〔アイリスフィールside〕
「これでどうかしら?」
「……問題ない、感謝するアイリスフィール」
アインツベルン城、アイリ専用に調整された工房の中。
切断された両手首から先の治癒を終え、その感触を確かめるべく握ったり開いたりを繰り返すセイバーの少女。
その姿は何ら異常ないようにみえる。しかし、彼女は確かに聖剣を失っている。そしてそれだけの誇りをも。
――あの倉庫街で間桐のマスターの策略に敗れ、もはや他のマスター達に狩られる運命を待つばかりだった私達を救ったのは、迷いなく令呪という切り札をきった切嗣の機転だった。
『今回の件でセイバーの真名は全ての陣営に明らかとなるだろう。宝具を失い、僕が令呪を使ったせいで勘の良い奴なら君がマスターではない事に気づくかもしれない。状況は最悪を越して絶望的だ』
現在、彼はこの城を離れ間桐のマスターを追っている。
バーサーカーが消滅してセイバーの元にエクスカリバーが戻るかは五分五分らしい……が、何もしないよりはマシだろう。
「――ねぇ、セイバー
貴方から見て、間桐のマスターはどう見えたの?」
今の私に出来る彼の役に立つ事。
それは頑なにセイバーと口を聞こうとしない彼の代わりに立って間桐の情報を少しでも得ようという……本来の聖杯戦争のマスターとサーヴァントの関係では、まず考えられないぐらいに意味不明かつ非効率な物だった。
〔セイバーside〕
「―――ねぇ、セイバー
貴方から見て、間桐のマスターはどう見えたの?」
アイリスフィールのその言葉に、今は無い剣を思い浮かべ素振りするアルトリアの手が止まる。
私から見たあのマスターがどう見えたか。
「……私は彼女を侮っていたのでしょう」
妖精のように空から舞い降り、天真爛漫な笑みを浮かべ、英霊達をぐるりと見渡す。まるでおとぎ話の幻想郷に迷い混んでしまった幼子のような彼女を見て私の心はひどく和んだ。
警戒はしていたし、彼女の口からマスターであると言われても、それはむしろこのいたいけな少女が他のマスターの毒牙に掛かってしまうのではないかと心配する気持ちが勝ってしまった。
正直な話。聖剣を奪われた今でも彼女があのバーサーカーのマスターであることが信じられない。
「アイリスフィール、彼女は純粋だ。純粋ゆえに何をしでかすか分かったものではない相手だが、気を許してしまう」
「つまり、セイバーは間桐の幻術はむしろ私達が掛けられた物だと言いたいの?」
それは近いようで正解ではないと首を横に振るう。
「高い対魔力スキルを持った私だけに幻術をみせる相手。切嗣は間桐とキャスターが同盟関係にある可能性も視野に入れているが、それは間違いだ。
あの少女――いやあの幼女は、誰の力も借りず聖剣を奪い取った」
こんな話は誰も信じられないかもしれない。
だが――違う。
間桐のマスターは私にだけ容姿を幼く見せる幻術を掛けたのではない。
私を含めた全ての者に対して己を成熟して見せる幻術を掛けたのだ。
彼女の幻術が効かない相手をあの場で堂々と探り、私の視線が他の者達より低い事に気付いて…初めて私を倒すべき敵として認識したのかもしれない。
「あの者には命を捨てる覚悟と生き残る知恵と才能がある。魔術師としての腕はマーリンに遠く及ばないかもしれない。だが、彼女以上に私を追い詰めた魔術師はいない」
次、相対した時。どちらかが必ず命を落とすだろう。
そう神妙な顔で締め括るアルトリアにアイリスフィールは冷や汗を流した。
エクスカリバーを奪ったものの、間桐揺月はこの結果を失敗と捉えていた。いや、そう認識せねばならぬほど状況は切迫していると言うべきか……
