「うむっバイキングとは素晴らしい文化だ!」
最寄りの駅から比較的人目の少ないバイキングチェーン店の中央の席に腰掛け、大皿に積み上げられた料理の数々を腹に納めていくイスカンダル。
痩せた財布を握りしめ、これが食い放題でなかったら……と顔を青ざめるウェイバーは背に腹は変えられぬと涙を飲んだ。
キャスター討伐後。
宝具の使用と損傷により大幅に魔力を失ってしまった彼ら二人は森に出向いては狩りを行い、街に降りては食事をして獣や有機物から僅かな魂を少しずつ摂取し魔力供給に充てていた。
所詮付け焼き刃に過ぎないが、何もしないよりはマシだろうと他の陣営の動向を探りつつ力を蓄え続け――そして今日。
(セイバーとバーサーカーが手を組んだか)
顎に手を当てたイスカンダルはパワー馬鹿にみえて意外と戦略にも長ける。伊達に征服王と後世に語られている訳ではないのだろう。彼は恐らくはアーチャーが狙いだと予想を立て、傍らのマスターを見る。
実を言うとセイバーとバーサーカーの同盟を見抜いたのはウェイバーの功績だった。
彼自身は魔術師として三流の手だと謙遜するが数少ない手札で最良を得られるというのは戦場で最も求められる物である。
(戦士というよりは軍師向きか……)
ライダーは才能の片鱗を確かに感じ取り、同時にマスターが他のマスターでなくて本当に良かったと心の底から思った。
彼が言うには本来ライダーはランサーのマスターに召喚される筈で、あんな独善的で戦争を舐め腐った輩の下では勝ち残るどころか序盤でこのマスターに足を掬われていただろう。
「ライダー、おいっ。話聞いてるのか?」
「……ん?あぁ」
話半分に思考に耽ていた。ウェイバーのジト目が刺さる。
「まぁ……いい。最後に確認するけど、アーチャーが倒されれば、セイバーとバーサーカーの同盟は解消される。バーサーカーのマスターはセイバー陣営にとって何か不利な契約を結ばせている筈だし、そのまま叩こうとするだろ。そして五騎のサーヴァントが倒された時点で聖杯は降臨するらしい。そしてなにも、根源到達を目指す為じゃないなら七騎全てを聖杯にくべる必要はない」
「つまりそれはあれか?」
ライダーもその意図を察したらしい。
「あぁ、アイツらが必死こいて戦っている間に先に願いを叶えちゃおうって戦法」
何も根源到達だけが参加者達の願いではない。
聖杯戦争の暴れ馬共は顔を見合わせニヤリと笑みを作った。
「――おかあさま」
黄昏時、魔術的に保護が為された温かいハンバーグをつついて幼女は悲しげに呟く。
(……直ぐに帰って来ると言っていたのに)
土産を期待して良い子で待っていろと。確かに彼女はそう言った。けれど、帰って来なかった。
二人分に残された揺月の分のハンバーグ。空腹に耐えかねて手を出してしまった幼女はもしや、自分が義母の分を食べてしまったから怒って帰って来ないのではないかと。途端に不安になった。
「ごめんなさい……もう食べないから…置いてかないで。もう一人はいやな、の」
明るい瞳に暗いものをおとしてポロポロと涙を流す。
それを拭ってくれる姉も母も胸を貸してくれる義母もここにはいない。
彼女はテーブルに俯せ、声が枯れるまで涙を――。
「桜……私だ。開けろ」
間桐揺月の声が結界の張られた扉の外から響いた。悲しみに暮れた顔を一変して飛び込むように扉を開けた桜。
そんな彼女は息を飲む。
「……ギリギリだ。ギリギリ勝ちを拾えた」
倒れ込むようにしてソファーに腰掛ける揺月は何処を見ても赤い液体に濡れていて肩は猛獣に喰いちぎられたように抉れている。
――それも、変身が解けた状態でだ。
桜よりも一回り小さい彼女はその体躯から命の危機に瀕するのは想像に難くない夥しい量の血を流して荒い息を溢している。
「おかあさま!」
桜はパニックになりながらなんとか飛び付こうとする自分を抑える。こんな状態で無理をさせれば、それこそ手遅れになってしまうと無意識に感じとったのかもしれない。
服を握りしめ不安で押しつぶれそうな感情を叱咤し、何かしなければと家の周囲を見渡す。
赤と青のステッキ。ホルマリン漬けのヘンテコな生き物。何かの書類の山。七枚のタロットカード。小箱に収められた宝石。でかい鏡。黄金のカップ。盾の置物。黒い拳銃。
その中でも黄金のカップに視線を吸い寄せられたような気がした桜はそれをとって揺月の前に立つ。
