親愛なる我が"赤"の家族へ   作:右京遠江

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第0話

「殺して……」

 

 ぶ厚い雲に覆われ、月や星の光が遮られた夜天の中に声が通る。しかし燃え盛る火焔の煌めきが、周囲の光景を照らし出している。

 周囲の状況は壊滅の一言に尽きた。まず眼前に広がるのはクレーターだ。直径30メ-トル、深さは3メ-トル程か。周縁部には元は住居だったのだろう建築物が幾つも崩壊した姿を晒している。更に視線を彼方に向ければ()()()()()()()()()のシルエットがぼんやりと見える。

 

「早く殺して……」

 

 轟轟と炎がその勢いを誇示する中、再度声が通る。その声の主は丁度クレーターの中央で仰向けに横たわっていた。

 女だ。

 その姿の方は悲惨の一言に尽きた。身に纏う衣装はあちこちが裂け破れ最早布切れの様で、身体は右腕が肩から、左腕が上腕半ばから、そして腰から下がるで何か大型の肉食獣に食われたかの如く失われていた。

 

 しかし、それでも猶。

 

 その女は美しかった。

 

 地に広がり炎光に照らされる、闇に沈むが如く重く艶やかな黒の長髪。夜空を向く切れ長の目に、昏く輝く深紅の瞳。泥土に汚れながらも元の質を損なわない肌。挙句は歪な赤い肉の断面。

 そんな所にも綺麗だと思わせる程の美を女は持っていた。

 

「早く……」

 

 三度目の声と共に女がこちらに目を向ける。その顔は歓喜の微笑みを浮かべていながらも、何処か悲嘆と諦念を含み、身体の状態に反して流暢に紡がれる艶やかな声にもそれらは滲み出ていた。

 

「早く殺して。私はもう嫌なの。もうこんな思いを抱えてたくなんてない。死んでこの世から消えたい。消えて何もかもを無にしたい。()()()が殺されるような世界なんてもう真っ平。だけど私は私を殺せない。どう頑張っても殺せない」

 

 でも、

 

「貴方ならば殺せるでしょう? いいえ、確実に殺せる。何しろ私をこんな風にできるのだから。今こそ“約束”を果たして。昔結んだ”約束”を。貴方なら、否、貴方にしかできない事ならば何でもしてくれるっていう“約束”を。絶対に果たしたくれるって貴方はあの時言ってくれたわ」

 

 だから

 

「早く私を殺して」

 

 自身の言葉に何ら疑う事の無いような様子の女。当たり前だ。何しろ女が言った事は全て事実なのだから。だからこそ。

 

「断る」

 

 明確な意思の下、断固として拒否を返した。

 

「え?」と女は呆けた様な声を上げた。表情も微笑みはまだ浮かんでいるものの、虚を突かれた様に不思議そうなものになっている。

 その顔をしっかり見据えながら畳み掛ける様に続ける。

 

「確かに俺はお前を殺せる。“約束”だって交わした。絶対果たすとも言った。だけど俺はお前を殺さない。決して殺さない。“約束”は破る事になるが、俺はお前を生きていて欲しいんだ」

 

 そう告げた瞬間、「ふざけないで!」と女は激昂した。

 

「何が“生きていて欲しい”よ! 貴方の勝手で“約束”を破らないで! “あの子”との“約束”(思い出)を裏切らないで! “約束”を果たして! 私を殺して!」

 

 烈火の如き憤激を込めた怒号を上げ、こちらを睨みつけながら。

 

「そうしなかったら貴方を絶対に許さない!」

「解ってる」

 

 対して己は静かに答える。

 

「お前の言う通り“約束”を破るのは俺の勝手によるものだ。俺の勝手で“あの子”との思い出を裏切る事になる。そうやってお前が怒るのも理解できるし、寧ろ当然の事だと思ってる。恨まれるのだって本音を言えば避けたいさ」

「だったら何故……っ!」

「だが」

 

 だが、

 

「それら全て受け入れる覚悟はとうにできている。この先永久に憎まれ恨まれ続けようともお前に生き続けて欲しいんだ。だからこそ何度でも告げよう──────俺はお前を殺さない」

「……………………っ」

 

 静かに、静かに言葉を重ねて行く。一瞬、そう、一瞬だけ女の顔が明らかな悲しみに歪んだ。一気に弱々しくなったその瞳が訴え掛ける様にこちらを見るが、次の瞬間にはきつく閉じられていた。

 

「……………………」

 

 そのまま何かを堪えるかの様な表情のまま、女は黙っている。きつく閉じられた両の瞳の端からは涙がこぼれ出ている。

 

「……………………そう」

 

 ようやく目を開けた女が開口一番に発した言葉の調子は意外な程に落ち着いていた。ただ、

 

「これだけ、これだけ頼んでも。これだけ言っても。貴方は殺してくれないのね。“約束”を破るのね」

 

 その瞳だけは。未だに涙を流しながらも。憎悪に満ち満ちてこちらを睨み付けていた。

 

「ああ」

 

 やはりお前は綺麗だ。たとえそんな姿に、表情(かお)になっていようとも。

 

「そう」

 

 再度そう告げられ、視線を切られた。女が顔を空に向けたのだ。

 己はゆっくりと女の隣に膝をつき、屈み込む。そして“作業”を開始しようとした時だ。

 

「私を忘れないでね」

 

 ぽつりと、呟かれた。視線を遣るが、その顔には最早何の表情も浮かんでいない。

 女の言は理解できなかった。否、その内容は理解できたのだが、その意図が解らなかったのだ。

 しかし「解った」と頷く。自分の勝手で生かし続けると決めたのだ。ある程度の願いは聞き届けなければならない。それに、それを抜きにしても、そもそも女の事を忘れるつもりなどさらさら無い。忘れる筈が無い。

 己は“作業”を再開した。彼女を必ず生かし続ける作業を。

 口を開いた時、自然と口を衝いてこぼれた。

 

「愛してるぞ、■■」

 

 そのまま()()()()()()()()()()()()()()()。ブヅッと噛み切ると共に口内に溢れかえる熱い血潮を飲んでいく。

 同時に“呑む”のは、女の()()()()

 

「■■■、■■」

 

 ふと、女が何か言葉を発した様に感じられた。当然ながら、喉から溢れる血によってそれが言葉の形を成す事は叶わない。

 何を言おうとしたのだろうか。普通に考えるならば、痛みによる苦鳴だろう。

 だが、もしもちゃんとした言葉だったのならば、何と言ったのか知りたいものだ。

 そこまで考え、後は“作業”に専念していった。

 

 

 

 

 




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