カーマさん、出番はありませぬ。
(すまない)
「……何やってんだよ。アイツ」
青年が辿り着いたのは管制室と呼ばれる場所。
先程からフラフラしていた茶髪の女性、藤丸立香が所長ことオルガマリー・アニムスフィアさんとやらの講義の最中に、寝落ち。
藤丸は速攻で平手打ちを食らい、共にいたメガネっ子、マシュという女性に連れ添われるようにして管制室から退場していった。
にしても、まぁ仕方ないだろうな。
魔術関係の教養ゼロな藤丸に、所長の無駄に長い話を聞き続けろ、というのも酷な話だった。
青年は考える。
じゃあ、俺も同じような反応を見せるべきでは?……と。
後に思えば、どうかしてると溜息が出るバカ話だが、結果論で言えばこれが功を奏することになる。
「所長、話がわからないので、後で個別に聞いてもいいですか?」
「いいクソ度胸してるわね!?こっち来なさい、一発キツイのお見舞いしてやるわ!」
管制室からの退場者が二人に増えた瞬間だった。
さっきは女性相手だったので、それなりに手加減していたのだろうが……青年相手に手加減も何もなく、張られた頬がジンジンと痛む。
「……あの、どうかしたのですか?」
「……?ああ、マシュか。ちょっと所長に怒られちゃって」
どうしたものかと、管制室から出てきた俺に、藤丸を部屋に送ってきた帰りのマシュが声をかけてくれた。
「……はぁ、先輩もそうでしたが、あなたもですか?」
「そそ。どうするかな〜って、考えてたところ。俺に割り当てられた部屋ってわかる?」
「調べれば分かると思うんですけど……すいません、時間が足りないみたいです。召集がかかってしまったので、取り敢えず先輩の部屋へ向かってください。場所はーーーー」
「ん、ありがと。もう出るの?」
最後に、そう聞くと彼女は答える。
「はい……運が良ければ、またお会いできると思うので……それでは」
笑顔でそう言った彼女は、走って管制室へと向かっていく。
「運が良ければ……か。彼女に幸運の加護がありますように、っと」
彼女の行く末に小さく祈ってから、教えられた藤丸の部屋へ向かうことにする。
マシュの伝え方が的確だったのか、それとも奇跡か?
方向感覚皆無である俺が迷うことなく、その部屋に辿り着きノックをした。
「藤丸、今いいか?」
「ん。いいよ、いいよ」
「立香ちゃん?誰か来たのかい?」
ドアを開く。
そこには、煎餅を食べている藤丸の姿と何やら軽薄そうな顔と声がしそうなゆるふわ系白衣のお兄さんが存在した。
「今君、初対面で僕のこと罵倒しなかった!?」
「気のせいです……というか、どちら様ですか?」
直感的に雑に扱っても問題ないタイプだ、と判断した青年は、白衣の男性にそう尋ねる。
「……コホン、そうだね。自己紹介は大切だからね……僕は医療部門のトップ、ロマニ・アーキマン。なぜか皆から、Dr.ロマンって呼ばれてる。気に入ってるから、君も是非そう呼んでくれ」
「了解、アーキマン。それで、医療部門トップのお偉いさんが女性の部屋で何してんのさ?」
青年がジト目を向けると面白いぐらいに動揺しながら、弁解する。
「了解してないよね!?ま、まあ、そこを突かれると困るんだけど……」
いや、弁解できてなかった。
「取り敢えず、通報かな?」
「ちょっと、待って。話せばわかる!」
こちらの肩に手を置き、必死の形相でそう言ってくる彼の姿を見て満足した。
「ま、冗談ですよ、Dr.ロマン。気軽にいきましょうよ」
「心臓に悪い冗談はやめてくれよ!?」
「医者だろ?自分で治せ」
「無茶苦茶な……」
この人とは、中々いい関係を築いていけそうだ、と感じた。
そんな時のことだった。
Dr.ロマンの持っていた通信機から、レフの声が聞こえてくる。
「ロマ二、あと少しでレイシフト開始だ。万が一に備えてこちらに来てくれないか?精神が安定しないものも少なからずいる。Aチームは安定しているが、一応来てくれ」
「オッケー、すぐ行くよ」
「医務室から二分もかからないだろ?なるべく、急いでくれ」
俺と藤丸がジト目を向けた。
「ここ、医務室だっけ?」
「私の部屋ですけど?」
ピクピクと震えながら、現実逃避をし始めたロマンに、藤丸が現実を突きつける。
「頑張れ、ロマン。君ならできる」
「無理だよ!?どう考えても、五分はかかるんだ!」
折角こちらが応援してやったというのに、情けない奴め。
ああ、応援って言葉の影響で、アサシンのことを思い出してしまった。
フレー、フレーとか無表情、無感情の声でいいながら内心、顔面真っ赤なんだもんなぁ……可愛すぎて泣ける。
「……どうして、君が泣きそうになるんだい!?泣きたいのはこっちの方だよ!」
「ロマンうるさい、アサシンの声が聞こえにくいだろ!」
「辛辣!?って、アサシン!?どういうこと?」
