親愛なる我が"赤"の家族へ   作:右京遠江

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我ながら文章滅茶苦茶だな、と思う箇所もありますが、どうかご寛恕下さい。


第四話 目醒め

 〇

 

「みんなー、おっはよー」

 

 教室に入って来るなり開口一番にそんな挨拶をした20代半ばの女性は、春城の所属する四年六組の担任教師にして学年全体の戦闘訓練の教官である真柴・猛(ましば・たける)だ。

 170センチはあるしなやかな体躯は焔ヶ原学園のとはまた違う暗青色を基調とした軽量級の豊葦那式戦闘衣に包まれており、鞘越しでも片刃だと解る長剣を背負っている。

 薄茶色の無造作なショートカットの髪に黒色の瞳を持つその顔には、今は穏やかで明るい笑みが浮かべてあるが、だからと言ってそれを彼女を下に見る要素にする様な者はこのクラスに限らず学園──どころかこの国で冒険者をやっている者達の中には存在しないと言って過言ではないだろう。

 彼女に与えられたランクは一級冒険者。それ以上となると全世界規模でも一握りしか存在しない、冒険者の最高クラスたる超一流の証明。

 そんな人物が何故にこの学園に勤めているのかは判明していないらしいが──引退した者が多い事は事実だが現役の冒険者が育成校の教師を務める事自体はそう珍しい話ではない──、赴任時は冒険者業界の中でかなりの話題に上ったという。

 但し、猛は肩書から畏怖される事はあるが恐怖されている訳ではない。授業において力の一端を見せる事はあるものの、それ以外での己の武力を誇示する事はないからだ。

 

「さて、じゃあ初めに前々から伝えていた転校生を紹介するわよー」

 

 気楽な口調のその内容にクラス中が身を乗り出す雰囲気を出す。中には実際に身を乗り出している者もいる。

 今は皐月で、転校してくる時期としては一般校基準だと外れているが育成校だと様々な理由でそう珍しくはない。クラスメート達の興味を引き付けたのは2点。

 1つは、このクラスに入って来るという点。現在、春城達のクラス四年六組は全員が今年度の卯月から入学して来た者達だ。これは同学年の他の者達にある程度追いつかせる為に戦闘の基礎等を全員に纏めて教える為の一時的な措置であり、半年経過したら交流を広げさせる狙いもあってクラスは再編成されるが、今このタイミングで来るという事はその人物も中途入学者であるという事だ。流石に中途入学者がたった1月で転校するのは珍しい。

 そしてもう1つは、その人物が“無法区”から来るという点だ。豊葦那において実質治外法権区域ともされるその場所にも小規模ながら育成校が存在する事は知られてはいたが、そこに所属している者が外部に出るというのは、全育成校の歴史においてたった数件あるかないかというところだ。何しろそこに所属していた今は現役の冒険者ですらさえもあまりその区域の外には出ないという徹底振りなのだ。

 

「喜べ男子共、美人さんだぞ」

 

 猛のその一言に男子のみならず殆どのクラスメートは興味をますます引き立てられた。斯くいう春城もその1人だ。

 クラスの反応を「はいはい、静かにね」といなしてから「それじゃ入って来てー」と、廊下に控えているのであろう転校生に呼び掛けた──尚、教室の廊下側の窓は曇り加工してある為向こう側は覗けない──。

 そして。

 “彼女”が入って来た。

 

「…………………………………………」

 

 その瞬間、教室内の時が止まった。

 そう錯覚させる程に”彼女”は美しかった。

 膝裏まで届く闇の様に重厚でしかし艶やかな黒髪、深く輝く深紅の瞳が収まった切れ長の目、形の良い眉、熟れた果実の様な紅い唇が配置されたその容貌(かんばせ)は、表情らしい表情を浮かべていない所為もあって性欲等には結びつかない一種超然とした美を(かたど)っている。

 体は標準型の制服に包まれており、本来ならば細やかな体型は解りにくい筈にもかかわらず隠しきれない女の色気を醸しており、行燈袴の前面のスリットから一部見える黒のインナーに覆われた脚のラインが艶めかしい。

 しかしその艶美は何処か退廃的で、見る者の欲を掻き消す様な危険な何かと恐怖を何故か想起させる。

 生徒達は全員、“彼女”の妖艶ながら薄闇の漂う“美”に魅入られていた。

 パンッ、と。

 即座に手を打ち鳴らした音が一度響く。それによって呑まれていた生徒達は我を取り戻した。

 柏手を打ったのは猛だ。先に面識があっただけ呑まれる事はなく、皆がこうなるのを見越していたのだろう。

 そのまま“彼女”に顔を向ける。

 

「はい、じゃあ自己紹介お願いね」

 

 〇

 

 生徒達が銘々我を取り戻した中、春城は別の奇妙な感覚に襲われていた。

 それは既視感だ。

 

(何処かで見た気が…………)

 

 だが覚えている限りあんな女性とであった覚えは無い。というかあんな女性、一度会ったら忘れる方が遥かに困難だろう。

 もしかすると失った過去の記憶に関係するのかもしれないが…………

 

(いや、“忘れる”…………?)