「儂の蟲達が!?」
屋敷に帰ると巨大な火柱が立ち、呆然と膝をつく臓硯と桜の姿があった。
この光景には見覚えがある。
ライダー…イスカンダルの仕業だ。
FGOという世界の『こらぼ、いべんと』なる物で彼の大王は間桐邸を自慢の
……正直私の中でアレは並行世界に位置付けられる物ではない。
そもそもが特異点という歴史のシミから生まれた物だということもあるが……仮にも聖杯作成に関わった御三家の一人の意見として言わせて貰えば――あんな世界、どう転がろうと存在し得ない。
それ故、観測世界から得られた知識としてその価値は低く、間桐邸をライダーが襲撃する等と……考えもしなかった。
「さてさて、どうした物かな?」
冷静に考えてみるがこれはとても不味いんじゃないか。
民宿やホテルにでも泊まろうものなら衛宮切嗣にとって格好の的だろう。
野宿なら衛宮切嗣にとって……所ではない。そんなヤツ、私なら真っ先に殺している。
「……仕方ない、プランBでいこう」
揺月は万が一、早期にギルガメッシュと敵対してしまった場合、間桐邸を離れ身を潜める次なる拠点として期待していた場所の名を上げる。
「…地下水道」
緊急事態として妥協するしかない。
幸いにも令呪で撤退したセイバー陣営のお陰で、未だあの狂人は聖女の復活を願望器に掲げ海魔の増殖にでも勤しんでいるのだろう。
「……揺月ちゃん?」
「桜か、よく分かったな」
「どこ行くの」
「お化け屋敷。ついて来るか?」
「うん。だってお爺様、私を道具としてしか見ていないもの」
軽く脅してみると、驚くほど冷めた瞳で彼女は言った。
私は観測世界の住人の記憶を奪い取ることで自動的に精神的な成長を迎えたが、桜はその不幸な生い立ちから同世代とはかけ離れた精神性を手に入れたらしい。
壊れる心配をして慰めていたのは杞憂という訳か。
「――フフッならばこの手を取るがいい。間桐は君を歓迎しよう」
大人の姿をした揺月は手を差しのべ、それを取った桜の髪色が黒から紫へと変化する。
揺月が桜の髪に触れ、髪染めの魔術を施したのだ。
「遠坂の名残など、今の君にとってはもう必要ないだろう?
「……?」
――我が最初で最後の弟子にして
「……!」
思わぬ言葉に目を見開く間桐桜。
それに構わず揺月は彼女を抱き寄せ耳元で囁く。
「嬉しいか?嬉しいんだろうなぁ、何たって私がお前の師匠になるわけだ。それはつまり根源到達者の弟子という事に―――」
ホロリと大粒の涙が溢れた。
「……は?」
「……お義母さん」
「ど、どうしたんだ桜?確かに私は君を養子に入れるつもりだが」
(何が起きた?桜の雰囲気が変わった?)
氷のように冷たい瞳はまるで溶けてしまったかのようにポロポロと涙を流す桜の姿に揺月は戸惑いの声を漏らす。
「うぅぅぇぇええ!!!お゛義゛母゛さ゛ん゛!!!!」
(号泣!?一体どういう事なんだこれは!?)
混乱した彼女は変装魔術を解き必死に桜を宥める。
そんな自分よりも一回り小さい揺月に桜はしがみつき、お義母さん、お義母さんと泣き叫びながら……疲れて眠ってしまうまで決して離さなかった。
「……子供と言うのは、よく分からん」
ボサボサになった髪と服を整えながら彼女はとてもしんどそうにそう呟く。
もう子供を分析するのは止めよう。
これはきっと正解が存在しない類の物だ。
セイバーの勘違い
揺月は全員に幻術を掛けた×
魔力を纏って肉体を繕った○
気づくには対魔力ではなく直感スキルが有効。
間桐揺月の勘違い
急に雰囲気が変わった×
何気なく放った揺月の一言が桜の深い所にあった心の傷を癒し感情のダムを決壊させた○