在りし日の前奏   作:泥人形

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いずれ絶える日常Ⅴ

 大社──諏訪大社というのはここ、長野県にある諏訪湖周辺に二社四宮の境内が鎮座する神社である。

 上社、と呼ばれる方には本宮と前宮が。下社、と呼ばれる方には秋宮と春宮があるが、この二つの社、実質別の神社みたいなもんである。

 というのも、上社は諏訪湖の北岸にあり、逆に下社は諏訪湖の南岸に位置しているのだ。

 つまるところ滅茶苦茶離れている。

 具体的な数字を出せば車で三十分、徒歩なら二時間は余裕でかかっちゃうレベル。

 どうしてそんな遠くに建てちゃったのん……? と思ったことはあるし何なら今でも考えているのだが理由は定かではない。

 いや、調べれば出てくるかもしれないがぶっちゃけそこまでして知りたいとは思わないんだよな。

 あ、ただこの上社下社、どっちが上でどっちが下、みたいな位階付けは無いらしい。

 じゃあ何を基準に上とか下とか付けたんですか、と言われたらそれはもう詳しい人に聞いてくれとしか言いようがないだろう。

 ただ個人的には上(北)にあるから上社、下(南)にあるから下社である説を推している、だってそうだった方が分かりやすいじゃん……。

 ていうか最早どっちがどっちとかこれで覚えてるまであるからね。

 お陰でこの前の社会の小テストも良い点取れたぜ……ふふふ、と思いつつ向かっている社は、上社である。

 先ほど上社と下社は遠い、と言ったがしかし、実を言えば上社である本宮と前宮が直ぐ近くにあるという訳ではない。

 細かく言えば歩いて二十分はかかっちゃうくらい距離がある。

 車を出せば十分かからないくらいなので遠い! と声を大にして言うほどではないがそこそこ距離があったりする訳だ。

 で、その二つの内今向かっているのは前宮の方である。

 本宮から見た時、東南の方にあるのが前宮だ。

 本宮は当然と言えば当然なのだが結構人でいっぱいなのだ、いやそんなことを言えば前宮もなのだがそれはそれ。

 本宮よりかは少ない、という事実が重要なのだ。

 ……まぁ、本来なら子供がたむろってたら管理者やらなんやらに「ほらほら散った散った」と追い出されたりするものなんだけど、あいつら何でか気に入られてんだよなぁ……。

 というか、あそこに関わらずあの二人──というより、白鳥は人を惹きつけ、人に魅せつける能力が非常に高い。

 それはきっと天性のものなのだろう、マジで無意識的に人を寄せ付けているところがアレにはある。

 それこそ老若男女問わない、と言い切って良いほどに。

 いやマジで誰でもなんだよな……せめて同い年くらい、とかお爺ちゃんおばあちゃんだけ、とかだったらまぁ、分かるんだけど本当に無差別的なんだよな。

 一体どんなチート使ってる訳? と疑うレベル。

 それがどれだけ凄いかと言われれば、今こうして前宮に向かってる最中にある老舗の団子屋のおばちゃんだったりが、それなりの頻度で行動を共にしているだけの俺に軽い挨拶くらいはしてくるレベル。

 ……いや、おかしいだろ、普通に尋常ではない。

 が、まぁ尋常ではないのがあの女、ということである。

 そんなことをポヤポヤと考えながらアスファルトで舗装され、木々が並び立っている道をひたすら突き進む。

 木陰が多いお陰で多少なりとも暑さはマシで、だからこそペースは落とさずに歩けているが、何だかんだ今日は色々と動いているせいで疲労が溜まっているのを感じる。

 具体的に言えば普通に足がだるい、なんかヨロヨロするしもっと言えば息切れしやすくなっている。

 インドア派の人間は体力無いんだから考えてこき使えよな……いやこき使われるのは良いのかよ。

 なんて思いながらそれなりに広い前宮内をクルクルと行ったり来たりしていれば、不意に二人の少女が目に入る。

 あー、やっと見っけた、と思ってから連絡すれば良かったじゃん……と気付いたがまぁそれはそれ。

 明日は意地でも一歩も家から出ずに自堕落に過ごしてやるからな、と意思を固めながら向かえば二人はほとんど同時に気づいて手を挙げた。

 

「あ、ゆたかさーん! こっちです、こっちー!」

 

「お兄ちゃーん! はーやーくー!」

 

 水都はメガホンのように口に手を当て、白鳥は手を大振りにしてそう叫ぶ。

 ちょっと、周りに人いるんだからそういう注目されちゃうようなことはやめろよな……と少しだけ早足で駆け寄っていく。

 

「悪い、結構待たせたか?」

 

