと戦闘面において基本的にオールマイティーなマーラがカーマに劣る数少ないポイント、それは炎熱系統の攻撃手段の有無だろう。

 雷ぐらいなら落とせるんですけどねぇ〜、なんて言っていた気もするが、シヴァの残滓である蒼炎を操るカーマには流石に敵わない。

 今回のような相手の場合、広範囲における凍結或いは燃焼が可能なサーヴァントがいると勝手が随分と楽になる。

 

『マーラが触手を断ち切る。そして再生が始まる前に、清姫が切断面の細胞を炭化させる……そういうこと?』

「そゆこと」

「仕方ないので、指示を聞いてあげますよ……あ、やっぱり、もう少しキツめの口調で命令っぽく言ってくれません?」

「ぶっとばすぞ」

「ケチんぼですね」

『言い方が無駄に可愛いのはカーマと似てるのね』

「……ま、可愛げがないわけでもねーしな」

「結……突然デレられると、心臓に悪いので罵倒するなら、しっかり罵倒しきってくれませんかね」

「マジで何言ってんの、お前」

「照れてるとこ見られたくないんですよ、察してくださいおバカさん」

「そっちこそ、急に可愛げ出してくんじゃねえよ。襲われかけたことは忘れないからな?」

「くそぅです」

 

 唇をとがらせ、不満げにつぶやくマーラは今もなおふわふわと俺の肩あたりの高さを体育座りの姿勢で漂っている。

 ピニクックの道中のような和やかさを伴う雰囲気の俺たちであるのだが、当然現在地は激戦地のど真ん中だ。こちらの手が足りているわけでなく、余裕はもちろんない。

 よって。

 

『お言葉が汚いわよ、マーラ。それと——』

「お前が言うのもな……んじゃ」

 

 

『「右方、よろしく」』

 

「言われなくとも」

 

 次の瞬間、ズドンッ、という重音が空気を揺らし、頰をピリピリと麻痺させた。

 立ち込める砂煙。

 数秒後、晴れる視界。

 横薙ぎで迫って来ていた巨大な触手をマーラが片手で受け止め、嗤っていた。

 

「では、少々嬲らせて頂きます」

 

 意外と重たかったですよ、とつぶやいて、マーラは何も存在しない空中から多数の剣を生み出して放出する。

 無造作に、闇雲に物量に任せて攻撃しているように見えて、高速で舞う全ての刃に意味があり、無駄がない。

 恐ろしいほどの切れ味を持つ剣の舞で、マーラが片腕で受け止めていた触手を十六等分ほどにして引き剥がすと……

 

「そこっ、避難なら……早くしてくださいっ!」

 

 飛び込んできた清姫が即座に爆炎を叩き込むことで、再生の間を与えることなく触手を全て焼き払う。

 両者やるべきことは理解しているようなので、清姫の言葉に従いさっさと立香の元へと退避するとする。チラリとナイトメアがいた方へと視線を向けてみれば、相も変わらずジークフリートが真正面から殴り合っていた。タフだなぁ、アイツ。

 

「タゲ取り問題なし。立香のとこまで移動するぞ」

『了解よ』

 

 幸いなことに大ダコが庭園へと来てからは、ナイトメアが無差別攻撃を控えるようになったため、身の安全はそこそこ保証されているはずだ。

 マーラが俺の危険を二度も見過ごすとは考えられないので、万が一があっても恐らくどうにかなるだろう。一応、時間をかけずに移動しないとな。

 

 そんなことを考えつつ、俺は警戒態勢を保ちつつ移動を開始した。

 

 

◆◇◆

 

 

「さてさて、無事に合流できたようなので、そろそろ私も自由にやらせてもらいますか……そこ、巻き込まれたくないのなら、少し下がっていてくださいよ」

「……援護は不要でしょうか?」

「ええ、十分助かりました」

 

