―数時間前―
「なんだあれ」
「さぁ?」
雑多な住宅街の一角から一望出来る未遠川の異変。
最初は幾つかの気泡がポツポツと浮き上がり、霧が少し出てきた程度であった。
それが、次第に獣の呻き声のような物が聞こえ始め、複数の蠢く影を見ただの異臭がする等、近隣にある街の住人達は不審に思って水道業者に連絡を入れ、二人の整備士が現場に向かった。
「猫でも溺れてんのか?」
この歴二十年となるベテランの整備士は獣の呻き声にそう言葉を漏らした。
「それにしては多すぎやしませんか。鳥の群れでも溺れてるんじゃないですかね」
欠伸をする気だるげな整備士の青年はペンライトを左右に振る。
ビタビタビタ ビタビタビタ ビ
「今何か……蝙蝠かな」
光を避けるように散らばるナニカ。青年は近づいて確認しようと―――
「あ?どこ行った田中の奴」
ベテラン整備士が気付いた頃には青年の姿は消えていた。
地下水道に繋がる配管を通じて大量の怪魔が地上へ溢れ出した。聖堂教会から遣わされた監督役『言峰璃正』は直ぐ様事の究明と神秘の秘匿、そして事態の収集に急いだ。―――が、調べて間も無くして明らかとなる数百を越える怪魔の軍団やその大元と思われる巨大な怪物の姿。少ないが既に犠牲者も出ているらしく……そのあまりの規模に個人では手におえないと悟った。
過去の聖杯戦争で回収された未使用であった令呪を監督役という立場から預かっていた璃正は、その令呪を報酬に全マスターの協力を呼びかけ、怪魔の根絶とその親玉の討伐を要請した。
「ハァァッ!!!」
「AAAAlalalalalalaie!!!!!」
現在、その波を食いとどめるのはランサーとライダー。河原から溢れだし、異常を異常と認識出来ずたむろう一般人に向かって移動する怪魔にランサーの槍が走る。
「どうするランサーのマスター!このままでは、ジリ貧だぞ」
紫電が走り抜け数十の怪魔が黒こげとなる。
それをホテルから眺めていたケイネスは煩わしそうに舌を打つ。
セイバーのマスターの護衛にしてやられ、下半身部分の魔術回路の大部分を切り離す事となったケイネス・エルメロイ。下半身麻痺という最悪の事態こそ避けられた彼は今、
(ヤツが宝具の使用を躊躇っているのをみるに、余程燃費の悪い物かランサーと同じく対人に特化しているのか……クソッ怪魔の群れならまだしもあの化け物には届かない!)
予備の回路を回し宝具の使用を極限まで抑えているが、傷の回復に魔力を配分する余裕すらなく、血の滲んだ包帯を巻くケイネスはランサーの宝具を撃てて一発、良くて二発といった所だろうと当たりをつけ、吐き捨てるように念話を送る。
「ライダー!我がマスターは術者を探る為に時間稼ぎをしろとの事だ!」
「ハァ!?そいつはどれぐらいになる!」
「早くて三十分だそうだ!」
これ程の大魔術、個人のマスターで賄える訳がない。魂喰いか龍脈から直接魔力を吸い上げているとでも云うのか。どちらにしろ、目立った“跡”がある筈だ。ケイネスはなけなしの魔力を使い、複数の魔術礼装を起動する。
「神秘の秘匿もせぬ、魔術師の面汚しめ!
貴様が如何に人理に讃えられる栄光の
「三十分か。なぁ……坊主、余はちと無理をしようと思う」
戦車を走らせ怪魔の群れを蹴散らすライダーは落雷を放ち、神妙な面持ちでウェイバーを見る。
「宝具を使うぞ」
「はぁ……はぁ……勝手にしろッ!」
良くも悪くも魔力消費が少なく、魔力回路を半分近く失ったケイネスだが、残された回路本数は未だ一流の域にある。そんな彼でさえ、魔力残量を気にするのだ。
まして、その域に及ばぬウェイバーの顔は病人のように青ざめ、呼吸は荒く不規則。
この状態での宝具の使用はマスターにとってあまりに負担が大きい……。
それでも尚、ウェイバーが撤退や令呪を切らないのは『覚悟』を決めているからであろう。
アーチャーやバーサーカーのマスター等の強敵を目の前に彼は、今の自分達では勝ち残る事は不可能と理解し、令呪の補充は多少のリスクを乗り越えてでも手にいれるべきだと決断を下した。
それは、ウェイバー・ベルベットがロード・エルメロイⅡ世へと変わっていったように。
しかし決定的な違いとして彼はライダーに絶対的な安心よりも、女の美しさに我を忘れるという心の隙を見た。
彼は臣下でも従者でもなく同じ景色を見る友としての道を選択し、臆病な精神は屈強な軍師の卵へと進化したのだ。
「僕は、こんな所で死ぬつもりは……更々ないぞッ、ライダー!お前が必要だって思うなら、僕もそうなのかと考えて、そして必要だと判断した!……思う存分暴れてこい」
ライダーはニヤリと笑みを深める。
未来永劫、この少年が王の背を追う戦士達の一端に加わる事はないだろう。これはある種、運命への決別と言っていい。未来ある大軍師を征服王はみすみす逃してしまった。
だが、何と言うか、こういうのも……悪くない。
「立て、
夜の闇を裂いてある筈もない日の光が辺りを照す。
乾いた大地と水辺を失いジタバタと暴れる怪魔達。その眼前の先にあるライダーとウェイバー
――そして
「さぁ再び集え、共に最果てを見た猛者達よ!」
数百、数千……数万はいよう屈強な戦士達。
(固有結界に英霊の連鎖召喚だって……?)
