『フィールドは森林、現在地より半径1キロに魔力反応なし』
「了解…………どうしたもんかねぇ、あの怪物すまないさん」
『無理案件ね』
「言ってくれんな……無理案件だろうが、どうにかしなきゃならんことは、どうにかしなきゃなんねーの」
……博打みたいな案なら、ないこともないけれど。
思考もそこそに、辺りを見渡して状況整理。
オルガは森林と言ったが、日本の森林というよりは、ジャングルに近い見通しと足下の悪い鬱陶しさ全開の場所にみえる。
取り回しの悪い武器……大剣やら大楯やらを扱う彼らを相手取る場合は、こちらに有利に働くフィールドではあるな。なんせ、こちとら一人はステゴロ確定なわけだし。
「何よ、その文句ありげな目は……姉に泣きつくわよ」
「それでいいのか、黒聖女」
『お姉ちゃんですよ?』
「入ってくんな、実況」
お供のもう一人。
ゲオルギウスさんといえば、このアングルは中々壮大ですな——と大木を見上げ、腕を組み、何度か頷きを繰り返していた。
「カメラ、そんなに気に入ったのか」
「ええ、カメラというものは、中々奥が深いもので……今、手元にないことが悔やまれます」
「また今度、アサシンでも連れて、ピクニックにでも行くか」
『大賛成です!』
「だから、実況入ってくんな、可愛すぎて死ねる」
「…………これ、決闘中じゃなかった?」
邪んぬさんに、嗜められるのは想定外だったぜ。あ、なんか『んぬ』をひらがなにすると、可愛い気がする。
「ま、そろそろ、真面目にやるか……」
一度、大きく伸びをしてから、笑顔を作る。
「じゃあ、邪んぬちゃん、犠牲になってくださいな」
◇◆◇
「うわぁ……嫌なフィールドを引いたなぁ」
「ですね。視覚に頼らない斥候としての能力が高いオルガさんに、機動力の高い結さん……結さんの代償強化は、適応力だけで言えば恐らく誰とも比較できないレベルに有りますから」
私の弱音を聞いて、マシュが同じように表情を少し暗くした。
まあ、多少の不利は、ジークフリートという基本スペック差で押し潰せると割り切ろう。
……だが、適応力といえば、この人も相当だろう。
向けた視線に反応して、彼は不敵に笑ってみせた。
「そう不安げな顔をするな。かけられた期待には応えてみせよう……料理ばかりしていて、本業を疎かにしても情けないしな」
アーチャーのサーヴァント、エミヤ。
何故かクー・フーリンと仲がよろしいみたいだけど、正直なところ全く名前を聞いたことのない英霊だ。
本人曰く「少し特殊な事情があってね、マスターが気にするほどのことではないとも」とのことだったので、深くは考えていないのだが、戦闘をする姿を見たことが少ないのも事実だ。
オルレアンへと向かう前の少しの間だけ、戦闘時の指示について教鞭をとって頂いたぐらいである。
「ジークフリートも問題はない?」
「ああ、任せてくれ……結と戦う、というのも、考えてみれば中々ない機会だからな」
「ん、そうだね……それじゃ、普通に行こう」
作戦は単純。
普通に戦って勝つ。
元々、こちらには数の有利があり、何度でも言うが、ジークフリートが居る。
特別なことをする必要はないのだ。
「だからこそ、多分、結の方から仕掛けてくる…………はず」
「当たりだ、マスター……九時の方向、来たぞ!」
自分の考えを口に出した数秒後、エミヤの指示で告げられた方向へと目を向けた。
そして、絶句する。
「アイツ、本当に覚えてなさいよおおお!」
纏うは黒の鎧。
握られた拳。
見る限り、他に武装はないままで……
「は、半泣きのジャンヌ・オルタさんが、無防備に突貫してきました!?」
あの人の作戦、予測不可能だと思う。
……仕方ない。流石に何もしないわけにはいかないだろう。
「エミヤ、オルタの対応を——」
一瞬。
