不思議な人だった。
ふざけているように見えたかと思えば、突然真剣な声で指示を出してきたり、全く魔術なんかに興味なさげにしていた癖に、実はかなり深いところまで関わっていたり。
黒髪黒目のモブ顔。
声にも特徴は見られない。
頬に平手打ちをする、という滅多に無い……いや、人生で二度しか行ったことのない貴重?な経験をすることになったというのに、印象に残っているのはもう一人の茶髪の女性だけ。
そこまで考えてから、気付く。
自分が、
食えない人だ。
軽い精神干渉の魔術のようなものを使用し続けているのだろう。
もしかしたら、今見えている姿も操作されたものなのかもしれない。
支援に回復……召喚までやらされたのだ。
身体を張って守ってもらった恩はあるが、名前ぐらいは聞き出してやろう……そんな、小さな誓いを立てながらも、彼女は呟いた。
「早く起きなさいよ……どっちでもいいから」
◇◆◇
「……目を開けたら、女神が寝てた」
「あなた……目覚めた後、いつも訳の分からない事を言ってるの?」
「いや、今回は事実」
少なくとも一時間は眠り続けていたようで、体の自由は戻っていた。
段々、所長との会話にも慣れてきた気がするな〜、なんてことを考えると、これから彼女へと話さなくてはいけない事を思い出して、憂鬱になる。
「……え?」
「ん?」
胸にしがみついたまま眠っているロリ状態女神様に、刺激を与えないよう身体を起こして、胡座をかく。
地面に寝させるのもアレだったので、膝を枕に提供しやった。
そして頭を撫でながら、何やら呆然としている所長に話しかける。
「おーい、大丈夫?起きてる?」
「え、ええ……聞き間違いかしら?そ、そのサーヴァントって……」
「……?歴とした神霊だぞ。真名も知ってるけど、教えてやらん。クラスはアサシンだ……可愛いだろ?」
ドヤ顔でそう言うと、一歩後退りされた。
解せぬ。
「ま、それはいいとして……大事な話がある」
雰囲気を切り替えたのが、伝わったらしく……彼女は真っ直ぐとこちらを向いた。
意外と度胸があるようで、覚悟は決まっているみたいだ。
「ここに、俺が来ることになった経緯を、所長は知ってる?」
「……知らないわよ。突然、視界が真っ白になったと思ったら、ここに居て……何かあったの?あなたと藤丸立香には、ファーストミッションのメンバーから外れてもらったはずなのだけど……あ、待って。今の言い方はよくない……その、来てもらって感謝はしてるわ」
彼女はどうやらコミュ障らしい。
どう言ったら相手を傷つけないか、それを探りながら話しているようで、途中なんでもなさそうな所で考え込むなどしている。
そんな、彼女の冷静さを奪うようで悪いのだが……言わなきゃ、始まらないか。
「……レイシフト直前。地下発電所、中央管制室を巻き込む人為的な破壊工作が行われてた」
「……え?」
「それにより、Aチーム含む全部隊のメンバーが意識不明以上の影響を受けた。ロマンと俺、藤丸だけがその爆発から身を逃れて、管制室に移動して、生存者の確認を行った結果……その数は0だ」
「………」
「魔術の名門、アニムスフィア家の名を背負う所長なら……今、現在進行形で起こっている矛盾が何か、わかるよな?」
「…………違う、違う!」
「おい?」
「ちがうちがうチガウチガウ」
俺の言葉に、彼女は頭を抱えて『チガウ』という単語を連呼し始める。
「落ち着け。冷静になってくれ」
彼女の肩をポンポンと叩くも、俺の手は振り払われてしまう。
「チガウ、ワタしは……わたしは、シンデナイ!」
マズい。
しくじった。
俺の読みが甘かった。
今の彼女では……耐えきれなかったか。
「そうよね、レフ。ねぇ、私は死んでなんかーー」
「……っ、アサシン!」
「……はぁ……しっかたないですねぇ!撃ちます。
寝息の変化により、10秒ほど前から起きていたのはわかっていた。
もしかしたら、こうなることを予測していたのかもしれない。
アサシン……愛の神カーマの宝具。
愛もてかれるは恋無きなり。
刺さった対象に恋慕の情を呼び起こさせる特殊な矢を放つ。
これをシヴァに放ち、焼き殺されたという過去を持つため、カーマのトラウマコレクション堂々の1位に輝いている……色々な意味で使い辛い大技だ。
威力をほぼゼロに抑えられ、放たれたその一射は、所長の心臓部に突き刺さり、その効果を大いに発揮した……アサシンに向けて、だが。
目をハートにしてカーマへと向かっていく所長の姿を眺めながら(面白いから、しばらくは止めない)どう伝えるか考える。
もう一段階、この話には続きがある。
その話をするためには、現実を受け入れる強さを持って貰わなくてはならない。
「所長次第、か」
そればかりは、俺がどうこう言える問題ではなかった。
「ちょ、マスター!助けて、この人意外と肉食系でっ」
「……お前に、貞操を大切にする概念があったことに驚いてるわ」
「んな!?今世は特別なんですよ〜!?」
初対面の時とか、散々誘惑されては断り続けた記憶がある……令呪一画は、殆ど誘惑行為の封印のため使ったようなものだった。
……それは別の話か。
そろそろ、手を出せないため、所長を引き剥がさないで困っている彼女を助けてやることにする。
「わかったから……これ、いつまで効果続くの?」