 ……残り三分、ギリギリ足りますかね。

 心の内で少し不安気につぶやいた。

 そして、清姫が視界の隅である程度後退したことを確認してからマーラはパチンと指を鳴らした。

 

 瞬間、岩石を押し固めて作られた巨大な"棘"が、地表を突き破るようにして出現し、大ダコを串刺しにしていく。 

 完全に動きを封じ込めてから、空へと武器を展開。

 まるで指揮棒を操るかのように腕を振るマーラの動きに合わせて、数百本にも至る剣が、槍が、円刃が大ダコに降り注ぐ。

 マーラは衝撃によって舞い上がる火の粉を気にも留めずに、悠々と怪物に近づいていく。

 

 異形の怪物が発する狂気的な叫び、苦悶の声に薄ら笑いを浮かべてみせる彼女の姿は確かに魔王の名に相応しいといえるだろう、

 

「……さてさて、図体がデカイだけで愚鈍な貴方のような怪物はこうなると無力ですよねぇ……どうやら貴方には不死の呪いはかかっていないみたいですし」

 

 ゆっくりと、殊更にゆっくりと絶望が迫る。

 

「精々、死なずに良い声で鳴いてくださいね♪ 私、あの子と違って優しくないので……」

 

 冷たく微笑って、呟いた。

 

「手加減、間違えたらごめんなさいね?」

 

 次の瞬間、彼女の周囲が黒霧に包まれた。生み出された黒霧——禍々しい瘴気にも似た魔術による霧がマーラを覆い、巨大ダコを覆い、そして後方の清姫を巻き込んだところで滞留する。

 まるで、誰かから姿を隠すように生み出されたその霧の中で、マーラの姿が変貌する。

 

 ()()()()を最も近くで、そして唯一見ていた清姫は後に語る。

 あれは、手に負えない存在——人智の理解を遥かに超えた先にある何かだと。

 

 

 死を司る天魔。

 逸話と異なりそこに愛はなく

 故に獣性はなく

 削ぎ落とされ、選り抜き続け

 

 

 最後に残った彼女の力は——

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「え、何あの霧!?」

「あの野郎、何しやがった」

『野郎じゃないけど……本当にやってくれたわね』

「えっと……何が起こっているのでしょうか?」

 

 

 黒霧が巨大ダコを覆った様子を見て、スッと遠い目をしたくなったが耐えた。隣で立香が目を丸くして居るが、彼女の前で俺が動揺しすぎるのも良くないと判断したからである。

 それはそれとして。

 本当に何やってくれてるんでしょうか、あの子。

 オルガも俺と同様にその霧の異常性に気がついたのだろう。こめかみに手を当ててため息を吐く彼女の姿を幻視した気がした。

 

『む、結くん、立香ちゃん、二人とも無事かい!?』

「無事だけど、どうした?」

「私も大丈夫だよ。マシュも無事!」

 

 戦況を確認し続けているはずのロマニから、突然の生存確認を受けてマーラが碌でもないことをしていると確信する。

 恐らくだが、あの霧にはオルレアンに張られていた結界に近しい観測遮断の効果がある。

 マーラが全力を出す為に観測遮断或いは存在隠蔽などのサポートが必要だということは、薄々勘づいていたのだが、まさか自前で用意しているのは想定外だった。

 

『動揺してすまない。君たちの近くで突然、広範囲のデータが完全にロストした。同時に清姫とマーラの魔力反応も消えているんだけど……うん。結君の顔からして、君達が原因か……さっきのマーラの妨害での通信不良も完全に回復したわけではないからね。無事ならそれでよかった。現場判断を最優先で頼むよ』

「いや、今回のもさっきのもマーラの独断なんだが」

『無駄よ。日頃の行いを省みてから抗議しなさい』

「そこまで言われるほどのことしたか?」

『所長の声が届かないのは、会話を進めるのに少々面倒かもしれないね』

「少なくとも、今は大したこと言ってないから大丈夫」

 

 対策を考えなきゃかな、と言葉をこぼしてからロマニが伝える。

 

