春夏秋冬というものがある。日本が誇る四季ってやつだ。
大体それぞれ二か月~四か月くらいの間隔で世界に居座り好き勝手やっていくアレである。
他の国がどうかは知らないが、少なくとも日本人にとってこれは非常に馴染み深いものと言えるだろう。
具体的に言えば「四季の中でどれが一番好き?」とかいう、くそどうでも良い問いを受けたことがない人はほとんどいないと言えちゃうレベル。
四つもあればどれかは選んでしまえるのが人間というやつだ。御多分に漏れず、俺も一度くらいは聞かれたことのある質問であり、その際には夏と答えた記憶がある。
その答えは、数年たった今でも変わることはなかったが、しかしその意味合いは少し違ってきていた。
かつての俺は、夏という全てが好きだったが、今の俺は"夏"というものに込められた──いわば概念とでも言うべきものが好きなのである。
突き抜けるような青い空、宝石みたいに艶やかに光を吸い込み弾く水滴、どうしてか懐かしさを感じさせる夏の田舎の光景、といったような夏と言われてパッと出てくるようなイメージであるそれらが好きなのだ。
……まぁ、そんなことを言ったら冬も春も秋も好きではあるのだがそれはそれ。
このように好みが変じたのは多分、俺だけではないだろう。
そしてそれはきっと、世にいる人間は(大雑把ではあるが)二つの人種に分けられるのが原因だと思うのだ。
というのも、外に出るのが好きな人間がいるように、当然ながら外に出るのが苦手な人間というのは一定以上存在するからだ。
中にはどちらでも良いとかいう、上手く適合できるような人間もいるが、やはりそうではなくどちらかであるという人の方が大多数なのは間違いないし、事実俺は後者側の存在であった。
具体的に言ってしまえば自室でぐーたらアイスでも食べていたいし、何なら人と会うのがあまり得意じゃない。
いやだって……外は暑かったり寒かったりで大変じゃん……。
その点、家を見てみてほしい。
冷暖器具完備である、もうこの時点で外より内のほうが快適であるということがわかりますね。
とか言ってると、お外の連中は言うわけだ。
「えー? それマジ引きこもりじゃーん」と。
いや引きこもりじゃないし? 一応ながらコンビニとか行きますし?
というか「じゃーん」ってなんだ、「じゃーん」って。
間延びした言葉を使っていれば可愛いとでも思ってんの? 普通に圧力感じて怖いからやめて?
それにそもそもあれだ、ちょっと毎週二日家で過ごしているだけで「え? 土日何してたの? ゲーム? はは、ウケる、何もしてないのと同じじゃん」とか言ってくるのやめてほしい。こっちはオリュンポスで壮絶な出会いと別れ、そして戦いを繰り広げてきてるし、何なら毎日お空の上でも戦ってるからね?
とかなんとか、言い訳にはならない言い訳を並べ立ててはみるが、しかし、俺としてもその言い分はまぁ、わからなくは無いのである。
これは彼ら外の民だけでなく、俺のような内の民にも言えることではあるのだが、人というのは己の生息する分野以外のことは総じて、決まって目立つ一部分しか知らないものだからだ。
例えば俺のような、室内で何かを為すことが何より楽しい、もしくは外に出ることに忌避感を抱いているような人間の極まった部分というのは、所謂『引き籠り』だったり『ニート』と呼ばれるような人のことを言うのだろうし、またその逆の人たちのことを言うのであれば、それは『リア充』だったり『出たがり屋』等と言うのではないだろうか、いや知らんけど。
ところでどうでもいいことなんだけど最後に「いや知らんけど」って付ければどんな言葉でも途端に信頼度が落ちるよな。
──深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。いや知らんけど。
ほら、かの名言様もこの通りである。いや本当どうでもいいなこの話題。
まぁ、何はともあれ俺が言いたいこととは、良く知りもしない相手のことを悪く言うのはやめようということであり、なんか言う前に互いのことをよく知ろうということである。
会話とかいう便利コミュニケーションツールもあるし、ここはやはり室内でゆっくりとお茶でもしながら対話をすべきだと思うんですよね。
「そうは思わないか? マイシスター」
「へ? あーそうだねえ、それよりほら、行くよお兄ちゃん」
そう言って彼女──わが妹である藤森水都は俺の手首をぎゅっと掴んだ。
いや君今の話聞いてた? まずは屋内で話し合おうって言ってるんですけど?
