怪物の中に潜んでいたキャスターはランサーの槍に霊核を砕かれた。
キャスターは苦しそうに唸り、苦痛に歪めた顔でランサーに手を伸ばすも…途中で力なく地に伏した。一冊の魔本が手から滑り落ちて灰となる。
「…………やったか」
ランサーは地面に傾くように振動する怪物の上から消え行く怪魔共の姿を見下ろし、そしてもう一度キャスターを見る。
死人のように白濁とした瞳から線を描く乾ききっていない涙跡。ライダーと接触した際にバーサーカーのマスターの亡骸を抱き上げ泣き叫んでいたというが……あれからずっと泣いていたのだろうか。
だとすれば、このサーヴァントにとってあのマスターはとても大切な存在だったのか。
(……それもまた愛の形か)
キャスターの肉体は霊子の粒子と散り始め、ランサーは何とも言えぬ顔をしてそれを見守った。
「……勝ったな」
「まさに完勝よ!」
小さな切り傷から打撲傷まで魔力もすっかりカラカラになってしまった二人は、地べたに寝そべり笑い合う。
(ここまで、心踊る戦場はいつぶりだろうか)
人と怪物――王たる自らも剣を取って最終的には槍を構えたウェイバーまでも巻き込んだ大乱闘。生前にやっていればスキルの一つ二つ加わってもおかしくない怪物殺しを彼らはやり遂げた。
星屑のように空を舞う怪魔達の霊子の残骸を眺めながら彼は思う。
(そうさな、女一人にうつつを抜かしているようではこの夢を見る事が叶わんかった―――あぁ、楽しかった。)
余の心象風景を映し出した世界が怪魔共の血の海に沈み、我が戦友達の誰だったか「これが、オケアノスか!?」なんて叫ぶものだから内心笑い転げ、そいつはヘファイスティオンにぶん殴られていたんだったか……。
ライダーは憑き物が落ちたような晴れやかな顔をして起き上がる。
「どうだ、ウェイバー。余の臣下達は」
「最高だよ」
「なら、どうだ?今からでも余の臣下に加わる気は?
剣士としては論外で、槍兵としてなら使えん事もないが……度胸だけなら我が戦士達に比肩する。何より余が気に入った!今から厚待遇で迎えいれるぞ」
「……お前、やっぱり勧誘とか才能ないな」
「中々……痛い所を突くの」
「それに言ったろ、後ろ姿を追うばかりじゃ見えない物もある。女性一人を追いかける王の背中に続く部下達の気持ちも考えろよな?
……僕は、そういった時に道を正せるような……“先生”みたいな存在になりたいんだ」
ウェイバ―は鉛のように重い腰を上げて座り込むライダーの横に移動する。
「僕が歩くのはお前の横だ」
照れ隠しのつもりか視線は上へ向き、ライダーもつられて上を見る。
「この戦いが終わったら時計塔に帰って一からやり直さなきゃ――なんだ?」
「やはり生きておったか」
二人は無数の何かが蠢く羽音を拾い、飛蝗のような蟲の大軍の上に立つバーサーカーを発見する。
英霊はマスターなしで現界し続ける事は出来ない。
死んだかに見えたバーサーカーのマスターは生きていて、キャスターが討たれるまで機を窺っていたという……つまり、そう言う事だろう。
「マスター、いざと言うときは迷いなく令呪を使え。ヤツを相手に令呪の一つや二つで済むと言うならお釣が来るぐらいだ」
「あぁ、分かってる。だけど……あの爺さんは?」
バーサーカーの横に立つ腰を曲げた老人。
間桐揺月の姿も見えず正体不明の老人に二人が疑問を抱く中、ウェイバ―はその老人と目が合う。
「成る程……お主がライダーのマスターじゃな」
「誰だお前」
「カカカ!威勢のいい小僧じゃ。儂が誰か知りたいとな?ならば教えてやろう。」
老人は右手を、赤い刺青の施された一画の令呪を掲げる。
「まさか新しいバーサーカーのマスター!?」
「如何にも、バーサーカーのマスター間桐臓硯とは儂の事よ」
「先ずは頼まれた物を優先させるとするかの」
臓硯はバーサーカーに命令を下し、キャスターを内包する怪物の亡骸へと向かわせる。
大量の蟲がバーサーカーの足元へ移り、空を滑るようにバーサーカーは動いた。
「さて、小僧、ライダーのサーヴァントよ」
蟲達は四散するように臓硯の足元から消えて地に降りる。
不気味な笑みを浮かべた彼は杖をついて彼らの顏を覗きこんだ。
「サーヴァントなしで僕達とやり合う気か」
その引き摺り込まれそうな雰囲気にウェイバーはこの間桐臓硯という老人が只者でないと悟る。間桐揺月のような得体の知れない不気味さは感じられないが、魔術師としての腕は自分を遥かに上回るだろう。いや、もしかすればケイネス・エルメロイすら越える逸脱者かもしれない。
ウェイバーはゴクリと唾を飲んで思考を巡らせる。
――だけど、いくら強くたって英霊には及ばない筈だ。
何でだ?何でこいつは、こんなタイミングでバーサーカーと離れた?