 

 1つ別の可能性があった。時折見るあの奇妙な夢だ。毎回細かい内容は忘れてしまうが、“途轍もない美女”が登場している事は覚えている。既視感の正体はその認識が自分の中で重なった故のものか。

 そこまで考え────“彼女”と()()()()()

 そしてそのまま彼女は一瞬だけ──本当に一瞬だけ、しかし確実に、登場して初めて表情らしい表情をとった。

 笑ったのだ。嬉しそうに。愉しそうに。

 

(何だ? …………何だ!?)

 

 突如、己の中で感情の大奔流が巻き起こる。咄嗟には分析できないそれは“あの夢”を見た後に決まって発生する感情の昂りに似ていたが、それよりも規模が大きい。

 

「はい、じゃあ自己紹介お願いね」

 

 猛の促しに“彼女”は「解りました」と応じた。声も見た目に反せず艶やかなアルトだった。

 

「初めまして」

 

 その声を。

 

「私の名前は緋袴・春弥(ひばかま・はるみ)。緋袴・春城の妹よ」

 

 その言葉を。聞いた瞬間、春城の中で何かが弾けた。

 

 〇

 

 その一瞬に何が起きたのか、響一郎は正確に把握出来なった。ただ気付いたらそれまで座していた椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、“そちら”を向いて戦闘態勢を取っていた。

 外に面した窓側の後ろ角の席に座る春城の方向────否、この表現は正確に表せていない。

 正しくは、“圧倒的な程の威圧感を(ほとばし)らせる”春城の方向に向けて、だ。

 響一郎に限らずクラスメートの戦型(スタイル)が戦闘系の者達は各々の武器──刀、剣、ナイフ、棍、槍、銃等──を構えるかもしくはその寸前の手を掛けているかしており、近くの席にいる暦の様な戦型(スタイル)が非戦闘系の者達も全員が立ち上がり、()()()()()警戒の態をとっている。

 実際を表すならば、本能的な恐怖から行動を起こしただけなのだ。その証拠に恐怖を表情に浮かべる者も中にはいるし、響一郎だって自身の武器である棍を持つ手が僅かに震えている。

 だが、響一郎も含めた六組の生徒達はこの様な威圧感を与えられるのは実は初めてではない。実戦試験の次から開始した戦闘訓練の授業の初めで、猛がこんな威圧感を発したのだ。それは極一瞬だけで済んだが、目的は(あらかじ)め強者の気配を知る事で、いざ実戦で格上の相手の気配に身が竦んでしまう可能性を減らす事だったという。

 しかし今の春城から発される威圧はその時の猛に勝るとも劣らない。何よりもその当人である“あの”猛がいつも通りの楽しそうな快活な笑みは浮かべながらも、目だけは笑はずに背負っている片刃長剣の柄に手を掛けていた。

 だが全員ではない。唯一、転校生の“彼女”──春弥(はるみ)だけが何の構えもとらず、しかし寒気を及ぼす様な微笑を浮かべ、ただただ春城をじっと見ている。元々がそれ所ではない事態でもあるが、不気味さすら感じる彼女の様子から響一郎の様に気付いた者も誰も気に懸け様としない。

 

「……………………」

 

 一方、当の春城は何処か呆然とした表情を浮かべていた。直前に春弥がとても気になる事を言っていており彼の呆然にはそれが関係しているのだろうか疑問だが、とりあえずそれは後回しだ。

 今は席に座して黙ったまま動かないが、次の瞬間にどうなるのかは予想がつかず、内心戦々恐々だ。

 だがそんな恐怖と警戒の一方で、響一郎は懐かしさも感じていた。

 実を言うと響一郎──とクラスメートの内の数名──は春城のこの威圧感を感じるのはこれが最初ではない。思い出されるのは実戦試験だ。あの時の春城も途中からこのような威圧感を発しながら戦って来たのだ。あまりにのその変貌ぶりに“彼は強化系の魔現持ちではないか”という噂も囁かれる程だったが、それ以降春城がその状態を見せる事はなかった。

 それが今この瞬間に発現したのは果たしてどういう理由なのか…………

 

「────先生」

 

 ふと、春城が猛に向けて挙手をする。皆が見守る中、猛に「うん、なあに?」と促された彼は、

 

「ちょっと気分が悪いので、治療室に行ってきます」

 

 そう言って、猛の返答も待たずに席を立ち移動を開始した。進路付近にいた者は海が割れるがの如く身をずらし、結果春城は誰にも邪魔される事なく教室から出て行った。

 

 〇

 

 荒い息遣いが響く。場所は六組の教室の付近にある階段の踊り場だ。今現在、時間割ではまだHRである為、周りに人気(ひとけ)は全く無い。

 

「くそ…………! 何なんだ…………」

 

 体の奥底から溢れてくるこの出所の解らない感情の奔流を必死に抑え込もうとするが、全く敵わない。つい先程発生したこの衝動が体を支配しようとするのに必死になって抵抗する。

