「ほお、これまた珍妙な事よ。魔術師が只の人間に慈悲をかけるか」
アーチャー……ギルガメッシュは霊体化していたのか、揺月には直前まで気配を察する事が出来なかった。
私は一つ思い違いをしていたのかもしれない。この時点でアーチャーと時臣の主従関係は決裂するほどでなく、従えるに値せぬといえど、臣下として忠義を尽くす時臣の意に反するような行動は取る筈がないと。
またギルガメッシュの宝具の真価がなんたるか露見するのを忌避する時臣がこのような状況を許す筈がない、と。
「……抜かった」
下唇を噛みしめ己の失策を呪う。
この《英雄王》が常識とかマスター等に縛られる訳がない。
まさに、
人類最古のジャイアニストとは良く言った物だよ…!
「我が令呪を持って命ずッ」
掲げた利き腕に銀色の矢が刺さる。
「おおっと手が滑った」
「あがぁぁぁ!!!?」
次の瞬間、脳髄が焼き切れるような痛みが駆け抜けた。
(――クソッたれ!クソッたれだ!英雄王!!!!!
私の至高の肉体に傷を付け
まるで只の刺青になったようだ。解呪の魔術はまだ取得していないというのにこんな序盤で切り札を潰されてしまった!)
苦渋に顔を歪め、噴水のように血が噴き出す手の甲を片腕で必死に抑えた。
「おいおい、どうした魔術師の小娘。その程度の傷で何故幼子のようには泣き叫ぶ?」
「黙っ…れぇぇぇ!!!!!」
血が止まらず、意識が混濁としてきて咄嗟に不味いと思い元素魔術の応用で傷を焼いて塞ぐ。
(――痛覚遮断……使えない!なら治癒は、使えない!血が流れ出す!焼いて止め…あ゛あ゛あ゛あ゛痛過ぎる!!!?)
未熟ゆえ麻酔に変わる魔術を使えず、ガンガンと打ち付けるような痛みが波のように押し寄せた。
(何なんだこれは?何なんだあれは?
まるで厄災ではないか。こんな化け物に勝てる訳が―――)
「やれ、少し静かにしてやろう」
黄金の波紋が周囲を取り囲む。
「―――あ」
バーサーカーが呼び出せない今、対処は不可。
即ち、死
「――なんてっ保険をとっておいて正解だったよ!」
黄金の息吹きが波紋を弾き飛ばした。
ギルガメッシュはその光に目を細め、そして現れたのは偽りの騎士王。その手に握られた聖剣は漆黒の稲妻に半身を侵し不気味な波動を放ちながら、それでもなお失われる事のない聖なる輝きを宿し続ける。
「切り札は使わない。出し惜しみしよう……だからって一画もまだ使ってないわけないだろう?」
玉粒の汗を拭い、再び掲げた
「英霊から所有権を借り受ける。如何なる魔術を以てしても不可能なそれを、令呪で以て強引に通したという事か。
……未熟だが知恵は回ろう。
フハハ、哀れよなぁあの騎士王も。自らの臣下に王たる証を奪われ、王とは無縁の魔術師に使われておる」
「ハァ…ハハッ全くの同意だ」
「貴様はオレを見るに値する。顔を見せよ魔術師の小娘」
揺月は言われた通り変装魔術を解いて顔を上げる。
そこには憎たらしいぐらい笑顔を浮かべたギルガメッシュが腕を組んで嗤っていた。
ギルガメッシュと会談する事になった。
事実上の強制で、断れば文字通り只ではすまない。私の利き腕に空いた矢の穴が証明だ。転移魔術で逃げよう物なら天の鎖で縛られるか串刺しにでもされるのか。
……話を聞くしかなかった。
「さて、貴様は実に面白い事になっているようだが……魔術師の娘、傾聴を許す―――オレの民となれ」
そしてこれか。話が飛躍し過ぎて意味が分からない。
第一、ギルガメッシュと私が出会うのはこれで二度目だ。
と言っても一度目は倉庫街で互いの顔を見る暇はなかった。
あの行いは未熟な私の戦力強化の為に観測世界の記憶の流れを乱してまで強硬した苦肉の策だ。
初めての外で少し舞い上がってしまったとはいえ、顔を見られる事すら不快に感じるギルガメッシュの
結果的に今の生存へと繋がったのだから、アレには確かに価値があったのだろう。
「意味が分からない……です」
「―――オレが視た未来では貴様はイギリスにいる」
「……はぁ?」
「貴様は差し詰め、滅びゆく辺境の魔術師一派に麒麟児が産まれ、お前という点から面に栄えた可能性の一つ」
「おま、貴方様が未来を見通す非常に高度な千里眼の持ち主だと言うことは分かりました。しかし、魔術的な観点から言って未来視とは無限に等しい並行世界の観測だ。
私が今、マスターとしてここにいるか、イギリスで……恐らく生徒として時計塔に通っているかは似てるだけであって全くの別物。視た別の未来が訪れる事は多々在った筈」
この英雄王……間違いなく何か感づいている。
その私と今の私との違和感。観測次元の記憶を手に入れたか否かのifを提示してくる時点でもう殆ど確信に迫っているといっていい。しかし、まだバレるわけにはいかない。
この記憶のアドバンテージを失う事は令呪を失う以上に痛手だ。彼には何とかして誤魔化し――
「貴様は次の聖杯戦争でオレのマスターとなった」
……何だと。
「言峰めが貴様の娘に喰われたのでな。興が乗ったというヤツだ。」
娘に喰われた、あの言峰神父が?
