「随分と遅かったではないか?」
ギルガメッシュは新たに取り出した杯に酒を注ぎ、揺月の前に差し出す。
乾杯でもしたいのかと思ったが、私の顔を映した酒を一飲みにした彼は地面に尻を付けるのをやめて宝石のちりばめられた安楽椅子に腰を下ろした。
「宴は終わりだ」
「……はぁ、そこまで遅かったんですね。それは残念です」
アーチャーと揺月は二人で笑い合う。
意図が読めないのは彼ら二人以外の全員である。
ライダーは、「これから面白くなるのではないか」と声を上げた。
仮にも戦争中、それに同意するような酔狂な者はこの場にいなかったがスコープ越しに此方を覗く切嗣にとっては、もう少し敵の情報を得たいというのが実情だった。
「――ですが、このままではあまりにも味気ない。ライダー様、『出番』を譲っていただけないでしょうか?」
「……出番?
よく分からんが、それは余と一戦交えるという事ではないのであろう」
「えぇ、少しばかり……見せ場でしょうか?
貴方様のご活躍を拝見することが出来ないのは非常に悲しく、非常に勿体ない話ですが、この私が神代の魔術師にも負けぬ力量を持つと証明するには良い機会かと」
「神代の魔術師とは大きく出たな」
「正直に申せば、私は数百年ほど生まれる時を間違えたのだと思っていました。けれど――、それにしては彼女は弱すぎた。
いずれ、私の力は神代ならずば人という枠に留まれぬ領域にまで上り詰めるでしょう。」
「確かにお前さんの美貌と度胸は余の時代においても“普通”ではないな。それを含めた力か――興味深い。良かろう、出番とは何の事だがさっぱり分からんがお主に譲ってやる!」
ライダーは快く快諾し、揺月は丁寧に頭を下げて礼を言う。
「おいっライダー、本当にいいのかよ!」
「おおよ、それにあの娘の底を知る良い機会ではないか」
「底って、そもそも何をするか分からないのに――」
その言葉を遮るように甲高い金属音が耳元で弾け、端に居た筈の間桐揺月が真横に居たことにウェイバーは目を見開く。
「伝説の暗殺者がこんな野蛮な方法をとるとは……ハサンの名が泣きますよ?」
彼女の手にはセイバーから奪った聖剣があり、その視線の先にはアーチャーにやられて消滅した筈のアサシンが大量に存在していた。
「うそ……だろ?
こいつら、一騎一騎がサーヴァントなのか?」
今しがた敵のマスターに命を救われ、聖杯戦争でサーヴァントは七騎しか召喚出来ないという前提をひっくり返したアサシンの軍団、二つの異常事態がウェイバーの口から気の抜けた声を引き出した。
『我ら群にして個。個にして群。百の貌持つ千変万化の影の群』
「会話する気はありません……と言うことでよろしいのでしょうか?」
ウェイバーの瞳には飄々とした態度でアサシンらの前に立つ間桐揺月の姿はとても奇異な物に映った。
ナイフを弾き飛ばしたようだが戦争とは曰く数の勝負だ。
あれだけのアサシンの群れの前には英霊ですら対処が難しいと思われるのに、「……アイツ、狂ってやがる」
バーサーカーも喚ばず鼻歌を歌いながら歩み始めた揺月を見てウェイバーは呟いた。
「ふんっふんっふ~ん♪」
鼻歌を歌う揺月は凪ぎのように、それでいて背筋に一本の筋が通った迷いない足取りでアサシンの軍団へ歩み寄る。
『サーヴァントも連れずに自殺志願者か?』
数百のアサシン。
その正体は生前、多重人格の病を患った十九代目のハサン・サッバーハが英霊となり、そして得た宝具にて人格の数だけ分裂することが出来るようになったという物。
『怪腕』の異名を持つ、アサシンの中でも一回り図体の大きなアサシンが揺月の前に立った。
「貴方達の能力は実に素晴らしい物ですね。
多数の人格を引き裂き、個に昇華させるとは。貴方個人の力でなし得た成果でないことは残念に思いますが、その発想は我々魔術師には想像もつかなかった。だって病気なんですよ?
普通は病院に行きます。
もしや英霊になることも折り込み済みだったのですか?」
『何を言う……我らが宝具【
「確か、歴代のハサン・サッバーハはオリジナルの《ザバーニーヤ》を創るんでしたか?