賑やかに会話を続ける青年たちを見て、楽しそうに藤丸が煎餅に手を伸ばす。
アイツ、何枚目だ?俺にもよこせ。
そんなことを青年が考えていると、部屋が真っ暗になった。
「停電、かな?」
「いや……違う。これは……ロマン!」
「……どうしたのかい、もしかして暗いのが怖ーーー」
「揺れるぞ!」
俺の警告に一瞬遅れるようにして、轟音と共に床が揺れる。
暗闇の中、藤丸の気配を感じ取ってその体を支える。
ロマンには、警告しただけで許してもらいたい。
カルデア館内に、警告音が響き渡る。
『緊急事態発生 緊急事態発生。
中央発電所及び中央管制室での発火を確認
九十秒後、中奥区画の隔壁を封鎖します。
職員は第二ゲートから退避してください。』
「中央管制室……」
『運が良ければ、またお会いできると思うので』
巫山戯るなよ。
そんなことが許されていいはずがない。
巫山戯るなよ。
彼女は覚悟を決めていたのだ。
「……ふざけるな、戦場に辿り着く前に……何やってんだよ、上の連中は!」
頭に血が上る。
振動は収まったが、未だに部屋は暗闇に包まれている。
そんななか、ロマンへ問いただそうとして……
「……モニター、映してくれ」
彼のそんな、感情を押し殺した声を聞いた。
映し出されたのは、炎に包まれた管制室。
生存者の気配はない。
予備電源に切り替わったのか、部屋に光がもどる。
藤丸の腕を掴んでいたことを思い出し、いきなりごめんね、と声をかけながら手を離す。
「僕は……管制室に向かう。君には、立香ちゃんを頼むよ」
ロマンは一言そう言い残し、走っていく。
二人取り残された俺たちの間に、沈黙が生まれた。
しかし……彼女は強かった。
「……ごめん、私……マシュを助けたい!」
真っ直ぐ青年の目を見て、自分の意思を語る立香に青年は笑いかける。
「よく言った。背負ってやる……飛ばすから、掴まってろよ」
「え、あ……うん」
彼女を背負ってから、久しぶりに魔力を魔術回路に通す。
パチパチするこの感覚には、いつになっても慣れないものがある。
「【
まず、今までかけ続けていた【代償強化】を解除する。
それにより、魔力の封印が解けた。
正直、代償の方が目的だったので、何を強化してもよかったのだが……今回は毒耐性を底上げしていたはずだ。
そして、次は普通に強化を行う。
一時的に左耳の感覚を封印して、脚力を強化する。
「……へ、え、ん!?」
背負われた彼女は、色々キャパオーバーな様子だが説明している暇もない。
「行くぞ」
青色の光を足に纏いながら、廊下へ出て走り始めた。
途中、ロマンを拾って走り続ける。
「……管制室だよな?」
「うん……って、ちょ、君!?魔術師だったの!?」
「説明めんどかったから」
「そこは頑張って欲しかったかなぁ!?」
◇◆◇
一分とかからずに、管制室へと辿り着き、二人を下ろした。
目の前に映る光景は、先ほどモニター越しに見たものと変わらなかった。
ロマンは地下の発電所を止めるようで、俺たちに危なくなったら、避難するように伝えた後、一人で発電所の操作に向かった。
「人為的な破壊工作……気づけなかった俺のミスか」
爆発地点と思われる場所を調べていると、少し離れた場所で藤丸が座り込んでいる。
恐らくマシュが……いや、邪魔しちゃ悪いな。
藤丸は最後までここに残るつもりだろう。
彼らと心中するのも悪くはないのだが……
『レイシフト 最終段階に移行します。
座標 西暦2004年 1月30日 日本 冬木』
どうやら、面倒なことになりそうだった。
専門用語を連呼されて、よくわからないのだが、最後の一文だけはしっかりと聞き取れる。
『マスターは最終チェックを行ってください』
「……レイシフト。人間を霊子化して、過去に送り込む、時間跳躍と並行世界転移のミックスって言ってたけど……わからん」
ああ、こんなことなら所長の話を聞いておくんだった。
話を聞かなかったから生きてるんだけど!
自棄になりそうだったその時、有り得ないものを見た。
「シバの観測するカルデアスが……」
絶句する青年。
それが意味することを知らぬ立香は、一言だけ呟いた。
「燃えてる」
簡単に説明する。
カルデアスと俺が呼んだものは地球のコピーと考えてくれていい。
シバは、未来を観測できる装置といえば、その光景が何を意味するかわかるだろう。
無慈悲にアナウンスが告げる。
『近未来百年までの地球において
人類の痕跡は 発見 できません。
人類の生存は 確認 できません。』
もう、やめろ。
やめてくれよ。
そう願うのだが、無機質な声はその言葉を口にした。
『人類の未来は 保証 できません』と。
呆然とする青年。
座り込み、命尽きようとする手を握っている女性。
『マスターの再設定を完了。
レイシフトまで残り3秒です』
そして、
光に包まれた。