あの光景を何度も思い出す。少し前の聖グロリアーナ女学院との練習試合、ダージリンさん達に追い詰められかけたときだ。
あの時の私はとにかく逃げるのに必死だった。少しでも操縦をミスれば砲弾が直撃するかもしれないという今まで味わったことのないプレッシャー。
頭は痛くなるし胃はキリキリするし、散々な目にあった。
Ⅳ号の応援が間に合わなかったら確実に撃破されていただろう。
マチルダに砲口を向けられて、もう駄目だとおもったあの瞬間。
あの瞬間は、今まで生きてきたなかでも一番楽しかった。
※
はい、よーいスタート
サンダースとの試合やってきます。今ほもちゃんはあんこうチームとともにカメさんチームを守りつつ前進しています。
ただ、もうすぐウサギさんチームがサンダースに奇襲をかけられてしまいますので、こっそり離れてウサギさんチームを援護しに行きます。
「エルヴィンさん。頼みたいことがあるんだけど」
「どうかしたか?」
「ほんの少しだけでいいんだ。こっそりウサギさんチームの様子を見に行きたい。阪口さんが少し心配で」
「本城は阪口と仲が良かったな」
>紅葉は阪口さんとの練習したときのことを思い出す。彼女はやる気があるし、センスもあると思うんだけど、少し心配だ。紅葉も人のことは言えないが、ピンチになると取り乱してしまう。
きっとそこに親近感が湧いているのだろう。紅葉は阪口さんが心配でたまらない。
エルヴィンさんは悩んだ表情をしている。紅葉は畳み掛ける。
「今様子を見にいけなかったら、私は2日ぐらいぐっすり眠れない」
「たいしたことないな、それ」
>エルヴィンさんは仕方がないといったふうに肩をすくめ、帽子を深く被り直す。
「……わかった。西住隊長には後で謝罪しなければならないな」
「ありがとう」
>紅葉はエルヴィンさんに感謝しながら、三突の進行方向をウサギさんチームがいる方向に切り替える。
説得に成功しました。カバさんチームの好感度はそれなりにありますから、当然の結果といえますが。
『こちら、シャーマン3両発見。これから誘き寄せます』
>ウサギさんチームからの無線が聞こえる。離れたところから隠れて姿を確認しているが、とくに問題はなさそうだ。よかった。これで、安心かと思ったそのとき、森の中からシャーマンが3両やってきているのが確認できた。
「エルヴィンさん、3両発見。あっちの森の中から来ている」
「なに?」
>双眼鏡を渡して来てる方向とは少しズレた方向を指をさす。エルヴィンさんが確認しているのを確認すると、私は三突を動かした。
ここで双眼鏡を渡して少しズレた方向を示したのはエルヴィン殿に無線で報告されるのを防ぎたかったからです。皆さんご存じの通り、大洗の無線は盗聴されています。
そのせいでこちらの無線での指示は筒抜けですが、逆に言えば無線での指示による行動しか筒抜けではないので、ほもみじのように無線の指示を無視した勝手な判断の行動は読めません。
>紅葉は三突の向きを相手のシャーマンに砲弾が当てられるように調整する。
「撃って」
「任せろ」
>左衛門佐さんによって三突から放たれた砲弾は相手のシャーマンに直撃する。直撃するのを確認する前に相手の視界に入らないように場所を移動させる
『え、あ、か、カバさんチームの援護確認しました』
『こちらカバさんチーム。勝手な判断だがウサギさんチームの様子を見るためについていってた。申し訳ない』
『こちらあんこうチーム。いえ、大丈夫です。むしろこちらが助かりました。カバさんはそのまま援護をしつつ南東に向かってください』
『了解』
>よかったと内心胸を撫で下ろす。勝手な行動だったから怒られるんじゃないかと思っていた。
三突を移動させ、撃つ。もう1両撃破。これで後8両だが、聖グロリアーナ女学院との試合とは違ってこれは殲滅戦ではない。フラッグ車と呼ばれる車両を倒せばいいのだが見当たらない。まぁ、撃破されたら負けだろうし攻撃には参加しないか。
『相手も中々やるわね。まさかもう2両落とされるなんて』
