在りし日の前奏   作:泥人形

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いずれ絶える日常Ⅳ

 コンビニから俺の家までは、歩いて二十分ほどだ。

 いや、家の周りにはもっと近いところにあるのだが、少なくともこの無駄に高いアイスを買わされたコンビニからは結構遠い、という訳である。

 そしてその二人は今、俺の周りにはいない。

 というのもアイスを買ってやった後、俺たちは一旦別れたからだ。

 俺はトマト箱を届け、なおかつ今日の晩飯は白鳥家にご馳走になると伝えに行き、あの二人は好きなところでキャッキャウフフと遊びに行った。

 「それじゃ行ってらっしゃい!」と自分が行く気を微塵も見せずに手を振る妹、お前嘘でもいいから少しくらいは一緒に行こうかな……みたいな思案してるとこ見せろよな。

 むしろ一緒に行こうかな……とか思ってる雰囲気出してたの白鳥なまであったからね? つーかお前は親に言わなくて良いの? と思ったが言うより先に手元のスマホで連絡していたし、何なら白鳥の分のトマトも持たされた。いやなんで?

 ていうか俺、今日急いで叩き起こされたからスマホ持ってきて無かったんだよな……。

 藤森穣、一生の不覚である。

 まぁそもそも充電が死んでいたというのもあるのだが、今頃はもうとっくに溜まっているだろう。

 最近はスマホにずっと張り付いていたからちょうど良かったのかもしれないな、なんて思いながらクシャリとアイスを噛み砕く。

 夏空の下のアイスはどうしてこんなに美味しいんだろうか、と一番安いのにあまりにも美味しいガリガリさんの欠片を舌の上で転がして思う。

 アイスは冬でも春でも秋でも美味しいんだけど、夏ってやっぱり特別なんだよなぁ。

 キラキラと降り注ぐ陽光、熱気を放つアスファルト、上下からの熱攻撃に耐えるにはやはりアイスなのだ。

 春、秋、冬が「食べたいから食べよ~」なのに比べて夏は「食わんと死ぬ」くらいの差があるのがポイントなのだろう。

 いわゆる必須アイテムというやつなのである。

 などと考えていればアイスは既に熱にやられて勢いよく溶けていた、固体から液体へと融解してポツリポツリと落ちていく。

 

「やべっ」

 

 無駄に色々考えてたっ、と勢いよくかぶりつく。

 もう大分溶けていたそれに買ったばかりの頃の新鮮な硬さはなく、歯を当てればホロホロと口の中で溶けて崩れた。

 だがまぁ、これもまた美味しい。

 というか食べづらい上に早く食べることを要求されてしまうことを除けばこの状態のアイス、最高に美味しいと思ったり思わなかったり。

 シャクシャクと口いっぱいに含んだまま飲み込み、やってきたキーンという頭痛に片目を瞑りながら握っていたアイスの棒を見る。

 そこには当然といえば当然ながら、何も刻まれてはいない。

 こういったアイスには大体、アタリとか書いてあるものなのである。何も書いていないのはハズレだ。

 もう十年以上生きてるのに、未だに一度もアタリを見たことが無いんだよな……。

 本当にアタリとかあるのかしらん……と思うが、そういえばこの前白鳥が当ててたな。あのラッキーガールめ。

 やれやれ……と棒を片手に、箱をもう片手に抱いてテクテク歩く。

 そうして熱にやられそうになったころ、ようやく俺は家へとたどり着いた。

 

「たでーま」

 

 と小さく呟き扉を開く。

 靴を脱いで揃えて上がり、そのまま台所へ直行。

 箱をドスンと置いてごみ箱へ棒をシュートすればどっからか母ちゃんが出てきた。

 

「あら、おかえり」

 

「うぃ、あ、今日俺と水都、晩飯いらないから」

 

「白鳥さんのとこ?」

 

「せーかい」

 

「迷惑かけないのよ」

 

「わかってるって」

 

