在りし日の前奏   作:泥人形

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いずれ絶える日常Ⅲ

 

 ズゾゾゾッとお蕎麦を啜り、隣に置かれた天麩羅を少しだけつゆに浸してザクザク食べる。

 先ほど揚げられたばかりなのであろう、輝いてすら見えるそれは少しだけ冷まされて、しかし噛むと中身の熱さが露出しハフハフ言いながらも食べてしまう。

 そのあとはお米だ、純白のお米。こちらは今炊かれたばかりではないだろうが程よく熱されている。

 おかずを食べた後は自然と食べちゃうよな……これが日ノ本に生まれた子としての宿命か……などと思いながら止まらぬ手をそのままにパクパクと食べ進めていく。

 チラリと横を見てみれば白鳥は目をキラキラとさせながら一心不乱に蕎麦を啜り、水都はその小さな口でゆっくりと淑やかに、けれども止まることなく天麩羅を食べていた。

 どうも二人して目の前のご馳走に夢中らしい、いや、それは俺もなのではあるが……。

 まぁ、それもこれも目の前の天麩羅蕎麦セットが悪いのである、諏訪の人間であればこんなものが出てきた日にはフィーバータイム突入必死の代物だ。

 何せ蕎麦だ、蕎麦なのである。

 歯を軽く当てればハラリ切れる麺、そこからあふれ出す特有の香りと味わい。

 そしてつけるつゆである"そばつゆ"がまた最高だ。ここ、めんつゆじゃないところがポイントな。

 めんつゆとそばつゆ、何気に同じようなものだと思っている人が多い(俺調べ)のだがしかし、これは明確に違う部分が存在する。

 それが何かといえば"醤油の濃さ"である。

 そばつゆの濃さはめんつゆとは段違いの濃さを持っている、これが何故かと言われれば答えは簡単で、蕎麦の風味に負けないためだ。

 今度機会があれば舐めてみるといい。そばつゆはめんつゆに比べて『辛い』と感じるくらいにはしょっぱく作られている。

 そしてこれに薬味を少々乗せ、蕎麦を豪快にドンっ! といきズゾゾゾッ! と啜る……のではなく、大体掴めた量の半分くらいを浸してやってズゾゾゾッ! といくのが個人的にグッドな食べ方だ。

 流石のお蕎麦様と言えど全部ぶち込んだら流石にしょっぱすぎるから半分くらいがちょうどいいのである、が、まぁこの辺は個人の好みだ。

 良識の範囲内で、一番おいしく食べられる食べ方が良いだろう。

 因みにだが、めんつゆの方は比較的にあっさりとした……言うならば出汁の風味が利いた作られ方をしている。

 これはとてもうどんやソーメンといったやつに合う、蕎麦ほどではないがこれらも美味しいので時々食べていきたいですね。

 とかなんとか考えながら口に運んでいれば蕎麦はあっという間に姿を消して、おまけのように米も天麩羅も消えている。

 やはりこの後は蕎麦湯かな……なんて思っていれば「はいよ」とおばさんが置いてくれる。

 気遣いレベルマックスである、流石ですね……。そう思いながら「ありがとうございます」と受け取り、残っているめんつゆに注いでいく。

 この辺は通な人間であれば『蕎麦湯を最初に飲め』とか『蕎麦湯の準備は蕎麦を食う時から始まっている』だとか言い出すやつもいるが大体は無視して良い。

 先ほども言ったが一番美味しいと思う食べ方が一番良いのである、ルールとか押し付けられると折角の食事なのにストレス溜まっちゃうからな。

 ただ店によって『おすすめの飲み方』なんかを記載してくれているところもあるので、そういうのを見かけた時になんかは従ってみるのも良いかもしれない。それで不味くなるなんてことは早々無いからな。

 とか言ってる間にご馳走様である。

 大変おいしゅうございました……と箸を置いてもう一度周りを見てみれば二人はまだお蕎麦を啜っている最中であった。

 ふぅ、どうやら俺が一番のようだな……と思っていれば台所からおばさんが出てきてこちらを見た。

 

「あら、もう飲み切っちまったのかい、相変わらずせっかちだねぇアンタは」

 