そう言う俺もなんのその。
意に介することなく水都はそのまま俺を外へと連れ出した。
うーん、流石我が妹、俺のあしらい方が完璧ですね……。
でもお兄ちゃんとしてはもう少しだけでも良いから耳を傾けて欲しかったなぁって思ったり思わなかったりするわけで……。
「んー、でもお兄ちゃんの話長いし、その割には中身が無いからなぁ」
「一言でお兄ちゃんの心を滅多刺しにするのやめない? お兄ちゃん泣いちゃうよ?」
「えぇ……やめてね、もしやったら縁切るから」
「ちょっと? 水都ちゃん冷たすぎない?」
言葉の棘が思いのほか鋭くて動揺してしまった。
普段は内気で物腰柔らかな優しい子なんですけどね、ちょっと最近反抗期気味で……。
反抗期といえば俺も昔あったな、母ちゃんに「うっせー! ばばぁー!」とか言った日の晩飯は完全にお通夜みたいな雰囲気が家中に広がってマジで肩身が狭かった。
いくら反抗するといっても世の中には言って良いことと悪いことがあるということを身を持って味わいましたね。
それはさておき。
「ところでどこに行くんだ?」
「あれ、言ってなかったっけ? 畑だよ」
つい、と手を放して水都がこちらを振り向いて言う。
はたけ? hatake……畑?
この子ったらいつの間に農作業なんて始めたのかしらん、と思っていれば彼女は「はぁ」と小さくため息を吐いた。
「うたのんのところだよぅ、忘れた訳じゃないでしょ?」
「うたのん……あぁ、白鳥か。そういや最近農作業だか始めたんだっけか」
うたのんこと白鳥歌野。
言わずもがな、水都の同級生であり、一般的に言うところの親友というやつである。
そんな彼女が最近はまっていると噂なのが、農業というやつらしいのだ。
言っちゃあなんだが、仮にも今をときめく小学生女子が趣味にすることじゃあないよな……。
普通の女子小学生ならアレじゃないの? ラブアンドベリーでオシャレにカスタマイズ! とかどうぶつの森で住民を落とし穴にはめてけらけら笑ったり、もしくは交換日記みたいなのでキャッキャしてるものなんじゃないの?
女子小学生の日記ってなんであんなにキラキラしてるんだろうな……無駄にシール貼ってゴテゴテにしてていっそそれ見づらくない? って思うレベルなんだけど。
あとはクラスメイトに自己紹介を書いてもらおう! みたいなのも害悪な風習だよな。
あれ、俺だけ回ってこなかった上に「僕、書いてないんだけど……」って言ったら「あ、あぁ、そうだね、忘れてた」とか言って付箋渡された時の俺の気持ちわかる? 普通に悲しいからね? しかも素直に書いちゃったし、後日黒板の隅っこに貼られてた。
今思うと完全にいじめの片鱗見えちゃってるだろ……。子供って残酷……。
いや俺もまだ未成年なんだけどね?ピッチピチの中学生である。
妹との年の差は約三つ、いまだ俺も若い身であるということだ。
とはいってもあれだよな、あなたはまだ子供なのに! と言われることもあれば貴方はもう大人なんだから、とか言われるこのこのご時世でこの若さというやつがアドバンテージなのかは些かわかりかねるところではあるよな。
ほら、酒も二十歳からだしエッチな本も煙草も、それから選挙権も十八からだろ?
