潮風の匂い。
照りつける太陽。
瞼を上げれば、そこには一面の海が広がっていた。
「海?」
「海ね」
「海です」
『海よね……』
なるほど、これが地中海か。
「…………おい、これのどこがローマ都市部だ?」
『座標軸、結構ズレたわね……レイシフト適性の影響かしら?』
周囲を見渡すが、そこにはアサシンと邪んぬちゃんの姿しか確認できない。
どうやら、立香たちとはレイシフト時に逸れてしまったようだ。
「折角ですし、少しぐらい遊んでいきます?」
『流石に却下よ。余裕ができたら、今度また海水浴にでも来ましょう』
「遊ぶな、とは言わないのね……」
「アサシンの水着姿を見るチャンスを潰してたまるか」
「あんたの私情は聞いてないわよ……」
はぁ……とため息を吐く邪んぬちゃんは、どこかやつれ気味である。
ストレスでも溜まっているのだろうか?(すっとぼけ)
「カルデアとの連絡は……うん、繋がらねえな」
『通信阻害、かしら? 特異点全体に仕掛けられているのなら、かなり厄介だと思うけど』
ザザッ——と音を立て、砂嵐状態を示すモニターを見て、オルガがため息を吐く。
その嘆息を聞き流しながら、確か、大気中に魔力が含まれている、なんて話を出発前にしていたことを思い出した。
とりあえず、まずは周囲の様子を確認してから、立香達との合流手段を考えようか。
「アサシン、邪ンヌ、周囲の警戒を——」
「あら、こんな場所に人間とサーヴァントの集団だなんて、少し驚きましたわ」
『ぇ……ッ!? 結、すぐ近くに、サーヴァント反応がッ!』
オルガに言われるよりも早く、既に身体は動き始めていた。
声が聞こえた瞬間、いや、相手が声を発しようと意志を発現した瞬間に、突如現れた背後の気配から、飛び退くようにして距離を取る。
代償強化——身体強化
代償:魔力
魔力を全身に走らせて、腰元にぶら下げていたチキン剣を引き抜く。
俺が飛び退くと同時に、アサシンは即断で弓を弾き絞り、邪ンヌが俺と現れたサーヴァントの間へと飛び込み、臨戦態勢を整えた。
「まあ、物騒。そんなに怖い顔をしないでくださいませ、人間の勇者様」
紫の髪は星屑を散らばらせたように輝き、妖艶を孕む菫の瞳が悪戯に笑う。
鈴の音のような声をコロコロと転がして、彼女はそこに立っていた。
「ご機嫌よう、私はステンノ。ゴルゴン三姉妹のその一柱、女神ステンノよ」
『…………女神ステンノ、ね。古代ギリシャの神。本来なら、神の降臨なんて有り得ない事象ではあるけれど、ウチにも二人ばかりいるもの——スケールダウンの制限をかけられたことを条件とした限定召喚の神霊、といったところかしら』
「姿の見えない魔術師様は博識ね。是非とも、そのお顔を一眼見て見たいところなのですが」
『……残念ながら、そうしたい気持ちは山々ですけれど——』
「……ええ、許しましょう。その意思を汲めるほどの器は持ち合わせているつもりです」
悠々と、余裕たっぷりに、ステンノと名乗った少女は微笑んだ。
オルガの話を聞く限り、目の前に立つこの少女はアサシンやパールの擬似召喚とは違う本当の神霊……
「……それで、その女神様とやらが何の用なわけ?」
「ふふっ……面白いわね、貴女。英霊でも人間でもない紛い物——それなのに、酷く美しい」
邪ンヌが一歩だけ前進すると、ステンノは邪ンヌの元へと無遠慮に歩んでいく。
そして、邪ンヌの頬をツーっと撫で——
「そこまで、です」
スパッと空気の塊を割く音がした。
放たれた矢は、ステンノと邪ンヌの間を絶妙に通り抜けて、牽制の意をコレでもないほどに指し示した。
「…………売女が、マスターのものに近づかないでくれますかね」
「あらあら、あらあら……随分と卑小な神も居るものね? 綺麗なものを綺麗だと、美しいものを美しいと、私はただ認めているだけよ?」
こっっっわ。
なにこれ、こっっっわ。
「……マスターちゃん、マスターちゃん、私ってそんなに
『食べちゃいたいぐらい可愛いわよ』
「冗談よね??」
君たち仲良いね?
