「……こいつがぼくのいもうと」
絹のような乳児服に首から下をすっぽりと覆われ、気の抜けるような顔を晒したその赤ん坊。
今は寝ているのか、生ぬるい吐息が寒々とした室内の中で白い煙となって舞い上がり消えていく。
最近いつの間にか産まれていたらしい妹の部屋に通された少年――間桐慎二は思いの外、自分に似ていた事に小さく驚いていた。
この藤色の髪をした赤ん坊は間違いなく血の繋がった妹で、男親として間桐臓硯の父の
これは、間桐ユズキが臓硯と非常に近い遺伝子構造を持ち、間桐慎二が祖父似だった事に関係しているのだが、皺くちゃ…処か蟲で体を取り繕う“今”の臓硯と似ているかなど、当時を知る人間以外に気づける訳がない。
「――むにゃぁ」
「……かわいい」
屋敷の金を使い狂ったように酒を呷る父、
当主の座を放棄し海外へと逃げた叔父、
死んだ目をした母と
誰にも頼る事が出来ず一人ぼっちだった少年はぽつりと呟いた。
そうか、こいつは……ぼくのいもうとだもんな。
まもってやらないと…な。
ふわさらの髪を撫で心底安らぎを得たようなそんな笑みを彼は浮かべる。
守りたいと思い、自分は一人じゃないと分かったからか。
凍えきった大地に一筋の光が差し込んだかのように、孤独に絶望しきっていた慎二はまだ何物にも変化していない藤色で無色な妹に希望を見いだした。
――僕はもう一人じゃないんだ。
(……慎二リリィだ)
そんな彼を未成熟な瞳を強化し視界に納める彼女。
前世の型月知識や己に秘められた魔術の才能を咀嚼するように織り交ぜ、産まれて初めて魔術式を組み上げると、何故か成功させてしまったユヅキちゃん(生後一ヶ月)である。
流石は全盛期の間桐の体という訳だろうか。
この慎二の代では廃れてしまったが、昔の臓硯は下手なサーヴァントよりも強かった…なんてネットの記事で読んだことがあったがあながち嘘ではないのかもしれない。
私の父は臓硯の父(名称不明)。母は慎二と同じ女性(名称不明)。
こんな本編描写の一切ない二人が両親だと臓硯の口から垂れ流された時には、顔を真っ青にして心が押し潰されそうな眠れない夜を過ごした物だが、多分魔術回路の本数が三桁に届いてる……気がする。
現状で開く事が出来るのは十本が限界だけど……なんとなく分かる。
この体、無駄にスペック高い。
それこそ遠坂凛やイリヤスフィールに比肩するぐらいだ。
ただ日に日に思考が冷めていくのは、何と言うか気持ちの良いものではないな。
前世の私はもっとおちゃらけた性格だったんだが、今ではこの様だ。臓硯が魔術的な処置を施している影響とは考えられないし、間桐の血が私に影響を及ぼしているのか。
数年後には自我が消失してユヅキという完全に別種の人間に意思が統一される可能性もあり得る……あ、なんか冷静に話している自分がマジで怖くなってきた。
だ、大丈夫だ……俺。魂は一緒。性転換物でよくある体に精神が引っ張られる的なヤツだから。俺は消えないし死なない!
……五次聖杯戦争で生き残る為に今は鍛える!
マスター権なんてお前にやるよワカメ!!つまりお前が変わりに犠牲になるんだよ!桜ちゃんを虐めるコイツに人権なんてねぇ!オーケー?オーケー!!!!
よし、勝ったな。寝よう!
そして月日が流れるのは早いもので…
「今日からお前の姉となる桜じゃ」
慎二が海外へ留学し、胎盤目的ではないのか処女膜こそ食い破られず、定期的に蟲風呂に浸かる事となった。
未だ魔術師らしい修練を臓硯が始める様子はない。
暇な時間は適当に書庫から魔術書を拝借して、読書に更けている。
第四次聖杯戦争の時期も近づき霊脈の調査やら大聖杯の確認と少しだけ忙しそうにしている臓硯から呼び出された。
「……間桐ユヅキです。宜しくお願いします」
「……桜です」
遠坂桜が間桐に養子に出されたのだ。
時系列的に桜は四歳。私の一個上。
恐らく魔術の魔の字も教えられないまま姉と引き離され、あのナルシスト髭男爵に「才能あるから別の家行けや」的な本人の意思を一切合切無視した言いつけでこの蟲の温床に送り込まれたに違いない。
……うん。魔術師という生き物は真の合理的主義者かつクソ野郎だね
しかし、臓硯のヤツ……アインツベルンの最高傑作がイリヤなら間桐の最高傑作は私であろうに、父の精液も私で使いきってしまった今、桜を使って何を産み出そうとしているのか。
間桐ユヅキとしては大変興味深いが……“俺”は桜ちゃんが蟲レイプされるのは嫌だね。初代PC勢としては是非とも士郎君と幸せになって欲しい。
まだレイプ目ではないロリ桜は私の斜め後ろにちょこんと腰掛け、まだ文字も読めないだろうに殺虫魔術について書かれている魔導書を背後から覗き見ている。
うむ、可愛いは正義だ。
この三年で益々間桐っぽく内面含め染まってきた感があるが……まぁいい。
ユヅキは袖の下から極小の蟲を解き放ち桜の髪に忍ばせる。
これは自身に危険が迫った時、蟲から蟲へ伝染する死病を振り撒く特殊な呪術を施した使い魔だ。人体には無害だが蟲の体のヤツが近づけば――まぁヤツからすれば単なる嫌がらせアイテムだな。体を取り繕う蟲共は全滅するかもしれんが初見殺しには変わらない。
実際に放り込まれた場合を想定して別の方法も考えるか。
「……ん?」
ユヅキは強化された聴覚から伝わる彼女の心音に違和感を覚える。
「どうかしたの?」
余裕に満ちた微笑を潜め、少し苦々しい顔を浮かべるユヅキはそっと彼女の左胸に手を当て―――心臓にしがみつく一匹の蟲を感じ取って「はぁぁぁ~」盛大なため息を吐く。
それは――人を捨てた臓硯の成れの果て。
これが桜の心臓に宿された具体的な時期はハッキリと明記されていなかったが、まだ桜が間桐家に来て半日だと言うのにもう仕込んでいたというのか……どれだけ仕事が早いんだよ。
現状では手の出しようがないと、彼女は項垂れた。