 あぁあとアンタどうせ行くならこれ持っていきなさいアレ持っていきなさいと言い出した母ちゃんに「はいはい」と適当に返して二階へ上がる。

 我が家の二階は俺の部屋、水都の部屋、そして両親の寝室の三つに分けられており、俺の部屋が一番奥にある。

 急いで飛び出したせいで半開きになっている扉から見える部屋の様子は異常に散らかっていた。

 ……いや、違うのだ。いつもは綺麗なんだけど、昨日はちょっと色々あって……。

 あるじゃん、夜中異常に目が冴えちゃって何となく掃除を始めちゃうんだけど途中で本を読み始めちゃうやつ。

 しかもこの一冊だけだから! とか言い訳した挙句結構な巻数を読んだ後にやってきた眠気に負けてベッドインしちゃうやつ。

 それである。ハンハン、早く連載再開してくれないかしら……。

 あぁいう能力もの読むと絶対『自分は何系かな……』とか考え始めるやついるよな。因みに俺は特質系。何かとオンリーワンを求めがちなんだ……。

 スマホをベッドから拾い上げて画面を点ける。

 小さく表示された%は100と表示されていて、良し、完璧だなと思えば不意に見慣れない通知が来ているのに気付いた。

 所謂メッセンジャーとかチャットアプリとかいうやつからの通知である。

 おかしいな……基本的にこれは親か妹か、もしくは白鳥からのメッセージしか受け取らないんだけど……。

 クラスのグループとかいうあまりにも無縁なアレには入ってはいるが通知切ってるし、ましてや気軽に送ってくる友達なんざいない。

 何か言ってて悲しくなってきたな……そう思って通知を開けば送り主はちょうど先日、コンビニで遭遇した女子からであった。

 

「えぇ……? うわぁ……」

 

 思わず反射でそう言葉が零れ落ちる。

 いやだって絶対これ良い話なあれじゃねぇよ、嫌な予感がしすぎて寒気がするレベル。

 『やっほー、今暇?』じゃないよ。まったく、俺の心は繊細なんだからこういうのはやめてくださいよね。

 そう呟きながらそっとウィンドウを閉じておく。

 未読無視というやつである。こうしておけば今日の夜、寝る前にでも「ごめーん、今日ちょっと忙しくてスマホ見れなかったから気づかなかった~」とか返しておけばいい。

 こうすることで相手は「何だこいつつまんねーな、関わらんとこ」と思うし俺は俺で特に関わってほしくないのでwinwinの関係が築けるという訳だ。

 あまりにも完璧だな……とスマホをポケットに収め、ついでに散乱した本を並べて戻してから部屋を出れば体面に見えるのは両親の寝室の扉である。

 そういや親父はどこにいるんだろうか、今日見かけてねぇな……と思ったが直ぐに「あ、仕事か」と思い直す。

 土曜日も仕事とか社畜の鑑すぎる、そのまま一生懸命俺たちを養ってほしいところですね。

 トントコトンと一階へ降りれば「玄関に置いたの、持って行ってね~」と声が響いた。

 それに対して

 

「はいよ~」

 

 と気の抜けた返事をしながら見てみれば、置いてあったのはやけにでかい紙袋であった。

 先ほど置いたトマトも入っているが他にも何やら色々詰まっている。

 ……いや、多すぎない?

 こんなに貰っても迷惑なのでは? という気持ちと普通に重くて持っていくの面倒なんだけど、という気持ちが混ざって

 

「かーちゃーん! こんなにいる!?」

 

 と叫ぶが返事は返ってこない。

 あ、これは抵抗は無意味なやつですね。黙って持って行けってことだこりゃ。

 はぁ、と小さくため息を吐いてグッと持って外に出る。

 白鳥の家は徒歩数分の距離にあるから問題はないのだが、それはそれとして疲れたくはないんだよな。

 汗とかかくとベタベタして気持ち悪いじゃん……いやもう既にかいてはいるのだがそれはそれとして。

 といっても文句を言っても仕方あるまい、グチグチ言えば言うほどやる気も落ちるしここはさっさと持っていくか、と歩みを早くする。

 白鳥の家は二階建ての一軒家だ。建てられたのも白鳥が生まれる少し前だと聞いたので、まだ十年ちょっとといったところ。

 家を出て直ぐに見えてきたそれの玄関へと一度荷物を下ろし、ピンポーンと押してから待てば「はーい」と聞き慣れた女性の声が響いた。

 そうしてガチャリと出てきたのは黒い長髪をゆるゆると靡かせた女性──白鳥のおばさんだ。事情は当然白鳥の方から聞いているのだろう、ありがとね~と差し出した袋を受け取って「うっ」と重たそうにしている。