「……龍脈から魔力を結晶化させただけの小聖杯擬きか」
力なく目を見開く揺月。気紛れに鋳造したそれは当然ながら願望器としての機能やそれだけの魔力リソースも備えていない。
そんな物を持ってきて何をしようと云うのか。疑問に感じたが、ガイヤからの刺客を相手に想像以上のダメージを負わされた彼女は兎に角、体力回復に努めなければと眠りに落ちた。
「見ているんですよねおじいさま」
それ故、桜の内に秘めた本性を目にすることは叶わない。
『気づいておったか』
元々、彼の本体は自分の中にある。お義母様を警戒していたこの人が聖杯戦争が本格化してから不干渉を貫くというのは無理がある話だ。
揺月が施した殺虫魔術により、下手に監視の目をつけることは出来なかったようだが、安全な場所から聞き耳を立てるぐらいの事はしていても可笑しくないと彼女は思っていた。
「これでおかあさまを、たすけることができますか?」
そして魔術師見習いですらない私なら未だしも、これだけの力があればお爺様なら何とか出来るだろうと考えた。
『不可能ではない…だが、移植した魔術刻印は問題なく作動しておる。黙ってみていても問題はなかろう。まぁ四次が終わるまで目を覚ます事はないだろうが』
臓硯は今回の聖杯は譲る気はないが、身内の誼みか次の聖杯は揺月に譲ってもいいと考えている。
根源到達にしろ、自分のように永遠を求めようが、何も言うまい。
魔術刻印が問題なく働き治癒魔術を読み上げているから死ぬ事はないだろうし、今下手に傷の手当てをして戦場に舞い戻られでもしたら此方として不都合しかない。
「……そうですか」
桜は安心したのかほっと息をつく。
『えらく落ち着いているな?
揺月の異常性は今に始まった事ではないが、只の小娘であった貴様にこのような一面があったとは。カカカ、揺月が知ればさぞ驚くであろうな』
臓硯の言葉を聞き流し、桜はバケツと雑巾を取る。
今の自分には血で汚れた床を掃除するのが精一杯だろうと嘆息し、蛇口を捻った。
――ただ、おちついているだけ。もっとかしこく、はやくおかあさまみたいにならないと――
暗い瞳には小聖杯擬きが映っていた。
時臣邸。
当初はあの難攻不落の要塞からどうやってマスターを引きずり出すか考えていた切嗣は苦笑する。前方には聖剣を掲げた騎士王がいて、あれからアーチャーに強襲でもかけたのか黒い稲妻の走った真新しい宝具を脱力して構えるバーサーカー。
既に近隣住民の避難は終えており、戦闘の被害を気にする必要はない。
「やれ、セイバー」
切嗣は命令する。
「了解した」
これから行われる悪辣非道な行いに微塵も動揺した様子もなく、彼女の聖剣が光を帯びた。
目が眩む強烈な閃光が一振りの刃となりて遠坂邸の防衛魔術を塵芥のように破壊していき直撃。
轟音を立てて屋敷は全壊し、予定調和の如く憤怒を滲ませた顔で表れたアーチャーへバーサーカーが一番槍に突撃する。
セイバーは一足遅れてそれに続き、アーチャーの背後に漂う黄金の波紋から射出された宝具の雨を風の魔力で吹き飛ばした。
『遠坂時臣の殺害に失敗』
切嗣の無線に戦闘用ホムンクルスからの情報が届いた。
「状況を説明しろ」
『遠坂時臣はアーチャーが展開したと思わしき結界の中で気を失っているのを確認しましたが、既存の武器でその守りを破るのは不可能と判断いたしました』
切嗣はスナイパーライフルのスコープからそれを確認する。
「全ホムンクルスへ通達する。時臣暗殺の命令を破棄し、ライダー陣営の横槍を警戒しろ」
『『ハッ』』
無線を切り、今までの分を吸い上げるように消費されていく魔力量に切嗣は僅かな目眩を覚えた。
そして、時を同じく。
「――私は、問わねばならぬのです」
「綺……礼?」
父の背中を突き抜けた黒鍵の刃。
感情の宿らない顔をした男は血を流し、気を失う父から令呪を抜き取り、傷を塞ぐ。敢えて内臓は避けていた。
その行いに何の意味があったのかは不明である。ただ満足のいかぬ物であったのか、表情を曇らせ鮮血の滴る黒鍵を投げ捨てた言峰綺礼。
「……間桐揺月」
濁った瞳で月を眺め、人名を呟く。その唇は小さく弧を描いていた。
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