ひさしぶりのイチャつきを書けて満足。
カーマさんに尊みを感じた人は是非とも感想と評価をお願いいたします。
誤字脱字報告感謝です。
死へと誘う魔の暴風。
その影響を俺が殆ど受けなかったのは、契約している魔王様の加護によるものだろう。
殺す者 マーラ。
愛の神 カーマ。
彼女らとの契約により、俺の身体は
そのため、俺は目の前の怪物の広範囲攻撃を目眩しとして利用して、全速力でその場から一時離脱した。
マシュ達が耐え切れるかどうかは少々怪しい部分もあったが、一瞥して少なくとも生きてはいることを確認できたので、すぐさま思考から心配の念を除外する。
『九——』
大きく弧を描くように距離を取りつつ、死角へと回り込む。警戒……いや、本能のままに周囲へと死を撒き散らすあの怪物に、そのような意識などないのかもしれないが、相手の知覚可能範囲を抜けたところで足を止めた。
『七——』
先程、好機を作ると視線で宣言してきたゲオルギウスに対して動揺の方法で合図を送り返す。
同時に俺は怪物の方向へと真っ直ぐに歩き始めた。
気配を消して、魔力を隠して、不自然に自然にならないようにゆったりと歩く。
『五——、四——』
再び死の波動を放とうとする怪物の前に、意図した通りの光景があった。
ゲオルギウスのスキルにより、彼へと被害は集中して致命的な損失は免れる。
彼の稼いだ三秒間。
それを笑った目の前の"何か"を許すつもりは微塵もない。
「『——ゼロ』」
光り輝くは、最後の令呪。
「全力を許可する。好きにやれ……
この瞬間、俺達の勝利は確定した。
◆◇◆
紅く鮮烈な令呪の輝きはいつからか、眩く温かな金色の光に変わっていた。オルレアン城跡全域を覆うほどの範囲に広がった輝きは次第に強さを増していき、戦場で争いを繰り広げていた全ての者達を平等に照らす。
幾度となく鳴り響いていた金属音は消え、砂塵が地へ還り、猛火が収まり、黒霧は晴れる。
優しい光が弱まって、戦闘を再開する——その前に。
「お久しぶりです、マスターさん。私が居なくて寂しくはなかったですか?」
忽然として現れた一人の少女に目を奪われた。
その姿は普段の装いから大きく変化していた。
夜を溶かした黒紫のベース部分は汚れなき眩しい純白へ、金の装飾具はそのままに一回り大きくなったサンモーハナの首飾りが燐光を放つ。
胴部に浮かぶ花弁の模様は色合いを透き通った青に染めており、手に持っているのは純白と黄金に飾られた花の大弓。
第一段階での素朴さが目を引く弓でもなく、第二段階で扱う紫と金の弓よりもさらに一回り大きな彼女の持つ本来の宝具。
どこかのバカとの因果関係を引きちぎって善悪がどうこうなどという制約をぶち壊し、どこぞの変態と人格を完全に分離して霊基を与えることで自身の体から追い出した。さらに、結界に用いられていた聖杯の魔力、そして其々の願望を飲み込んだ。
条件成立、過去最大の燃料充填完了——故に。
「アーチャー、カーマここに参上しましたよっと。どうです? 私もこれなら清純路線で勝負できそうだと思いません?」
今だけは、彼女は擬似サーヴァントですらない。
それでも依代の少女の姿として存在しているのは、結の好みとして擬似サーヴァントであったアサシンの姿が当たるからだろう。
その魔力は計測不能域を優に超えて、神格は地上に顕れ得る最高域に達した。
本来、様々な制約を受けるはずの神霊降臨をデメリットなしで行ったカーマの強さは正直言って、比較対象が
簡潔に言えば、彼女は今現在この瞬間においてのみ、純然たる神そのものであったのだ。
「初心なのは前から知ってるぞ?」
「いえ、そういうことではなくてですね……その——」
「似合ってる。可愛いよ」
「あぅ…………えへへ」
『疲れが吹っ飛ぶって、こういうことを指すのね』
褒めてもらいたかったが、それを直接言うには恥ずかしかったらしいカーマが茶化したようにアピールをしてきたので直球で賞賛してみた。
