パチン、ストン、ポイッ。
パチン、ストン、ポイッ。
トマトの茎をハサミで断ち、落ちてきたトマトを柔らかく受け止め箱に放り入れる。
トマトの収穫作業は、一言で言ってしまえば滅茶苦茶地味だった。
いや、農作業に何かしらの派手さは求めていないし、なんなら生来の気質から目立つことを得意としていないので別に良いのだが、それはそれとしてあまりにもシンプルな作業であった。
パッと見、量だけは莫大なのに人手は俺たちを含めて畑の持ち主である農家のおっちゃんが一人、というあまりにも寂しい人数であったのだが先ほど農家のおっちゃんは腰をやって家に帰った。トマトが大量に詰まった箱にやられたのである。
やめとけって言ったのに無理するから……。
と、まぁそういう訳で現状は三人で収穫している訳である。お陰でトマトの量が無限に見えますね……。
とはいえ、文句ばかり言っていても仕方がないし、進めるほかないだろう。
労働なんてものは遠慮しておきたいのは事実なのだが、しかし、それに反して俺はこういう、いわゆる単純作業というやつが嫌いではない、むしろ好きなまであった。
シンプルに頭を使わなくても慣れさえすれば半自動的かつ半永久的にやっていられるし、何より一人でできる。
昔から常に一人だった俺にとっては向いているということだ。
やだ……社畜の才能がありすぎるわ……。
そう、一人でふっ……と笑ってから黙々と、かつスピーディに手を動かしていく。
パチン、ストン、ポイッ。
パチン、ストン、ポイッ。
……半笑いでトマトを切る青年、客観的に見たら相当きもいな……直そう。
そう思ってハサミを握っていない方の手でグニグニと頬をこねくり回す。
ついでにそのまま首をグルグル回してバキバキと鳴らし、ちょいと休憩でもするか、とベンチへ向かえば不意に白鳥と目が合った。
どうやらあちらも小休憩を取ろうとしたところだったらしい。
不敵な笑みを浮かべながら歩み寄ってきたので揃って座る。
「お疲れ様です、調子はどうですか?」
「あー……まぁ、そこそこだな。だけどこのペースならそこまで時間もかからないだろう」
どうして陰キャ君って言葉の頭に「あー」とか「んー」とか「まぁ」とかいうワンクッション置いちゃうんだろうな……。
直そうと思っても治らないから厄介なんですよね、やだ……不治の病じゃん……。
いずれ病院に投げ込まれちゃったりするのかしら……それ隔離されてるだけじゃん。
「そうですねぇ……今年のトマトもナイスなのが多くて私としてはホクホクです! ゆたかさんはどうですか?」
「えぇ……? いや俺は別にトマトとか好きじゃあないからな、出れば食べるけどそこまで求めてない。つーかそもそも野菜がそこまで……」
やはり時代は肉ですよ。
牛肉、鶏肉、豚肉……定番であるこの三つが王道にして最強だ。これにお米と卵がつけば無敵である。
「──!? そ、そんな……嘘でしょう? こんなに美味しいのに……!」
「えっ、今の会話にそこまで動揺するようなことあった? 野菜に賭けてる熱量が桁違いすぎるだろ」
「これは由々しき事態ですよ!」
「何にも由々しくねーよ、本当に由々しいの意味わかってる?」
「これはとってもデンジャーな事態です!」
「言い直さなくて良いから……しかも微妙に違うし」
まぁ大体はあってる……と思わないでもないが。
「という訳で諸々済みましたらトマトを食べさせてあげましょう」
「いやどういう訳なの? つーか食わせられなくても一人で食えるから……」
「ノー! そうじゃありません。ここで戴いたトマトで私がグレートな料理をご馳走します、と言っているんです!」
「結構です」
「即答ですか!?」
「いやだってほら、女子の家にお邪魔するとか恥ずかしいじゃん……」
「もう何年の付き合いだと思ってるんですか──!?」
「付き合ってるとか思われたら嫌だし」
「思春期の女の子ですか!?」
「友達に見られたら嫌じゃん……」
「ゆたかさんに友達はいません!」
「ちょ、痛い痛い、言葉の切れ味が尋常じゃないから遠慮して?」
「ですが……まずは現実を見てからじゃないと先に進めませんし……」
「見させ方を少しは考えろよ……今の俺完全にまな板の上の鯉だから、そのどでかい包丁の一撃で死ねるから」
「ゆたかさんは精々メダカじゃないですか?」
「ばっかやめろお前、小学校の時クラスで飼ってたメダカの中で常にぼっちで行動してたメダカに俺の名前が付けられたことを思い出しちゃうだろうが」
しかも暫く俺の方はメダカって呼ばれてた。なんでだよ色々とおかしいだろ。
「これってもしかして……」「私たち……」「入れ替わってる~!?」じゃないんだよ、勝手に入れ替えんな。
「その妙に心に刺さるエピソードを展開するのやめませんか?」
「お前が掘り出したんだろうが……」
「勝手に自爆しただけですよ……」
……まぁ、そうとも言うかもしれないしそうとは言わないかもしれない。多分、きっと。
何事も曖昧なままがいいってことは良くある、あるよね?