 

「すんません、うちの母が色々他にも詰めてて……」

 

「いえいえ、助かるから良いのよ~。穣くんもあがっていく?」

 

「ありがたいんですけど遠慮しときます。どっちにしろ迎えにいかなきゃなんないんで」

 

「あら、ごめんねぇ、うちの子が」

 

「まぁ、いつもは外に出てないから良い運動になってちょうどいいです」

 

 そう言ってアハハと笑ってみれば、おばさんもクスリと笑い

 

「穣くん、全然外に出ないものねぇ」

 

 と言った。

 あまりにも手厳しすぎるだろ、あると思ってた優しさが微塵も感じられないんですけど?

 ていうか何で外に出てないの知ってるんだよ、と思ったが数秒前に自分で言ってたわ……。

 

「良いんですよ、俺はエコに生きてるんです。それじゃ」

 

 と言葉を切ってさっと背中を向ける、と同時にグイッと襟を引っ張られた。

 ぐぇ、と今日何度目かの潰れた声を出す。

 白鳥家、俺の襟掴むの好きすぎない? 普通に肩とか掴めよ……。

 

「な、なんすか……」

 

 そう聞けばおばさんはそっと微笑み

 

「はいこれ」

 

 と、俺の手にぎゅっと何かを握らせた。

 不思議に思って開いてみれば五百円玉が二枚である。

 ……!?

 

「え、なに、何ですかこれは、この後何をやらされるんですか?」

 

「どうしてそんなに警戒されているのか分からないんだけど……それはちょっとしたお駄賃です。あの子と水都ちゃんにアイス買ってあげたんでしょう? その優しさに免じてのご褒美と言っても良いわ」

 

「……い、いや悪いですよ、えぇ、本当に、こ、こんな大金……」

 

「本当にそう思うなら大事そうにポケットに入れるのはよしなさい……」

 

 いやこれはアレなんです、アレがアレでアレしてて手がポケットに吸い込まれるんですよ! 等と言い訳している内に「それじゃあお願いね」と優しく頭を撫でられてしまった。

 ……娘といい、母といい、どうしてこう気安く人の頭を……。普通に照れちゃうからやめてくれない?

 とは思うが言える訳もなく一頻り好きにされたのちに

 

「いってらっしゃい」

 

 と送り出される。

 それに「ひゃ、ひゃい!」とか言ったことに更に顔を赤くしながら走って背を向けた。

 顔赤くしすぎだろ、誰得だこれ?

 

 

 

 

 

 そうして暫く無心で走り、息切れし始めたあたりで足を止まり、両膝に手を当て、屈むように息を整える。

 インドア派に運動をさせるんじゃないよ、タダでさえ今日はもう二度も走っているというのに……。

 誰にでもないが適当に文句を吐き捨て、静まってきたところでスマホを取りだす。

 走っている最中に幾度かブンブカ振動していたのである。

 開いてみれば、そこに表示されていたのは白鳥からのメッセージ。

 

『私たちはひとまず大社にいます!』

 

 簡素なメッセージであるが、その下には猿みたいなキャラクターがペコリと頭を下げていた。

 このスタンプとかいう、最高に便利な機能だよな……。

 取り合えずスタンプだけ返しておけばそれでこの話は終わりだみたいな雰囲気出せるし。

 

「了解っと」

 

 言いながらOK!というスタンプを押して返してやる。

 直ぐに既読が付いたのを確認し、それからスマホをしまう。

 普通であればいやなんで大社なの? と思うところではあるのだが、彼女ら曰く「ゆっくり駄弁るにはちょうどいい」らしいのだ。

 それ、普通に家で駄弁ってたほうが良くない? オプションでお菓子とジュースまで付くんだよ? とは思ったが言わぬが吉であろう。

 小学生の時、わざわざ学校前までやってきてゲームしてた連中がいた記憶もあるし、小学生ってそういうものなのかもしれない。

 友達のいない俺には良くわかりませんね……これが、持つ者と持たない者の差、か……くそどうでもいいな。なんて呟きながら、上を仰ぐ。

 空は未だ快晴、太陽は元気よく地を照らしていたが、少しだけ傾いていた。

 後数時間もすれば日は沈むだろう、そう感じて気持ち早めに足を踏み出した。

 

 

 

 

 

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