魔力に余裕さえあれば大声でも上げて驚いたのだが、これほど大規模な大軍、いや対軍宝具の真名解放を前に意識は朦朧として、気を保つので精一杯だ。
「やっぱ、スッゴいなお前……僕もお前を支えられるぐらい強くならないといけないのに、壁は厚いよ」
ウェイバーは改めて知る大王の偉大さに目を細めた。
「疑似サーヴァントの実現にはやはりデータが足りないか」
暗がりの中、デスクトップに映る奇怪な魔術式を眺める彼女は眉間のシワを指で解す。
「現状では霊基に干渉することも叶わず、魔術で焼きばめた偽の記憶による制御調整が限界である。
また本来起源弾ごときの神秘で英霊が傷つく訳もなく……あれもまた不完全には変わらない、と」
生まれて初めて書き上げた論文をファイルに保存し、電源を落とす。
「桜、紅茶を頼めるかな」
「いいけど、またお腹壊しちゃうよ?」
「構わないとも、だが充分冷ました状態で頼む」
闇に潜み、思わぬ時間を得た間桐揺月。
この時代で最先端のタワー型PCを入手した彼女は幾つかのスーパーコンピューターを経由して気紛れに衛星にハッキングし、カルデアの研究データを盗み出そうとしていた。
しかしこの世界でカルデアは存在しないのか、はたまた独自のネットワークを築き、完全に孤立しているのか南極へ定期的に魔術協会から調査員が派遣されていること以外の情報は掴めなかった。
暇を持てあました彼女はこれまでの成果を論文へまとめる事で時間潰しに勤しむ。
「……ん?」
「どうしたのお義母様?」
たった今、盗聴防止の結界が発動した。
「いや、何でもない」
桜が持ち上げるお盆から紅茶のカップを受け取り口に当てる。
(……愚かだ、ケイネス・エルメロイ。貴様はこの瞬間セルフギアススクロールの誓いを侵した。
絶対不可侵という至極単純故に境界の曖昧なそれを知って、まさか広範囲の探知魔術を行使するとは……もう馬鹿としか言えん)
嫌悪感に満ちた顔で紅茶を飲み干す。
今頃、彼の魂は破壊されているのだろう。彼にはキャスター討伐まで生き残って欲しかったが、焦りで冷静さを欠いたと言うならそれはもう策とも呼べん愚行に過ぎない。
「どれ程優れた魔術師であっても終わりというのは呆気ない」
ライダーだけでキャスター討伐は可能だろうか?
遠坂時臣ならアーチャーに乖離剣の使用を令呪で命じるかもしれんな。
魔術師のお手本として見習う所が多かった……尊敬していたとも言える相手の無様な最後。
いつか彼の講義に参加する事を秘かに楽しみにしていたというのに――興醒めだ。
「次は我流の概念受胎の術式についてまとめてみるか」
胸の蟠りを紛らわそうと彼女はキーボードに指を走らせる。
間桐揺月が自らの考案した魔術理論を整理している中、ケイネスは自爆したかに思えて……又もや、ギリギリで生を繋いでいた。
「ハァッ……ハァ…ハァ…ハァ…」
間桐揺月との間に立てたセルフギアスクロールの内容を誰よりも知る彼は、此方にその気がなくとも広範囲に働く探知魔術など使えば不可侵を破ったとして呪いが発動する物だと言うのは理解していた。
セルフギアスクロールの呪縛から逃れると言うのは容易ではなく、前代未聞である。
保険に掛けていた魔術礼装が上手く作動してくれた。
心身共にボロボロとなった彼は一か八かの賭けに勝った事実に拳を握りしめ、ランサーに念話を送る。
―術者はあの怪物の中央だ!―
その待ち望んでいた一言に震えるランサー。
「今こそ、我が主に忠誠を示すとき!」
二双の槍はこれ迄にない魔力を帯びる。
20メートルの距離を一瞬で0に、空に跳び出す。途端に四方から襲う触手の群れを切り裂き時には足場にし、宙を駆けるが如く疾走する。
「抉れ!
そして破魔の槍先が怪物の胸元を抉り
「オノレオノレオノレオノレオノレオノレ!!!!!!」
憤怒に顔を歪めたキャスターは雄叫びを上げる。
「穿て!
必殺の一撃がキャスターの霊核を貫いた。
揺月「約束破ったな!はいっ死刑ー!」
ケイネス「私は魔術礼装を身代わりとして特殊召喚する!」