上司に「あの件についてだがやっといたのか?」とか言われた時も「えー、あーそうっすね、ぼちぼちっすかね!」とか言うじゃん……?
まぁそれはさておき。
「で、なんの話してたっけ、明日の休みの予定だっけ」
因みに明日は日曜日だから昼まで寝て、そこから読書の予定である。
俺は割と読書家なのだ。
「今夜のディナーは私の家で、という通告をしてたところでした」
「え、なに? もう決定事項だった?」
小学生女児をからかおうとして逆に手玉に取られている中学生男児がいた。というか俺だった。
あまりにも情けない構図ではあるのだが、しかし言い訳くらいはさせてほしい。
この白鳥歌野という少女は少々変わったところはあるものの非常に優秀かつ賢明な娘なのである。それこそ、本当に小学生か? と俺が個人的に疑っちゃうレベルで。
つまり彼女の知的レベルは俺と同等くらいであるのだ、故にこうなっても特におかしいことはない。ないったらない、無いのである。異論は認めない。
何なら普通に話してて気が楽だし、まぁなんだ、ぶっちゃけ楽しいし安心するのである。
とはいえこれは別に恋愛感情等が混在しているようなもんではない、もしあるとするならばそこにあるのは家族愛に近い何かだ。
それだけは断言できるだろう、というか断言できなきゃヤバイ。
社会に出れば多少の年の差は問題にすらならないだろうが、中学生男児が小学生女児を好いているとかいうワードがもう個人的にアレである。
故に違う、いやそうでなくとも違うんだが。
まぁ、なにはともあれ、これは大体いつも通りの光景だった。いやこれが日常っていうのも恥ずかしいものなのだがそれはそれだ。
「ていうかあれだ、俺を誘うくらいだったら水都を誘ってやってくれ。アイツはお前のことが大好きだから」
「む、私もみーちゃん大好きですよ、ちなみにもう誘ってあります」
「あぁ、そう……」
え、なに? ということはあの子、俺には何も相談せずにOK出しちゃったってこと? あまりにも自由が過ぎるだろ……。
ちゃんと俺なり母ちゃんなりに言わないと後で怒られちゃうのは俺なんだからね? わかってる? 二人で行動する時に起こったことの責任とるのは俺なんだから……。
いや……それ込みなのかもしれないな、お兄ちゃんって損な役回りだ……。
親からは「お兄ちゃんなんだから」と半ば強制的に面倒を見させらることになり、その上我慢することも多くなってしまう。
とはいえ、そうだとしてもやはり兄であることに喜びを見出せるのは妹が目に入れても痛くないくらいだからなのだろう。
何せ妹とかいう存在、あまりにも可愛すぎて何でも言うこと聞いちゃうし、「仕方ねーな、今回だけだぞ」みたいな我慢や譲ることが微塵も苦ではない。
ただそれはそれとして夏場にアイスが食いたいからと夜にコンビニまでパシリさせるのはマジでやめてほしい。
ただでさえ溶けちゃうくらい暑いのに、この前ときたらクラスの女子と遭遇とかいうくそイベントに引っかかって滅茶苦茶気まずい思いをする羽目になった。
「あ、藤森じゃん、やっほー」「あ、あー、う、うす……」とかいうただの挨拶であるにも関わらずアホ程緊張した上に小声になっちゃったじゃねーか。
あれ絶対変な奴だと思われちゃったよなぁ、はぁ……週明け登校するのが早くも憂鬱である。
「という訳で、今晩は楽しみにしておいてください!」
「はぁ……ま、仕方ねぇか。最近行ってなかったしな」
「そうですよ、父も母も寂しがっています」
「いやそれは嘘だろ……」
白鳥のおじさん、多分俺を悪い虫かなんかだと思ってるからね? 君がスキンシップするたびにヤバイ目向けてくるからこっちはもう冷や冷やですよ。
それに白鳥のおばさんもあれだ、なんかいっつもニコニコしてるから逆にやりづらい。
滅茶苦茶良い人なのは分かってるんだけど……何ていうのかな、こう……実の母とは違った謎の包容力のような何かを持っているせいで何だか相手してるとむず痒い。
「ふふ、こんな嘘吐きはしませんよ」
「リアリィ?」
「リアリー! 農業王を目指すものとして誓いましょう!」
「だからその農業王ってのは何なんだよ……」
「農業王は農業王です! この上には農業大王があり更に上には農業神がいます!」
「果てしねぇ……農業界、パワーインフレが凄すぎるだろ……」
「農業の道はエンドレス……ということです」
「なるほど分からん」