『一体誰だこっちの戦車を落としたのは。誰か確認したか』
『カバのエンブレムが書かれた戦車です』
『アリサよくわかったわね』
『女の勘です』
>三突の砲弾が放たれる。今度は当てるつもりがないただの牽制だ。ウサギさんチームが無事に合流するまで援護を続ける。こうも続けて撃ちつづけていると流石に居場所がバレた。砲弾がこちらにも向かってくる。
紅葉は慣れてきた手つきで三突を操縦し、最低限の動きで避ける。後ろから迫ってくるシャーマンに対処できないのが三突の辛いところだ。
森をもう少しで抜けられるといったとき、前から相手のシャーマンを確認。
『シャーマン前方に確認!挟まれました!』
『……わかりました。そのまま全力で進んでください。敵戦車と交ざって』
『わかりました!』
『了解!』
>前と後ろの挟み撃ち。いつ砲弾が当たるかわからない。紅葉は胸を高鳴らせ操縦しつづける。
携帯電話が鳴っている。ちょっと今は手が離せないので無視する。
避けきれない砲弾が装甲を掠め、耳に、例えるなら黒板を爪でひっかいたような不協和音が届く。
前方のシャーマンを全速力で抜ける。丘を越え、逃げきることに成功した。
紅葉は、ほっと息をはいた。たまたま様子を見にいっただけなのにこうなるとは思わなかった。
「虫の知らせっと言ったところか」
「いや、女の勘ってやつだよ」
「本城とおりょうの携帯が鳴っていたがマナーモードにしてなかったのか」
「忘れてた」
「すまん」
>まさか試合中にメールが届くとは思いもしてなかったのでマナーモードにしてなかった。慌ててマナーモードにしようとすると、メールの送信者の名前を見て目を見開く。みほさんだ。
何でおりょう殿にメールするだけでいいのに、ほもちゃんにも来てるんですかね?
まぁ、いいや。このメールは皆さんご存じの通り西住殿が無線を傍受されていることに気づき、それを皆に伝え無線での指示は今後フェイクとなり、メールでのやり取りで指示が伝わります。
これってルール的に大丈夫なんですかね?まぁ、いいや。
>紅葉は無線が傍受されていることに少し怒りを覚えた。たしかにルールには使ってはいけないというのは無かったがいくらなんでもあんまりだ。それがアリなら今まで頑張って練習をつづけてきた私達がバカみたいじゃないか。
だから、相手の無線傍受を逆手にとった作戦を知らされたとき、紅葉のやる気は上がっていった。
これはほもちゃんのモラルが善よりだから、怒ってますね。悪よりだったら逆にアリサ殿を称賛してます。ルールの穴をついたのは素晴らしい着眼点だと。
『囲まれた、全車後退!』
>みほさんからの合図が聞こえる。
『38tはc2018r地点に向かってください』
>こっちのフラッグ車の情報が無線で流れる。まぁ、真っ赤な嘘だが。
味方にだけはわかる嘘の情報に踊らされ、相手戦車2両がのこのことやってきた。
向こうもこちらに気づいたが、もう遅い。
『ジーザス!』
「撃てェ!」
>砲弾が直撃する。三突だけでなく、同じく隠れていたウサギさんチームも同じ戦車を狙って撃っていた。
2両の戦車の攻撃によりズタボロに壊れた戦車を見て、興奮する。
このまま、もう1両といきたかったが、逃げられてしまった。
だが、これで3両撃破。後、7両でフラッグ車は迂闊に動かせないので実質6両といったところだろう。しかし、相手のフラッグ車は一体どこにいるのだろうか。
紅葉はどこにいるのか考えるが、5秒くらいで結論がついた。自分にはわからないだろうと。
仲間と合流するために、紅葉は三突を動かした。
この後は、アヒルさんチームについていってフラッグ車と遭遇し、そこで撃破する方法が一番タイムが早いのですが、それだとルートに入るための撃破数が足りなくなってしまう可能性があるのでこの方法は使いません。
なので、ここでは西住殿達と一緒に行動するのがいいでしょう。アヒルさんチームがフラッグ車を見つけるまで余裕があるので私は水分補給をとります。