「いえ、随分と早い方だと思いますよ。やりますね、ゆたかさん」

 

「思いのほか直ぐに見つけられたからな」

 

「うたのんに連絡すれば良かったのに」

 

「や、基本的に連絡とかすること無いからよ……頭から抜けてて……」

 

「これだからお兄ちゃんは……ぼっちが板につきすぎてるよ……」

 

「ふっ、孤高の人と呼べ、妹よ」

 

「突然中二病っぽくなるの返答に困るからやめて」

 

「はい……」

 

 相変わらず落ちない切れ味で斬りかかってくる……前世は侍だったのかな? 侍の水都……ふむ、悪くない、悪くないがどちらかっていうと侍は白鳥で水都は姫って感じだよな。

 完全に守る側と守られる側の構図だ。そして俺は白鳥に殺られるモブ敵かな……いや殺られちゃうのかよ。

 

「で、今日は何してたんだ? けいどろ? どろけい? ぬけたん? たんどろ?」

 

「それ全部同じじゃないですか……」

 

「そうとも言うな」

 

「そうとしか言わないよ……」

 

 まぁな、俺もけいどろかどろけいしか聞いたこと無いわ。

 この他にもどろたんとかあるらしいんだけど言ってるやつ見たことねーよ。

 

「で、もっかい聞くんだけど何してたんだ? つーかいっつも何してんの? 駄弁るにしたってここ、そんな適してるか?」

 

「んー、いえ。特に何かスペシャルな理由がある訳ではないんですけど……何となく、ここの空気が好きなんですよね。ラブですよ、ラブ」

 

「そういうのって普通、ライクって言うもんじゃないの……?」

 

 愛しちゃってるのかよ、と言えばはい! と元気よく返された。

 ……いや本当に元気だな、体力無尽蔵だったりするのかしら……。

 

「ま、良いか。取り合えずもうそろそろ帰んぞ」

 

「まだちょっと早くない?」

 

「お前らいっつもあっち寄ってこっち寄ってって我儘言って時間潰すからな、その対策だ」

 

「それはつまり、我儘言いたい放題してもオーケー、ということですか?」

 

「そんなこと言ってなくない? ていうか何、今までのは我慢してたっていうの?」

 

 恐る恐る聞けばニコッと効果音が聞こえてきそうなくらい眩しい笑顔を向けられた。

 くっ、やめろやめろ、浄化される! いやされねーよ。この前クラスでゾンビ扱いされたのが尾を引いてるな……。

 え、俺、客観的に見て可哀想すぎないか? 何か涙出てきちゃうんだけど……。

 

「お兄ちゃん、その突然泣き出すのやめない?」

 

「お兄ちゃん今悲しみに暮れてるからあと十秒待って」

 

 言うと同時に二人は仲良く秒数をカウントし始めた。

 仲が良いというかなんというか、とにかく俺に遠慮がなさすぎない?

 いや今更されたところで逆に不審で怖いだけだからやっぱ良いわ。

 

『10!』

 

 そう思ったところでぴったり仲良しな声がそう響いた。

 十秒ってのは結構短いもんだ。

 

「じゃあ行くよ、お兄ちゃん」

 

「あんまりスロウリィだと置いて行っちゃいますからね」

 

「待て待て、何でお前らが迎えに来た構図みたいになってんの? アレ? 俺が今迎えに来たんだよね?」

 

「? 何言ってんのお兄ちゃん?」

 

「嘘、だろ……?」

 

 当たり前のように過去改変がされてやがる……等とテキトーなことを言いながら二人に追いつくように少しだけ走る。

 そんな俺を見て、少しだけスピードを上げようと思ったのか水都がちょっとだけ早さを上げた──直後。

 ぐにゃっと曲がらなさそうな方に、水都の足首が曲がる。

 

「いっ──」

 

 少しだけ漏れた声と、俺が全力で地を蹴ったのは同時のことだった。

 グラリと傾いた身体を両手でキャッチして支えてやる。

 そうすればほっとしたのか彼女は全身を一気にこっちにゆだね

 

「うっ、いったぁ……」

 

 と言葉を漏らす。

 それに少し遅れて白鳥が駆け寄ってきた。

 

「み、みーちゃん大丈夫!?」

 

「う、うん、大丈夫だけど、変な方向に捻っちゃったみたい」

 

 水都がアハハと笑いそう言って、俺の肩をトントンと叩いた。

 

「お兄ちゃんも、ありがとう。でも一人で歩けるから大丈夫だよ」

 

「なーに言ってんだお前」

 

 そう言って、水都を強引に背におぶさる。

 そうすれば水都は変な声を出しながらお兄ちゃん!? と軽く叫んだ。

 