「ゆたかさんもその内分かります……それがディスティニー。さ、ゆたかさんも一緒にこの道の果てへ!」
「いや行かねーよ」
と、言いつつよっこらせと立ち上がる。
小休憩と言うには少々長話が過ぎた、働くのは嫌だが、しかしやらなきゃ終わらないのが労働というやつである。
それに、これ以上水都一人に作業させるのも申し訳無いしな。兄として妹と同じくらいは働かないと後が怖い。具体的には後でそれとなく罵倒されてしまう。
ただでさえ最近は俺にだけ棘が鋭いしここは兄としての威厳を見せてやらねばな……。
「ま、それはさておきそろそろ行くか」
「さて置かれるのは些かアレですが……まぁオーケーです! 頑張りましょう!」
そう言って白鳥は俺より一歩だけ早く地を蹴った。
その足取りは心なしか弾んでいるようにも見えて、フッと零れた笑みをそのままに空の箱を手にゆっくりと作業へと戻った。
それから、どれくらいの間作業をしていただろうか。
無防備にだらだらとしていたところを急に連れ出されたから時間を見れるものを持っていないし、周りには当然ながらそういったものはない。
ただまぁ、結構ゆっくりめにやってたし一時間か二時間ってところかな、とあたりを付けて「よいしょ」と箱を持ち上げる。
同時、ずっしりと詰められたトマトの重みが腕にかかる。
農家のおっちゃんの腰を一撃にて砕いたトマトさんの重みである。
故にそれなりに気合を入れたのだがそう気負うほどでもなかったようだ。
「おっちゃん、今年で何歳だったっけ……」
と、一人呟いて頭を回すが答えは出ない。
だけどおっちゃんはもう、俺が物心ついたころにはおっちゃんだったからなぁ……最近は白髪も増えてきたし、そろそろ六十といったところだろうか。
であればギックリ逝っちゃうのも仕方のないことと言えるのかもしれない。
世の中には三十歳前後でギックリ逝っちゃう人もいる訳だしな。大変そうだ。
俺も歳食ったらそういう日が来るんだろうなぁ……と、遠い未来に思いを馳せながらよっせ、ほいせっ、と荷台に積んでいく。
一つ二つ程度であれば数が多いと体力が追い付かないな……とは思うが、気合を入れればなんてことのない数だ。
実際、収穫自体にはかなり時間をかけてしまったが、しょせん小学生と中学生の合計三人だ。そこそこ丁寧に収穫してれば時間に反して数自体はそうでもない。
箱も俺の分は三つだけである。余裕があれば白鳥達のところも手伝わないとな、とつぶやいてから良し、と駆け足で箱を運ぶ。
そうして、きっちり三往復して最後の一つを乗っければ白鳥と水都がよいしょよいしょと箱を持ってきた。
「あ、お兄ちゃんももう終わり?」
「あぁ、これでラストだ、そっちは?」
「こっちもこれでラストです!」
「そいつは重畳、じゃあさっさと持ってくか」
「うん、こっちの荷台は私達が押してくね」
「うし、気を付けろよ」
「お任せください!」
そう言って、三人並んで荷台を押していく。
太陽は未だ空の上でさんさんと日光を降り注いでいたし、来た時に比べて温度が高くなっている気がする。
だがまぁ、この時期はいつだってそうである。慣れた、とは口が裂けても言えないが、しかし我慢することくらいはできる。
……白鳥に貰った帽子もあるしな。ついでにおっちゃんが持たせてくれた水筒も。
因みに中身は氷の入った麦茶であった、きっとおばさんが用意してくれたのだろう。おっちゃんはそういうところ、結構気が回らないからな……。
だがまぁ、良い人ではある。結果的に即リタイアして仕事を押し付ける形にしていったのもギリギリ許せるレベルで。
というか、あの人もよく脂汗だらだら流しながら「それじゃ頼んだわ! 悪いな!」つって運ばれてったよな……。
早く良くなればいいんだけど、とかなんとか考えていればおっちゃんの家が見えてきた。
それと同時に、小学生組が速度を上げる。
「ゆたかさん! 競争です! レディーゴー!」
「負けたらお昼、好きなもの買ってちょうだいねー!」
と、言い残して颯爽と走り去っていく。
荷台がゴトゴトと派手に音を鳴らして非常に危ない、デンジャーである。
それに気を取られて一瞬呆けてしまい、それから慌てて駆け出した。
「は? いや待てお前ら!? ていうか走んなあぶねぇ──!?」
農作業なんてしたことないから「トマト 収穫方法」とか「トマト 収穫 コツ」とか「トマト ハサミ」とかいうアホみたいなワードで検索かけるはめになったのだ……