『あと一分……本当に大丈夫なんだね?』

 

 同じことを聞きたかったのだろう。立香がわかりやすく視線をこちらへと向けてくるのに、ほんのり和みそうになったが抑え、不敵に笑ってみせる。

 

「俺のアサシンを信じてろよ」

 

 彼女ができると言ったのだ。

 ならば、問題なんて一つもない。恐れることなど何もない。

 

 左方にジークフリートとナイトメアの怪獣大決戦、右方に禍々しい黒霧の塊。

 その戦況を眺めること数秒間。

 完全に硬直状態となった二つの戦場は、耐久戦を仕掛けた俺たちの勝利を確定させようとしていた。

 

「問題、なさそうですね、先輩」

「うん。結を信じるなら、あと少しで……」

 

 お前ら、それフラグッ!? なんて、言うことは出来なかった。

 なぜなら——

 

 

 

 

「ちょっと、アマデウス! 何消えそうになっているの? シャキッとしてくださいな」

「ま、マリー、僕もう割と本気で死に体なんだから、多少消え去るぐらい許してくれないかい? 多分きっと、僕という天才を失うことに悲しみを覚える人達もいると思うが、それ以上に僕という糞野郎が消えることで幸せを感じる糞共だって沢山いると思うのさ!」

「糞野郎が死んで糞共が喜ぶのですか。どうあっても、糞が存在するとは全く難儀な世界ですね」

「そこっ! 僕の糞野郎発言をサラッと肯定しないで欲しい。いや、糞野郎に変わりはないんだけどね!」

 

 クソクソうるせえよ、クソ野郎。

 クソがクソなことはクソでもわかるクソみてぇなもんじゃねえか、クソ過ぎてゲシュタルト崩壊も起こさねえぞ、クソが。

 

「ァァァアアアアアア!!!」

 

「君、本当にしつこいな!? 逆に僕のこと好きすぎはしないか!?」

 

「ガァァァァァァアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「アマデウス! あんまりサンソンを怒らせないの!」

「君はまだアレをサンソンだというのかい!? どう見たって、人の原型を留めていない何かじゃないか!?」

 

 

 

 なんか、きた。

 

 

 スッとオルガと二人で遠い目をしつつ、立香とマシュに第二級フラグ建築士としての資格を与えることを決めた。

 え、第一級? 俺だけど何か?

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「残り三十。ラスト耐え凌ぐよ、マシュ!」

「はい。マシュ・キリエライト、前に出ま——」

「——ッ、二人とも下がれ!」

 

 不意を突かれた形になったが、立香の対応に遅れはない。戦意は十分。集中も出来ている。賞賛すべき対応力だが、今回の相手は何かおかしい。

 直感に任せて警告をして、俺自身も後方へと下がる。

 

 黒く悍ましい何か。

 巨大ダコとは違い、意味のある形をとっているわけでない異形の存在。

 液体と個体の中間のような質感の肢体。所々から生えた触手に、置いてあった物を手に取って、適当に身に着けたかようなメチャクチャな人体構造。

 曲がらない角度へと曲がった関節に、捻れた頭。

 闇が蠢き、動きの度に形が崩れる。

 すると、その何かはヒトの形へと戻ろうと凝縮していくのだが、時間が経つとノイズが走ったかのように身体を震わせる。結果的に再びその形は崩れ落ちることになるという繰り返し。

 

 その様子を直視してしまった立香とマシュの顔色が一気に悪くなる。

 精神衛生的に悪い目の前の怪物がどこから湧いてきたのかなど分からないが、どうせ碌でもないことなのだろう。知りたいとすら思いはしない。

 

 怪物の前方、その集団の最前列を走るはガラス製のウマに乗るお姫様。

 腕から血がドバドバ溢れていて痛々しいのだが、その後ろに仰向けで載せられているクズの方が、王妃様と比べるのがアホらしいほどに酷かった。

 胸にある拳大程の穴。くり抜かれたようなその傷を筆頭に裂傷が多数。魔力も尽きかけ、霊核にもダメージが入っているらしく、左腕の先端は光の粒へと変わりつつある。何でアイツ生きてられんの、マジで。