「だ、大丈夫だってば! ここまでしなくても……!」

 

「だーめだ。お前はなんでも我慢するの下手くそなんだよ。すーぐ顔に出やがる」

 

「んなっ、そんなことないもん!」

 

「もん! じゃないわ、良いから黙って負ぶさっとけ。落としたりしねーから」

 

「ぐぬぬ……」

 

「随分と不満そうじゃねぇか……ほれ、白鳥からも言ってやれ」

 

「みーちゃん……無理するのはノーよ。ここは黙ってゆたかさんに従いましょ?」

 

「う、うたのーん……」

 

「情けない声出すなよ……ていうかそこまで嫌がられるとお兄ちゃんも傷ついちゃうからね?」

 

 そう言って、よいしょっと何度か持ち上げなおして位置を調整してやる。

 そうしていれば、ようやく観念したのか水都は「もう……」と呟いた。

 

「でもゆたかさん、大丈夫なんですか? 今日はもう、随分動いてると思うのですが……」

 

「あー、まぁな。でも大丈夫だ、問題ねぇ。なんなら肩車して走り回ってもいいくらいだ」

 

「それだけは絶対にやめてね」

 

 白鳥に返事すると同時に持ち上げようとしてパシリと頭を叩かれる。

 その様子を見て白鳥がフッと笑った。

 

「前から思ってたんですけど、ゆたかさんは運動はしてないのに体力も筋力も、そこそこありますよね」

 

「そうか? 一般的な中学生ならこのくらいだと思うが……」

 

「や、お兄ちゃんを一般的って思いたくはないんだけど……」

 

 ちょっとそこ、うるさいぞと身体を揺らしとく。

 それだけで水都は「うぇぇ、やめて~」と音を上げた。

 

「ふふ、でもゆたかさんは運動向いてると思うんですよね」

 

「そうか? 体育の成績とか常に四の男だぞ? 俺は」

 

「大体手抜きでやってるからじゃないですか……」

 

「ぐぬっ」

 

 痛いところを突かれてしまった、と声を漏らす。

 いやだって本気でやると疲れるじゃん……。

 ただでさえ炎天下の中サッカーとかシンプルに地獄なのに、その中で常に全力出してたら倒れちゃうからね?

 後はあれ、単純に集団行動が苦手。今時期密集するのはタブーだからやめてほしいんですよね。密です密です密です!

 

「という訳で今度から毎週……いえ、隔日でうちの家庭菜園手伝いませんか!?」

 

「ねぇ今どういう繋がりでそうなったの? そしてそれへの返答はノーだ」

 

「えー?」

 

 良いじゃないですかー、母と二人でも良いんですけど、ゆたかさんもいれば楽しいと思うんですよ。もちろん、みーちゃんも一緒に! 等とほざく白鳥をはいはい、またいつかその内なー、はいはい今度なー、と流しながら帰路へと着く。

 ここに来るまでの間は結構時間がかかったように思えたがしかし、不思議と帰りはそう思うことはなかった。

 一人より二人、二人より三人というやつなのだろうか、と思ったがそれを直ぐに振り払う。

 違う、この二人だから、俺は楽しいのである。

 なんて、途方もないくらい恥ずかしいことを思っていれば日が沈みかけ、空には月と星がうっすらと輝き始めたころにようやく白鳥の家は見えてきた。

 ちょうど玄関には見慣れた女性──白鳥のおばさんがいて、こっちを見つけたのか大きく手を振っていた。

 それに対して白鳥は嬉しそうに両手をあげ、ただいまー! 等と声を上げたちょうど、その時だった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 比喩でもなんでもなく、純然とそう思った。

 爽快に晴れ渡り、星と月と、沈みかけの太陽くらいしか空にはなかったのだ、そう思っても仕方がないだろう。

 しかし、それは一瞬そう思った、というだけだ。

 全長二メートルから三メートルはあると思われる真っ白な、胴長のそれが何かは分からない。分からないが、とにかく嫌な予感がして。

 思わず叫んだ、否、叫ぼうとした。

 叫ぼうとして──声が出なかった。

 正確には、出そうとした声が行き場を失くして消え落ちた。

 なぜなら──そう、なぜならば。

 その真っ白な何かは人のように巨大な、顎のような器官を大きく広げ。

 ガブリ、と白鳥のおばさんを噛み砕いたからだった。

 見たことのないくらい真っ赤で、大量の血液が噴水のように地へと飛び散って。

 白鳥と水都の声にならない悲鳴が、こびりつくように空へと響き渡った。

 

 

 

 

 

 




終わりは不意に訪れる。
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