「ご馳走様でした、俺くらいの年ならフツーですよこんくらい」

 

「そういうモンかい」

 

「そういうモンっす」

 

 ふふん、と心なし胸を張ってからうっ、と腹をさする。

 うーむ、かなりお腹いっぱいだ。流石にお代わりはしない方が良かったかもしれないな……等と思いながらガラスドアの先にある風景を見る。

 田んぼ田んぼそして田んぼ。とても田舎な風景に思わず平和だなぁ、なんて思った。

 そう、実を言えばここは蕎麦屋という訳ではない。

 察しているかもしれないが農家のおっちゃんの家であり、トマトを運んできた俺たちは報酬として幾らかのトマトを貰い、またお昼ご飯をご馳走になっていたという訳である。

 下手すれば勝手に開催されたさっきのレースで昼を奢りさせられる可能性があっただけに非常に助かったといえるだろう。

 逆に言えば、これから何を命令されるのかが未知すぎて怖いとも言えるのだがそれはそれ。

 どうせ腹いっぱいになったら忘れてるだろうという予想、もとい希望的観測のもとに「ほぅ」と息を吐いてから食器を持って立ち上がる。

 ここにお邪魔したのは別に初めてのことではない。何なら実家レベルで来慣れてるまである。

 故に慣れた足取りで食器を下げておく、本当なら洗うまでしておきたいところだがまだ二人が食べてるし、そもそもおばさんが普通にキレる。

 あの人勝手にそういうことすると怒りだすんだよな……いやまぁ、多分子供は黙って施しを受けてなってことなんだろうけれども。

 てなわけでどんどんっと置いたのを水で浸してからテーブルへと戻り、時計を見れば短針は1と2の間に、長針は6を指していた。

 結構いい時間だがまぁ、特にこの後の予定もない。

 このまま暫くだらっとさせてもらっても良いかもだな、なんて思っていれば同じようにだらりとしてたおばさんが俺を見た。

 

「悪かったね、旦那があんなザマになっちまって。大変だったろう」

 

「そうでもないっすよ、ていうか、そういやおっちゃんは?」

 

「二階に転がしてある、なーに、放っときゃ勝手に治してくるさ」

 

「すげぇ、対応がめちゃくちゃ雑だ……」

 

 それで本当に治るの? と目線で問えばダメなときは死ぬだけだよ、と返ってきた。価値観が戦場のそれすぎる。

 

「そんなことより、飯はどうだったい?」

 

「相も変わらず最高でしたね……毎日作ってくれません?」

 

「ハッ、そういうのは未来の嫁さんにでも言ってやるんだね」

 

「ぐぇ」

 

 予想外の言葉が飛んできてしまって思わず潰れたカエルみたいな声を出してしまう。

 この人、気遣いはできんのにこういう事柄だけ分かってて踏み込んできやがるんだよな……。

 そのまま苦々しい顔をしてればおばさんは面白そうに顔をゆがませる。

 

「なんだいアンタ、中学にあがってまだ恋人の一人や二人いないのかい?」

 

「いやそれはおかしい! 俺くらいの歳ならまだ彼女がいない人の方が多いはずです!」

 

「アタシがそんくらいの時にはとっかえひっかえだったけどねぇ……」

 

「うわぁ、悪い女の典型じゃん」

 

「あん?」

 

「にゃんでもないっしゅ」

 

 狙ってもないのに思いっきり噛んでしまった。そういう威圧出してくるのやめない? 普通に怖いんですけど……。

 と、少しだけ赤くなった頬を隠していれば『ご馳走様でした!』という、やけに揃った声が響いた。

 どうやら食べ切ったらしい、首だけで後ろを見てやれば二人とも満足そうにしている。

 おばさんが「お粗末さまでした」と言いながら立ち上がる、色々片付けるのだろう。

 手伝おうかと思ったがおばさん、サクサク食器重ねてサッと持って行ってしまった、いや手際が良すぎる。

 もうやることないじゃん~とテーブルを拭いて台所へそっと布巾を置いておく、そうすればおばさんは「さ、もう行きな」と言った。

 

「若いんだから遊ぶなら外で遊んでくるんだね、ほら行った行った!」

 

「オーケーです! 行くわよみーちゃん! ゆたかさん!」

 