 そして、最後尾。

 殿を務めるは鉄壁の聖人。

 流石というべきか、致命傷が一つもない。代わりに致命傷以外が大量発生。コス○コも目ではない程の擦り傷のバーゲンセールを起こしているのはご愛嬌だろうか。ふざけんな、ご愛嬌であってたまるか。タフガイすぎるだろ。

 

「オルガ、カウントダウン頼む!」

『え、うん。わかった——二十四、二十三』

 

 満身創痍の彼らを前にして、身体が動いた。

 勝算……そんなことを考える余裕もなかった。

 叫んでから、走る。立香の近くにいたマシュの元へと辿り着いてから、警棒を取り出して様子を伺う。

 

 恐らく、体内時計は正確な方だ。

 俺にとって、代償強化の使い手にとって、制限時間をあえて設けるということは代償強化の効果を引き上げる手段の内の一つだったからである。

 それでも、敢えてオルガにカウントを任せたのは、そこに割くキャパすらもが邪魔だったからだ。

 

 息を吐く。

 

 ——あと二十秒、凌ぎ切る。

 

 そして、爆発的に思考を加速させた。

 限界ギリギリまで、倒れるほんの一歩手前まで。

 休んだこの数分間で回復——はしてねえ……温存した気力を全て注ぎ込んで加速させる。

 

 近接戦闘は仕掛けない。というか、仕掛けられない。普通なら何の耐性もなく触れていい相手とは思えない……が、俺ならいけるか。手元には警棒のみ。その他は何もない。最後の令呪は使えない。今切れる札は全部使い切った。体力もない。気力は言わずもがな、魔力はほんの少しだけ残っている。オルガにガンドを頼むか? 攻撃手段としてはそれぐらいしかない。けどガンドごときで止まる相手ならゲオルギウスがいいようにされるとは思えない。注意を引くのは前提条件だ。これ以上三人に負担はかけられない。いや、本当にそうか? ゲオルギウスだけなら戦えないこともない。マシュも加えたら防御性能が高い近接タンクが二人。耐久戦にはもってこいの布陣になる。時間はもう後少しだけ。倒せなくていいなら、それで良いのか。ゲオルギウスとマシュを2枚並べてブロックを組ませて、オルガがサポートに入る。最善手は本当にソレか? 残り時間程度ならその方法で耐えきれんのか? けれど、だったら、どうして——

 

 

 

 俺の本能はマシュを後退させた?

 

 

 こと、俺が行う未来予測に於いて、理由もなき本能の結論は推察によって研ぎ澄まされた理性の判断を正確性で絶対的に上回る。

 

 もしかして、何か特別なことを仕掛けてくる?

 その思考と同時に、本能が警鐘を鳴らした。

 感覚が、死の匂いを思い出す。

 走馬灯のように、彼女が、マーラが操る概念攻撃が脳裏に浮かんだ。

 

 

『——二十一』

 

「立香、マシュのすぐ後ろにくっつけ! 絶対離れるな!」

「……?」

「早くしろ! マシュ、絶対その盾離すなよ!」

「結さん!?」

 

 崩れ落ちる肉塊。

 顔もないのに、ヒトですらないのに。

 ソレが笑った気がした。

 

 死が膨らむ。

 殺意が爆ぜる。

 周囲全ての生者に彼の本能が、存在を賭けて牙を剥く。

 

『十八、十七——』

「⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎!!!」

 

 脳内に響くカウントダウンを掻き消すほどの絶叫が、魂を傷つけるかのような痛みを伴う嘆きの声が、その戦場に響き渡る。

 堪らず、耳を塞いでしまった時にゲオルギウスと目が合った。

 

「…………!」

『十四——、結?』

 