……戦闘する気はないとか?
いや、それにしたって無防備過ぎるような……
「まさかッ」
その閃きには確かな根拠があった。
英霊に臆さぬ度胸、それを裏付けるアサシンを相手どるほどの技量、騙し討ち――高度な幻影魔術。そうだ。自分は何を悩んでいたのだろうか。
ウェイバーはライダーに念話を送る。
(ライダー、僕はアイツが変装した間桐揺月なんだと思う)
(……うぅむ、まぁヤツほどの強者が易々やられるとも思えんしサーヴァントを奪われるなんて死んでも侵しそうもない失態だが……)
その意見には概ね肯定的だが、如何せん確証が無さすぎるとライダーは半信半疑らしい。
ウェイバーとて間桐揺月が態々間桐臓硯なる者に化ける意味も真意も見出だせず、謎に思う部分はある。
(お前って真名がバレると不味い弱点とかあるのか?)
(生前の死因とかだったか?
英霊になってから樽一杯ぐらいは酒を飲んだが平気だったからなぁ~思い当たる節はない)
(そうか)
もしかしたらアサシンのように生前の弱点となる存在が間桐臓硯と関連するかと思ったが違ったらしい。
アサシンを倒した時に見せた骸骨の騎士の幻影は、恐らくアサシンにとって崇拝する神や従える王のような存在であった事はあの場にいる誰もが察する事が出来た物だが、今回はそういった物ではないようだ。
本当に間桐揺月は殺されてサーヴァントまで奪われたのだろうか。
姓は同じだから臓硯という存在は親族に当たる存在なのだろう。親族という心の隙をついて背後から襲えば……やはり無理では?
「カカカ!揃いも揃って……愉快愉快!」
そんな知恵を振り絞る彼らに嗄れた老人の笑い声が滑稽だと吟う。
本体こそ別の所にあるが、間桐揺月の変装ではなく彼こそは正真正銘の間桐臓硯。
五百年の猛念の末、魔術師としての野望は摩りきれ、不老不死を求める魔性にまで落ちた怪物は、とある対価を条件に彼女の提案を受け入れた。
「安心せい、儂に貴様らを潰す理由はない」
満身創痍ながら闘志を燃やす二人を一瞥し、臓硯は霊核が砕け消滅間近となるキャスターの亡骸を肩に抱えたバーサーカーを呼び寄せた。
彼は和服の内から取り出した蠢く肉袋をキャスターの霊核があった場所へと押し込める。
「――では、もう二度と会う事もなかろうて。精々悔いのない余生に浸るのじゃな」
その言葉と共に地面の影という影から溢れだした蟲が臓硯とバーサーカーを覆い、空に伸びる。
下手に深追いする余力のない二人はそれを見つめ、バーサーカーと衝突したと思われるランサーの下へと急いだ。
臓硯「バーサーカーと散歩してきていいかの?」
揺月「ついでにお使い頼んでいい?」
Q,五次聖杯戦争時の間桐揺月の実力
《観測次元の魂なし》
近接戦士としてエミヤと張り合い、魔術師としてはメディア(サーヴァント)を純粋な決闘で打ち負かす。
根源到達の為なら子を殺める事も辞さない冷酷非道な一面のある一方で、慎二にアトラス院への招待状を用意(盗みだ)したり義姉の桜に虚数魔術の扱いを施す等、意外と面倒見のよい一面もある。
聖杯戦争でも、衛宮士郎に辞退を進めたり、遠坂凛を三度まで桜の姉であるという理由だけで見逃したり――最終的には全員殺すにしても情けをかける優しい場面も見られる。