後ろから所長を押さえ込み、拘束する。
アサシンにそう聞くと……
「……さぁ?」
「おい?」
何その笑顔、可愛いかよ。
流石というべきか、所長の対魔力性は普通に高かったようで、十分もしない内に魅了状態は解除された。
魅了中の記憶はないようだったが、その前の記憶はしっかりと残っているとのことだった。
そのため、少し落ち着いた彼女は……ヒステリック&パニック状態から、頭で理解したけど納得できない状態へと歩みを進め、無言で考え事をし続けている。
いい感じに話も落ち着いた所だったので、藤丸達との合流を果たすことにした。
……目覚めてからすぐに、聴力強化の魔術をかけたところ、死にかけだったはずのマシュの声と藤丸の会話を耳にすることができた。
死にかけだったマシュは、一騎のサーヴァントと融合したことで命を繋いだようで、協力者らしき男性の声に、軽薄そうなゆるふわ系っぽい声もしたため、無事なことは確かである。
それがわかっていたため、特に焦る必要もなく、未だに接触していなかったのだ。
「さて……それじゃ、行こうか?」
「はーい……面倒ですが、仕方がないですね……道に迷われても面倒なので、手を繋いでおきますよ、マスター」
「おう……助かる」
「…………何、このバカップル」
私、空気なんだけど、といった雰囲気で呟いた所長に対して……
「俺、結構頻繁に迷子になるんだよなぁ」
「正直、下心無しでも手は繋ぎますよ……探すの面倒ですから」
二人して同時に返答すると、彼女はかなり困惑した様子を見せていた。
◇◆◇
右隣を機嫌良さげに手を繋いでままアサシンが歩き、おどおどしながら左後ろに所長がついてくる。
そんな様子で歩き続けること一時間程。
竜牙兵やスケルトンやらを、右手一本で金剛杵を操作し、殲滅しているうちの女神様マジ強い。
……わざわざ弓から金剛杵へと武器を変えて、遠隔操作で相手を倒した理由は、もちろん手を離したくないから、だった。
「お前、突然デレすぎじゃない?」
「何を言ってるのかわかりませんね……数秒間、目を離しただけで迷子になるような人の手を、離すわけないでしょう?」
「逆に安心するな、そういう反応」
あ、また、スケルトンが吹き飛んでった。
……正直、強化済みの状態で二周目を行なっている気分であるため、多少のズルした感は否めないのだが、力こそ正義である。
「……聞きたかったのだけど、貴方たちはどういう関係なの?」
「「……マスターとサーヴァント?」」
「いえ、そうではなくて……初対面ではないでしょう?」
ハモった俺たちを見て、蟀谷に手を当てながら所長は具体的な質問をする。
それなら、簡単だ。
「……擬似聖杯戦争の勝者だよ」
「まあ、間違ってませんね」
「……は?」
再び、思考回路を停止させる彼女。
……この人、これ多いな。
所長にデコピンしてから、歩くのを再開する。強化された聴覚は、藤丸たちがすぐ側に来ていることに気がついていた。
「え、ちょっと……それは、どういうーー」
所長の質問を遮るように、彼女たちが近づいてくる。
そちらに目を向けてから、マシュの姿が大きく変化していることに気がついた。
……けしからん。
なんてギリギリな……あ、痛い痛い。右手痛い、潰されるから待って、話し合おう!?
「あれは、オルガマリー所長!……と、もう一人の……」
「え、嘘っ!所長!?」
こちらに気付いた彼女らが、走り寄ってくる。
俺への質問に頭がいっぱいの所長は、それに気付いていないため、頭を掴み無理矢理視線を二人の方向へ向けさせた。
「……へ、え?……マシュ、藤丸!」
所長は最初は意味がわからない、といった視線をこちらに向けてきたが、彼女らの姿を見ると、安心したようにその場に座り込んでしまった。
おい、アサシンさんや。
そんな反吐が出そうな思い合いですね……みたいな顔してやるなよ。
「反吐が出ます」
「言っちゃったよ……この子」
「あ、忘れてました。私からの愛はいりますか?」
「いらん。イチャイチャは無事に帰ってからね?」
「はぁ……相変わらずですね」
ついでにどうです?
みたいなノリでそう言って来たので、あっさりと断る。
……コイツも中々断られ慣れしてきたな。
『……え!?ちょっと、君?その英霊……いや、そんなバカなことが!?』
「久しぶり、ロマン」
『ああ、久しぶり。無事で何よりだよ……じゃなくて!?そのサーヴァントは……まさか、神霊なのか?』
「マスター、この軽薄そうな男の声は何ですか?控えめに言って不愉快です……ま、どれだけダメな人間でも……いえ、この台詞今世は封印してたんでした」
「よしよし、うちのドクターが悪いな……ちょっと、ロマン?もうちょい真剣に話してくれる?」
『悪いのは僕なのかい!?』
女性陣が再会を喜び合う中、こちらはこちらで暇つぶしの会話を行う。
その時に、一つだけ確認すべきことがあったのを思い出した。
「それで……所長の身体は?」
『……そう、だね……ハッキリさせておいた方がいいか』
一呼吸置いて、彼が言う。
『所長の身体は見つからない……恐らく、最も爆発地点の近くに居たんだろうね』
「じゃあ……やっぱり」
『彼女の生存は……確認できない』
マシュと藤丸に何やら謝罪しながらも、抱き合っている彼女の姿を眺めた俺は、再び深い溜息をつくことになった。