 余りの絶叫に、遠く離れていたジークフリートそしてナイトメアの動きまでもが止まる。

 たった二人を除いた全ての存在の注意を引きつけた後に、怪物が魔力を高めていく。

 

 そして、その怪物はナイトメアが城の上部を消し飛ばした時と同様かそれ以上の魔力を蓄えてから、満を辞してとでも言うかのように()()()

 

 それはもう、盛大に。

 周囲にいた全員を軽く吹き飛ばす程度には勢いよく、ダイナマイトのように。

 

 ただ、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒れる殺意の風。

 大地が廃れ、植物は枯れ、炎は絶え、人が死ぬ。

 死の概念が波動として伝わり、直接各々の身体を蝕んでいく。

 常人が受ければ即死であろうその一撃に立香が膝をつく。

 それでも即死とまではいかなかったのは、結んでいた縁に助けられたからだ。

 あらゆる厄災から主を守るシールダーとの契約が、殺意の奔流から自我を守っていた。

 

 膝をついた立香は胸を押さえつけるようにして、呼吸を荒くしていた。青ざめた顔が、普段は太陽のように眩しく無邪気な笑顔を浮かべるその表情が、苦痛で歪む。

 

 立香だけではない。満身創痍だったマリーも、アマデウスも、そして精神疲労の激しいマシュもが意識を保つことで精一杯になり、戦線の崩壊は間近となる。

 

 けれど、まだそれで終わりではなかった。

 

 なんとか顔を上げたマシュの視線の先には、再び魔力を高めていく怪物の姿があった。

 

「——ぁ」

 

 これは、()()()()()だ。

 マシュの少ない戦闘経験が、けれども確かに少しずつ積み上げてきたその経験が言う。

 

「……めて、……さい」

 

 涙がこぼれる。

 傷つくことではなく、失うことに対しての恐怖がマシュの身体を雁字搦めに縛り付けた。

 

 やめて、ください……と音にならずに宙へと消えた彼女の懇願を背負って——

 

「ご安心を。私がいる限り、貴方達の命は奪わせません——守護騎士の誇りに懸けて」

 

 竜殺しの聖人が立ち上がる。

 その赤銅の鎧が赤い輝きを放ったかと思えば、ゲオルギウスの魔力反応が増大する。

 

 何かしらのスキル、英霊としての能力を解放したのだろう。シュヴァリエ・デオンが筋力を引き上げた"自己暗示"もその一種。

 ゲオルギウスはスキルの恩恵により、頑強さに磨きがかかるのだが、今回に関してはそれは副産物のような物。本当に必要だと考えた効果はもう一つの方だった。

 

「⬛︎⬛︎⬛︎ッ! ⬛︎⬛︎ァァ⬛︎ァア⬛︎アアア!!」

 

 デコイ。

 この場に於いては要するに、自己犠牲であった。

 

 魔力を溜め込み、無差別に死を撒き散らした先程の自爆擬きとは違った。

 皮肉にも意思すら失った虚の身体であるサンソンの中に、意図してある対象を必ず殺すのだという矛盾にも似た怒りが宿る。

 

 目の前の男を殺すのだと。

 その破綻した願いを以て、再び死の波動が放たれる。

 対象が一人になった分だけ、先程よりも圧倒的に密度の濃い死の力をゲオルギウスは寸分たりとも表情を崩さずにその身一つで受け止める。

 

 一秒、二秒、三秒と耐えた所で膝をつく。

 

 

 

 その様子を見て嘲笑でもしたかったのか、崩れた身体を震わせる怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その肩らしき場所へと()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「⬛︎⬛︎⬛︎?」

 

 

 

「『——ゼロ』」

 

 

 背後に回った俺の右腕が、

 

 その手に残る最後の令呪が、

 

 放たれた紅の輝きを以って、逆襲、或いは決着の刻を告げていた。

 

 




 
 次回 決着



 三日間 同時刻に連投します。
 気が向いた方はどうぞよろしくおねがいします。

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