脳内でそんなツッコミを入れながらも、どうやら目の前に立つ紫髪の女神は敵ではないようなので、警戒態勢を解く。
「オルガ、周囲の警戒だけ頼む」
『了解よ』
「アサシンは殺気抑えなさい。はしたないですわよ」
「むぅ……マスターがそう言うなら、仕方ないですね」
渋々といった様子で弓を下へと向けたアサシンを見て、ステンノの口元が弧を描く。
「へぇ……そう、そうなのね…………」
それは、新しい玩具を見つけた悪女のような笑みであり、ブルッと背筋に悪寒が走る。
無意識のうちに、一歩後ろへと退いてしまうと、ステンノは殊更に傷ついたような表情を浮かべてこちらへと近づいてきた。
「酷いわ……そんなに怯えなくても、取って食べたりしないのよ?」
「顔面に、愉悦の二文字が浮かんでるが、自覚してるか?」
「ええ、してるわ」
「尚更タチが悪い……!?」
少しずつ、距離が詰まる。
が、それを易々と許すほど、
「それ以上、近づいたのなら、問答無用で撃ちます」
「まあ、怖い……本気ね、貴女」
うーん、相性の問題か?
この二人が仲良くしている未来が見えない。
あと、俺、何も悪いことはしてないので、そんなに強い力で腕掴まないでください、アサシン様。え、何? 独占欲? なら、仕方ねえ。
「わかったわ。遊びはこれぐらいにしておいてあげます……それで、貴方達はどうしてこんな辺鄙な場所へと?」
『ええと、意図してここに来たというのは、間違いと言うか…………少しだけ、説明の時間を貰えるかしら?』
◇◆◇
「……ああ、そう。貴方達のことだったのね」
「何のことだ?」
「いえ、似た話を最近聞いたのよ。確か、この時間帯は……」
人理焼却、カルデアの役目などと、現在の状況をステンノに伝える。
彼女は、ある程度の情報を現界した際に得ていたらしく、特に悩むこともなく、海辺とは明後日の方向にある洞窟の方を指差した。
「あちらに、貴方達の助けになる…………かもしれない、サーヴァントが居るわ」
「……かも?」
「かもよ」
「力強い返答をありがとう」
そこはかとなく不安な気配がしなくもないが、情報提供はありがたい。
俺が少々の間、次の行動に悩んでいると、邪ンヌが疑問に思っていたらしき質問をステンノへとぶつけていた。
「女神っていうぐらいだし、魔力量も多いんだから、貴女が手伝ってくれればいいんじゃないの?」
「……私はか弱き者、可憐で繊細で、誰かに守られなくては生きていけない者、またはそのように在れと願われた偶像——神とは言え、何ができるわけでもなく、何をするつもりも有りません」
偶像か。
言い得て妙だな。
連鎖召喚でも引き起こして、三女の方でも出て来なければ、ステンノが戦闘力を持つことはないのかもしれない。
「…………情報提供、サンキュー。少なくとも、俺たちに害がねえなら、文句はない」
「ええ、ですから、精々抗うと良いでしょう。その様を、私達は見ていますので」
では、さようなら。
そう笑って、手を振る女神に、アサシンは舌を突き出して応える。
ステンノの薄ら笑いに怖気を感じたので、挑発はやめてほしい。
『…………結、行くわよ』
「おう。アサシン、喧嘩売ってないで行くぞ」
「わかってますよ……そこの黒犬も行きますよ」
「何で伝言ゲームしてるのよ!? 聞こえてるから、一回で! あと、黒犬って何!?」
……名前、呼ぶの恥ずかしかったんだね。
『姉と同じ道を通ってるわね』
「それはお前もだろうが……通過儀礼だな」
名前を呼ぶ、という動作のハードルがここまで高いとは、うちの子のコミュ力が心配。
まあ、今更な気がしなくもないが。
「……うっさいです。文句ありますか?」
「ほっぺ膨らませてるの可愛いよ」
「なにゅ……っ! なに、急にぶっ込んでくるですか!?」
「ごめん、フィルターが仕事しなかった」
「常日頃から思ってることが、漏れちゃいましたって? とんだ、脳内お花畑ね」
『ツンケンしてても可愛いわよ、オルタ』
「マスターちゃん、そろそろ暴走やめて」
邪ンヌ一人が増えただけというのに、騒がしさは倍増って感じだな。
追加戦力……ステンノが言っていたサーヴァントは、大人しく無口or無害なお淑やかな人だと嬉しいんだけど。
「マスターさん、フラグの立った音が聞こえました」
「そんなもん、へし折ってしまえ」
俺も思ったけどね?