次の瞬間、彼女の顔が真っ赤に染まる。そしてパタパタと手で風を送って目線を逸らすこと三秒ほど。やっぱ無理です、顔が緩みますと両手で顔を覆ってしまう。
「やばい、軽く死ねるわ。マジ天使」
『同意よ。後でロマニに動画データを送ってもらいましょう』
「天才か!」
『褒め称えなさい』
「貴方達、結束高まり過ぎですよね!? 私のせいですか、これ!?」
アサシン関連になった瞬間にポンコツ化するオルガは置いておいて、流石にそろそろ俺たちの騒ぎに気を取られていたサーヴァント達が我を取り戻し始めた。
ナイトメアが、黒霧から解放されたボロボロの大ダコが、そして
灼熱が、有毒の粘液が、殺意の渦が。
その全ての攻撃がカーマが指を鳴らしただけで掻き消える。
上機嫌に鼻唄を歌いながら、パチンともう一度彼女が指を鳴らした。
ただ、それだけで——
『コレは……』
「うん。やっぱり、
温かな光がカーマの指先から溢れ出し、この場に居た全ての戦士達の身体を包み込んだ。
そしてその光は、ありとあらゆる傷を癒し、疲労を和らげ、魔力を満たしていく。
ジークフリートの負った裂傷が、マシュにかかっていたストレスが、立香の削られた体力が、エリザの右腕に重症患者のアマデウス、死に飲み込まれかけたゲオルギウスまでもが完全回復へと向かう。当然、中身がぼろぼろの俺も同様だ。
誰かが声をかける間すら空けずに、カーマは俺を見て微笑んだ。
それは自慢げに成長した姿を見せる子供のような笑みであり、見守っていた者達に感謝を告げる慈愛の笑みにも見えた。
そして——
「コレで、仕上げです♪」
光に包まれた怪物の姿が変貌する。
光に包まれた大ダコが絶叫する。
光に包まれたナイトメアが涙を流した。
眩しさに目を背けてから、数秒後。
俺の目の前には、穏やかな表情で寝息を立てる白髪の青年が横たわっている姿があった。
「敵方のアサシン……ってことは!」
『ジャンヌ!』
呪いからの解放。
聖杯を以って行われていた外道魔術がカーマの手によって解かれたのだろう。先程まで、ジャンヌ・オルタ・ナイトメアが立っていた場所へと目を向ける。ジャンヌを取り戻せるか、と期待したがそこまで簡単には行かないようだ。
平然としたような無表情のナイトメアを見てから、カーマに疑問の意を目で送る。
「私が解いたのは、張られていた結界に関する呪いだけですからね……別に、一瞬で引き剥がしても問題ないですけど、マスターなら
「成程ね。それじゃ……やりたいようにしてくる」
「はい。私はあのエロゲ生命体製造機に用があるので、少しお話してきますね」
そう言うとカーマは巨大ダコ状態から狂信者へと戻った大男の元へと歩いていく。近くにクスクス笑うマーラも居るので、視覚的天国にいる大男には嫉妬しそうになった。後でそっちに行こうと誓ってから、歩みをナイトメアの方へと向ける。
『どうするつもり?』
「んー、最終的に引き剥がすのは変わらないぞ。見てりゃ、わかる」
魔術回路に魔力を通す。
全身に走る電気の流れたような刺激にビクッと身体を震わせて、それでも痛みが走らないことに感謝する。
警戒態勢を崩すことのないジークフリートに少し退いてもらうと、もう目の前に彼女が立っていた。
アサシンの放った光に包まれてからは、戦意を見せることなくぼうっと呆けっぱなしのナイトメアの頭へと左手を載せた。
やることは決まっていた。
高めて、分けて、落とし込む。
ちょっと魔力が尋常じゃないぐらいに必要で、ちょっと頭のおかしいぐらいの権限を持たなきゃできないだけの、そんな簡単なお仕事。
代償:必要量の魔力——転嫁対象・カーマ
存在接続。
カーマを通して、全身に膨大な魔力が流れ込む。
使っても使っても無くならない程の膨大な魔力の奔流を全力で繊細に操作し、惜しむことなく次々と使っていく。
「君の願いを俺が認める」
概念強化(願)
「君の役割を俺が認める」