>あんこうチームの誘導に従いながら進んでいく。相手の戦車の姿は視認できない。無線での誘導のおかげだ。作戦が順調なのは良いことなんだろうけど、こうも順調だと後が少し怖い。良いことの後には嫌なことがやってくる気がする。もちろん良いことのまま終わるときもあるのだけど、たいていは良いことがあったぶん嫌なことは倍ぐらいになって帰ってくる。
「静かさが少し不気味だな」
「エルヴィンさんもそう思う?」
「さっきまで砲弾の雨に降られていたから余計にな」
「嵐の前の静けさかもね」
「恐ろしいことを言うな」
>呆れた声で言われてしまった。私としてはこの後何か起こるような予感がしたから言っただけなのだが。
特に根拠があるわけではない。強いて言うなら女の勘というやつだ。普通の勘と何が違うのかよくわからないけど。
その勘が的中したのが、おりょうさんに届いたメールのおかげでわかった。
「西住隊長からの指示。アヒルさんチームが0765地点でフラッグ車を発見した。0615地点に向かって待ち伏せぜよ」
「了解」
>0765地点、たしか竹がいっぱい生えてる場所だ。そんなところにいたのか。たしかにあそこなら見通しも悪いし見つかりにくいだろう。
アヒルさんチームが撃破されないことを祈りながら、紅葉は三突を移動させる。
サンダースの戦車と鉢合わせることなく、0765地点にたどり着く。ほどなくして、アヒルさんチームの八九式が機銃に撃たれながらやってきた。
『八九式来ました、突撃します。ただし、カメさんはウサギさんとカバさんで守ってください』
>おそらくアヒルさんチームが焚いた煙幕が晴れると、相手のフラッグ車が姿を表す。
横からのⅣ号の砲弾を避けるために急停止した。絶好のチャンス。
このチャンスを逃すわけにはいかない。左衛門佐さんが撃とうとしている。
ここで当ててはいけません。わざと外します。
>紅葉は戦車の向きを調整した。砲弾は相手フラッグ車を掠める結果に終わった。
もう一度撃つが、紅葉のわずかな調整によってこれも外した。
次こそはと撃とうとしたが、相手戦車は逃げ出してしまった。
『このタフなシャーマンがやられるわけないわ』
>逃げる戦車を追いかける。まるで鬼ごっこのようだ。もう一度撃つ。
『なにせ、5万両も造られた大ベストセラーよ!丈夫で壊れにくいし、おまけに居住性も高い』
>止まって撃つのと走りながら撃つのでは当たり前だけど難易度が全然違う。なかなか当たりにくい。
『馬鹿でも乗れるくらい操縦が簡単で!馬鹿でも扱えるマニュアル付きよ!』
>Ⅳ号戦車から放たれた砲弾が掠めた。
『ぐぅっ!』
『お言葉ですが、自慢になってません!』
『うるさいわよっ!』
>あんこうチームに負けてられない。次こそは当ててやる。だが、掠めるだけの結果に終わった。走行中でも百発百中に当てられるようになるのが今後の課題だ。左衛門佐さんと後で打ち合わせしなくては。
『なんなのよさっきからあのカバは!あいつのせいで3両は落とされるしエンブレムは何か腹立つしあぁもう!』
「ん?」
>前方のフラッグ車から人が出てきた。後ろに向かって何か叫んでいる。
『バーーーーカ!』
>何を言われたのかはわからないが、何だかバカにされた気がする。
内心少し傷ついていると、みほさんからの指示がきた。このままでは砲弾を無駄に消費するだけなので一時発砲を中止とのこと。
発砲が中止になったらもうすぐ、サンダースの応援が4両やってきます。ここは戦況が有利でも必ず応援は4両です。
隊長の人柄が良く出ていますね。
>相手と距離がつまってきている。メールがきた。
「60秒後攻撃を再開、発砲の許可がおりるぜよ」
>上り坂を迂回する形で前進する。もう少しで発砲しようとしたその時、何かものすごい音がした。エルヴィンさんが急いで確認する。
「相手の応援だ。……あれ、4両しかいないぞ」
「え、4両?」
「故障か?」
「トラブルか?」
「待ち伏せか?」
>3両撃破して、前方に1両。たしか相手の戦車の数は全部で10両だから、後2両いないとおかしい。一体どこにいるのだろうか。さすがの私も引き算はできる。割り算は少し微妙だが。