己こそが最強の《ザバーニーヤ》の使い手だと誇る為に……実際、我が家に残されていた過去の聖杯戦争の資料でもハサンの宝具の名は《ザバーニーヤ》でした。
……それにしては奇妙な話だ。魔術師でも錬金術師でも、神から恩恵を授かった訳でも、はたまた魔神をその身に収めた訳でもない貴方が一体どうやって個の分裂などやってのけると言うのか。
――理解に苦しむ」
『何を……』
「だから言っているでしょう?
英霊になってから【
生前に完成していたと言うがそれは嘘だろう」
次の瞬間、怪腕は自慢の豪腕を振るい、揺月は身を捻ってそれを回避し聖剣で切りつける。
『………くっ!』
「今ので右腕の腱を切りました」
『下がれ、怪腕。俺達がやる』
すると彼の背中に隠れていた小柄のアサシンが三体飛び出してナイフを投擲。揺月はそれを素手で掴もうと――して止め、聖剣で弾き飛ばす。
「その程度で――」
『キシャァ!!!』
揺月の後ろから気配遮断で忍び寄ったアサシンがアイスピックのようなナイフを突き伸ばす。
――何故、声を出したのだろうか。それさえなければ気づかずに刺されていたかもしれないのに。
揺月は聖剣に魔力を流し込んで突風を起こし、そのアサシンを吹き飛ばした。
『ゴバボッ』
ただ飛ばすだけでなく地面に転がっていたナイフを足蹴にして腹や喉にナイフを突き刺し、血を吐いたハサンは当たりどころが悪かったのか霧状に消え、一体目の消滅を確認する。
「あまりに呆気ない」
猫背になった揺月は欠伸をしている余裕すらあった。
アサシンは只の魔術師ごときに人格を一体やられた事によほど激しく動揺したのか、全員が硬直するというのだから笑える。
揺月はふと後ろを振り返り、目口をだらしなく開いてポカーンとする英霊共々マスター一同に苦笑する。
「皆様、このくらいで驚いているようじゃ心臓がもちませんよ
メインデイッシュはこれからなんですから♪」
そう言葉に彼女の姿は幻影に消える。
最初に異変に気付いたのは他ならぬハサンの一人であり、十九代目ハサンに初めて芽生えた自我として増え続ける人格の纏め役を任され、生前最も肉体の主導権を得ている時が多かった彼女。
『鐘の音が聞こえる……』
この山の奥で非常に小さくだが鐘の音が響いている。
ゴーン、ゴーン、と回数を重ねるごとに重低音のある音は大きくなっていき、
『これは……』『……懐かしい』『あぁ……』『――我々は間違えたのか』
それは他のハサン達にも聞こえるほど大きくなっていた。
とても懐かしい鐘の音だ。
同時に畏しくもはあったが体が震える事はなかった。
思わず平伏したくなるほど甘美な音色……。
「晩鐘は今、汝を指し示した」
『……初代、様』
その姿、その威光――まさに『死』
始まりのハサン・サッバーハであり、歴代のハサン・サッバーハの首を真に襲名した証として頂戴し、また道を違えたハサン・サッバーハを裁く処刑人。
「汝、教示を忘れ………誇りを忘れ……死して尚、満たされぬ己が欲の為に“ハサン・サッバーハ”の名を穢す者…………」
無骨な長剣を引き抜いた骸骨の騎士を目に、彼女達は己の罪と愚かさを知った。
『我々は間違えたのだ』『聖杯に頼るべきではなかった』
『マスターを出し抜くなど…誇りなき外道そのもの』『死した今、真なるハサンになることを望みながら分裂の宝具を使うのなど矛盾している』『初代様、申し訳ない』『どうか我らが首に断罪を』
一人一人が罪の告白をして平伏する。
後は初代様に首を切られるのを待つのみ。そうすることがハサン達にとって正しい事だと思い込んでいたし、歴代のハサンの誰もがそれが正解と答えるだろう。
それは場所を問わず、戦場であろうと変わらない。
けれど、待てども待てども断罪の刃は降りなかった。
もしや、宝具を解いて一つに戻れという思し召しかと思い、纏め役の元にハサン達の霊騎は集合し、生前と同じく一個にして軍隊となった。
『……さぁ初代様これで――』
顔を上げた纏め役の彼女の視界は全ての人格と共有される
「ばーか」
ハサン・サッバーハが最後に見たのは卑しく嗤う童女の満面の笑みであり、その瞳に映った“
『(謀られた!?しかし何故初代様のお姿をこんなヤツが
「アズラ、イール」
聖剣がアサシンの首を切り飛ばす。
新生愉悦部員『間桐揺月』現る