存在分離(心)
「君の生誕を俺が認める」
英雄作成(偽)
ここからだ。
カーマには、後で目一杯叱られるとしよう。
「無窮の誓いの下、我が盟友——
リミット解除。
人の身にして、神の御業をここで成す。
その為に、あの
代償強化・概念補強——制限共有対象・シヴァ
「君
次の瞬間、ドッと身体に倦怠感が押し寄せる。
抵抗することすら許されずに、思考が闇へと落ちていく。
最後に——
「……のつもりよ…………って、あぶなっ! 勝手に生み出して、何倒れ——」
誰かと同じ声、けれども誰とも違った意志を持つ彼女の声が聞こえてきたため、安心した。
◆◇◆
陽だまりの中で目を覚ます。
「……おや、お目覚めですか? マスターさん」
優しく甘いささやき声とふんわりと心を包み込むように髪を撫でる手つき、心地の良い柔らかさの腿。控えめに言って、天国がここにあった。
「……ん。もーちょい、休むわ。流石に体が重てえ」
「それは、仕方ないですねえ〜。仕方ないので、存分に私の膝枕を堪能してください」
「さんきゅー、カーマ」
『ま、今だけはそのイチャつきも不問にするわ。お疲れ様、結。それと助かったわ。ありがとう、カーマ』
「おう、そっちもな」
「……ま、まぁ……ついでです。マスターを助けるついでに偶然、全員助かったってだけですし……いえ、だからといってご褒美がいらないわけではないのでその手に持ったボンタンアメの箱を仕舞おうとするのはやめてくださいマスター」
「照れんなっての。ほれ」
「…………むぐ……ん……甘い、です」
『私、結局食べたことないのよね。それ』
「日本人でも食ったことあるやつの方が少ないんじゃねーの? 知らんけど。いつか機会があれば食わせてやるよ」
『そうね。いつか……ね』
しみじみとした雰囲気が流れてしまったので、気分を変えようと話を変える。
「で、今どういう状態?」
「そうですね……大体全部終わっちゃいましたよ」
『カーマのおかげで敵戦力は完全に無力化。こちらは全回復、寧ろここまでお膳立てされて失敗する方が難しいわよ…………結局、マーラに伝えられた通りになったわね』
「アイツもコイツも俺を害するような行動は絶対取らねえからな。そこに関しちゃ疑ってなかったよ」
「…………」
『信頼されていて嬉しいのはわかるけど、そこまでわかりやすく照れなくてもいいんじゃないかしら?』
「しゃらっぷ」
『はいはい』
「はいは一回です」
『はーい』
「返事は伸ばさない! ……って、子供ですか!? 私、お母さんか何かですか!?」
「パパって呼んでもいいぞ?」
『ぶち殺すわよ、パパ』
「そこっ! 散々イジってスルーは酷くないですかね!?」
わいわいがやがやと賑やかそうにしているオルガとカーマを微笑ましく思いつつ、俺は意識をあのときへと向ける。
——————場面はマーラが戦場へと現れた頃まで遡る。
『それで、伝言でしたっけ?』
『おう。わざわざ戦力分散させてんだ。カーマは何を見つけた?』
『簡単に言ってしまえば、核、ですね。この結界を生み出している術式……つまりは——』
『……二つ目の聖杯、かしら?』
『へぇ……正解です。現在、彼女はこの城の地下深くに存在していた聖杯のそばに居ます。目的は、
『……カーマには悪いけど、キャスターですらないのにそれはいくら何でも不可能よ?』
『——そう思いますか、結?』
『…………普通なら、な。だが、カーマが言うなら…………ああ、そうか。そういうことか! 欲望操作……確かに、そこ限定なら……うん、だから! ……だから、お前は——こっちに来る
『完璧です』
『……どういうこと?』
『つまり、マーラは余分だった、必要じゃなかった、邪魔だった、居てはならなかった』
『あの、泣きますよ? 私、本気で泣きますからね!?』
『冗談。居なきゃ困る。死んだら泣くぞ? 俺が一番好きなのは、カーマでもマーラでもなくアサシンだからな』