『きたぁぁっ!よっしゃぁっ!』
『イェーイ!』
『百倍返しで反撃よ!』
>応援によって状況は悪化してきた。後ろからは4両の砲撃。前方からは応援によって調子を取り戻したフラッグ車による砲撃、挟み撃ちだ。
「指示がきた、あんこうチームと一緒にフラッグ車を攻撃ぜよ」
「わかった」
「この状況は、アラスの戦いに似ている」
「いや、甲州勝沼の戦いだ」
「天王寺の戦いだろ」
「それだ!」
>私は何言ってるの全くわからなかったのでスルーした。みんなそれだ!って言ってるしきっとそれだ!なんだろう。
アヒルさんチームが被弾したらしい。怪我人はいない。
ここは助けにいこうにも無理なので見捨てるしかありません。もう少ししたら、反撃します。
>1両撃破。こちらは残り4両。ただでさえこっちの車両は少ないので1両やられるのはとても痛い。
先ほどまで明るかった車内の雰囲気が暗くなっているのがよくわかる。
いや、車内だけじゃない。チーム全体の雰囲気が暗い。
走っている姿を見ればわかる。動きにキレがなくなっている。
『ほうら見なさい。あんた達なんかアリよ、アリ!あっけなくゾウに踏み潰されることね!』
>状況は少し違うが聖グロリアーナとの練習試合を思い出す。今の私は頭が痛いし、胃はキリキリする。一歩間違えれば負けるこのピンチな状況。集中力が高まっているのがよくわかる。
紅葉は仲間に声をかける。
「今から後ろの戦車、何とかする」
「何とかってどうする気だ」
「まず、後ろに振り向いて1両仕留める。そこから避けながら接近して私の合図で発砲してもう1両撃破」
「む、無茶苦茶言うなぁ!?」
「左衛門佐さん、私とあなたならできる。信頼してるよ」
>紅葉はまっすぐ左衛門佐さんの目を見て言う。頭のいい人ならもっと上手く言えるのだろうが、私にはそれができない。ただ、まっすぐこの想いを伝えるだけだ。
左衛門佐さんも戸惑っていたが、私の想いが通じたのか、覚悟を決めた顔が見える。
「わかった、確実に仕留める」
>フラッグ車はきっとみほさん達がなんとかしてくれるはず。私は三突の向きを後方に向け、砲口を調整する。
「撃てぇ!」
>走りながらの発砲、今度は当てる。1両、撃破だ。
『うっそぉ、あのカバの戦車正気!?』
『わざわざやられにきたか』
>あんこうチームと同じ前線にいたから、少しは距離がある。その間に装填を任せる。
『あいつらは一体何をやってるんだ!』
『カメさんチーム、ウサギさんチーム、前方に集中してください』
『おい、西住、あいつらを止めなくて』
『カバさんチームなら大丈夫です。それよりもフラッグ車を狙ってください』
>カエサルさんの装填が完了、左端の戦車を狙う。だんだん相手の砲弾を避けきれなくなってきた。
距離は縮まり、相手ともう少しで接触するこのタイミング。
「撃って!」
>紅葉の合図によって放たれた砲弾は、狙いどおり左端の戦車に当たり、撃破となった。
紅葉は三突を全速力で加速させ、左端にいた戦車の左を通り抜ける。
撃破した戦車を盾にして、なんとか撃破されずにすんだ。
『うそでしょ……』
これで、5両撃破です。あとはやられないように気をつけて後方から妨害しつづけていれば、そのうち西住殿がフラッグ車を倒してくれるのでそれを待ちます。
>紅葉は後ろをとることに成功した。あとはみほさんに任せるしかない。ひたすら牽制射撃を繰り返し、撃破されないように走行する。
ほどなくして、アナウンスが耳に届いた。
『フラッグ車、戦闘不能。大洗学園の勝利!』
>アナウンスを聞いた私は、イスにもたれかかった。撃破されないように気をつけて走行したんだ。ものすごく疲れた。
「やったな、紅葉」
「そだね」
>私は左衛門佐さんとハイタッチした。
試合が終わったところで今回はここまでです。ありがとうございました。
感想、評価、お気に入りありがとうございました。
誤字報告ありがとうございました。