大型クレーンの真上から倉庫街の戦闘を見下ろす間桐揺月は、背後に漂う揺らぎないバーサーカーの気配に何とか調整が間に合ったようだと小さく笑みを浮かべていた。
現在倉庫街には二騎のサーヴァント
セイバー、真名をアルトリア・ペンドラゴン
ランサー、真名をディルムッド・オディナ
強化した視界の中でも手先の見えない両者が繰り広げる熾烈な戦いに――いつ介入するのか、アサシンに警戒しながらも観測次元の魂の記憶から手に入れた並行世界のタイミングと出来るだけ合わせるべく神経を尖らせ意識を集中していた。
『ランサー、宝具の開帳を許す』
セイバーとランサーが接触しランサーの宝具により利き腕に癒えぬ傷を負ったセイバー。
これでは令呪の後押しでもない限り正確無比なあのエクスカリバーは放てまい。Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤという名の並行世界で、衛宮士郎という人間はその剣は片手だけで振るえる物でないと断言していた。
真名解放こそ可能であろうが、照準のぶれる銃口など
セイバーのマスター衛宮切嗣(原作と同時期に入国を確認したので間違いない)はイリヤスフィール等のような馬鹿げた魔力生産量を持つ訳でもないし、数撃ちなんて暴挙には出れない筈だ。
「双方、武器を収めよ! 王の御前であるぞ!」
我が名は征服王イスカンダル。此度はライダーのクラスにて現界した!
そうこう考えているうちにイスカンダルが舞台に登場し、そこにギルガメッシュが現れればいよいよ――私の初御披露目となる。
「なぁ、バーサーカー。この姿では舐められると思うか?」
『……』
答えなど端から期待していないのか、年相応のイカっ腹に手を置き憐れみを向けられるのは好まないと眉間にシワをよせる。もっとこう、十年後には相応しい体つきになっているだろうが、今のままでは締まりがない。並行世界の記憶が頼りにならなくなる頃には同盟だって結ばざるをえない状況に陥る可能性もあるのに、一々見た目でとやかく言われるのはあまりに不都合だ。
「――あぁ、そうだ。良いことを思い付いた」
魔力を回路に巡らせ彼女は指を軽く弾いて、自身の肉体を芯に魔術的な処置を施す。
90cmほどだった私の身長は160cmほどまで伸び、幻影であるから直接の視線は変わらないものの鏡でみた胸の膨らみは――英霊だとセミラミスぐらい。
藍色の着物を纏う妙齢の女性へと姿を変えた。
しかし、これは付け焼き刃に過ぎず、
「工房に戻ったら人形師の真似事でもしてみようか。」
子供が浮かべる無邪気な笑みとはほど遠い艶かしい声で頬をつり上げる彼女は、
万人を魅了するような色気を放ち舞台を目指して足を踏み出した。
〔切嗣side〕
おかしい……。
倉庫街を覗く衛宮切嗣はセイバー、ランサー、ライダー、そして黄金のアーチャーが出揃った今、未だ姿を見せない間桐のサーヴァントに嫌な焦りを覚えていた。
聖杯作成に関わった御三家は参加権を優遇される。
遠坂は現代当主の遠坂時臣が、アインツベルンは僕が代表として令呪を授かった。
けれど、最後の御三家の一つ『間桐』
あの家系から誰がマスターとして排出されたのか、又は僕みたいに外部から代理を雇ったのか、全くといっていいほど情報が掴めなかった。
間桐鶴野は数年前に病死していたし、間桐雁夜は魔術回路すら開いていない正真正銘の一般人だ。
だからと言って参加権を放棄したとは考えられない。教会には確かに間桐の参加は告げられていた。
「今回で姿を現してくれると思ってたんだがな」
残されたサーヴァントはキャスターとバーサーカーの2つだが、わざわざ制御の利かないバーサーカーを選ぶとは思えない。間桐ほど聖杯戦争に精通している家系ならばキャスターを選んでくるのはほぼ間違いないだろう。