『……泣いていいですか?』
『結局泣くのね……って、違う、そうじゃない。マーラが邪魔だった——つまり、カーマはカーマだけでなくてはいけなかった?』
『そう。なぁ、オルガ。カーマって元々何の神様だったか知ってるか?』
——————
『リグ・ヴェーダ。古代インドにおける最古の聖典では、確かにカーマは宇宙創造の原動力とも言われているね。原初の存在——ありとあらゆる存在が持つ意志、即ち欲望の原点そのもの。その観点から見ると今回の結界に関して言えば、根本的な能力の所有権は本来、カーマの下にあるものだった。キャスターとして格の低いジル・ド・レェが、カーマ本来の土俵の上で真っ向勝負をしたとすれば、か。カーマは結界に用いられた術式に介入し、その制御権を奪い返すことが比較的容易にできた……そういうことで良いのかい?』
「大体合ってますね。制御権さえ取り戻してしまえば、もうここは私の領域です。神だろうが何だろうが、この結界内で私に敵うものはインド関連の奴ら以外に居ませんよ。私の世界——やりたい放題やっても咎められないので、とりあえず私自身の存在を神に近づけてみました……改めてどうです? 結にも初めて見せますよね。この姿は」
「神。天使。小悪魔。無理……尊い」
「限界オタクやめてください」
「可愛いよ」
「……直球過ぎるのもダメです。その……心臓が、保ちません」
「中々の無茶振りだな」
茶化しちゃだめ、直球だめ、でも褒めてとのこと。そんなところすら可愛く思えて仕方がない。
「コホンッ、補足があるとしたら、マーラとこの逸話は被っていないので邪魔でしたから追い出した、ということぐらいでしょうか?」
「ハッキングの所要時間が、一時間弱。それが終わっちまえば、チェックメイト。指を鳴らせば傷は癒えるし、柏手を打てば瞬間転移。生かすも殺すもコイツ次第。ま、流石に魔力に限界はあるだろうけどな」
ロマニと情報を交換しつつ、今回の戦闘の全容を確かめていく。
結果だけを見れば、こちらはサーヴァントを含めて全員が生存したまま戦闘を終えた。完全勝利と言いたいところだが……当然ながら、反省点は幾つもあるので、カルデアに帰ってからもう一度鍛え直さなくてはならない。
「あ、そういえば、マスターさんにはお土産があるんでした」
「はい? 土産?」
名残惜しくも膝枕から離れてロマニとの会話を進めていた俺の脇腹をカーマがツンツンと突く。そうやって俺の注意を引いてから、忘れてましたと前置きを入れて軽い雰囲気のまま言った。
「はい、どーぞ。
「おう、さんきゅー……聖杯……せいはい? What?」
「ハッキングついでに盗んできました。要りますよね?」
「いや、要るか要らないかで言われたら要るけどさぁ……お前さぁ……うん。まあ、いいか。ありがとう」
「因みに、あのクソゴリラの力を借りた件については、後でまたお話があるので覚悟していてくださいね?」
「ヒェッ」
『『ちょっと待て』』
時空を超えて、二人のツッコミがシンクロした。拍手でもしてやろうか……怒られるのは目に見えてるけど。
◆◇◆
「で、いい加減そろそろ話でもするか?」
「……ええ、そうね」
カーマを何やら騒いで笑顔を見せていた立香達の下へと向かわせてから、少し離れた場所で黄昏ていた一人の女性に声をかけた。
「……アンタ、私に何したの」
「直球だな。ワンクッション挟んだ方がまろやかになるぞ。人間関係、そういうのって結構大事。具体的に言えば、それほど親しくない友達の友達と話す時とか」
「はぐらかさないで……いい加減、私だってわかってる。あの女に暗黒面なんてない。狂ってるとしか思えないけど、アイツは一切自分を殺した祖国のことを恨んでない! じゃあ、私は何? 過去の記憶もない。姿形だけが同じの空っぽな人形? そんな人形に同情でもしたのかしら……殺すわよ?」
「無理だな、それはできない。わかってるくせによく言うよ……同情?