 踊り場の壁に左前腕と額を押し付け、必死に深呼吸する。

 今の自分はいつもよりも輪にかけてさぞかし酷い顔をしているだろう。

 

(…………)

 

 次々に心の中で湧きおこる。

 驚きが。罪悪感が。歓喜が。そして、狂おしいまでの愛情が。

 こうやって衝動・感情の正体自体は解っているのだ。

 ただこれで春城には1つだけ確信できた事がある。

 

(やはり彼女は……………………)

 

 春弥は“夢”の女性なのだと。理由をそこだけに持っていくのは我ながら強引だと思うが自分の中では容易に腑に落ちた。

 だがそうだとして、何故“彼女”が出てきたのか────

 

(くそ、落ち着いて考えられない……!)

 

 考えるのは後だ。一先ず何とかしてこの衝動を鎮めなければ────────

 

()()()()、と。耳元で金属機構が奏でる様な音がし、同時に右こめかみに金属質な何かが押し付けられたのを感じた。

 ハッとして右をむき────思考が止まった。顔を向けた先の光景が理解できなかったからだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何故……?」

 

 呆然と銃を握る己の右手を見下ろす。

 拳銃自体は今や見慣れた己のものだ。口径が大きく、メインに使う訳でもなく細々とした整備が面倒だという理由での回転式拳銃(リヴォルバー)

 再び、しかし内容は異なる混乱と焦燥が己の中を支配する。

 当然ながら、春城には日常的に拳銃自殺を行うなんて習慣は無い。だというのに全くの無意識の内に──羽織の下の右腰裏のホルスターから抜いた覚えも無いのに、いつの間にか己の頭に向けて構えていた。安全装置(セーフティ)まで外して。まるで日常動作の延長上とばかりに、極々自然に。

 

(何だ、何だ、何なんだ。一体全体俺に何が起こってるというんだ……)

 

「────あら?」

 

 ふと背後から響いた声に春城は弾かれたかの様に振り返った。

 背後にある階段の上部。廊下に繋がるスペースに“彼女”は立っていた。

 

(────────────!!!)

 

 ──嗚呼、やはり“彼女”は美しい。

 その姿を認識した瞬間、今まで心中を占めていた混乱は掻き消えて再度の激情の奔流が──何よりも愛おしさが爆発的に湧きあがり、逆にそれに戸惑いを覚えてしまう。

 当然ながらと言うべきか恰好こそ先程と同じだ。しかし、微笑を刹那しか浮かべなかったその顔は、今は心の底からの歓喜と愛情が滲み出た満面の笑みに覆われており、しかし対照的にその目には限りない憤怒と憎悪が溢れ出ている。

 不思議と春城にはそのどちらかが作り物ではなく、どちらも本物なのだろうと自然に感じた。

 ふと、春弥の視線がこちらの右手を向く。

 

「相変わらずなのね、その“()”」

 

 吐き捨てる様に紡がれたその声の印象も先程までのとは微妙に変化し、声質は艶やかなアルトのままにもかかわらず、今は妖艶さと言うよりはより退廃的で危うい感じだ。

 

「そのまま放っておいても私の目論見は果たせそうだけど…………」

 

 彼女が何を言っているのか春城には解らない。

 しかし、そこでようやく僅かに冷静さを取り戻し、春城はある疑問を覚えた。果たして春弥は何故この場にいるのか、と。

 

銃声(おと)がうるさくなやるからやっぱり直接やらなくてはね」

 

()()()、と、背筋に悪寒が走る。とにかくその場から動けと本能が叫ぶ。

 それに従い春城は行動を開始した。右手の拳銃を春弥に向け移動した────春弥から離れようと()()()()()()()()()()()

 

「ぐあっ…………!」

 

 突然発生した後頭部に痛みと衝撃に数舜思考に空白が生まれる。背にしていたすぐ側の壁にぶつかったのだと理解したのはその後だ。そのたった数瞬が致命的だった。

 

「ラッキー」

 

 愉しそうなその声が最後だった。

 

 〇

 

 僅か1秒後。春弥が見下ろす階段の踊り場で。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()春城の体が横倒れに転がっていた。

 

「うふ。うふふふふ。────────ごちそうさま」

 

 〇

 

「はいはい皆落ち着いてねー。もうすぐ授業始まるんだからちゃっちゃと準備しなさーい。────あら、お帰り、緋袴、じゃ2人いて紛らわしいから春弥って呼ぶわね。で、“ 兄が心配なので”って出てったけどもういいの?」

「ええ、()()()()()()()()()()

「ふーん? …………ああ、そうみたいね。そっちもお帰り、()()

「はい、心配掛けました」

「結構結構。じゃ、2人もちゃっちゃと授業の準備やってね。春弥も初めてだけど把握してるでしょ。あ、春弥の席はそこの空席ね」

 

 




春弥の声のイメージ(と言うか雰囲気)は水銀燈や老倉育です。
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