「ぐぇ」

 

 持っていきな! と渡されていた小箱(in トマト)を持つと同時に白鳥が俺の襟元をつかんで走り出す。

 それにまたしても情けない声を出しながらトトトッと覚束ない足取りのまま玄関へと向かい、靴を履く。

 それでもまだ遅いと言わんばかりに白鳥に引っ張られ、外に出たところで水都の声が響いた。

 

「あ、待ってようたのん~!」

 

 テテテッと走り出してそのまま白鳥の手を取り繋ぐ。

 うーん、仲が良いのは良いけどナチュラルにスルーされるとお兄ちゃん、悲しいわね……。

 いやまぁ、あの歳で嬉しそうに手を繋がれてもそれはそれで……いや、ありだな。全然あり。ありありのありすぎてありになっちゃうわね……。

 そう思っていれば服の裾が何かにクイクイと引かれるのを感じてみれば、白鳥が

 

「ほら、ゆたかさんも行きますよ!」

 

 と言った。

 不覚にもドキッとさせるのやめてくんねぇかな……そう思いながら二人に対して口を開く。

 

「どこ行くのか決まってんのか?」

 

「うーん、コンビニかなぁ」

 

「は?」

 

 なんでまたコンビニなんか、と言った顔で水都を見れば、彼女こそ不思議そうな顔をしたのちに白鳥と顔を合わせ、それからクスリと笑う。

 それは年相応に可愛らしくもあったが、しかしそこには多少の悪戯っぽさが混じっていて、そこはかとない嫌な予感が背中を伝る。

 俺の十八番である「そういえば親に頼まれてたことがあったんだった!」も水都がいる時点で通じない、くっ、どうするべきか、と思う前にそっと腕に絡みつかれた。

 右腕に白鳥、左腕に水都である。

 両手に花かな? なんて思考を停止しながら思えば水都がニコニコと口を開いた。

 

「お兄ちゃんあのね、この暑さでしょ? だから私アイス食べたいなぁ……」

 

「いやお前ら、今ご飯食べてきたばっかじゃん……」

 

「食後のデザートですよ! ゆたかさん!」

 

「ですよ! じゃねーわ水でも飲んどけ」

 

「私、あれがいいなぁ、ハーゲンなダッツ」

 

「サラリと一番高いやつ要求するのやめない?」

 

「私はクリスピーサンドのが良いです」

 

「最早それ前提で話すのやめない? ゆたかさんの財布の霊圧消えちゃいそうなんだけど……」

 

「まぁまぁ、後でよしよししてあげるから」

 

「え、マジで!?」

 

「本当に食いつかれると本当にきもいから自重してねお兄ちゃん」

 

「今のはトラップが過ぎるだろ!? つーか早口で言われると結構傷つくからやめようね? みーちゃん?」

 

「お兄ちゃんだけはその名前で呼ばないで」

 

「突然声のトーン下げるのガチっぽいからやめろ」

 

 妹が俺にだけ冷たすぎる件について……。これがツンデレってやつなのかしらん……。

 いやでも俺にだけってところは非常にポイント高いよな、ふっ、やはりお兄ちゃんは特別枠……英語ならスペシャルだ。

 俺だけ特別扱いとか心地が良いなぁ!

 心で涙を流しながらそう思っていれば不意に、頭の端に柔らかい何かが触れた。

 ん? と思って横を見れば白鳥がクッと背伸びをして腕を伸ばしていた。

 ちょうど、俺の頭に手が乗るように。

 

「ふふふ、私からのサービスです、それとも私では役不足でしたか?」

 

 その顔は、些か赤い。

 いわば照れている、と言ってもいいのだろう。

 だがそれでも屈託なく笑いながらその姿は──予想外に、キた。

 血が一気に巡ってくるのが分かる。くそっ、俺は直ぐ顔に出るんだぞ……!

 

「あー……ったく」

 

 これは流石に言うこと聞かない訳にはいかないだろう。

 残念ながら俺の負けである。

 流石に耐えられなくって二人の手を解いて走り出した。

  

「コンビニまでダッシュだ! 途中で歩いたりしたらガリガリさんだからなー!」

 

 負け惜しみのように、そう叫んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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