けどな、と一拍置いて、勢いそのままに本音をぶつけていく。
「最初にお前に会ったときに決めてたんだよ。お前は絶対に……余計な世話だと言われても、お節介だと言われても、自己満だろうってわかってても、お前は救うって決めてたんだ」
「どうし——」
「こちとら気分良く、特異点の散策——新婚旅行の真っ最中だってのに、殴ったところで気分が悪くなるばっかの信念捻じ曲げられた相手しか出てこない。気に食わねえ、ウザったいにも程がある」
「何を、意味わからないことを——」
「お前は何がしたかったんだよ?」
「え……」
沈黙が場を埋める。
少しして、躊躇いながら彼女は口を開く。
「私は、私の願いはこのフランスを——」
その言葉を待っていた。
ニヤリと片頬を上げて、心底愉しげに笑って言ってやる。
「ダウトだ、黒聖女」
目の前の女性——竜の魔女、ジャンヌ・ダルクの動きが固まる。
「あの結界、悪趣味にも程があるクソみたいな性能だったが、一つだけ今なら感謝できるものがある」
ジル・ド・レェの願いは、フランスに恨みを抱いたジャンヌ・ダルクをこの世に産み落とすこと。
そして、二つ目の聖杯によって組み上げた結界の術式によって、彼はジャンヌ・ダルク(黒い方)を暴走させるつもりだったのだろう。
具代的に言えば、フランスを滅ぼすまでの超強化、とかだろうか。
けれど、そこに誤算が生じた。
ジル・ド・レェがジャンヌ・ダルク(白い方)の異常性を見誤ったのだろう。
恐らく彼は、彼の望むジャンヌ・ダルクを創るために聖女の骨か灰などの遺物を利用したのではないだろうか。少しでも、身体のほんの数%だけでも本物の聖女の身体が含まれているのならば、本物の魂が宿る——そんな願望、救いを求めて魔術の行使をしたのならば、
たったほんの僅か数%に宿った残留思念が、刻まれた想いが、薄れ薄れて本流から遠く離れた末端に残る一つの感情が……けれど、それでも、キャスターの悍ましいほどに強い執着なんかより、遥かに強かったのなら。
ありえない。馬鹿げた話だ。
キャスターの様子を見れば、誰しもがそう思うだろう。アレの執着は確かに異常だ。
だけど、考えてもみろ。
聖女を信仰していた者が、裏切られた聖女のことを思って道を踏み外す……なんとも、筋書きに納得のいく話だと思わないか?
自分を殺した祖国を、恩を仇で返した相手を全く憎まずに、なおもその相手を見返りなしに救おうとする……なんとも、理解しがたい話だとは思わないか?
どちらが、異常か? なんて言うまでもない。
ツラツラとそんな話を前置きとして続ける俺に向かって、黒ジャンヌはだから何? とでも言いたげな顔を向ける。
「お前は生きたいと願ったんだろ」
術式に、嘘はつけない。
「決めつけられた復讐の意志ではなく、祖国への恨みですらなく、お前が最も望んだ本当の願いは——」
「だから何が言いたいのよ! ええ、認めるわよ。生きたいと願った。私だけでなく、あの聖女さえもが、まだ生きていたかったとそう感じていた! 存在理由? 確かに、アンタが言ったようにジャンヌ・ダルクという概念の一側面として生存願望はあったわ。お陰様で、存在しないはずだった私の霊基は英雄の座に刻まれたでしょうね! 私が聞いてるのは、その先の話よ」
癇癪を起こした子供のように喚き、どこかの誰かのように髪を掻きむしり、ヒステリック気味に叫ぶ黒聖女。
その頬には透明な筋が通っていて、俺は素直にその姿を美しいものだと思った。
「何で、私を助けたのよ…………」
「同情心?」
「ふっざけんなッ!」
「じゃあ、親近感」
「は——?」
「罪悪感に罪滅ぼし。運命ってやつへの反抗心、そんなところか」
「何、言って……」
「お前によく似てる奴を、俺は助けられなかった。自分の本当の願いに気づけなくて、当てはめられた役割をこなして。時折、メンタルが崩壊してはヒステリックになりかけて情緒不安定。気づいたときには手遅れだった。何をしても、死人を生き返らせることなんてできない。俺が死んでも……多分、足りねえ。何をやりたいか、それがわかった時にはもう遅い……こんな短期間に、二度も見てたまるかっての。俺も女神も、魔王だろうが、そればっかは譲らねえよ」