文字通り、瞬き一つ分。
ジャンヌ・オルタから視線を外した。
それが、致命的な隙となる。
目の前に、黒が広がって。
視界いっぱいが、黒で埋め尽くされていて。
「つかまえたああああ!!!」
「やら、せるかッ!」
時間が引き延ばされるような感覚。
私の身体が、彼女の——瞬間転移をして、目の前に現れたジャンヌ・オルタの腕により、拘束される。
否。
彼女の腕が私の身体へ回されて、抱きしめられるその直前に、エミヤがジャンヌ・オルタの腹部へと蹴りを叩き込んだ。
エミヤの攻撃がジャンヌ・オルタに直撃したその直後、時が正常に流れ始めて……次の瞬間、視界の中からジャンヌ・オルタの姿が横方向へと吹っ飛んでいった。
バキバキ、メキメキ、ボサボサ、ドサリ。
枝やらなんやらにぶつかりながら、吹き飛んだ彼女への心配の念が一瞬だけ頭を過ぎったが、遠くの方で「くっっそ、痛いんですけど!?」と元気そうな声が聞こえたので、思考回路から、心配の気持ちを追い出した。
「……今のは瞬間移動、ですか?」
「さてな、少なくとも、オルタの力ではあるまい……結が何をしたのか気になるところだが、そうは言っていられない状況だな」
マシュが、自分で言って信じていなそうな発言をすると、エミヤは苦笑しながら、手元に双剣を作り出す。アーチャーとはなんなのだろうか。
「マシュ、距離感を少し詰めよう。あんなの、何回もやられたらひとたまりもない!」
「了解です……私の後ろから、離れないようにお願いします!」
ここで、周囲の様子を伺っていたジークフリートが、突然、その大剣を自身の前方へと振り抜いた。
「あっぶな——!?」
「結、だったか…………」
何も存在しなかった空間が歪み、そこから、黒髪の青年の姿が現れる。
「「え?」」
マシュと二人して、思考が固まった。
そこを。
見逃すほど——
空気の揺れ。
先程同様、誰かが目の前へと突然、現れるような違和感。
「おや、気付かれていましたか……」
「……ッ! 二度、同じ過ちを繰り返すつもりは、ありませんので!」
マシュの大楯が、振り下ろされたゲオルギウスの剣を寸でのところで受け止めていた。
だが、その体勢は限りなく悪い。
私を守りながら、後方からの奇襲を防ぐ……そのために無理矢理身体を反転させたのだろう。
片膝をつき、片腕のみで盾を支えるマシュの表情は険しかった。
思考の中に焦りが生じる。
全てで後手を踏んでいる上に、処理をしなくてはならない情報が多すぎる。
まず、そもそも目の前で行われた瞬間移動に、思考のキャパを大分持っていかれた。
息をつかせる間もなく、目の前に大将首が現れるや否や、二度目の奇襲。
待って——今、ジャンヌ・オルタは。
兎にも角にも、状況確認を——そんな思考を嘲笑うかのように、彼の声が耳へと届いた。
「……代償強化!」
「させ、ない!」
ジークフリートが連続攻撃を繰り出そうとするも、結はその衝撃を上手く利用して距離を取り続ける。
そして、淡い青色の輝きが彼の腕から迸った。
◇◆◇
「代償強化」
——透明化・気配遮断
を
『繋げるわ!』
オルガがリンクを通して、味方全員にもう一度付与。
攻撃行動によって解かれてしまう、という条件をつけることによって発動魔力を大分軽減しているので、一対一では使いにくいが、集団戦闘……特にゲリラ戦なんかでは重宝する。
「まだまだ、こっから……」
代償強化——虚像召還
お次は言うなれば、分身の術。
俺を対象にしたシャドウサーヴァントのような影を、時間制限つきで四体ほど召還。因みにコイツらちょっと叩くと消える。
魔力を結構使うが、まだまだ元気。
オルガ産魔術回路の性能が高過ぎた玄白してて怖い。解体新書書けちゃうぐらいすごい。あれ? あの人、翻訳したんだっけ?