気づかないフリをしてれば、スルーできると信じていたのに。
雑談を挟みながら、警戒は怠らずに洞窟へと足を進める。
『異常なし……何か気づいたことは?』
「特になし、問題なさそうだな」
敵生命体との遭遇はなく、ジメジメとした洞窟の目の前へとやってくることができた。
オルガの魔力探知と、その他三人による気配察知による周辺警戒。
これを掻い潜られてはもうどうしようもない、というレベルの警戒網を敷きつつ、洞窟へと足を踏み入れる。
そういや、サラッとステンノはこの警戒網を突き破って接触してきてんだよな。
高位の気配遮断でも持っているのだろうか? うちのなんちゃってアサシンは持ってすらないけど。
「何か?」
「いいえ、何も?」
お前は気配の消し方を自前で覚えてるから必要ないんですよね……なにそれ、強い。
「…………うぅ、気持ち悪っ」
『頑張って、オルタ。警戒は私に任せていいから』
「この空気感を味わわなくてもいいってのは、羨ましい気もするな」
ジメジメとした妙に温かい空気。
薄暗い洞窟の中、というのも相まって、気味の悪さは相当なものである。
しばらく、無言のまま洞窟を進んでいったところで、突然アサシンが立ち止まった。
「止まってください。それと、オルガ……魔力濃度、上がってませんか?」
『え……本当ね。全く気がつかなかった』
「……嫌な気配もします。皆さん、そろそろ何か来ますよ」
アサシンがそう警告の言葉を発した直後のことだった。
——————あ、これ、マズイ。
第六感が、危機を告げた。
アサシンの自力での回避を信じ、隣にいた邪ンヌを脇に抱えて後ろへと飛び退く。
直後、先程まで俺が立っていた場所へと、光弾が飛来し、その地を穿った。
「な——っ、によ、これ!」
「わからん、とりあえず敵襲!」
『視界照らすわ! 直視しないでね!』
オルガの宣言通りに、数秒と経たずして洞窟内部が照らし出される。
そこに、いたのは。
「GRAAAA——!!!」
獅子の頭。
山羊の胴体。
蛇の尾。
それ、即ち——
「……キマイラ!」
『どうして、こんな場所に——ッ!?』
ギリシア神話の怪物……いや、流石にオリジナルほどの性能はないだろうが、それなりの戦闘能力は有していそうな圧を、全身に感じる。
が。
「まあ、驚いた……けど、驚いた
もう遅い。
灯りによって、世界が照らされたあの瞬間よりも前から、彼女は怪物の懐へと滑り込んでいた。
下腹部から、背筋へと。
一直線に、蒼の閃光が貫いた。
そして、ダメ押しと言わんばかりの蒼炎が、キマイラの全身を覆う。
数秒後、半身が灰へと変わったキマイラの亡骸を蹴り飛ばして、アサシンがその下から姿を見せる。
「…………うぇ、ちょっと返り血つきました……」
「うわぁ、ドンマイ……ちょっとこい、タオルで拭いてやるから」
「はーい」
顔を顰めたアサシンの機嫌を取りつつ、丁寧に彼女から汚れを取り除いていく。
軽い毒性があったようで「少しヒリッとします……」とご立腹のアサシン様だったのだが、そんな俺たち二人の様子を、邪ンヌが筆舌にしがたい顔で見ていた。
「……ねえ、マスターちゃん? あれ普通?」
『ごめん、慣れて』
「あ、うん。わかったわ」
アサシンの身支度を整え、一応、念入りにキマイラの焼却処分を行ってもらってから、洞窟の奥へと進む。
キマイラの他に敵生命体は見られず、程なくして、俺たちは洞窟の最奥へとやってきていた。
おい、ステンノ、情報嘘じゃねえか。
なんて言葉を口にしてやりたかったところだったのだが、目の前の光景がそれを許さない。
ため息を一つ。
オルガが『諦めなさい』と告げ、邪ンヌが天井を仰ぎ始め、アサシンが苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる中、一人考える。
「ちょ、コラッ! 狭い、狭いから! 何でアンタまで入ってきてんのよ!?」
「むふふ、細かいことを気にするでないワン。キャットなタマモな私の毛並みは最&高、つまりは無問題。む、もう少し詰めるがよい、トカゲな少女よ」
「意味がわからないし、トカゲ言うな!?」
この揺れ動いてる巨大な宝箱、放置して帰っていいかな?
タマモキャットとかいう混沌を扱いきれる気がしない……
プロット空っぽなので、亀更新。(定期)
過去編の方が筆の進みが良いので、よければ、そちらで暇を潰してくださいな。
https://syosetu.org/novel/286124/