奇策や搦め手に長けたキャスターの対策だけでも骨が折れるというのに……正体の掴めないマスター。戦術戦略何もかもが闇に閉ざされている。全く、やりにくい相手だ。
『やぁ、聖杯戦争の参加者諸君、ご機嫌よう』
そんな切嗣の愚痴に答えるよう。間桐の貴婦人は冷笑を浮かべ、聖杯戦争の表舞台に舞い降りた。
戦争には似つかわしくないあまりに美しい妙齢の女性の前に、英霊やマスター達は言葉を忘れ静まりかえる。
「――綺麗な人」
最初に口を開いたのはアイリスフィールだった。
「ユスティーツァの面影を残すホムンクルスにそう言われるのは光栄だね」
「貴方は……え、えっと、」
まさか答えが返ってくるとは思っていなかったアイリは一瞬たじろぐが、この場に現れ、そしてユスティーツァの名を口にしたことで、聖杯戦争に関わりがあるものに違いないと警戒心を上げる。
「キャスターかバーサーカーのマスターってことでいいのかしら?」
「あぁ、そうだとも」
その言葉にセイバーが私を背にして、敵であったランサーすらも呑み込まれるような美しさに唾をのんで槍を構える。
唯一先ほどから変わりないのは黄金のアーチャーぐらいで、ライダーは石になったように固まり、そのマスターは顔を赤らめて、ハッと下腹部を慌てて押さえる。
――ただ現れただけで空気を変えた。
アイリは額に汗を浮かべ切嗣に指示を仰ごうかと考えるが、その女性は口を弧にしてセイバーを見つめる。
ゾクリっ
直接目を合わせた訳でもないのに足をすくませる絶大な恐怖が全身を駆け巡る。
箱入り娘だったアイリにはソレが何であるか分からなかった。
しかし、アルトリアはそれが人が戦場でみせる本気の殺気であると気付いていた。
いや、気付いてしまった。
――だからこそ、アルトリアは致命的なまでに隙を作った。
「やれ、バーサーカー」
「なっ!?」
「Arrrrthurrrrrr!!!!」
一体何時からか潜んでいたのだろう。
地面の狭い配水管を突き破った黒い騎士が電動ノコギリをセイバーの腕に突き出し手首から先を切断する。エクスカリバーは風の加護を失って地面に突き刺さり、
アルトリアはその光景がとてもゆっくりにみえた。
そして理解する。霊核や心臓でも破壊されない限り、英霊は回復出来る。
しかし、敵を前にしてこれ程の隙は見逃す訳がない。
思えば、私以外の彼女に対する反応の違いで気づくべきだった。彼女は初めから私を―――
…………天晴れだ。
彼女はマスターに申し訳ないと思いつつ敵を称賛した。
「エクスカリバーを強奪しろ」
「―――え?」
スローだった時間の流れが元に戻り、斬りつけられる訳でもなく無様に尻餅をついたアルトリアはそんな気の抜けた声を漏らす。
黒い騎士はそんな彼女を一度だけ見つめ、地面に刺さるエクスカリバーの柄を両手で握った。
「……Arrrr」
漆黒の稲妻がエクスカリバーを駆け抜け、どす黒い何かがエクスカリバーを侵食していく。
「なに、を……」
バーサーカーの力がこもり、地面からエクスカリバーが持ち上がる。
それは、祖国の救済を願う彼女を全否定するような――まるで、お前は王の器ではないと宣言されるようで、未知の恐怖が彼女の肺から空気を絞り出す。
「止めてくれ、止めろォォォオ!!!!」
「Gaaaaaaaaa!!」
その願い虚しく地面から引き抜かれたエクスカリバーは新たな主を喝采するよう膨大な魔力をもって一陣の突風を巻き起こす。
アルトリアが呆然とし一同が目を細める中、バーサーカーに抱えられた揺月は倉庫の上に飛び上がり、
「……申し遅れた。バーサーカーのマスター間桐揺月、揺れる月と書いて揺月だ。以後お見知りおきを」
風で宝石のような長髪を揺らし、月の光に当てられ神秘的な雰囲気すら纏う彼女は、消え去った。