良く若いころはよかった、とかあの頃に戻れたら、とかよく聞くけどそれはきっと思い出補正というやつであり、もっと言うのであれば「今の自分であればこうする」といったIFの自分を想像しているだけにすぎない。
等と、下らないことを考えていれば「おーい」という遠めの声が鼓膜を打つ。
思考を打ち切ってからズレてた眼鏡をかけなおして見据えれば、そこには満面の笑みでこちらを見る少女──白鳥歌野が大きく手を振っていた。
「みーちゃん! ゆたかさん! グッモーニン! いい天気ね、最高の農作業日和だわ!」
開口一番、白鳥は元気よくそう言った。
俺のような気だるげな様子も、ましてや水都のようなフラット様子でもなく、これからすることにワクワクと胸を躍らせているかのような様で彼女は言った。
いや、事実そうなのだろう。
彼女はきっと、これからする農作業とやらに惚れ込んでいるのだ。
「うん、おはよう、うたのん」
「おはようさん、こうも天気が良いと溶けちまいそうだな」
それに対して、水都はにっこりと笑顔で返す。
心なしかその声音は先ほどまでより幾分か上ずっている。
こいつ、本当白鳥のこと好きだよな……お兄ちゃんのこともそのくらい好きになってほしいんですけど……。
と、口に出せば間違いなく「え、気持ち悪い」などと言われてしまいそうなことを考えながら白鳥に向かって軽く手を挙げる。
彼女は妹の親友であるが、同時に俺にとっての……まぁ、なんだ。妹二号みたいなもんだ。
何せこいつらが幼稚園の頃からの付き合いだ、そりゃそうなる。
あのときの水都はおにーちゃんおにーちゃんって俺の後ろに引っ付いて回ってきてたのにな……今じゃ俺が前にいたら「邪魔」とか普通に言うからね。内弁慶にもほどがありすぎる。
「ふふ、そうですね。でも近頃では天気が崩れることも多いですし、今日みたいな晴天はレアです!」
「……ま、そうだな」
それはそれとして暑いのは嫌いなんだけど、という言葉を喉の奥で留めてそれだけ返す。
単純にたくさん話すのが面倒だったというのもあるが、白鳥の言葉は事実だったからである。
──そう、最近は良く不可解なことが全国各地で起こっているのだ。
これまでずっと大人しくしていた山の噴火に始まり、地震大国である日本と言えどもあり得ない程頻繁な地震、幾度も続く暴風や雷雨が観測されている。
ニュースではすっかりこれらの話が取り上げられるし、SNSなんかじゃ常に話題だ。
かくいう俺もこの話題を追いかけている……と、言えたら何だか色々情報を集めているようで格好良かったのだが残念ながらそんなことはなかった。
精々「今日は雨か、外に出るのがだるいな」「今日は晴れか、暑くてしんどそうだ」「今日は曇りか、最高だな」くらいしか思わない。
何なら暴風雨で家がちょっと揺れたりするとワクワクするまである、気分は難破しそうになってる船のクルーだ。
うぉぉぉ! とか言って帆を頑張って張るのを妄想したりしちゃう……しちゃわない? しちゃわないかぁ……。
「では、そんなゆたかさんにはこちらをプレゼントです!」
いかにも暑そうにしながら手で風を扇いでいれば、不意にポスンと頭に何か乗せられた。
なんだ? と声に出しながら触ってみればそれは帽子──麦わら帽子であった。
まさしく夏です、みたいな雰囲気を出すあれである。
今しがた白鳥が被っていたそれと同じもの。
「良いのか?」
「はい、元より渡すつもりでしたので!」
そう言ってみーちゃんも、と白鳥は同一のものを水都の頭に乗せた。
相変わらず、用意周到なやつである。
まぁ俺は貰えるものは貰っておく主義だ、ありがたく頂戴しておこう。
水都の満面の笑みを微妙な気持ちで眺めながらぐっと被りなおす。
そんな俺たちを見て、白鳥は「よし!」と腰に手を当てた。
「それじゃあ早速始めていきましょう! 今日の作業はトマトの収穫です!」
「レッツゴー!」と、そう言って白鳥は畑へ走り出す。
そのあとに続くように、俺も水都も急いで地を蹴った。