「それは桜に聖杯の欠片が埋め込まれたという事か!!!」
Heaven's_Feelという最悪の記憶。
思わず取り乱して声を荒げる揺月にギルガメッシュは笑みを深める。
「やはりオレの視た貴様とは何かが違う。だがまるっきり違うという訳でもない。
我が近未来のマスターよ。オレが何故貴様を欲するか理解したか?
つまらぬ言葉で汚すようなら、」
ここで死んでおけ。
言葉にはしていないがそう物語るギルガメッシュの雰囲気が体を震わせる。
「私はとある偶然によって観測世界の魂を手にいれた」
罪を懺悔する罪人とは今の私のようなものなのだろうか。
まるで何かを必死に堪え、抗うべからずと己に叱咤するよう重々しく、胸に秘めた真実を吐露するその心境はハッキリ言って最悪だ。
「外部からの接触があったのは事実。しかし、それが神と呼ばれる高次元の存在なのかは分からない。
ただ、彼方の意図としては私という自我を完全に塗り潰し、その観測次元の魂に間桐揺月という存在をプレゼントするような感じだった」
佐嶋加穂留の記憶は新しければ新しいほど不鮮明で、逆に古ければ古いほど克明に映る。元々、記憶力の良い人間だったのだろう。
新しい記憶が不鮮明なのは何らかの封がなされているからと予想した。でなければ古い記憶ほど鮮明に覚えているなんてあり得ない。
彼の観測次元での最後の記憶は濃い靄が掛かったようで見づらかったが、白いローブを羽織った巨人が数刻の間をおいて杖を振るう瞬間。
『この娘の体をお前にやろう』
思い出しただけでも鳥肌が立つ。
そして同時に狂おしいほどの怒りを感じる。
……ふざけるなよ。私は私だけの物だ。
異常なほど早い
「私は、これから数十年先までの、幾つかの並行世界の記憶を保持している。この世界の記憶はないが、それに非常に近い並行世界の記憶を頼りにここまで都合良く盤上を進める事が出来た。
……これで満足か英雄王?」
ドーパミンが大量に分泌されたのか利き腕の傷の痛みが気にならなくなっていた。
計画が全てダメになったという自暴自棄な気持ちもあるのだろう。慣れない敬語を止め、まるで対等にでもなったかのような口調で話す。
「フハハハハハ!!!!!」
……爆笑か。
意味が分からんな。
揺月は聖杯戦争が終わったら真面目に心理学を学ぼうと胸に刻んだ。
「貴様はそれがどれだけの偉業かまるで理解してないようだな。
観測次元の魂を拒絶した?むしろ腐るまで利用し尽くしてやっただと?
それを成せる英雄がどれだけいる事か!」
そもそも、観測次元。上から下に進んで堕ちるような馬鹿がいないから例外もクソもないだろう。
大手を広げて自らを誇れ!と人間讃歌を謳う英雄王を彼女は諦めにも似た冷めた目で見つめる。
「この時代の人間は弱すぎる……と、悲嘆に暮れていた矢先に貴様が現れた。
神秘なき今、神に打ち勝つような存在がな」
そう言えばこいつ。神絶体殺すマンだったな。
意図せずとはいえ観測次元の神の目論みに泥を塗った私を見れば――人の可能性を信じて神と袂を別ったほどだ。そりぁ嬉しいだろう。
「今の人間にも希望はある……しかし、今の人間はあまりに増えすぎた」
「……間引きか」
頷くギルガメッシュに揺月は目を細める。
脳内には聖杯の泥が冬木の街を焼き尽くす地獄絵図が浮かび上った。
「決断を下すにはまだ早かろう。しかし我が眼に現代がどう映るかじっくりと見定め―――もし必要なしと決断するような事があれば全ての人間は自らの悪意を前に立ち向かわなければならない。」
受肉した後の行いはこの世界でも変わらない。つまりそういう事だ。
ギルガメッシュがこの時代の人間社会を“不要”と判断すれば聖杯の泥で世界を満たし大量虐殺という名の選別を始める。
自らが王として君臨し泥に打ち勝った
私をスカウトしにきたのは、既に『この世全ての悪』と同等かそれ以上の観測次元の魂の侵食に抗うという偉業を成したから。
「……お断りだ。お前の悪政に興味はない」
どちらにしろ私の生涯は根源到達に捧げている。
その目的の為に聖杯は必須で、ギルガメッシュがいかにも優れた王であり人類をあるべき正しい道に導いてくれるのだとして……それがどうした。
ヤツは根源への障害であり邪魔者は排除する。それが私――
たとえここで無惨な死に様をさらすことになろうと、この心情だけは曲げるわけにはいかない。
「「………………」」
両者は猛禽類のようなギラつく瞳でにらみ合い、意外にも先に引いたのはギルガメッシュだった。
「ならば、示せ。この時代の英雄たる資格を持つ者よ」
彼は王の財宝から一振りの杖を出し傷ついた利き腕に振るう。
すると魔力の流れが途絶えていた令呪の封印が解かれ火傷で強引に止血された風穴は綺麗さっぱり消えてしまう。
そしてギルガメッシュは霊体化してこの場を離れた。
「―――良いだろう。私はお前を殺すよ英雄王」
揺月はそうポツリと呟いて歩き出した。
決してそれは正義ではなく、私欲に塗れた選択である