「もういっちょ、持ってけ」
代償強化——魔力線生成
イメージするのは俺の大嫌いな『蜘蛛の巣』
パールとやり合ったときのように、手から糸を生成するのではなく、最初に糸玉を宙へと生成した。
そこから自動的に糸が敵の捕縛へと向かう仕組み……嫌がらせには、もってこいの一品だ。
ここまで派手にやっているのは、流石に目に余ったらしい。
こちらへジークフリートが猛突進。
さらに、その後方に居たエミヤが二振の刃を投擲し、援護を行う。
「ゲオルギウス!」
「承りました!」
因みに透明化なんだが、俺もアイツらの姿が見えないという至極当然の弱点がある。
名前を呼んだだけで、エミヤからの援護を弾け、という指示が伝わったのか正直不安だが、信じるほかない。
そして、目の前の怪物については
透明化と気配遮断をやってるくせに、居場所が割れているのは、おそらく音と空気の揺れ、直感などが原因なのだろうが、流石に体勢のどうこうまでバレているとは思えない……というな、思いたくない。
横薙ぎの一撃を後方へ宙返りすることで避け、同時に腰元に吊り下げていたチキン剣を引き抜く。
状況確認。
エミヤ、マシュ、立香は遠く、パスを通して伝わる彼女の気配は、目標のすぐ近くまで移動済みだ。
キィィンッという金属音が直ぐ側で聞こえる。ゲオルギウスが防御を成功させたのだろう。
スッと息を吐く。
集中段階をさらに一段ぶち上げる。
ここ、だ。
『今よ!』
「……ッ! どっせいっ!」
代償強化——瞬間強化・腕
代償:魔力
重なり合う大剣とチキン剣。
その一瞬だけは、僅かに俺の攻撃が彼の力を上回り、ジークフリートが後方へと退いた。
その右足と左腕を、魔力の糸が絡めとる。
「くっ……!」
『そこ、逃がさないで!』
一秒もない間に、魔力線は引きちぎられる。
だがその間に、生み出していた影の内の二体が襲いかかった。
機は熟した。
こっからはお前の出番だと、俺は最後のお膳立てに入る。
……確かに、ジークフリートを倒すには、彼の頭と腰に取り付けられているタオルを取るのが一番楽なように思える。
思える……のだが、それはおそらく不可能だ。
ジークフリートの背中やアキレウスの踵などが当てはまるのだが、何かしらの弱点を抱えている英雄の危機察知能力は異常だ。
だから、多分無理。
こいつのタオルは獲れない。
じゃあ、どうする?
決まっている。
代償強化・条件発動型
——結界生成
代償:魔力
ジャンヌ・オルタの能力低下
解除条件:ジャンヌ・オルタの意識喪失
試合から退場してもらう。
要するに、邪ンヌと一緒に結界内へ閉じ込める。
「邪ンヌちゃん! あと、よろ!」
「……ええ! 任せなさい!」
サバイバー:ジャンヌ・オルタ
その耐久力に賭ける。
さあ、ここからは、時間との勝負だ。
◇◆◇
「嘘……」
「味方ごと隔離……いや、彼女に賭けたということか。中々、やってくれる……な!」
エミヤが悪態をつきながら、牽制のために放たれたであろう影の二体を切り捨てる。
気がつけば、という表現が適切だろう。
私は未だに何もさせて貰えないまま、ジークフリートという最大戦力を失っていた。
大丈夫。
落ち着け、まだ戦える。
マシュとエミヤが一緒に居るんだ。
「マスター……宝具開帳の許可を貰えるだろうか」
「エミヤが必要だと感じたのなら……うん、いいよ」
厄介なのは、やはり透明化だった。
エミヤ、ジークフリートにとっては、小細工なのかもしれない。
けれど、私にとっては致命的と言えるほどに効果的な小細工だった。
見えない敵、それも複数の精鋭相手。
そんなの相手に、指示なんて出せるはずがないのだ。
そして、現在。
姿を現した結とゲオルギウスはここからが、本番とでも言うようにこちらを向いて、待ちの姿勢を貫いている。
……なんか、腹が立ってきた。
正々堂々、真正面から勝負してくれるのかと思ってたのに!
……ズルいことばっか、するし。
「……エミヤ、遠慮なくやっちゃって」
ここからが、勝負というのなら……こっちの方こそ受けて立つ。
「了解した……透明化、気配遮断、実に勝ちにこだわる戦法、流石だと賞賛させて貰おう…………だが、ここまでだ」
パチパチと音を立て、弾けるほどの魔力。
エミヤの行動の危険性に気がついたのか、結が顔色を変えて飛び込んできたが、今度こそマシュがその一撃を完全に受け止める。
詠唱が終わる。
そういえば、と今更ながらに気がついた。
「
エミヤの宝具ってどういうものなんだろう。