「…………わけ、わかんない」
「あー、喋りすぎた。要するに自己満だ。というか、理由なんてどうでもいいだろ。俺達勝った。お前ら負けた。じゃあ、言うこと聞けって話だ。帰ったら意地でも呼び出してやるから、それから死ぬほど恨んでくれ……以上だ。じゃーな」
恥ずかしいことしたなあ、と頬に熱が溜まるのを感じながら強引に話を切り上げ、背を向ける。
『ありがとね』
「……何がだよ、ばーか」
後頭部をガシガシとかき乱す。
そっと呟くように、いつもより柔らかい雰囲気の誰かさんの声が聞こえた気がした。
◆◇◆
「たでーまーっと。どういう状況?」
「あ、結さん。お疲れ様です。只今、ジャンヌさんが黒幕だったジル・ド・レェさんにお説教をしているところですね」
「何それ超見たいんだけど」
『私も気になるわね』
「といっても、ぶっちゃけ鉄拳制裁って感じだよー」
『立香もお疲れ様』
「オルガもね! 結もお疲れ様」
黒聖女を放置したまま、お疲れ様会的な雰囲気になっている集団の下へ向かうとマシュと目があった。
慰労ついでに状況を聞くと、なかなか平和的に黒幕退治をしていることを伝えられた。俺とマシュが話していると明るく声をかけてきたのは、彼女のマスターである立香だった。
「おう。慣れないことだらけだったが、大丈夫か?」
「うん、マシュ達が守ってくれたからね」
「そりゃ、心強いわな」
「あ、アサシンさんに比べたら、私なんて」
『マシュ、あの子と比べること自体が間違いなのよ』
「オルガの言う通りだ」
だから、マシュ? 焦らないでね?
「失礼なことを言いますね。こんなにか弱い愛の女神を戦闘民族のように扱うなんて」
「か弱い、とは?」
「マスター」
「そっすね。か弱い可愛い愛の女神でしたねー」
未だにシヴァの件で棘のあるカーマさん。
それはそれで可愛いから許す。うちのサーヴァントは何しても可愛いなぁ。
『恋は盲目ね』
「え、可愛くない?」
『否定はしないわ』
「むぅ……仲良いですね」
頬を膨らませるカーマ。
自分を除け者にして仲良くしている俺とオルガに絡みたいところだが、自分が折れるのは何か違うと複雑そうにしている。
『激かわね』
「……マスターさん、オルガの洗脳をやめません?」
「ここまで悪化するのは、想定外だった……というか、元々お前が可愛いのが悪い。もっとやれ」
「はぁ……イチャイチャするなら、帰ってからですよ」
「楽しみにしてる」
『節度は守りなさいよ?』
「初心だから関係ないな」
「襲ってもいいんですよ?」
自分の姿を子供の状態から高校一年生ほどのものにして、笑みを浮かべるカーマ。流石というべきか、彼女はその気にさせる表情というものを熟知しているようだった。
まあ、性欲抑制かけているので問題はないのだが。
偶には、良いよな?
誰に言うでもなく、そう言い訳のように考えてから右手でカーマの頭をポンポンと撫でた。
脳内住居人が「あーあ、私どうなっても知らないわよ」なんてボヤいたのを華麗にスルーしてから、再び右手を動かしてわしゃわしゃと髪の毛を掻き乱す。
「わっ、あぅ、ぅう……髪の毛乱さないでくださ——」
嬉しそうにしながらも、口では不満げな態度を表すカーマが慌てて髪を整えていく。こちらへの注意がそれた隙に、その額へと軽く、優しくそっと唇を落とした。
時間にして一秒未満。
ぼうっとしていたら、夢か現実かすら怪しくなりそうなほどに短い一瞬の口付け。
「きゃっ」
「わおっ……大胆!」
「——————ぇ?」
周りの反応を気にすることなく、スタスタとカーマを放置して歩き始める。伸びをしながら、後輩どもに声をかけた。
「そんじゃ、他の奴らのどこも寄って行こうぜ? 労ってやんなきゃ、礼に欠けるってもんだ」
「そ、そうですね!」
「りょーかいっ! ジークフリートに沢山お礼言わないとなぁ……」
頬を染めているマシュ。いつも通りに元気な立香の姿を見てから、硬直したままのカーマへと目を向ける。
呆然としながら、額へと両手を当てて……
「ぇ……? ……いまの…………きす? …………ぁぅ」
うん。
もし、口にしたら死ぬんじゃないかな? あの子。